五行大義

五行大義

隋の蕭吉が五行思想の諸説を集成した『五行大義』全五巻について、土御門文書編纂所による原文翻刻・句読・訓読・現代語訳を公開します。

土御門文書編纂所による公開校訂版です。元禄十二年刊本の画像を底本とし、原文翻刻、独自句読、独自訓読、独自現代語訳を分離して公開します。

自家翻刻・訓読・現代語訳

公開版 gogyo-taigi-20260818-g4-v2・全964単位・46 / 49頁

GT-500125・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

陰有退而無進退則須滅不敢當其陽始之數故退讓就離乾不受一艮不受八者乾是陽也又爲天也自在其始始是一義重則數偶數偶則成陰故以付坎艮是陰也艮又爲山山則是終遊年歷行八卦卦數於八終卽止也

句読本文校了

陰有退而無進退則須滅不敢當其陽始之數故退讓就離乾不受一艮不受八者乾是陽也。又爲天也。自在其始始是一義重則數偶數偶則成陰故以付坎艮是陰也。艮又爲山山則是終遊年歷行八卦卦數於八終卽止也。

訓読校了

陰には退くこと有りて進むこと無し。退けば滅すべきゆえ、陽の始めの数に当たらず、譲って離に就く。乾が一を受けず艮が八を受けぬのは、乾は陽で天であり、自ら始めに在るからである。始めを重ねれば偶数となり陰を成すゆえ坎に付す。艮は陰で山、すなわち終りであり、遊年は八卦を巡って八に終る。

現代語訳校了

陰には退く働きはあっても進む働きはない。退けば消滅へ向かうため、陽の始まりを表す一の数を担うことを避け、退いて離へ譲る。乾が一を受けず、艮が八を受けない理由は、乾が陽であり、また天であって、自ら始まりの位置にあるからである。始まりを表す一を重ねれば数は偶数となって陰を成すため、坎に付す。艮は陰であり、また山であって終わりを表す。遊年は八卦を巡り、八で終わって止まる。

GT-500126・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

自有其終理不重受故付坎或問云天一之行以坎爲一宮離爲九宮八卦遊年乃以離爲一宮者何荅曰天一於天下九州之事故從始一而行遊年於人年命之事故以終九而起命女遊年從坎男以德苞終始故九一竝數起太陽之位女以陰生陽故從其創始陰位而行坎位本一受數一起共爲二陰數也

句読本文校了

自有其終理不重受故付坎或問云、天一之行以坎爲一宮離爲九宮八卦遊年乃以離爲一宮者何荅曰、天一於天下九州之事故從始一而行遊年於人年命之事故以終九而起命女遊年從坎男以德苞終始故九一竝數起太陽之位女以陰生陽故從其創始陰位而行坎位本一受數一起共爲二陰數也。

訓読校了

艮は自ら終りの理を有して重ねて受けぬため坎に付す。或るひと問う、天一の行は坎を一宮、離を九宮とするのに、八卦遊年が離を一宮とするのはなぜか。答えて曰く、天一は天下九州の事ゆえ一から行き、遊年は人の年命の事ゆえ九から命を起こす。女は坎より、男は終始を包む徳により九と一を並べて太陽の位から起こす。女は陰から陽を生ずるので坎から行き、坎の一と起数の一で二陰の数となる。

現代語訳校了

艮はそれ自体に終わりの理があり、終数を重ねて受けないため、その数を坎へ付す。ある人が問う。天一の運行では坎を一宮、離を九宮とするのに、八卦遊年では離を一宮とするのはなぜか。答えは次のとおりである。天一は天下九州に関するため一から運行し、遊年は人の年命に関するため、終数の九から命を起こす。女性の遊年は坎から始める。男性は始めと終わりを包む徳によって九と一を合わせて数え、太陽の位置である離から始める。女性は陰から陽を生ずるため陰位の坎から進み、坎が本来持つ一と起算の一とを合わせて、陰数の二となる。

GT-500127・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

遊年所至之卦因三變之一變爲禍害再變爲絕命三變爲生氣生氣則吉禍害絕命則凶吉則可就其方凶則宜避其所禍害者以其相剋害也如乾初九甲子水變成巽巽初六辛丑土是飛辰來剋伏辰也坎初六戊寅木變成兌兌初九丁巳火是飛伏相害也絕命者以其卦體被剋制也

句読本文校了

遊年所至之卦因三變之一變爲禍害再變爲絕命三變爲生氣生氣則吉禍害絕命則凶吉則可就其方凶則宜避其所禍害者以其相剋害也。如乾初九甲子水變成巽巽初六辛丑土是飛辰來剋伏辰也。坎初六戊寅木變成兌兌初九丁巳火是飛伏相害也。絕命者以其卦體被剋制也。

