五行大義

五行大義

隋の蕭吉が五行思想の諸説を集成した『五行大義』全五巻について、土御門文書編纂所による原文翻刻・句読・訓読・現代語訳を公開します。

土御門文書編纂所による公開校訂版です。元禄十二年刊本の画像を底本とし、原文翻刻、独自句読、独自訓読、独自現代語訳を分離して公開します。

自家翻刻・訓読・現代語訳

公開版 gogyo-taigi-20260818-g4-v2・全964単位・44 / 49頁

GT-500085・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

功曹以小府爲府與四曹計議小府亦與四府則用故小府倉出納主餉種功曹有二府所以爲五官六府游徼亭長外部吏皆屬功曹與之姧則虎狼食人功曹職在刑罰內爲姧故虎狼盜賊殺奪於民上姦下亂也金曹以兵賊嗇夫爲府主討捕與之姦則城郭盜賊起兩偏施

句読本文校了

功曹以小府爲府與四曹計議小府亦與四府則用故、小府倉出納主餉種功曹有二府所以爲五官六府游徼亭長外部吏皆屬功曹與之姧則虎狼食人功曹職在刑罰內爲姧故、虎狼盜賊殺奪於民上姦下亂也。金曹以兵賊嗇夫爲府主討捕與之姦則城郭盜賊起兩偏施

訓読校了

功曹は小府を府とし、四曹と計議す。小府も亦四府と與に用を則る。故に小府倉は出納し餉種を主る。功曹に二府あり、所以に五官六府と爲す。游徼亭長、外部の吏は皆功曹に屬す。之と姧すれば虎狼人を食ふ。功曹の職は刑罰に在り、內に姧を爲せば虎狼盜賊、民を殺奪し、上姦し下亂る。金曹は兵賊嗇夫を府とし討捕を主る。之と姦すれば、城郭に盜賊起こり、兩偏に施す。

現代語訳校了

功曹は小府を府として四曹と協議し、小府も四府とともに財用を定める。小府の倉は出納して食糧と種子を管理する。功曹には二府があるため、全体を五官六府と呼ぶ。游徼・亭長をはじめ、外部の吏はすべて功曹に属し、不正を結べば虎狼が人を食う。刑罰を担う功曹が内で不正をすれば虎狼や盗賊が民を殺害・略奪し、上が姦悪となって下が乱れる。金曹は兵賊嗇夫を府として討捕を担当し、これと不正を結べば、城郭に盗賊が起こって双方に害が及ぶ。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第21画像を開く(新しいタブ)
GT-500086・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

金曹主市租侵奪故上下相承故市賈不平此竝從五行以五藏配六府也既竝名官故於此釋第二十三論諸人第二十三論諸人就此分爲二段一者論人配五行二者論人遊年年立第一論人配五行禮記禮運篇云人者天地之德陰陽之交鬼神之

句読本文校了

金曹主市租侵奪故、上下相承故、市賈不平。此竝從五行以五藏配六府也。既竝名官故、於此釋第二十三論諸人第二十三論諸人就此分爲二段一者、論人配五行二者、論人遊年年立第一論人配五行禮記禮運篇云、人者、天地之德陰陽之交鬼神之。

訓読校了

金曹は市租を主り侵奪する故に上下相承け、市賈平らかならず。此れ竝びに五行に從ひ、五藏を以て六府に配するなり。既に竝びに官と名づくる故に此に釋す。第二十三、人を論ず。此を二段と爲す。一は人を五行に配するを論じ、二は人の遊年・年立を論ず。第一、人を五行に配す。禮記禮運篇に云く、人は天地の德、陰陽の交、鬼神の會なり。

現代語訳校了

金曹が市租を侵奪すれば、上下がそれを受け継いで、市場の価格も不公平になる。これらはすべて五行に従って五臓を六つの府署に配したものである。いずれも官の名であるため、この諸官篇で説明した。第二十三は諸人を論じ、二段に分ける。第一は人を五行に配する論、第二は人の遊年・年立の論である。まず第一「人を五行に配する」。『礼記』礼運篇は、人を天地の徳、陰陽の交わり、鬼神の会合とする。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第21画像を開く(新しいタブ)
GT-500087・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

會五行之秀氣也文子曰人者天地之心五行之端是以稟天地五行之氣而生爲萬物之主配二儀以爲三才然受氣者各有多少受木氣多者其性勁直而懷仁受火氣多者其性猛烈而尚禮受土氣多者其性寬和而有信受金氣多者其性剛斷而含義受水氣多者其性沈隱而多智

