五行大義

五行大義

隋の蕭吉が五行思想の諸説を集成した『五行大義』全五巻について、土御門文書編纂所による原文翻刻・句読・訓読・現代語訳を公開します。

土御門文書編纂所による公開校訂版です。元禄十二年刊本の画像を底本とし、原文翻刻、独自句読、独自訓読、独自現代語訳を分離して公開します。

自家翻刻・訓読・現代語訳

公開版 gogyo-taigi-20260818-g4-v2・全964単位・42 / 49頁

GT-500045・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

其精爲五帝之座五星隨王受氣卽明堂所祭者也故云宗祀文王於明堂以配上帝禮記曰春之月其帝大皥夏之月其帝炎帝中央土其帝黃帝秋之月其帝少皥冬之月其帝顓頊東方大昊庖羲氏主春蒼精之君南方炎帝神農氏主夏赤精之君中央黃帝軒轅氏主四季黃精之君西方白帝金天氏主秋

句読本文校了

其精爲五帝之座。五星隨王受氣。卽明堂所祭者也。故云。宗祀文王於明堂。以配上帝。禮記曰。春之月。其帝大皥。夏之月。其帝炎帝。中央土。其帝黃帝。秋之月。其帝少皥。冬之月。其帝顓頊。東方大昊。庖羲氏。主春。蒼精之君。南方炎帝。神農氏。主夏。赤精之君。中央黃帝。軒轅氏。主四季。黃精之君。西方白帝。金天氏。主秋。

訓読校了

その精は五帝の座となり、五星は王者に隨って氣を受ける。これが明堂で祭るものである。ゆえに文王を明堂に宗祀して上帝に配すという。禮記に、春の帝は大皥、夏は炎帝、中央土は黃帝、秋は少皥、冬は顓頊という。東方の大昊庖羲氏は春を主る蒼精の君、南方の炎帝神農氏は夏を主る赤精の君、中央の黃帝軒轅氏は四季を主る黃精の君、西方の白帝金天氏は秋を主る。

現代語訳校了

その精気は五帝の座となり、五星は王者に従って気を受ける。これが明堂で祭られる存在である。したがって「文王を明堂に宗祀し、上帝に配する」という。『礼記』では、春の帝を大皥、夏を炎帝、中央の土を黄帝、秋を少皥、冬を顓頊とする。東方の大昊庖羲氏は春を司る蒼精の君、南方の炎帝神農氏は夏を司る赤精の君、中央の黄帝軒轅氏は四季を司る黄精の君、西方の白帝金天氏は秋を司る、

GT-500046・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

白精之君北方黑帝顓頊氏主冬黑精之君易曰帝出於震此蓋人帝之始始於伏羲五行之次以木爲先四時相易以春爲首故庖羲爲五帝之先也又諸史以少昊顓頊高辛唐虞謂之五帝此蓋自舜以前五行相承爲帝也易經乃上取伏羲下至虞舜不言中閒三帝者以其因脩無所造作何以得言之

句読本文校了

白精之君。北方黑帝。顓頊氏。主冬黑精之君。易曰。帝出於震。此蓋人帝之始。始於伏羲。五行之次。以木爲先。四時相易。以春爲首。故庖羲爲五帝之先也。又諸史以少昊。顓頊。高辛。唐。虞。謂之五帝。此蓋自舜以前。五行相承爲帝也。易經乃上取伏羲。下至虞舜。不言中閒三帝者。以其因脩。無所造作。何以得言之。

訓読校了

白精の君である。北方の黑帝顓頊氏は冬を主る黑精の君である。易に「帝は震より出づ」という。これは人帝の始めを伏羲に置くもので、五行は木を先とし四時は春を首とするため、庖羲を五帝の先とする。また諸史は少昊・顓頊・高辛・唐・虞を五帝とする。これは舜以前に五行を相承して帝となった者である。易經が上は伏羲、下は虞舜を取り、中間の三帝をいわないのは、彼らが先制を修めただけで新たな制作がなかったからである。

現代語訳校了

白精の君である。北方の黒帝顓頊氏は冬を司る黒精の君である。『易』に「帝は震より出る」とある。これは人間の帝王の始まりを伏羲に置く説である。五行では木を先とし、四季では春を初めとするため、庖羲を五帝の先頭とする。また諸史は少昊・顓頊・高辛・唐・虞を五帝とする。これは舜以前、五行の徳を継承して帝となった者たちである。『易経』が上は伏羲、下は虞舜を挙げながら、中間の三帝を述べないのは、彼らが先代の制度を修めただけで、新たに作り出したものがなかったからである。

GT-500047・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

故不論也大昊帝庖羲者姓風也母華胥履大人跡而生於成紀蛇身人首以木德王天下爲百王先易曰帝出於震震木東方主春象日之明故曰太昊因象龜文而畫八卦爲罔罟以田漁古者人畜相食爲害者多帝觀蜘蛛之網教民取犧牲以充庖廚故曰庖犧是謂羲皇後世音謬謂之伏犧或云宓羲