訓読校了

遊年の至る卦は三変し、一変を禍害、再変を絶命、三変を生気とする。生気は吉、禍害・絶命は凶で、吉方には就き凶方は避ける。禍害は相剋するためである。乾初九甲子水が巽初六辛丑土へ変ずるのは飛辰が伏辰を剋し、坎初六戊寅木が兌初九丁巳火へ変ずるのは飛伏が相害する。絶命は卦体が剋制されるものである。

現代語訳校了

遊年が行き着いた卦は、三回変化させて判定する。第一変を禍害、第二変を絶命、第三変を生気という。生気は吉、禍害と絶命は凶なので、吉ならその方角へ向かい、凶ならその場所を避ける。禍害とは、五行が互いに剋して害する関係である。乾の初九・甲子(水)が巽の初六・辛丑(土)へ変わる例では飛辰が伏辰を剋し、坎の初六・戊寅(木)が兌の初九・丁巳(火)へ変わる例では飛辰と伏辰が互いに害する。絶命とは、卦体そのものが剋され制圧される場合をいう。

GT-500128・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

如震變爲兌金剋木也艮變爲巽木剋土也生氣者以其相生同體也如乾變成兌體同金也震變成離木生火也禍害絕命亦有厭行以其卦所至相制者禳之如衝火以避兵火懸一柏木而攘震死此竝五行相制之驗也遊年年立卽是人之年命皆配五行故於此而釋之第二十四論禽蟲

句読本文校了

如震變爲兌金剋木也。艮變爲巽木剋土也。生氣者以其相生同體也。如乾變成兌體同金也。震變成離木生火也。禍害絕命亦有厭行以其卦所至相制者禳之如衝火以避兵火懸一柏木而攘震死此竝五行相制之驗也。遊年年立卽是人之年命皆配五行故於此而釋之。第二十四論禽蟲。

訓読校了

震が兌へ変じ金が木を剋し、艮が巽へ変じ木が土を剋すのが絶命である。生気は相生または同体で、乾が兌へ変じ同じ金となり、震が離へ変じ木が火を生ずる類である。禍害・絶命には厭行があり、至った卦を制する物で祓う。火を衝いて兵火を避け、柏木を懸け震死を攘うのは五行相制の験である。遊年と年立とは、すなわち人の年命であり、いずれも五行に配するため、ここで説明する。第二十四、禽虫を論ず。

現代語訳校了

震が兌へ変わって金が木を剋し、艮が巽へ変わって木が土を剋する例が絶命である。生気は相生または同体で、乾が兌へ変わってともに金となり、震が離へ変わって木が火を生む例である。禍害・絶命にも、凶作用を抑える厭勝の法があり、到達した卦を制する物によって祓う。たとえば「衝火」によって兵火を避け、一本の柏木を掛けて雷撃による死を祓う。これらは五行の相剋を利用した効験である。遊年・年立は人の年命で、いずれも五行に配当されるため、ここで説明した。第二十四、禽虫を論ず。

GT-500129・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

第二十四論禽蟲就此分爲二段一者論五靈二者論三十六禽第一者論五靈凡含生蠢動有知之數莫不藉五氣而成性資陰陽以立形故有陸處水居潛見道別遊翔飛走駑駿不同皆由氣之清濁稟性深淺考異郵云含牙戴角著距垂芒皆爲陰也陰有殺氣故備有爪牙之毒螫蠆之類也

句読本文校了

第二十四論禽蟲就此分爲二段一者論五靈二者論三十六禽第一者論五靈凡含生蠢動有知之數莫不藉五氣而成性資陰陽以立形故有陸處水居潛見道別遊翔飛走駑駿不同皆由氣之清濁稟性深淺考異郵云、含牙戴角著距垂芒皆爲陰也。陰有殺氣故備有爪牙之毒螫蠆之類也。

訓読校了

第二十四、禽虫を論ず。この篇を二段とし、第一に五霊、第二に三十六禽を論ず。第一、五霊を論ず。凡そ生命あり動き知覚あるものは、五気に藉って性を成し、陰陽に資って形を立てる。陸居・水居、潜伏・顕現、遊翔・飛走、鈍駿の差は、気の清濁と稟性の深浅による。『考異郵』は牙を含み角を戴き、距を著け芒を垂らすものを陰とし、陰には殺気があるため爪牙の毒を備え、螫蠆の類となるという。

現代語訳校了

第二十四、禽虫を論ず。本篇を二段に分け、第一に五霊、第二に三十六禽を論じる。まず五霊について述べる。生きて動き、知覚をもつものはすべて、五気を受けて性質を成し、陰陽によって形を得る。陸に住むか水に住むか、潜むか現れるか、泳ぐか飛ぶか走るか、鈍いか速いかという違いは、受けた気の清濁と性質の深浅による。『考異郵』は、牙をもち、角を戴き、距(けづめ)を備え、芒を垂らすものを陰に属するとし、陰には殺気があるため、爪や牙の毒を備え、刺す毒虫の類となるという。