句読本文校了

會五行之秀氣也。文子曰、人者、天地之心五行之端是以稟天地五行之氣而生爲萬物之主配二儀以爲三才然受氣者、各有多少受木氣多者、其性勁直而懷仁受火氣多者、其性猛烈而尚禮受土氣多者、其性寬和而有信受金氣多者、其性剛斷而含義受水氣多者、其性沈隱而多智。

訓読校了

人は五行の秀氣なり。文子に曰く、人は天地の心、五行の端なり。是を以て天地五行の氣を稟けて生じ、萬物の主と爲り、二儀に配して三才と爲る。然れども受くる氣には各々多少あり。木氣を多く受くる者は性勁直にして仁を懷き、火氣多き者は性猛烈にして禮を尚び、土氣多き者は性寬和にして信あり、金氣多き者は性剛斷にして義を含み、水氣多き者は性沈隱にして智多し。

現代語訳校了

人は五行の最もすぐれた気である。『文子』は、人を天地の心、五行の端といい、天地五行の気を受けて生まれ、万物の主となり、天地の二儀に加わって三才を成すと説く。ただし受ける気の量には差がある。木気を多く受けた者は強くまっすぐで仁を抱き、火気の者は激しく礼を尊び、土気の者は寛大で温和かつ信義があり、金気の者は剛毅で決断力があり義を含み、水気を多く受けた者は沈着で内に隠れ、智恵が多い。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第21画像を開く(新しいタブ)
GT-500088・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

五氣湊合共成其身氣若清叡則其人精俊爽如也昏濁則其人愚頑老子云陰陽精氣爲人氣有厚薄得中和滋液則生腎智人得錯亂濁辱則生貪淫人祿命書云金人剛強自用木人多華而雅水人開通智慧火人自貴性急土人忠信而直周書云

句読本文校了

五氣湊合共成其身氣若清叡則其人精俊爽如也。昏濁則其人愚頑老子云、陰陽精氣爲人氣有厚薄得中和滋液則生腎智人得錯亂濁辱則生貪淫人祿命書云、金人剛強自用木人多華而雅水人開通智慧火人自貴性急土人忠信而直周書云。

訓読校了

五氣湊合して共に其の身を成す。氣清叡なれば其の人精俊爽如たり、昏濁なれば愚頑なり。老子云く、陰陽の精氣、人と爲る。氣に厚薄あり、中和滋液を得れば腎智の人を生じ、錯亂濁辱を得れば貪淫の人を生ず。祿命書云く、金人は剛強自用、木人は華多くして雅、水人は開通智慧、火人は自ら貴び性急、土人は忠信にして直なり。周書に云く、

現代語訳校了

五気が集まって身体を作り、気が清く明らかなら精明で俊秀、濁れば愚鈍となる。『老子』は陰陽の精気が人となり、気には厚薄があり、中和した潤いを得れば腎智の人、乱れて濁り辱められた気なら貪淫の人を生むとする。『禄命書』は、金人を剛強で自用、木人を華やかで雅、水人を開通し智慧あり、火人を自尊心が強く性急、土人を忠信で正直とする。続いて『周書』を引く。

GT-500089・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

人感十而生天五行地五行合爲十也天五行爲五常地五行爲五藏故易曰在天成象在地成形者也家語曰天一地二人三三三而九九九八十一一主日日數十故人十月而生文子云

句読本文校了

人感十而生天五行地五行合爲十也。天五行爲五常地五行爲五藏故、易曰、在天成象在地成形者、也。家語曰、天一地二人三三三而九九九八十一一主日日數十故、人十月而生文子云。

訓読校了

人は十を感じて生ず。天の五行と地の五行と合して十と爲る。天の五行は五常、地の五行は五藏なり。故に易に曰く、天に在りて象を成し、地に在りて形を成す、と。家語に曰く、天一、地二、人三。三三にして九、九九八十一。一は日を主り、日の數は十なり。故に人は十月にして生ず。文子に云く、

現代語訳校了

人は十という数に感応して生まれる。天の五行と地の五行を合わせると十になる。天の五行は五常となり、地の五行は五臓となる。このため『易』に「天にあって象を成し、地にあって形を成す」とある。『家語』に「天は一、地は二、人は三」とある。三掛ける三は九、九掛ける九は八十一である。一は日を司り、日の数は十である。このため人は十か月で生まれる。『文子』によれば、

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第22画像を開く(新しいタブ)
GT-500090・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

人受天地變化而生一月而膏二月而脈三月而胞四月而肌五月而筋六月而骨七月而成形八月而動九月而躁十月而生形骸已成五藏乃形外爲表中爲裏頭員法天足方象地天有四時五行九星三百六十日人亦有四支五藏九竅三百六十節天有風雨寒暑人亦有喜怒哀