句読本文校了

故不論也。大昊帝庖羲者。姓風也。母華胥。履大人跡而生於成紀。蛇身人首。以木德王天下。爲百王先。易曰。帝出於震。震。木。東方。主春。象日之明。故曰太昊。因象龜文而畫八卦。爲罔罟以田漁。古者人畜相食。爲害者多。帝觀蜘蛛之網。教民取犧牲。以充庖廚。故曰庖犧。是謂羲皇。後世音謬。謂之伏犧。或云宓羲。

訓読校了

ゆえに論じない。大昊帝庖羲は風姓で、母の華胥が大人の足跡を踏んで成紀に生み、蛇身人首で、木德をもって天下に王たり百王の先となった。易の「帝は震より出づ」とは、震が木・東方・春を主り、日の明るさを象るため太昊というのである。龜文に象って八卦を畫し、網罟を作って田漁をした。古は人と畜が相食して害が多かったので、帝は蜘蛛の網を觀て民に犧牲を取り庖廚に充てることを教えた。ゆえに庖犧といい羲皇という。後世の音の誤りで伏犧、また宓羲ともいう。

現代語訳校了

そのため、その三帝を論じない。大昊帝庖羲は風姓である。母の華胥が大人の足跡を踏み、成紀で彼を産んだ。蛇の身体に人の頭を持ち、木徳によって天下の王となり、歴代の王の先駆けとなった。『易』の「帝は震より出る」とは、震が木・東方・春を司り、日の明るさを象徴するため「太昊」というのである。亀甲の文様にかたどって八卦を描き、網を作って狩猟と漁を行った。古くは人と獣が互いに食い合う害が多かったので、帝は蜘蛛の巣を見て、民に獣を捕らえて厨房の食料とすることを教えた。このため庖犧、また羲皇と呼ばれた。後世には音を誤って伏犧といい、宓羲ともいう。

GT-500048・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

一號雄皇氏孝經鉤命決云伏羲日角珠衡戴勝禮含文嘉云伏羲德洽上下天應以鳥獸文章地應以龜書伏羲則象作八卦炎帝神農氏姓姜母任姒名女登感神龍而生帝於常年人身牛首以火承木位南方主夏故曰炎帝作耒耜始教民耕農嘗別草木令人食穀以代犧牲之命故號神農一號魁㠕氏

句読本文校了

一號雄皇氏。孝經鉤命決云。伏羲。日角珠衡戴勝。禮含文嘉云。伏羲德洽上下。天應以鳥獸文章。地應以龜書。伏羲則象。作八卦。炎帝神農氏。姓姜。母任姒。名女登。感神龍而生帝於常年。人身牛首。以火承木。位南方。主夏。故曰炎帝。作耒耜。始教民耕農。嘗別草木。令人食穀以代犧牲之命。故號神農。一號魁㠕氏。

訓読校了

一號を雄皇氏という。孝經鉤命決は、伏羲は日角・珠衡・戴勝であったという。禮含文嘉は、伏羲の德が上下に洽く及び、天は鳥獸の文章、地は龜書をもって應じ、伏羲はこれに象って八卦を作ったという。炎帝神農氏は姜姓、母任姒の名は女登で、神龍に感應して常年に帝を生んだ。人身牛首で火をもって木を承け、南方に位して夏を主るため炎帝という。耒耜を作り民に耕農を教え、草木を嘗め分けて穀を食べさせ犧牲の命に代えたため神農と號し、一號を魁㠕氏という。

現代語訳校了

別名を雄皇氏という。『孝経鉤命決』は、伏羲が日角・珠衡・戴勝の相を備えたとする。『礼含文嘉』によれば、伏羲の徳が天地にあまねく及ぶと、天は鳥獣の文様、地は亀書をもって応じ、伏羲はそれらにかたどって八卦を作った。炎帝神農氏は姜姓で、母は任姒、名は女登である。神龍に感応し、常年で帝を産んだ。帝は人の身体に牛の頭を持ち、火徳によって木徳を継ぎ、南方に位置して夏を司るため炎帝という。耒耜を作って初めて民に農耕を教え、草木を口にしてその違いを確かめ、人に穀物を食べさせて犠牲となる動物の命に代えたため神農と号した。別名を魁㠕氏という。

GT-500049・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

是爲農皇禮含文嘉云神農作田道就耒耜天應以嘉禾地出以醴泉黃帝軒轅氏姓姬母附寶見大電光繞北斗樞星明照郊野感而生帝於壽丘以土承火位在中央故曰黃帝治五氣設五星始垂衣裳作舟車造屋宇古者巢居穴處黃帝易之以上棟下宇以蔽風雨故號軒轅亦云居軒轅之丘因以爲號

句読本文校了

是爲農皇。禮含文嘉云。神農作田道。就耒耜。天應以嘉禾。地出以醴泉。黃帝軒轅氏。姓姬。母附寶。見大電光繞北斗樞星。明照郊野。感而生帝於壽丘。以土承火。位在中央。故曰黃帝。治五氣。設五星。始垂衣裳。作舟車。造屋宇。古者巢居穴處。黃帝易之以上棟下宇。以蔽風雨。故號軒轅。亦云。居軒轅之丘。因以爲號。