GT-500130・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

飛翔羽翮柔善之獸皆爲陽也陽有仁氣無殺性也家語云齕吞者八竅而卵生齟𪚅者九竅胎生晝生似父夜生類母至陰者牝至陽者牡皆氣使然也凡是蠢動之物竝爲虫類今略分三種一曰禽二曰獸三曰虫有羽飛者爲禽有四足走者爲獸無羽足者爲虫至如蜉蝣之羽蟭蟟之翼飛𧊒百足蚊蚋六手

句読本文校了

飛翔羽翮柔善之獸皆爲陽也。陽有仁氣無殺性也。家語云、齕吞者八竅而卵生齟𪚅者九竅胎生晝生似父夜生類母至陰者牝至陽者牡皆氣使然也。凡是蠢動之物竝爲虫類今略分三種一曰、禽二曰、獸三曰、虫有羽飛者爲禽有四足走者爲獸無羽足者爲虫至如蜉蝣之羽蟭蟟之翼飛𧊒百足蚊蚋六手。

訓読校了

羽翼で飛ぶ柔善の獣は陽であり、陽には仁気があって殺性がない。『家語』は、かみ呑むものは八竅で卵生、齟𪚅するものは九竅で胎生、昼に生まれれば父に、夜なら母に似、至陰は牝、至陽は牡となるのも気によるという。蠢動する物は皆虫類で、禽・獣・虫の三種に分ける。羽で飛ぶものが禽、四足で走るものが獣、羽も足もないものが虫である。蜉蝣の羽や蟭蟟の翼、百足の飛𧊒、六手の蚊蚋もある。

現代語訳校了

羽や翼で飛ぶ穏やかな生き物は陽に属し、陽には仁の気があって殺す性質がない。『家語』は、食物をかみ取って呑み込むものは八つの孔をもち卵生で、食物を咀嚼するものは九つの孔をもち胎生だとする。昼に生まれれば父に、夜に生まれれば母に似、陰が極まったものは雌、陽が極まったものは雄となるのも、すべて気の働きである。動く生物はすべて虫類で、ここでは禽・獣・虫の三種に分ける。羽で飛ぶものを禽、四足で走るものを獣、羽も足もないものを虫という。ただし蜉蝣には羽があり、蟭蟟にも翼があり、飛𧊒には百本の足、蚊や蚋には六本の手がある。

GT-500131・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

此雖有羽足猶是虫例其朝生暮死腐穢蠱溼此皆因變化隨類生者亦竝虫也考異郵云虫八日而化微故令促又鳥魚二名於此二者其號雖別鳥則飛翔卽是禽也魚則潛游虫之屬也家語云鳥魚生於陰而屬於陽故皆卵生魚游於水鳥遊於雲所以立冬則鷰雀入海化而爲蛤本其類也

句読本文校了

此雖有羽足猶是虫例其朝生暮死腐穢蠱溼此皆因變化隨類生者亦竝虫也。考異郵云、虫八日而化微故令促又鳥魚二名於此二者其號雖別鳥則飛翔卽是禽也。魚則潛游虫之屬也。家語云、鳥魚生於陰而屬於陽故皆卵生魚游於水鳥遊於雲所以立冬則鷰雀入海化而爲蛤本其類也。

訓読校了

これらは羽足があっても虫の例である。朝生暮死し、腐穢・蠱・溼より変化して類に随い生ずるものも虫である。『考異郵』は、虫は八日で変化し、微小なので命が短いという。鳥と魚は名こそ別だが、鳥は飛ぶので禽、魚は水に潜るので虫に属す。『家語』は、鳥魚が陰に生じ陽に属すため卵生し、魚は水、鳥は雲に遊び、立冬に燕雀が海へ入り蛤となるのも、もとは同類だからだという。

現代語訳校了

羽や足のあるものでも、ここに挙げたものは虫の類に入る。朝に生まれて夕べに死ぬものや、腐敗・汚穢・蠱・湿気の中で変化して類ごとに生じるものも、すべて虫である。『考異郵』によれば、虫は八日で姿を変え、微小なため命も短い。鳥と魚は名称こそ異なるが、鳥は空を飛ぶので禽であり、魚は水中に潜って泳ぐので虫の類である。『家語』は、鳥と魚は陰から生じて陽に属するため、ともに卵から生まれると説く。魚は水中を、鳥は雲間を遊び、立冬に燕や雀が海へ入って蛤になるのも、本来同類だからだという。

GT-500132・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

禽名通於獸獸名不通於禽故知禽有趨地之能獸無飛空之用然此三等名例甚多不可具釋今且先論五靈次配卦及三十六禽家語云羽虫三百六十鳳爲之長毛虫三百六十麟爲之長甲虫三百六十龜爲之長鱗虫三百六十龍爲之長倮虫三百六十人爲之長又曰毛虫之精曰麒麟羽虫之精曰鳳