句読本文校了

人受天地變化而生一月而膏二月而脈三月而胞四月而肌五月而筋六月而骨七月而成形八月而動九月而躁十月而生形骸已成五藏乃形外爲表中爲裏頭員法天足方象地天有四時五行九星三百六十日人亦有四支五藏九竅三百六十節天有風雨寒暑人亦有喜怒哀。

訓読校了

人は天地の變化を受けて生ず。一月にして膏、二月にして脈、三月にして胞、四月にして肌、五月にして筋、六月にして骨、七月にして形を成し、八月にして動き、九月にして躁ぎ、十月にして生ず。形骸已に成り、五藏乃ち形る。外を表、内を裏と爲す。頭の員きは天に法り、足の方なるは地に象る。天に四時・五行・九星・三百六十日あり、人にも四支・五藏・九竅・三百六十節あり。天に風雨寒暑あり、人にも喜怒哀あり、

現代語訳校了

人は天地の変化を受けて生まれる。一か月目に膏、二か月目に脈、三か月目に胞、四か月目に肌、五か月目に筋、六か月目に骨が生じ、七か月目に形が整い、八か月目に動き、九か月目に身を動かし、十か月目に生まれる。身体がすでに完成すると、五臓も形を成す。外側を表、内側を裏とする。頭の丸さは天にのっとり、足の四角さは地をかたどる。天に四季・五行・九星・三百六十日があるように、人にも四肢・五臓・九竅・三百六十の節がある。天に風・雨・寒・暑があるように、人にも喜び・怒り・哀しみがあり、

第二十三論諸人・第一者論人配五行

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GT-500091・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

樂淮南子及文子竝云膽爲雲肺爲氣脾爲風腎爲雨肝爲電與天相類而心爲主耳目者日月也氣血者風雨也素問云夫人法天地故聖人上配天以養頭下象地以養足中傍人事以養五藏天氣通於肺地氣通於咽風氣通於肝雷氣通於心穀氣通於脾雨氣通於腎六經爲川

句読本文校了

樂淮南子及文子竝云、膽爲雲肺爲氣脾爲風腎爲雨肝爲電與天相類而心爲主耳目者、日月也。氣血者、風雨也。素問云、夫人法天地故、聖人上配天以養頭下象地以養足中傍人事以養五藏天氣通於肺地氣通於咽風氣通於肝雷氣通於心穀氣通於脾雨氣通於腎六經爲川。

訓読校了

樂あり。淮南子及び文子竝びに云く、膽は雲、肺は氣、脾は風、腎は雨、肝は電と爲り、天と相類す。而して心を主と爲す。耳目は日月、氣血は風雨なり。素問に云く、人は天地に法る。故に聖人、上は天に配して頭を養ひ、下は地に象りて足を養ひ、中は人事に傍ひて五藏を養ふ。天氣は肺、地氣は咽、風氣は肝、雷氣は心、穀氣は脾、雨氣は腎に通ず。六經は川なり。

現代語訳校了

楽しみがある。『淮南子』と『文子』はいずれも、胆を雲、肺を気、脾を風、腎を雨、肝を稲妻に配し、人の身体を天になぞらえ、心をその主とする。耳と目は日月、気と血は風雨である。『素問』によれば、人は天地にのっとるため、聖人は上では天に合わせて頭を養い、下では地をかたどって足を養い、中では人事に沿って五臓を養う。天の気は肺、地の気は咽、風の気は肝、雷の気は心、穀物の気は脾、雨の気は腎に通じ、六経は川に当たる。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第22画像を開く(新しいタブ)
GT-500092・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

腸胃爲海九竅爲水法天之紀用地之理則災禍去矣左慈相決云人頭員以法天足方以象地左目爲日右目爲月左眉爲青龍右眉爲白虎鼻爲勾陣伏犀爲朱雀玉枕爲玄武又云前爲朱雀後爲玄武左爲青龍右爲白虎是曰四體頭爲勾陳是身之主又曰

句読本文校了

腸胃爲海九竅爲水法天之紀用地之理則災禍去矣。左慈相決云、人頭員以法天足方以象地左目爲日右目爲月左眉爲青龍右眉爲白虎鼻爲勾陣伏犀爲朱雀玉枕爲玄武又云、前爲朱雀後爲玄武左爲青龍右爲白虎是曰、四體頭爲勾陳是身之主又曰。