訓読校了

これを農皇という。『禮含文嘉』は、神農が田道を作り耒耜を整えると、天は嘉禾で應じ、地から醴泉が出たという。黃帝軒轅氏は姬姓。母の附寶が、大電光が北斗樞星を繞って郊野を明るく照らすのを見て感應し、壽丘で帝を生んだ。土をもって火を承け、中央に位するため黃帝という。五氣を治め、五星を設け、初めて衣裳を垂れ、舟車を作り、屋宇を造った。古人の巢居穴處を、上棟下宇して風雨を蔽う住居に改めたので軒轅と號し、軒轅の丘に居たことに因るともいう。

現代語訳校了

これを農皇という。『礼含文嘉』によれば、神農が田畑を治める方法を作り、耒耜を整えると、天はめでたい穀物をもって応じ、地から甘い泉が湧いた。黄帝軒轅氏は姫姓である。母の附宝は、大きな稲妻が北斗の枢星を巡って郊外を明るく照らすのを見て感応し、寿丘で帝を産んだ。帝は土徳によって火徳を継ぎ、中央に位置するため黄帝という。五気を治め、五星を設け、初めて衣裳を定め、舟や車を作り、家屋を建てた。古人の木の上や穴の中での生活を、棟を上げ軒を下ろして風雨を防ぐ家に改めたため軒轅と号し、軒轅の丘に住んだことにちなむともいう。

GT-500050・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

一號帝鴻氏或歸藏氏或有熊氏春秋文燿鈎云黃帝龍顏得天庭法中宿取象文昌禮含文嘉云黃帝脩兵革以德行則黃龍至鳳皇來儀少昊金天氏姬姓名摯字青陽母女文節有大星如虹下流華渚夢接意感生帝以金承土故曰金天卽圖讖所謂白帝朱宣也位在西方主秋金有光明居小陰位

句読本文校了

一號帝鴻氏。或歸藏氏。或有熊氏。春秋文燿鈎云。黃帝龍顏。得天庭法。中宿。取象文昌。禮含文嘉云。黃帝脩兵革。以德行。則黃龍至。鳳皇來儀。少昊金天氏。姬姓。名摯。字青陽。母女文節。有大星如虹。下流華渚。夢接意感。生帝。以金承土。故曰金天。卽圖讖所謂白帝朱宣也。位在西方。主秋。金有光明。居小陰位。

訓読校了

一號を帝鴻氏、あるいは歸藏氏・有熊氏という。春秋文燿鈎は、黃帝は龍顏で天庭の法を得、中宿は文昌に象を取ったという。禮含文嘉は、黃帝が兵革を脩めて德を行うと黃龍が至り鳳皇が來儀したという。少昊金天氏は姬姓、名は摯、字は青陽。母女文節が虹のような大星の華渚へ下る夢に感應して生んだ。金をもって土を承けるため金天といい、圖讖の白帝朱宣である。西方に位し秋を主り、金に光明があり小陰の位に居る。

現代語訳校了

別名を帝鴻氏、また帰蔵氏・有熊氏ともいう。『春秋文燿鈎』は、黄帝が龍のような顔を持ち、天庭の相を得て、中宿にのっとり文昌をかたどったとする。『礼含文嘉』によれば、黄帝が武備を整えながら徳を行うと、黄龍が現れ、鳳凰が礼にかなった姿で来た。少昊金天氏は姫姓、名は摯、字は青陽である。母の女文節は、虹のような大星が華渚へ流れ下る夢を見て感応し、帝を産んだ。金徳によって土徳を継いだため金天といい、図讖にいう白帝・朱宣である。西方に位置して秋を司り、金には明るく輝く性質があって少陰の位にある。

GT-500051・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

故曰少昊文燿鈎云帝摯載干是謂清明發節移度蓋象招搖顓頊高陽氏姓姬母景僕見搖光貫月如虹感而生帝於若水以水承金位在北方主冬故號顓頊文燿鈎云顓頊併幹上法月參集威成紀以理陰陽此五帝既禮所配五方者也帝嚳高辛氏姬姓生而神異自言其名曰逡以木承水五行名官

句読本文校了

故曰少昊。文燿鈎云。帝摯載干。是謂清明。發節移度。蓋象招搖。顓頊高陽氏。姓姬。母景僕。見搖光貫月如虹。感而生帝於若水。以水承金。位在北方。主冬。故號顓頊。文燿鈎云。顓頊併幹。上法月參。集威成紀。以理陰陽。此五帝。既禮所配五方者也。帝嚳高辛氏。姬姓。生而神異。自言其名曰逡。以木承水。五行名官。

訓読校了

ゆえに少昊という。文燿鈎は、帝摯が干を載せ清明と稱され、節を發し度を移すことが招搖に象るという。顓頊高陽氏は姬姓、母景僕が搖光の月を貫くこと虹のようなのを見て感應し、若水に帝を生んだ。水をもって金を承け、北方に位して冬を主るため顓頊と號す。文燿鈎は、顓頊が幹を併せ、上は月參に法り、威を成紀に集めて陰陽を理したという。この五帝が禮に五方へ配される者である。帝嚳高辛氏は姬姓、生まれながら神異で、自ら名を逡といい、木をもって水を承け五行によって官を名づけた。