句読本文校了

禽名通於獸獸名不通於禽故知禽有趨地之能獸無飛空之用然此三等名例甚多不可具釋今且先論五靈次配卦及三十六禽家語云、羽虫三百六十鳳爲之長毛虫三百六十麟爲之長甲虫三百六十龜爲之長鱗虫三百六十龍爲之長倮虫三百六十人爲之長又曰、毛虫之精曰、麒麟羽虫之精曰、鳳。

訓読校了

禽の名は獣にも通ずるが、獣の名は禽には通じない。禽には地を走る能力があるが、獣には空を飛ぶ働きがないからである。この禽・獣・虫の三種には名と例が多いので、まず五霊、次に卦と三十六禽への配当を論ずる。『家語』は羽虫・毛虫・甲虫・鱗虫・倮虫を各三百六十とし、その長を鳳・麟・亀・龍・人とする。さらに毛虫の精を麒麟、羽虫の精を鳳とする。

現代語訳校了

禽という名は獣にも通用するが、獣という名は禽には通用しない。禽には地を走る能力があるが、獣には空を飛ぶ働きがないからである。この三種には名称と実例が非常に多く、すべてを詳しく説明することはできない。そこでまず五霊を論じ、次に八卦と三十六禽への配当を論じる。『家語』は羽虫・毛虫・甲虫・鱗虫・倮虫を各三百六十種とし、その長をそれぞれ鳳・麟・亀・龍・人とする。さらに毛虫の精を麒麟、羽虫の精を鳳とする。

GT-500133・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

介虫之精曰龜鱗虫之精曰龍倮虫之精曰聖人毛虫西方羽虫南方甲虫北方鱗虫東方倮虫中央此則皆稱虫也五靈總爲諸虫之首今止言其四以人處中央者謂有性情之物人最爲主故也靈者神靈之義五禽於虫獸之中最靈故曰五靈

句読本文校了

介虫之精曰、龜鱗虫之精曰、龍倮虫之精曰、聖人毛虫西方羽虫南方甲虫北方鱗虫東方倮虫中央此則皆稱虫也。五靈總爲諸虫之首今止言其四以人處中央者謂有性情之物人最爲主故也。靈者神靈之義五禽於虫獸之中最靈故曰、五靈。

訓読校了

介虫の精を亀、鱗虫の精を龍、倮虫の精を聖人という。毛虫は西、羽虫は南、甲虫は北、鱗虫は東、倮虫は中央で、すべて虫と称する。五霊は諸虫の首である。ここで四霊だけをいうのは、有情の物では中央にいる人が主だからである。霊は神霊の義であり、五禽が虫獣の中で最も霊妙なので五霊という。

現代語訳校了

介虫の精を亀、鱗虫の精を龍、倮虫の精を聖人という。毛虫は西、羽虫は南、甲虫は北、鱗虫は東、倮虫は中央に配され、いずれも虫と称する。五霊はすべて諸虫の首である。ここでは五霊のうち四種だけを論じる。人を中央に配するのは、性情をもつものの中で人が最も主要だからである。霊とは神霊の意であり、五禽は虫獣の中で最も霊妙なので五霊という。

GT-500134・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

禮記月令云春其虫鱗鄭玄注云龍蛇之屬夏其虫羽飛鳥之屬中央其虫倮虎豹淺毛之屬秋其虫毛狐狢之屬冬其虫介龜鼈之屬又云國君行前朱雀後玄武左蒼龍右白虎尚書刑德放言東方春蒼龍其智仁南方夏朱鳥好禮西方秋白虎執義北方冬玄龜主信會中央土之精

句読本文校了

禮記月令云、春其虫鱗鄭玄注云、龍蛇之屬夏其虫羽飛鳥之屬中央其虫倮虎豹淺毛之屬秋其虫毛狐狢之屬冬其虫介龜鼈之屬又云、國君行前朱雀後玄武左蒼龍右白虎尚書刑德放言東方春蒼龍其智仁南方夏朱鳥好禮西方秋白虎執義北方冬玄龜主信會中央土之精。

訓読校了

『礼記』月令は、春は鱗虫で龍蛇、夏は羽虫で飛鳥、中央は倮虫で虎豹など浅毛、秋は毛虫で狐狢、冬は介虫で亀鼈の類とする。また国君の行列は前に朱雀、後ろに玄武、左に蒼龍、右に白虎を置く。『尚書』刑徳放は、東方・春・蒼龍は仁を知り、南方・夏・朱鳥は礼を好み、西方・秋・白虎は義を執り、北方・冬・玄亀は信を主り、中央に土精を会すと述べる。