訓読校了

腸胃は海を爲し、九竅は水を爲す。天の紀に法り、地の理を用ふれば災禍去る。左慈相決に云く、人の頭の員きは天に法り、足の方なるは地に象る。左目は日、右目は月、左眉は青龍、右眉は白虎、鼻は勾陣、伏犀は朱雀、玉枕は玄武なり。又云く、前は朱雀、後は玄武、左は青龍、右は白虎、是を四體と曰ふ。頭は勾陳にして身の主なり。又曰く、

現代語訳校了

腸胃は海、九つの身体開口部は水に当たり、天の秩序と地の理法に従えば災禍は去る。『左慈相決』は、丸い頭を天、四角い足を地、左目を日、右目を月、左眉を青龍、右眉を白虎、鼻を勾陣、伏犀を朱雀、玉枕を玄武に配する。また別説では、前を朱雀、後ろを玄武、左を青龍、右を白虎として四体と呼び、頭を身の主である勾陳とする。さらに別説が続く。

GT-500093・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

左耳後爲太山右耳後爲華山額爲衡山頂後爲恒山鼻爲嵩高山相祕訣云額爲衡山頭爲恒山鼻爲嵩高山眉爲岱山權爲崑崙山二儀象天地三亭法三才四瀆主四時五官應五行六府從六律七門配七星八節取八風九候比九州十指應十日十二德象十二月

句読本文校了

左耳後爲太山右耳後爲華山額爲衡山頂後爲恒山鼻爲嵩高山相祕訣云、額爲衡山頭爲恒山鼻爲嵩高山眉爲岱山權爲崑崙山二儀象天地三亭法三才四瀆主四時五官應五行六府從六律七門配七星八節取八風九候比九州十指應十日十二德象十二月

訓読校了

左耳の後は太山、右耳の後は華山、額は衡山、頂の後は恒山、鼻は嵩高山なり。相祕訣に云く、額は衡山、頭は恒山、鼻は嵩高山、眉は岱山、權は崑崙山なり。二儀は天地に象り、三亭は三才に法り、四瀆は四時を主り、五官は五行に應じ、六府は六律に從ひ、七門は七星に配し、八節は八風を取り、九候は九州に比し、十指は十日に應じ、十二德は十二月に象り、

現代語訳校了

左耳の後ろを泰山、右耳の後ろを華山、額を衡山、頭頂の後ろを恒山、鼻を嵩高山に配する。『相秘訣』では、額を衡山、頭を恒山、鼻を嵩高山、眉を岱山、頬骨を崑崙山とする。また、二儀は天地に象り、三亭は三才を法とし、四瀆は四時をつかさどり、五官は五行に応じ、六府は六律に従い、七門は七星に配し、八節は八風を取り、九候は九州になぞらえ、十指は十日、十二徳は十二月に対応する。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第23画像を開く(新しいタブ)
GT-500094・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

二十八節應二十八宿家語云人生三月微眴然後目能見八月生齒然後能食朞而臏然後能行三年顖合然後能言陰窮反陽故陰以陽變陽窮反陰故陽以陰化是以男子八月生齒八歲而齔十六精通然後能化女子七月生齒七歲而齔十四而化禮男子二十而冠有成人父之

句読本文校了

二十八節應二十八宿家語云、人生三月微眴然後目能見八月生齒然後能食朞而臏然後能行三年顖合然後能言陰窮反陽故、陰以陽變陽窮反陰故、陽以陰化是以男子八月生齒八歲而齔十六精通然後能化女子七月生齒七歲而齔十四而化禮男子二十而冠有成人父之。

訓読校了

二十八節は二十八宿に應ず。『家語』に云く、人は生れて三月、微眴して然る後に目能く見、八月に齒生じて然る後に能く食らひ、朞にして臏し然る後に能く行き、三年にして顖合して然る後に能く言ふ。陰窮まれば陽に反る。故に陰は陽を以て變じ、陽窮まれば陰に反る。故に陽は陰を以て化す。是を以て男子は八月に齒生じ、八歲にして齔し、十六にして精通じ、然る後に能く化す。女子は七月に齒生じ、七歲にして齔し、十四にして化す。『禮』に、男子二十にして冠し、成人の父の、

現代語訳校了

二十八節は二十八宿に対応する。『家語』によれば、人は生後三か月になると目をかすかに動かし、その後に物が見えるようになる。生後八か月で歯が生えて物を食べ、一年で膝が整って歩けるようになり、三年でひよめきが閉じて話せるようになる。陰が窮まれば陽に戻り、陽が窮まれば陰に戻るので、陰は陽によって変化し、陽は陰によって変化する。そのため、男子は生後八か月で歯が生え、八歳で生え替わり、十六歳で精が通じて生殖できるようになる。女子は生後七か月、七歳、十四歳に同じ段階を迎える。『礼』の男子二十歳の冠礼は次の単位へ続く。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

