豊受皇太神鎮座次第
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一座 御躰瑠璃壺一口 靈鏡二面 華形座 在神寶 名右一面日象扇一枚 右大神鎭坐次第 天照皇大神皇御孫杵獨一王三十二柱從神筑紫日向高千穗槵觸之峯天降 以建干三代 暦年治令一百七十九萬二千四百七十餘歳也 從神武天皇至開化天皇九代 暦年六百三十餘歳 帝與神其降未遠同殿座 衝畏神威同殿不安 就倭笠縫邑殊立神籬參之 天照太神正躰令倭姫命奉載之 伊勢國宇治郷五十鈴河際伊蘇宮坐 明年冬十月甲子奉遷天照太神於度會五十鈴河上也 詔曰 常世思金神 手力男命 天石別命 此寶鏡專爲天照太神御靈 如拜吾前奉齋祭 豐受皇大神人壽四萬歳時降臨淡路國三上嶽路坐 次布倉遷座 次八輪島遷座 次御間城
句読本文 画像照合済
一座。 御躰、瑠璃壺一口。 靈鏡二面。 華形座。 在神寶。 名右一面、日象扇一枚。 右、大神鎭坐次第。 天照皇大神、皇御孫杵獨一王、三十二柱從神、筑紫日向高千穗槵觸之峯、天降。 以建干三代。 暦年治令、一百七十九萬二千四百七十餘歳也。 從神武天皇至開化天皇九代。 暦年六百三十餘歳。 帝與神、其降未遠、同殿座。 衝畏神威、同殿不安。 就倭笠縫邑、殊立神籬、參之。 天照太神正躰、令倭姫命奉載之。 伊勢國宇治郷五十鈴河際、伊蘇宮坐。 明年冬十月甲子、奉遷天照太神於度會五十鈴河上也。 詔曰。 常世思金神。 手力男命。 天石別命。 此寶鏡、專爲天照太神御靈。 如拜吾前、奉齋祭。 豐受皇大神、人壽四萬歳時、降臨淡路國三上嶽路坐。 次布倉遷座。 次八輪島遷座。 次御間城
訓読 画像照合済
一座。 御躰は瑠璃壺一口。 靈鏡二面。 華形の座。 神寶に在り。 名は右一面、日象扇一枚〔構文未決〕。 右、大神鎭坐次第。 天照皇大神、皇御孫杵獨一王、三十二柱の從神と、筑紫の日向、高千穗槵觸の峯に天降る。 以て三代を建つ〔字句未決〕。 暦年の治令、一百七十九萬二千四百七十餘歳なり。 神武天皇より開化天皇に至る九代。 暦年六百三十餘歳。 帝と神と、其の降ること未だ遠からずして、同殿に座す。 神威を衝き畏れ、同殿に安からず。 倭の笠縫邑に就き、殊に神籬を立て、之に參る。 天照太神の正躰を、倭姫命をして之を奉載せしむ。 伊勢國宇治郷五十鈴河の際、伊蘇宮に坐す。 明年冬十月甲子、天照太神を度會五十鈴河上に奉遷するなり。 詔して曰く。 常世思金神。 手力男命。 天石別命。 此の寶鏡、專ら天照太神の御靈と爲す。 吾が前を拜するが如く、奉齋し祭れ。 豐受皇大神、人壽四萬歳の時、淡路國三上嶽路に降臨し坐す。 次に布倉に遷座す。 次に八輪島に遷座す。 次に御間城〔次単位へ続く〕
現代語訳 画像照合済
前単位の大土御祖を「一座」とし、その御体を瑠璃の壺一口、霊鏡二面、華形の座などと記す。続いて大神の鎮座次第を述べる。天照皇大神は皇孫の杵独一王と三十二柱の従神を伴い、筑紫の日向の高千穂槵触峰に天降ったとする。その後、神武天皇から開化天皇までの九代と暦年を記し、帝と神の降臨時期がまだ隔たっていなかったため同じ殿に祀られたが、神威を畏れて倭の笠縫邑に特別な神籬を立てたという。天照太神の正体を倭姫命に奉持させ、伊勢国宇治郷の五十鈴川辺の伊蘇宮に祀り、翌年冬十月甲子に度会の五十鈴川上へ遷したと記す。神勅として常世思金神・手力男命・天石別命を掲げ、この宝鏡を天照太神の御霊として、自身の前を拝むように奉斎せよと命じる。豊受皇大神は人の寿命が四万歳であった時に淡路国の三上嶽路へ降臨し、布倉、八輪島、御間城へと遷座したという。