現代語訳校了

『礼記』月令は春の虫を鱗虫とし、鄭玄の注はこれを龍や蛇の類とする。夏の虫は羽虫で飛ぶ鳥の類、中央の虫は倮虫で虎や豹など毛の浅い類、秋の虫は毛虫で狐や狢の類、冬の虫は介虫で亀や鼈の類とする。また国君の行列は、前に朱雀、後ろに玄武、左に蒼龍、右に白虎を置く。『尚書緯・刑徳放』は、東方・春・蒼龍は仁を知り、南方・夏・朱鳥は礼を好み、西方・秋・白虎は義を執り、北方・冬・玄亀は信をつかさどり、中央に会するのは土の精である、と述べる。

GT-500135・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

禮運則不論五德止辨四靈而已鉤命訣云失仁則龍麟不舞失禮則鸞鳳不翔失智則黃龍不見失義則白虎不出失信則玄龜不見禮記曰麟鳳龜龍謂之四靈左傳云麟鳳五靈王者之嘉瑞禮云麟鳳龜龍不見有虎於金行稱虎義則不足前朱雀後玄武是同其餘三虫竝有差異

句読本文校了

禮運則不論五德止辨四靈而已鉤命訣云、失仁則龍麟不舞失禮則鸞鳳不翔失智則黃龍不見失義則白虎不出失信則玄龜不見禮記曰、麟鳳龜龍謂之四靈左傳云、麟鳳五靈王者之嘉瑞禮云、麟鳳龜龍不見有虎於金行稱虎義則不足前朱雀後玄武是同其餘三虫竝有差異。

訓読校了

『礼運』は五徳を論ぜず四霊だけを弁ずる。『鉤命訣』は、仁を失えば龍麟が舞わず、礼を失えば鸞鳳が翔けず、智を失えば黄龍が現れず、義を失えば白虎が出ず、信を失えば玄亀が現れないという。『礼記』は麟鳳亀龍を四霊とし、『左伝』は麟鳳を五霊、王者の嘉瑞とする。礼説に麟鳳亀龍はあるが虎はなく、金行を虎とするには義が足りない。前朱雀・後玄武は一致するが、他の三虫には差異がある。

現代語訳校了

『礼運』は五徳を論じず、四霊だけを論じる。『鉤命訣』は、仁を失えば龍と麟が舞わず、礼を失えば鸞と鳳が飛ばず、智を失えば黄龍が現れず、義を失えば白虎が出ず、信を失えば玄亀が現れないという。『礼記』は麟・鳳・亀・龍を四霊とし、『左伝』は麟・鳳をはじめとする五霊を王者の嘉瑞とする。礼説には麟・鳳・亀・龍が挙がるが虎がなく、金行を虎とするには根拠が足りない。前の朱雀と後ろの玄武は一致するが、残る三虫の配当には違いがある。

GT-500136・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

元命苞云離爲鳳又言鳳火精靈龜生水玄武主北方此同禮說唯龍麟虎三者不同左青龍右白虎舊說不疑衍孔圖以麟爲木精龍則非木大戴禮以麟爲毛虫麟復成金麟若爲金虎則無用公羊高以麟爲木精木生於火夫子脩春秋至麟而止豈知爲漢之瑞今所不執

句読本文校了

元命苞云、離爲鳳又言鳳火精靈龜生水玄武主北方此同禮說唯龍麟虎三者不同左青龍右白虎舊說不疑衍孔圖以麟爲木精龍則非木大戴禮以麟爲毛虫麟復成金麟若爲金虎則無用公羊高以麟爲木精木生於火夫子脩春秋至麟而止豈知爲漢之瑞今所不執。

訓読校了

『元命苞』は離を鳳とし、又鳳は火の精、靈龜は水に生じ、玄武は北方を主ると云ふ。此れ禮說と同じけれども、唯だ龍・麟・虎の三者は同じからず。左に青龍、右に白虎とする舊說は疑はず。『衍孔圖』は麟を木の精とし、龍は則ち木に非ずとす。『大戴禮』は麟を毛虫とし、麟は復た金と成る。麟若し金と爲さば、虎は則ち用無し。公羊高は麟を木の精とし、木は火より生ずとす。夫子は『春秋』を脩め、麟に至って止む。豈に漢の瑞と知りしならんや。今ここでは執らず。

現代語訳校了

『元命苞』は離を鳳とし、鳳を火の精、霊亀を水から生じるもの、玄武を北方の主とする。この点は礼説と同じだが、龍・麟・虎の三者は異なる。左に青龍、右に白虎を置く旧説には疑いがない。『衍孔図』は麟を木の精とし、龍を木に配さない。『大戴礼』は麟を毛虫として金に配するが、麟が金なら虎の配当が無用になる。公羊高は麟を木の精とし、木は火から生じるとする。だが、孔子が『春秋』を麟で止めたことから、どうして漢の瑞祥だと知りえようか。この説はここでは採用しない。