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GT-500095・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

端女子十五而笄而許嫁有成人母之道此皆從天地五行之大數也文子曰昔者中黃子云天有五行地有五嶽聲有五音物有五味色有五章人有五位故天地之閒二十有五人上五有神人真人道人至人聖人次五有德人賢人善人中人辨人中五有仁人禮人信人義人智人次

句読本文校了

端女子十五而笄而許嫁有成人母之道此皆從天地五行之大數也。文子曰、昔者、中黃子云、天有五行地有五嶽聲有五音物有五味色有五章人有五位故、天地之閒二十有五人上五有神人真人道人至人聖人次五有德人賢人善人中人辨人中五有仁人禮人信人義人智人次。

訓読校了

端あり。女子十五にして笄し、嫁を許され、成人の母の道あり。此れ皆天地五行の大數に從ふなり。文子に曰く、昔、中黃子云く、天に五行、地に五嶽、聲に五音、物に五味、色に五章、人に五位あり。故に天地の閒に二十五人あり。上五に神人・真人・道人・至人・聖人あり。次五に德人・賢人・善人・中人・辨人あり。中五に仁人・禮人・信人・義人・智人あり。次、

現代語訳校了

男子二十歳の加冠は成人して父となる端緒、女子十五歳の笄と婚約は成人して母となる道であり、すべて天地五行の大数による。『文子』所引の中黄子は、天の五行、地の五岳、声の五音、物の五味、色の五章、人の五位を挙げ、天地間の人を二十五種に分ける。最上の五人は神人・真人・道人・至人・聖人、次は徳人・賢人・善人・中人・弁人、中位は仁人・礼人・信人・義人・智人、次の、

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第23画像を開く(新しいタブ)
GT-500096・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

五有仕人庶人農人商人工人下五有衆人小人駑人愚人完人上五之與下五猶人之與牛馬也聖人者以目視以耳聽以口言以足行真人者不視而明不聽而聰不言而云不行而從故聖人之所動天下者真人未嘗遇焉賢人之所矯世俗者聖人未嘗觀焉所謂道人者

句読本文校了

五有仕人庶人農人商人工人下五有衆人小人駑人愚人完人上五之與下五猶人之與牛馬也。聖人者、以目視以耳聽以口言以足行真人者、不視而明不聽而聰不言而云、不行而從故、聖人之所動天下者、真人未嘗遇焉。賢人之所矯世俗者、聖人未嘗觀焉。所謂道人者。

訓読校了

五に仕人・庶人・農人・商人・工人あり。下五に衆人・小人・駑人・愚人・完人あり。上五と下五とは、猶ほ人と牛馬とのごとし。聖人は目を以て視、耳を以て聽き、口を以て言ひ、足を以て行く。真人は視ずして明らか、聽かずして聰く、言はずして云ひ、行かずして從ふ。故に聖人の天下を動かす所は真人未だ嘗て遇はず、賢人の世俗を矯むる所は聖人未だ嘗て觀ず。所謂道人は、

現代語訳校了

その次の五種は仕人・庶人・農人・商人・工人であり、最下の五種は衆人・小人・駑人・愚人・完人である。最上の五種と最下の五種との隔たりは、人と牛馬との隔たりほどもある。聖人は目で見、耳で聞き、口で語り、足で行く。真人は見なくても明らかに知り、聞かなくても聡く、言葉を発しなくても伝え、行動しなくても人を従わせる。そのため真人は、聖人が天下を動かすような働きにさえ関わらず、聖人は、賢人が世俗を矯正するような働きを顧みない。道人については次に説く。

GT-500097・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

無前無後無左無右萬物玄同無非無是文子發言二十五人論止有四未爲具釋今依諸經書略解上五有謂人者孔子曰陰陽不測之謂神曾子曰陽之精氣爲神神以靈智爲義謂靈智其照如神故曰神人也孔子曰堯之智如神真人者

句読本文校了

無前無後無左無右萬物玄同無非無是文子發言二十五人論止有四未爲具釋今依諸經書略解上五有謂人者、孔子曰、陰陽不測之謂神曾子曰、陽之精氣爲神神以靈智爲義謂靈智其照如神故、曰、神人也。孔子曰、堯之智如神真人者。

訓読校了

前無く後無く左無く右無く、萬物と玄同し、非無く是無し。文子の二十五人を發言するに、論は四に止まり未だ具釋を爲さず。今諸經書に依り略して解す。上五の謂はるる人は、孔子曰く、陰陽測られざるを神と謂ふ。曾子曰く、陽の精氣を神と爲す。神は靈智を以て義と爲し、靈智の照らすこと神の如きを謂ふ。故に神人と曰ふ。孔子曰く、堯の智は神の如し。真人は、