現代語訳校了

そのため少昊という。『文燿鈎』は、帝摯が干を載せて清明と呼ばれ、節を起こして度を移すことが招揺をかたどるとする。顓頊高陽氏は姫姓である。母の景僕が、虹のような搖光が月を貫くのを見て感応し、若水で帝を産んだ。水徳によって金徳を継ぎ、北方に位置して冬を司るため顓頊と号した。『文燿鈎』によれば、顓頊は幹を合わせ、上は月参にのっとり、威を成紀に集めて陰陽を治めた。以上の五帝が、『礼記』で五方に配される者たちである。帝嚳高辛氏は姫姓で、生まれながらに神異があり、自ら名を逡と告げた。木徳によって水徳を継ぎ、五行によって官名を定めた。

GT-500052・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

故號高辛帝王世紀云高辛𪘀齒有聖德能順三辰帝堯陶唐氏祁姓母慶都出洛渚遇赤龍感孕十四月而生帝於丹陵名放勛以火承木其兄帝摯封之於唐故是號陶唐氏文燿鉤云堯眉八彩是謂通明厤象日月陳剬考功禮含文嘉云堯廣被四表致於龜龍帝舜有虞氏姓姚母握登見大虹意感

句読本文校了

故號高辛。帝王世紀云。高辛𪘀齒。有聖德能順三辰。帝堯陶唐氏。祁姓。母慶都。出洛渚。遇赤龍。感孕十四月。而生帝於丹陵。名放勛。以火承木。其兄帝摯。封之於唐。故是號陶唐氏。文燿鉤云。堯眉八彩。是謂通明。厤象日月。陳剬考功。禮含文嘉云。堯。廣被四表。致於龜龍。帝舜有虞氏。姓姚。母握登。見大虹。意感。

訓読校了

ゆえに高辛と號す。帝王世紀は、高辛は𪘀齒で聖德があり三辰に順うことができたという。帝堯陶唐氏は祁姓、母慶都が洛渚で赤龍に遇って感應し、十四月を經て丹陵に帝を生んだ。名は放勛。火をもって木を承け、兄の帝摯が唐に封じたので陶唐氏と號す。文燿鉤は、堯の眉に八彩があり通明といい、日月を厤象して功を考え定めたという。禮含文嘉は、堯の德が四表に廣く及び龜龍を致したという。帝舜有虞氏は姚姓、母握登が大虹を見て感應した。

現代語訳校了

そのため高辛と号した。『帝王世紀』によれば、高辛は𪘀歯で、聖徳を備え、三辰の運行に従うことができた。帝堯陶唐氏は祁姓である。母の慶都が洛渚で赤龍に出会って感応し、十四か月後、丹陵で帝を産んだ。名は放勛。火徳によって木徳を継ぎ、兄の帝摯が唐に封じたため陶唐氏と号した。『文燿鉤』は、堯の眉に八色の彩りがあって「通明」と呼ばれ、日月の運行を観測して功績を考課したとする。『礼含文嘉』は、堯の徳が四方の果てまで広く及び、亀と龍を招いたとする。帝舜有虞氏は姚姓で、母の握登が大きな虹を見て感応し、

GT-500053・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

生帝於姚墟名重華字都君目重瞳子故名重華以土承火堯封之於虞故號有虞氏設五色之服文燿鈎云舜重瞳子是謂□諒上應攝提以統三光禮含文嘉云舜損己以安百姓致鳥獸鶬鶬鳳凰來儀此三帝并少昊顓頊共爲五帝史記以伏羲女媧神農爲三皇黃帝以下爲五帝帝王世紀以羲皇神農

句読本文校了

生帝於姚墟。名重華。字都君。目重瞳子。故名重華。以土承火。堯封之於虞。故號有虞氏。設五色之服。文燿鈎云。舜重瞳子。是謂□諒。上應攝提。以統三光。禮含文嘉云。舜損己以安百姓。致鳥獸鶬鶬。鳳凰來儀。此三帝。并少昊。顓頊。共爲五帝。史記以伏羲。女媧。神農。爲三皇。黃帝以下爲五帝。帝王世紀以羲皇。神農。

訓読校了

姚墟に帝を生み、名は重華、字は都君。目に重瞳子があったので重華と名づけた。土をもって火を承け、堯が虞に封じたため有虞氏と號し、五色の服を設けた。文燿鈎は、舜の重瞳子を□諒といい、上は攝提に應じて三光を統べたという。禮含文嘉は、舜が己を損じ百姓を安んじると、鶬鶬と鳳凰が來儀したという。この三帝に少昊・顓頊を合わせ五帝とする。史記は伏羲・女媧・神農を三皇、黃帝以下を五帝とし、帝王世紀は羲皇・神農をいう。

現代語訳校了

姚墟で帝を産んだ。名は重華、字は都君である。両目に重瞳があったため重華と名づけた。土徳によって火徳を継ぎ、堯が虞に封じたため有虞氏と号し、五色の服を定めた。『文燿鈎』は、舜の重瞳を「□諒」と呼び、上は摂提に応じて日・月・星の三光を統べたとする。『礼含文嘉』によれば、舜が自分を抑えて民を安んじると、鳥獣がゆったりと秩序正しく歩み、鳳凰が威儀を示して飛来した。この三帝に少昊・顓頊を加えて五帝とする。『史記』は伏羲・女媧・神農を三皇、黄帝以下を五帝とし、一方『帝王世紀』は羲皇・神農と、