GT-500137・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

案蔡邕月令章句言天官五獸左蒼龍大辰之貌右白虎大梁之文前朱雀鶉火之體後玄武龜蛇之質中有大角軒轅麒麟之信亦龍生於水遊於木鳥生於木遊於火麟生於火遊於土虎生於土遊於金龜生於金遊於水修其母致其子五行之情也

句読本文校了

案蔡邕月令章句言天官五獸左蒼龍大辰之貌右白虎大梁之文前朱雀鶉火之體後玄武龜蛇之質中有大角軒轅麒麟之信亦龍生於水遊於木鳥生於木遊於火麟生於火遊於土虎生於土遊於金龜生於金遊於水修其母致其子五行之情也。

訓読校了

蔡邕『月令章句』の天官五獣では、左の蒼龍は大辰、右の白虎は大梁、前の朱雀は鶉火、後ろの玄武は亀蛇、中央の大角・軒轅は麒麟の信に当たる。また龍は水に生じ木に遊び、鳥は木に生じ火に遊び、麟は火に生じ土に遊び、虎は土に生じ金に遊び、亀は金に生じ水に遊ぶ。母を修めて子を致すのが五行の情である。

現代語訳校了

蔡邕『月令章句』が説く天官の五獣では、左の蒼龍は大辰の姿、右の白虎は大梁の文様、前の朱雀は鶉火の形、後ろの玄武は亀と蛇の姿、中央の大角・軒轅は麒麟が象徴する信の徳に当たる。また、龍は水から生じて木に働き、鳥は木から生じて火に働き、麒麟は火から生じて土に働き、虎は土から生じて金に働き、亀は金から生じて水に働く。生み出す側である母の行を整えると、そこから生じる子の行が現れるという、五行相生の関係である。

GT-500138・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

故貌恭體仁則鳳凰來儀言從和義則神龜至視明禮修則麒麟臻智聽故事則黃龍見思叡信立則白虎擾此言當矣禮斗威儀云乘金而王麒麟在郊保乾圖又言歲星爲麟考異郵言麟者陰精此竝不同今解以木者觸也

句読本文校了

故貌恭體仁則鳳凰來儀言從和義則神龜至視明禮修則麒麟臻智聽故事則黃龍見思叡信立則白虎擾此言當矣。禮斗威儀云、乘金而王麒麟在郊保乾圖又言歲星爲麟考異郵言麟者陰精此竝不同今解以木者觸也。

訓読校了

容貌が恭しく仁を体すれば鳳凰が来儀し、言が従い義に和すれば神亀が至り、視が明らかで礼を修めれば麒麟が臻り、智聴が事に適えば黄龍が現れ、思慮深く信が立てば白虎が馴れる。この説が妥当である。『礼斗威儀』は金徳で王となれば麒麟が郊に現れるとし、『保乾図』は歳星を麟、『考異郵』は麟を陰精とするなど説は一致しない。ここでは木を触と解す。

現代語訳校了

容貌が恭しく仁を体得すれば鳳凰が来儀し、言葉が道理に従って義に調和すれば神亀が至り、見る働きが明らかで礼が修まれば麒麟が現れ、知恵と聞く働きが事理にかなえば黄龍が現れ、思慮が明敏で信が確立すれば白虎が馴れる。この説が妥当である。『礼斗威儀』は金徳によって王となれば麒麟が郊外に現れるとし、『保乾図』は歳星を麟とし、『考異郵』は麟を陰の精とする。これらの説は一致しない。ここでは、木には「触れる・突き進む」という意味があると解する。

GT-500139・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

有觸冒之義麟有肉角無所抵觸龍角端無肉有抵觸義易象震爲龍故木之義扶龍天官有軒轅黃龍麒麟之信信主於土脩母子應此意亦同爲漢出者漢是火德故子應也是土之義扶麟易通卦驗言立秋虎始嘯孔衍圖云虎金精大戴禮言虎七月而生應陽數考異郵亦言虎斑文者陰陽之雜虎爲毛虫

句読本文校了

有觸冒之義麟有肉角無所抵觸龍角端無肉有抵觸義易象震爲龍故木之義扶龍天官有軒轅黃龍麒麟之信信主於土脩母子應此意亦同爲漢出者漢是火德故子應也。是土之義扶麟易通卦驗言立秋虎始嘯孔衍圖云、虎金精大戴禮言虎七月而生應陽數考異郵亦言虎斑文者陰陽之雜虎爲毛虫。

訓読校了

触冒の義では、麟の角は肉を備えて抵触せず、龍の角端には肉がなく抵触する。『易』が震を龍とするため木義は龍を支持する。天官の軒轅・黄龍・麒麟の信と、信が土を主り母を修め子が応ずることも同じ意である。漢のために麟が出たのは漢が火徳で子の土が応じたためで、土義は麟を支持する。『易通卦験』は立秋に虎が嘯くとし、『孔衍図』は虎を金精、『大戴礼』は虎が七月に生まれ陽数に応ずるとし、『考異郵』も斑文を陰陽の雑、虎を毛虫とする。