現代語訳校了

道人には前後左右の区別も是非の区別もなく、万物と玄妙に一体となる。『文子』は二十五種の人を挙げながら、論じるのは四種にとどまり、詳しい説明をしていない。そこで、ここでは諸経書によって上位五種を略説する。神人について、孔子は「陰陽によっても測れないものを神という」と述べ、曾子は「陽の精気が神となる」と述べる。「神」は霊智を意味し、その霊智の照らす働きが神のような人を神人という。孔子が堯の知恵を神のようだと述べるのもこれに当たる。真人については次に説く。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第24画像を開く(新しいタブ)
GT-500098・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

性合乎道有若無實若虛明白太素至極弊然無爲故曰真人道人者孔子曰其德大乎天地其量總乎日月莫之能測者有此德量故曰道人至人者真直爲素守一不移善惡不能迴其慮榮辱不能動其心故曰至人聖人者家語曰德合天地變通無方窮萬事之終始協萬品之

句読本文校了

性合乎道有若無實若虛明白太素至極弊然無爲故、曰、真人道人者、孔子曰、其德大乎天地其量總乎日月莫之能測者、有此德量故、曰、道人至人者、真直爲素守一不移善惡不能迴其慮榮辱不能動其心故、曰、至人聖人者、家語曰、德合天地變通無方窮萬事之終始協萬品之。

訓読校了

性、道に合ひ、有るも無きが若く、實なるも虛しきが若く、太素を明白にし、至極弊然として無爲なり。故に真人と曰ふ。道人は、孔子曰く、其の德は天地より大きく、其の量は日月を總べ、之を測る能はざる者なり。此の德量ある故に道人と曰ふ。至人は、真直を素とし、一を守りて移らず、善惡も其の慮を迴らし得ず、榮辱も其の心を動かし得ず。故に至人と曰ふ。聖人は、家語に曰く、德は天地に合ひ、變通して方無く、萬事の終始を窮め、萬品の、

現代語訳校了

真人は本性が道に合い、有っても無いかのようで、実在しても虚ろであるかのようであり、根源の素朴さを明らかにして、窮極まで無為である。ゆえに真人という。孔子によれば、道人の徳は天地より大きく、その度量は日月を包み、測ることができない。この徳と度量を備えるので道人という。至人は真っすぐさを本色とし、一を守って移らず、善悪にも思慮を曲げられず、栄辱にも心を動かされない。ゆえに至人という。『家語』は聖人を、徳が天地に合い、変化に通じて定まった型がなく、万事の始終を究め、万物それぞれの自然なあり方に調和する者とする。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

第5冊 第24画像を開く(新しいタブ)
GT-500099・巻5
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自然敷其大道遂成情性明竝日月化行若神民人不知其德覩者不識其善此謂聖人也莊子曰以天爲宗以德爲本以道爲門明於變謂之聖人次五德人者德被於物使百姓各得其所欲日用而不知兼利無擇與天地合易曰大人者

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自然敷其大道遂成情性明竝日月化行若神民人不知其德覩者、不識其善此謂聖人也。莊子曰、以天爲宗以德爲本以道爲門明於變謂之聖人次五德人者、德被於物使百姓各得其所欲日用而不知兼利無擇與天地合易曰、大人者。

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自然に協ひ、其の大道を敷き、遂に情性を成し、明は日月に竝び、化行は神の若し。民人は其の德を知らず、見る者は其の善を識らず。此を聖人と謂ふ。莊子曰く、天を宗とし、德を本とし、道を門とし、變に明らかなるを聖人と謂ふ。次五の德人は、德、物に被り、百姓をして各々其の欲する所を得しめ、日用して知らず、兼ね利して擇ぶ無く、天地と合ふ。易に曰く、大人は、

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聖人はその大道を敷き、万物の情性を成就させる。その明知は日月に並び、教化の働きは神のようである。民はその徳を知らず、目の前で見ている者もその善を認識しない。これを聖人という。『荘子』は、天を宗とし、徳を根本とし、道を門として、変化に明るい者を聖人という。次の五種のうち徳人は、その徳が万物に及び、人々にそれぞれ望むものを得させる。人々は日々その恩恵を用いていても気づかず、徳人は選り好みせず広く利益を与え、天地と合する。『易』の引用は次に続く。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

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GT-500100・巻5
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與天地合其德與日月合其明與鬼神合其吉凶此謂德也賢人者智周萬物動靜合理孔子曰好惡與民同情取捨與民同統行中規矩言可法則爲匹夫而不怨在諸侯而不驕道足化於百姓而不傷於身施財天下不貧此賢人也善人者見善如不及言滿天下無口過孔子曰