GT-500054・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

黃帝爲三皇少昊已下爲五帝今案禮記郊配五德自伏羲至顓頊爲五帝是其正位所以然者易稱帝出於震蓋五德之首也以次而行至顓頊則五德數終若以少昊爲首則金非五德之先若以黃帝爲首土居中央本非創始故從木爲先伏羲爲五德之首易言是也其帝嚳已下皆行次相承也上帝有五

句読本文校了

黃帝。爲三皇。少昊已下爲五帝。今案禮記。郊配五德。自伏羲至顓頊爲五帝。是其正位。所以然者。易稱帝出於震。蓋五德之首也。以次而行。至顓頊則五德數終。若以少昊爲首。則金非五德之先。若以黃帝爲首。土居中央。本非創始。故從木爲先。伏羲爲五德之首。易言是也。其帝嚳已下。皆行次相承也。上帝有五。

訓読校了

黃帝を三皇とし、少昊以下を五帝とする。いま禮記を按ずるに、郊祭で五德に配すのは伏羲から顓頊までの五帝で、これが正位である。その理由は、易が「帝は震より出づ」として木德を五德の首とし、順次進んで顓頊で五德の數が終わるからである。少昊を首とすれば金は先ではなく、黃帝を首とすれば土は中央で創始ではない。ゆえに木を先として伏羲を五德の首とするのが易の説である。帝嚳以下も皆、その行次を相承した。上帝には五神がある。

現代語訳校了

黄帝を三皇とし、少昊以下を五帝とする。『礼記』を考えると、郊祭で五徳に配されるのは伏羲から顓頊までの五帝で、これが正しい位置づけである。その理由は、『易』が「帝は震より出る」として木徳を五徳の初めに置き、その順序で進むと顓頊で五徳の数が一巡するからである。少昊を初めとすれば金は五徳の先頭ではなく、黄帝を初めとすれば土は中央にあり、本来、物事を開始する位置ではない。したがって木を先とし、伏羲を五徳の初めとするのが『易』の説である。帝嚳以下も、その順序を受け継いだ。上帝には五神がある。

GT-500055・巻5
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原文翻刻校了

靈威仰等姓氏事伏羲年代久遠典籍遺漏不可具釋然五德相承謂受天明命必豫符瑞以明會昌若應命之主皆承太微五帝之精以誕於世必有先徵示其萌兆也木王則蒼帝之子火王則赤帝之子土王則黃帝之子金王則白帝之子水王則黑帝之子故錄圖云東方蒼帝體爲蒼龍其人長頭面大角

句読本文校了

靈威仰等姓氏事。伏羲年代久遠。典籍遺漏。不可具釋。然五德相承。謂受天明命。必豫符瑞。以明會昌。若應命之主。皆承太微五帝之精。以誕於世。必有先徵。示其萌兆也。木王則蒼帝之子。火王則赤帝之子。土王則黃帝之子。金王則白帝之子。水王則黑帝之子。故錄圖云。東方蒼帝。體爲蒼龍。其人長頭面。大角。

訓読校了

靈威仰らの姓氏の事は、伏羲の年代が久遠で典籍が失われ、つぶさに釋せない。しかし五德を相承して天の明命を受ける者には、必ず前もって符瑞があり盛運を明らかにする。命に應ずる主は太微五帝の精を承けて世に誕生するため、必ず先徵が萌兆を示す。木王は蒼帝の子、火王は赤帝の子、土王は黃帝の子、金王は白帝の子、水王は黑帝の子である。ゆえに錄圖は、東方蒼帝の體を蒼龍とし、その人は長頭面で大角という。

現代語訳校了

霊威仰らの姓氏については、年代が伏羲の時代までさかのぼり、典籍にも欠落があるため、詳しく説明できない。しかし五徳を継承して天の明らかな命を受ける者には、必ず前もって瑞兆があり、盛運の到来を明らかにする。天命に応じる君主は皆、太微の五帝の精気を受けて世に生まれるため、必ず前兆がその芽生えを示す。木徳の王は蒼帝の子、火徳の王は赤帝の子、土徳の王は黄帝の子、金徳の王は白帝の子、水徳の王は黒帝の子である。『録図』は東方の蒼帝の身体を蒼龍とし、その人は頭が長く顔が大きく、角骨が

GT-500056・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

骨起眉背豐博順金授火南方赤帝體爲朱鳥其人尖頭圓面方頤張目小上廣下鬚髥偃胸順水授土中央黃帝體爲軒轅其人面方廣顙兌頤緩脣背豐厚順木授金西方白帝體爲白虎其人方顙直面兌口大鼻小角順火授水北方黑帝體爲玄武其人夾面兌頭深目厚耳垂腹反羽順土授木