現代語訳校了

「触れ、突き進む」という意味からいえば、麒麟の角は肉に覆われていて物に突き当たらないが、龍の角の先には肉がなく、物に突き当たる。『易』が震を龍にかたどることと合わせ、木の性質が龍への配当を裏づける。天官の軒轅・黄龍・麒麟が信に対応し、信が土をつかさどり、母にあたる行を修めれば子にあたる行が応じるという説明も同じ趣旨である。漢のために麒麟が現れたというのは、漢が火徳の王朝で、その子にあたる土が応じたためであり、土の性質が麒麟への配当を裏づける。『易通卦験』は立秋に虎が嘯き始めるとし、『孔衍図』は虎を金の精、『大戴礼』は虎が七月に生まれて陽数に応じるとし、『考異郵』も虎の斑紋を陰陽が交じったもの、虎を毛虫とする。

GT-500140・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

定是金獸考異郵云參代虎之德義主斬刈所以學門謂之虎門乃畫虎於門者以兌居西方兌是說言主講說故又金有殺伐之威虎有毒害之猛故金義扶虎問寅位在東何忽白虎居西

句読本文校了

定是金獸考異郵云、參代虎之德義主斬刈所以學門謂之虎門乃畫虎於門者以兌居西方兌是說言主講說故又金有殺伐之威虎有毒害之猛故金義扶虎問寅位在東何忽白虎居西。

訓読校了

ゆえに虎は金獣である。『考異郵』は参が虎の徳に代わり、義が斬刈を主るため学門を虎門といい虎を描くとする。兌は西方に居り、説言・講説を主る。また金に殺伐の威、虎に毒害の猛があるため金義は虎を支持する。では寅は東なのに、なぜ白虎は西に居るのか。

現代語訳校了

以上から、虎は金に属する獣と定められる。『考異郵』は、参宿が虎の徳を表し、義が刈り取りをつかさどるため、学校の門を虎門と呼び、その門に虎を描くと述べる。兌は西方に位置し、「説くこと・言葉」を表して講説をつかさどる。また、金には殺伐の威があり、虎には害を加える猛威があるので、金の性質が虎への配当を裏づける。では、寅の位置は東方であるのに、なぜ白虎は西方にいるのか。

GT-500141・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

荅曰凡五行相雜無有獨在一方之義東方自是木行相次白虎居西是殺戮之威如震在東方正主於龍乾之六爻并是龍象震取其運動乾譬聖人自取龍有飛潛之德爲象各異故無定準也如考異郵云陰陽相雜不妨分在東方此竝靈通隱顯無定寧可一執

句読本文校了

荅曰、凡五行相雜無有獨在一方之義東方自是木行相次白虎居西是殺戮之威如震在東方正主於龍乾之六爻并是龍象震取其運動乾譬聖人自取龍有飛潛之德爲象各異故無定準也。如考異郵云、陰陽相雜不妨分在東方此竝靈通隱顯無定寧可一執。

訓読校了

答えて曰く、五行は混じり一方に独在しない。東方には木行が次第し、白虎が西に居るのは殺戮の威による。震が東方で龍を主とする一方、乾の六爻も龍象である。震は運動を、乾は聖人に譬え龍の飛潜の徳を取るので象義は異なり一定しない。陰陽が雑われば東方に分在しても妨げず、霊物の隠顕は一定せず、一説に固執できない。

現代語訳校了

答えは次のとおりである。五行は互いに交じり合うもので、一つの方角だけに存在するという道理はない。東方はもとより木行に当たるが、白虎が西方にいるのは殺戮の威を表すためである。震は東方にあって龍を主とする一方、乾の六爻もすべて龍を象とする。震は龍の運動を取り、乾は聖人にたとえて龍の飛翔と潜伏の徳を取るため、それぞれの象意は異なり、一定の基準だけでは決められない。『考異郵』がいうように陰陽は入り交じるので、諸象が東方に分かれて存在しても差し支えない。これらはいずれも霊妙に通じ、現れたり隠れたりして一定しないのだから、どうして一つの説に固執できようか。

GT-500142・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

史蘇龜經云木神蒼龍歲星之精火神朱雀熒惑之精灰土之神名曰騰蛇土神勾陳鎮星之精金神白虎太白之精水神玄武辰星之精蒼龍主頭朱雀主脣頸騰蛇主胸脇勾陳主腰腹白虎主股膝玄武主腳脛案此之六神朱雀玄武蒼龍白虎與經緯說同唯勾陳之神其語有異