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與天地合其德與日月合其明與鬼神合其吉凶此謂德也。賢人者、智周萬物動靜合理孔子曰、好惡與民同情取捨與民同統行中規矩言可法則爲匹夫而不怨在諸侯而不驕道足化於百姓而不傷於身施財天下不貧此賢人也。善人者、見善如不及言滿天下無口過孔子曰。

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天地と其の德を合せ、日月と其の明を合せ、鬼神と其の吉凶を合す。此を德と謂ふ。賢人は智、萬物に周く、動靜、理に合ふ。孔子曰く、好惡は民と情を同じくし、取捨は民と統を同じくし、行ひは規矩に中り、言は法則とすべし。匹夫と爲りても怨まず、諸侯に在りても驕らず、道は百姓を化するに足りて身を傷らず、財を天下に施して貧しからず。此れ賢人なり。善人は善を見て及ばざるが如くし、言天下に滿つるも口過無し。孔子曰く、

現代語訳校了

『易』のいう大人とは、天地と徳を合わせ、日月と明を合わせ、鬼神と吉凶を合わせる者であり、これを徳という。賢人は知恵が万物に行き渡り、動静が道理に合う。孔子によれば、好悪では民と心情を同じくし、取捨では民と基準を同じくし、行いは規矩にかない、言葉は模範となる。匹夫の身分でも怨まず、諸侯の地位でも驕らず、その道は民を教化するに足りながら自分の身を損なわず、天下に財を施しても貧しくならない。これが賢人である。善人は善を見れば追いつけないかのように努め、言葉が天下に満ちても失言がない。孔子の説明は次に続く。

GT-500101・巻5
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躬行忠信而心不怨不置仁義志意廣博而色不伐思慮明達而辭不爭篤行信道自強不息猶然如將可越而不可及此君子人也又謂善人中人者一心以事主進思盡忠退思補過順美匡惡犯而無隱先公後私不伐其勞此中人也辨人者

句読本文校了

躬行忠信而心不怨不置仁義志意廣博而色不伐思慮明達而辭不爭篤行信道自強不息猶然如將可越而不可及此君子人也。又謂善人中人者、一心以事主進思盡忠退思補過順美匡惡犯而無隱先公後私不伐其勞此中人也。辨人者。

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躬ら忠信を行ひて心怨まず、仁義を置かず、志意廣博にして色に伐らず、思慮明達にして辭に爭はず、篤く信道を行ひ自ら強めて息まず、猶然として將に越ゆべきが如きも及ぶべからず。此れ君子人なり、又善人と謂ふ。中人は一心に主に事へ、進みて忠を盡さんと思ひ、退きて過ちを補はんと思ひ、美に順ひ惡を匡し、犯して隱す無く、公を先にし私を後にし、其の勞を伐らず。此れ中人なり。辨人は、

現代語訳校了

善人は自ら忠信を行って怨まず、仁義を捨てず、志は広いが誇らず、思慮は明らかでも争わず、篤く道を信じて努力を止めず、追いつけそうで到達できない君子である。これを善人ともいう。中人は一心に主君へ仕え、進んでは忠を尽くし、退いては過失を補い、善を助け悪を正し、諫める際も隠さず、公を先に私を後にして功を誇らない者である。次に弁人を説く。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

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GT-500102・巻5
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智思無窮情鑒善惡問無礙滯巧言如流去邪從正無有可匿此辨人也中五仁人者爲上不侈其功爲下不羞其陋慈施惻隱終而不衰此仁人也禮人者分別尊卑廉讓謙謹爲上恭敬爲下思敬此禮人也信人者誠實不欺片言折獄達不肆意窮不易操此信人也義人者

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智思無窮情鑒善惡問無礙滯巧言如流去邪從正無有可匿此辨人也。中五仁人者、爲上不侈其功爲下不羞其陋慈施惻隱終而不衰此仁人也。禮人者、分別尊卑廉讓謙謹爲上恭敬爲下思敬此禮人也。信人者、誠實不欺片言折獄達不肆意窮不易操此信人也。義人者。

訓読校了

智思窮まり無く、情、善惡を鑒み、問ひに礙滯無く、巧言流るるが如く、邪を去り正に從ひ、匿すべきもの無し。此れ辨人なり。中五の仁人は、上と爲りて其の功を侈らず、下と爲りて其の陋を羞ぢず、慈施惻隱、終りまで衰へず。此れ仁人なり。禮人は尊卑を分別し、廉讓謙謹、上と爲りて恭敬し、下と爲りて敬を思ふ。此れ禮人なり。信人は誠實にして欺かず、片言にして獄を折し、達して意を肆にせず、窮して操を易へず。此れ信人なり。義人は、