句読本文校了

骨起。眉。背豐博。順金授火。南方赤帝。體爲朱鳥。其人尖頭。圓面。方頤。張目。小上廣下。鬚髥偃胸。順水授土。中央黃帝。體爲軒轅。其人面方。廣顙。兌頤。緩脣。背豐厚。順木授金。西方白帝。體爲白虎。其人方顙。直面。兌口。大鼻。小角。順火授水。北方黑帝。體爲玄武。其人夾面。兌頭。深目。厚耳。垂腹。反羽。順土授木。

訓読校了

骨が起ち、眉と背は豐博で、金に順って火へ授ける。南方赤帝の體は朱鳥で、その人は尖頭・圓面・方頤・張目、小上廣下、鬚髥は胸に偃し、水に順って土へ授ける。中央黃帝の體は軒轅で、その人は面方・廣顙・兌頤・緩脣・背豐厚、木に順って金へ授ける。西方白帝の體は白虎で、方顙・直面・兌口・大鼻・小角、火に順って水へ授ける。北方黑帝の體は玄武で、夾面・兌頭・深目・厚耳・垂腹・反羽、土に順って木へ授ける。

現代語訳校了

隆起し、眉と背が豊かで広く、金に従って火へ位を伝える。南方の赤帝の身体は朱鳥で、その人は頭が尖り、顔が丸く、あごが四角く、目を見開き、上半分が小さく下半分が広く、ひげが胸まで垂れ、水に従って土へ位を伝える。中央の黄帝の身体は軒轅で、その人は顔が四角く、額が広く、あごが鋭く、唇がゆるやかで、背が豊かで厚く、木に従って金へ位を伝える。西方の白帝の身体は白虎で、その人は額が四角く、顔がまっすぐで、口が鋭く、鼻が大きく、角が小さく、火に従って水へ位を伝える。北方の黒帝の身体は玄武で、その人は顔が細く、頭が鋭く、目が深く、耳が厚く、腹が垂れ、毛が逆立ち、土に従って木へ位を伝える。

GT-500057・巻5
本文 校了
原文翻刻校了

此竝象五行之符依其行次以相傳授也感精符云蒼帝望之廣視之博赤帝望之火煌煌燃視之尖上黃帝望之小視之大廣厚正方白帝望之明視之茂黑帝望之巨視之穉元命苞云蒼精用事象歲星赤精用事象熒惑黃精用事象鎮星白精用事象太白黑精用事象辰星此皆五德之依五行子母相傳也

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此竝象五行之符。依其行次。以相傳授也。感精符云。蒼帝。望之廣。視之博。赤帝。望之火煌煌燃。視之尖上。黃帝。望之小。視之大。廣厚正方。白帝。望之明。視之茂。黑帝。望之巨。視之穉。元命苞云。蒼精用事。象歲星。赤精用事。象熒惑。黃精用事。象鎮星。白精用事。象太白。黑精用事。象辰星。此皆五德之依五行。子母相傳也。

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これらは皆五行の符を象り、その行次に從って傳授する。感精符は、蒼帝は望めば廣く視れば博く、赤帝は望めば火が煌々と燃え視れば上が尖り、黃帝は望めば小さく視れば大きく廣厚正方、白帝は望めば明らかで視れば茂り、黑帝は望めば巨大で視れば穉いという。元命苞は、蒼精の用事は歲星、赤精は熒惑、黃精は鎮星、白精は太白、黑精は辰星に象るという。これは皆、五德が五行に依って子母相傳することである。

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これらはすべて五行の符をかたどり、その順序に従って互いに位を伝えるものである。『感精符』によれば、蒼帝は遠望すると広く、近くで見ると豊かである。赤帝は遠望すると火が煌々と燃えるようで、近くで見ると上が尖っている。黄帝は遠望すると小さく、近くで見ると大きく、広く厚く整った四角形である。白帝は遠望すると明るく、近くで見ると茂っている。黒帝は遠望すると巨大で、近くで見ると幼い。『元命苞』によれば、蒼精が働く姿は歳星、赤精は熒惑、黄精は鎮星、白精は太白、黒精は辰星にかたどられる。これはいずれも、五徳が五行に従い、母子の関係で継承されることを示す。

GT-500058・巻5
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非其次者必有剋代而不終也秦以金德代周二世而亡漢以火行繼周代秦偽金故其祚長遠若是其行次者則有符瑞也春秋元命苞云堯火精故慶都感赤龍而生漢以孔子獲麟得圖書云姬周亡火曜劉起帝卯金故高祖斬白蛇而神母哭云赤帝子殺我白帝子光武感赤伏符而中興此皆火德之徵也

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非其次者。必有剋代而不終也。秦以金德代周。二世而亡。漢以火行繼周。代秦偽金。故其祚長遠。若是其行次者。則有符瑞也。春秋元命苞云。堯火精。故慶都感赤龍而生。漢以孔子獲麟得圖書云。姬周亡。火曜。劉起。帝卯金。故高祖斬白蛇。而神母哭云。赤帝子殺我白帝子。光武感赤伏符而中興。此皆火德之徵也。