句読本文校了

史蘇龜經云、木神蒼龍歲星之精火神朱雀熒惑之精灰土之神名曰、騰蛇土神勾陳鎮星之精金神白虎太白之精水神玄武辰星之精蒼龍主頭朱雀主脣頸騰蛇主胸脇勾陳主腰腹白虎主股膝玄武主腳脛案此之六神朱雀玄武蒼龍白虎與經緯說同唯勾陳之神其語有異。

訓読校了

『史蘇亀経』は木神蒼龍を歳星の精、火神朱雀を熒惑の精、灰土神騰蛇、土神勾陳を鎮星の精、金神白虎を太白の精、水神玄武を辰星の精とする。蒼龍は頭、朱雀は唇頸、騰蛇は胸脇、勾陳は腰腹、白虎は股膝、玄武は脚脛を主る。この六神のうち朱雀・玄武・蒼龍・白虎は経緯説と同じだが、勾陳だけは語が異なる。

現代語訳校了

『史蘇亀経』によれば、木神の蒼龍は歳星の精、火神の朱雀は熒惑の精、灰土の神は騰蛇、土神の勾陳は鎮星の精、金神の白虎は太白の精、水神の玄武は辰星の精である。蒼龍は頭、朱雀は唇と首、騰蛇は胸と脇、勾陳は腰と腹、白虎は股と膝、玄武は足と脛をつかさどる。この六神のうち、朱雀・玄武・蒼龍・白虎の説明は経書・緯書の説と一致するが、勾陳についてだけは表現が異なる。

GT-500143・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

而天官有勾陳之星在紫微之內故爲土神此卽蔡邕所云麒麟之信也騰蛇居火之末在土之初而爲灰神以蛇配龜共爲玄武無有正方故爲灰神其配頭足等以東爲首故龍配頭也以次南轉故玄武配足

句読本文校了

而天官有勾陳之星在紫微之內故爲土神此卽蔡邕所云、麒麟之信也。騰蛇居火之末在土之初而爲灰神以蛇配龜共爲玄武無有正方故爲灰神其配頭足等以東爲首故龍配頭也。以次南轉故玄武配足。

訓読校了

天官では勾陳星が紫微の内にあるため土神とする。これは蔡邕のいう麒麟の信に当たる。騰蛇は火の末、土の初めに居り、蛇を亀と合わせて玄武とするため一定の正方を持たず、ゆえに灰神とする。頭足の配当は東を首として龍を頭に配し、南から転じ玄武を足に配す。

現代語訳校了

天官では勾陳の星が紫微垣の内にあるため、勾陳を土神とする。これは蔡邕のいう、麒麟に配された信の徳に当たる。騰蛇は火の終わりと土の始まりの間に位置するため灰の神とする。また蛇を亀と組み合わせて玄武とするので、騰蛇には一定の正方位がなく、この点からも灰の神とされる。頭から足までの配当では東方を先頭として龍を頭に配し、そこから順に南方へ巡らせて、最後に北方の玄武を足へ配する。

GT-500144・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

禽獸屬八卦者易云乾爲馬坤爲牛震爲龍巽爲雞坎爲豕離爲雉艮爲狗兌爲羊乾健也馬取其健也坤順也牛取其順震動也龍取其動巽風也雞取其號令以象風行坎陰也豕取其陰離陽也雉取其飛揚艮門也狗取其守禦兌悅也言也羊取其悅草

句読本文校了

禽獸屬八卦者易云、乾爲馬坤爲牛震爲龍巽爲雞坎爲豕離爲雉艮爲狗兌爲羊乾健也。馬取其健也。坤順也。牛取其順震動也。龍取其動巽風也。雞取其號令以象風行坎陰也。豕取其陰離陽也。雉取其飛揚艮門也。狗取其守禦兌悅也。言也。羊取其悅草。

訓読校了

禽獣の八卦所属について、『易』は乾を馬、坤を牛、震を龍、巽を鶏、坎を豕、離を雉、艮を狗、兌を羊とする。乾は健であるから馬の健を、坤は順であるから牛の順を、震は動であるから龍の動を取る。巽は風であるから鶏の号令を取り風行に象り、坎は陰であるから豕の陰を、離は陽であるから雉の飛揚を、艮は門であるから狗の守禦を、兌は悦・言であるから羊が草を喜ぶことを取る。

現代語訳校了

禽獣を八卦に配すると、『易』では、乾を馬、坤を牛、震を龍、巽を鶏、坎を豕、離を雉、艮を犬、兌を羊とする。乾は健を表すので馬の強健さを、坤は順を表すので牛の従順さを、震は動を表すので龍の動きを取る。巽は風を表すので、鶏の鳴き声を号令と見て、風が行き渡るさまにかたどる。坎は陰を表すので豕の陰の性質を、離は陽を表すので雉が飛び上がるさまを、艮は門を表すので犬が門を守る働きを、兌は悦びと言葉を表すので羊が草を喜ぶ性質を取る。

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五行大義 第5冊 第31画像 画像を読み込んでおります
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