現代語訳校了

弁人は、知恵と思考に限りがなく、心によって善悪を見分け、どんな問いにも滞りなく答え、巧みな言葉が流れるようで、邪を去って正に従い、隠すところがない。これを弁人という。中位五種のうち仁人は、上位に立っても功を誇らず、下位にいても境遇の低さを恥じず、慈しみ施す惻隠の心が最後まで衰えない。礼人は尊卑を分別し、廉直で譲り、謙虚で慎み深く、上位に立てば恭敬し、下位にいれば敬うことを心がける。信人は誠実で人を欺かず、わずかな言葉からでも裁判を決し、栄達しても意をほしいままにせず、困窮しても節操を変えない。義人については次に説く。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

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GT-500103・巻5
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決斷分了一度順理從善屏惡事無礙滯此義人也智人者識達謀慮鑒察物情能知萌兆豫覩善惡此智人也次五士人者孔子曰知不舉多必審其所由言不務多必審其所謂心有所定計有所守雖不能盡道術之本必有從行也雖不能遍百善之美必有所慮也行既由之

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決斷分了一度順理從善屏惡事無礙滯此義人也。智人者、識達謀慮鑒察物情能知萌兆豫覩善惡此智人也。次五士人者、孔子曰、知不舉多必審其所由言不務多必審其所謂心有所定計有所守雖不能盡道術之本必有從行也。雖不能遍百善之美必有所慮也。行既由之。

訓読校了

決斷分了し、一度、理に順ひ、善に從ひ惡を屏け、事に礙滯無し。此れ義人なり。智人は謀慮に識達し、物情を鑒察し、萌兆を知り、善惡を豫め覩る。此れ智人なり。次五の士人は、孔子曰く、知ること多きを舉げず、必ず其の由る所を審らかにし、言ふこと多きを務めず、必ず其の謂ふ所を審らかにす。心に定まる所有り、計に守る所有り。道術の本を盡くす能はずと雖も必ず從ひ行ふ所有り、百善の美を遍くす能はずと雖も必ず慮る所有り。行ひ既に之に由り、

現代語訳校了

義人は判断を明確にし、一つの基準を貫いて道理に従い、善を選び悪を退け、物事に滞りがない。智人は思慮と計略に通じ、人々の事情を観察し、兆しの段階で善悪を予見する。次の五種のうち士人について、孔子は、知識の多さを誇らず必ず根拠を吟味し、言葉の多さを求めず必ず意味を吟味すると述べる。心に定見があり、計画に守る所がある。道術の根本を尽くせなくても必ず従い実践するものがあり、あらゆる善を備えられなくても必ず思慮する所がある。行いについては次へ続く。

第二十三論諸人・第一者論人配五行

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智既知之言既得之則性命形骸之不易也富貴不足以益貧賤不足以損此士人也庶人者未入仕位猶居壟畝之閒或始解褐未沾品命周禮云庶人在官者始入秩也此謂庶人也農人者用天之道因地之利春耕秋收常在稼穡此曰農人也商人者

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智既知之言既得之則性命形骸之不易也。富貴不足以益貧賤不足以損此士人也。庶人者、未入仕位猶居壟畝之閒或始解褐未沾品命周禮云、庶人在官者、始入秩也。此謂庶人也。農人者、用天之道因地之利春耕秋收常在稼穡此曰、農人也。商人者。

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智既に之を知り、言既に之を得れば、則ち性命形骸も之を易へず。富貴も益すに足らず、貧賤も損ずるに足らず。此れ士人なり。庶人は未だ仕位に入らず、猶ほ壟畝の閒に居り、或いは始めて褐を解くも未だ品命に沾はず。周禮に云く、庶人の官に在る者は始めて秩に入る。此を庶人と謂ふ。農人は天の道を用ひ、地の利に因り、春耕し秋收し、常に稼穡に在る。此を農人と曰ふ。商人は、

現代語訳校了

行いがすでにその道に従い、知恵がすでにそれを理解し、言葉がすでにその意味を得たなら、生命や身体の事情によってもその志は変わらない。富貴もそれを増すに足りず、貧賤もそれを損なうに足りない。これが士人である。庶人はまだ官位に就かず田畑の間にいる者、または初めて粗衣を脱いで任官してもまだ品秩を受けない者である。『周礼』は、官にある庶人を初めて秩に入る者とする。農人は天の道を用い、地の利により、春に耕し秋に収穫し、常に農耕に従事する。商人については次に続く。

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