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その順次でなければ、必ず剋して代わっても終わりを全うしない。秦は金德で周に代わったが二世で亡びた。漢は火行で周を繼ぎ、秦の僞金に代わったので祚が長い。行次に合えば符瑞がある。春秋元命苞は、堯は火精なので慶都が赤龍に感じて生んだという。漢は、孔子が麟を獲て得た圖書に「姬周亡び、火曜り、劉起こり、帝は卯金」とあったため、高祖が白蛇を斬ると神母が「赤帝の子が我が白帝の子を殺した」と哭いた。光武は赤伏符に感じて中興した。これらは火德の徵である。

現代語訳校了

この順序に従わなければ、相剋によって前代に代わっても、王朝は終わりを全うできない。秦は金徳を掲げて周に代わったが、二世で滅びた。漢は火徳によって周を継ぎ、秦の偽りの金徳に代わったため、その王統は長く続いた。このように順序に合えば瑞兆が現れる。『春秋元命苞』によれば、堯は火の精なので、慶都が赤龍に感応して彼を産んだ。漢については、孔子が麒麟を捕らえた時に得た図書に「姫姓の周は滅び、火が輝き、劉氏が起こり、帝は卯金である」とあった。このため高祖が白蛇を斬ると、その神母は「赤帝の子が、私の白帝の子を殺した」と泣いた。光武帝は赤伏符に感応して漢を中興した。これらはすべて火徳の徴である。

GT-500059・巻5
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四行所感例皆如此往代帝王符瑞非一不可具述今略論五帝配五行如此

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四行所感。例皆如此。往代帝王。符瑞非一。不可具述。今略論五帝配五行如此。

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他の四行が感ずる例も皆このようである。往代帝王の符瑞は一つでなく、つぶさに述べられない。いま五帝を五行に配することを略論した。

現代語訳校了

他の四行にも同様の感応例があるが、過去の帝王の符瑞は多いため省略し、五帝と五行の配当論を結ぶ。

GT-500060・巻5
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第二十二論諸官自三五已來紀官無定皆因符瑞名號不同或以鳥龍或以雲火莫不仰觀俯察因事而置事雖時世不一五行無爽至于顓頊以人事紀官南正重司天以屬神北正黎司地以屬民於是神民不離高辛氏立五行名官以勾芒爲木正祝融爲火正蓐收爲金正玄冥爲水正后土爲土正

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第二十二論諸官。自三五已來。紀官無定。皆因符瑞。名號不同。或以鳥龍。或以雲火。莫不仰觀俯察。因事而置事。雖時世不一。五行無爽。至于顓頊。以人事紀官。南正重。司天以屬神。北正黎。司地以屬民。於是神民不離。高辛氏立。五行名官。以勾芒爲木正。祝融爲火正。蓐收爲金正。玄冥爲水正。后土爲土正。

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第二十二、諸官を論ず。三皇五帝以來、官を記す法は一定せず、皆符瑞に因って名號が異なり、鳥龍あるいは雲火を用いた。仰いで天を觀、俯して地を察し、事に因って官を置いたので、時世は異なっても五行に違いはない。顓頊に至って人事により官を紀し、南正重は天を司って神を屬し、北正黎は地を司って民を屬し、神民は離れなくなった。高辛氏は五行により官を名づけ、勾芒を木正、祝融を火正、蓐收を金正、玄冥を水正、后土を土正とした。

現代語訳校了

第二十二は諸官を論じる。三皇五帝以来、官職を記す方法は一定せず、瑞兆に基づいて名称も異なり、鳥や龍、雲や火を名に用いた。いずれも天を仰いで観察し、地を見下ろして調べ、事柄に応じて官を置いたのである。時代は異なっても、五行の原理に違いはない。顓頊の時代になると人事によって官を定め、南正の重は天を司って神々を管轄し、北正の黎は地を司って民を管轄した。これによって神と民は、それぞれの持ち場を離れなくなった。高辛氏は五行によって官名を定め、勾芒を木正、祝融を火正、蓐收を金正、玄冥を水正、后土を土正とした。

GT-500061・巻5
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分掌其職少皓氏有四子重該脩熙重爲勾芒木官之神該爲蓐收金官之神脩煕並爲玄冥水官之神顓頊氏子曰黎爲祝融火官之神共工氏子曰勾龍爲后土土官之神此五神生而爲上公死爲貴神別稱五祀已配五行周書云武王營洛邑未成四海之神皆會曰周王神聖當知我名若不知水旱敗之

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分掌其職。少皓氏有四子。重。該。脩。熙。重爲勾芒。木官之神。該爲蓐收。金官之神。脩。煕。並爲玄冥。水官之神。顓頊氏子曰黎。爲祝融。火官之神。共工氏子曰勾龍。爲后土。土官之神。此五神。生而爲上公。死爲貴神。別稱五祀。已配五行。周書云。武王營洛邑未成。四海之神皆會。曰。周王神聖。當知我名。若不知。水旱敗之。

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各々その職を分掌した。少皓氏には重・該・脩・熙の四子があり、重は勾芒で木官の神、該は蓐收で金官の神、脩と煕はともに玄冥で水官の神となった。顓頊氏の子黎は祝融で火官の神、共工氏の子勾龍は后土で土官の神となった。この五神は生きて上公となり、死して貴神となり、別に五祀と稱して五行に配された。周書にいう、武王が洛邑を營むも未完成の時、四海の神が集まり「周王は神聖だから我が名を知るべきで、知らなければ水旱で敗る」といった。

