暦と
神々の繋がり
暦と神々の繋がり
明治のはじめ、陰陽道は公に禁じられ、暦と神々を結ぶ糸は断たれたかに見えました。
けれども、その糸は絶えることなく続いております。今日も多くの神社で、この安倍晴明暦によって祭祀が営まれています。年のはじめの祈願も、立春の星祭も、名越の祓も、この暦の上で営まれています。社の神々は、今も暦の巡りとともに働いておられます。そして、干支や厄年、正月や節句というかたちで、暦は暮らしの中にも息づいています。
では、神々と暦は、どこで結ばれているのでしょうか。
天地いまだ分かれざる時、全ての根源となる、一つの神気。その名を太一と申します。太一は留まりません。おのずから開いて陰陽となり、巡って五行となり、その巡りの中から神々と万物が生まれました。八百万の神々は、太一の家来ではありません。太一が、八百万の顔をして現れ、働いておられるのです。育まれる万物も、人も岩も木も、みな、太一の一片でございます。
星々もまた、万物とともに生まれました。星は、気の澄んだ精華であるがゆえに、気の巡りを最も清く映します。夜空を仰ぐと、北の極にただ一つ動かぬ星があり、その周りを北斗七星が、一夜ごと、一年ごとに巡っています。動かぬ中心と、巡る七つの星。古人はそこに、北の極に軸を据え、北斗の車に乗って天を巡る、太一のお姿を拝しました。この拝みは文字よりも古く、大陸の六千四百年前の墓には、貝殻で象られた北斗が、亡き人の傍らに残されています。
北斗の柄が天を指すたび、四時が建ち、五行が均います。神々のお働きには、天を巡るものと、地に受けるものがございます。天のお働きは十干となって顕れ、巡る北斗を通して、地のお働きである十二支へと注がれます。そして暦の盤の上では、この天と地の交わりを、帝王の座にあたる五黄の宮を中心に、九つの宮を巡る形で読むことができます。
この巡りを、紙の上に写し取ったもの。それが暦でございます。干支も、九星も、暦注も、ただの符ではありません。太一の神気が、今どこを巡っているかを示す目盛りです。ここが、神々と暦の結び目でございます。
ゆえに、暦を読むことは、神々の巡りを知ることでございます。立春に星を祭るのも、夏の半ばに名越の祓を修めるのも、神々のお働きの節目に、人の側から歩み寄る営みです。神社仏閣が暦とともにあるのは、そのためでございます。
年中行事も、暦注も、その根は一つでございます。当宮では、日本の神々を敬い、その巡りを知り、暮らしを調えながら神々とともに歩むことを大切にしてまいりました。
暦は、人の未来を一方的に定めるものではございません。神々のお働きに心を向け、日々の選択を省み、自らの歩みを正すための道しるべでございます。
その巡りに感謝をもって歩調を合わせ、神々のご加護を仰ぎながら、日々の歩みをより良く調えていく。それが、暦とともに暮らすということでございます。