現代語訳校了

それぞれが職務を分担した。少皓氏には重・該・脩・熙の四子があり、重は勾芒となって木官の神、該は蓐收となって金官の神、脩と熙はともに玄冥となって水官の神となった。顓頊氏の子・黎は祝融となって火官の神、共工氏の子・勾龍は后土となって土官の神となった。この五神は生前には上公となり、死後には尊い神となり、別に五祀と称して五行に配された。『周書』によれば、武王が洛邑を造営してまだ完成しない時、四海の神が集まり、「周王は神聖なのだから、我々の名を知るべきである。知らなければ、水害や旱魃によって滅ぼそう」と言った。

GT-500062・巻5
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明年雨雪十餘旬深丈餘五大夫乘車從兩騎止王門太公曰車騎無跡謂人之變乃使人持粥進之曰不知客尊卑何從騎曰先進南海御次東海御次北海御次西海御次河伯次風伯次雨師武王問太公竝何名太公曰南海神名祝融東海神名勾芒北海神名玄冥西海神名蓐收禮記月令云春之月

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明年。雨雪十餘旬。深丈餘。五大夫乘車。從兩騎。止王門。太公曰。車騎無跡。謂人之變。乃使人持粥進之曰。不知客尊卑何。從騎曰。先進南海御。次東海御。次北海御。次西海御。次河伯。次風伯。次雨師。武王問太公。竝何名。太公曰。南海神名祝融。東海神名勾芒。北海神名玄冥。西海神名蓐收。禮記月令云。春之月。

訓読校了

翌年、雨雪が十餘旬降り深さ一丈餘となった。五大夫が車に乘り二騎を從えて王門に止まった。太公は車騎に跡がないので人の變化したものといい、人に粥を持たせて進め「客の尊卑はどのようか」と問わせた。從騎は南海御、東海御、北海御、西海御、河伯、風伯、雨師の順に進むと答えた。武王が太公に皆の名を問うと、太公は南海神を祝融、東海神を勾芒、北海神を玄冥、西海神を蓐收と答えた。禮記月令では春の月をいう。

現代語訳校了

翌年、雨と雪が百日余り続き、深さは一丈余りに達した。五人の大夫が車に乗り、二騎を従えて王城の門に止まった。太公は車馬の跡がないのを見て、人に姿を変えた神々だと判断した。そこで人に粥を持たせて差し出し、「客人の尊卑はどのような順序ですか」と尋ねさせた。従者は、まず南海御、次に東海御、北海御、西海御、河伯、風伯、雨師の順だと答えた。武王が太公に彼らの名を尋ねると、太公は南海神を祝融、東海神を勾芒、北海神を玄冥、西海神を蓐收と答えた。続いて『礼記』月令には「春の月は、」とある。

GT-500063・巻5
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其神勾芒夏之月其神祝融中央土其神后土秋之月其神蓐收冬之月其神玄冥是也此五方之神以配五行又黃帝置三公之職以象三台星風后配上台天老配中台五聖配下台置左右二監此亦五行之謂也四司分掌四方卽四時之法也堯以羲和四子分掌四時方嶽之職謂之四嶽太公曰太師者

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其神勾芒。夏之月。其神祝融。中央土。其神后土。秋之月。其神蓐收。冬之月。其神玄冥是也。此五方之神。以配五行。又。黃帝置三公之職。以象三台星。風后配上台。天老配中台。五聖配下台。置左右二監。此亦五行之謂也。四司分掌四方。卽四時之法也。堯以羲和四子。分掌四時方嶽之職。謂之四嶽。太公曰。太師者。

訓読校了

その神は勾芒、夏は祝融、中央土は后土、秋は蓐收、冬は玄冥という。これが五方の神を五行に配するものである。また黃帝は三公の職を置いて三台星に象り、風后を上台、天老を中台、五聖を下台に配し、左右二監を置いた。これも五行の意である。四司が四方を分掌するのは四時の法である。堯は羲和の四子に四時と方嶽の職を分掌させ四嶽と呼んだ。太公にいう太師とは、と続く。

現代語訳校了

春の神は勾芒、夏の神は祝融、中央の土の神は后土、秋の神は蓐收、冬の神は玄冥である。これが五方の神を五行に配する説である。また黄帝は三公の職を置いて三台星をかたどり、風后を上台、天老を中台、五聖を下台に配し、左右の二監を置いた。これも五行を表す。四司が四方を分担するのは四季の法に基づく。堯は羲・和の四子に四季と四方の岳の職を分担させ、四岳と呼んだ。太公は「太師とは、

GT-500064・巻5
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心腹之臣所使是人之英故曰前疑常立於前決疑事也太史者耳目之臣所使視聽是人之後故曰後承常立於後承主之過取驗於天太傅者爪牙之臣所使守衞是人之傑故曰左輔輔人主缺事立於左拒君之難太保者羽翼之臣所使察伺是人之警故曰右弼常立於右弼人主之邪四輔既立

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心腹之臣。所使是人之英。故曰前疑。常立於前。決疑事也。太史者。耳目之臣。所使視聽。是人之後。故曰後承。常立於後。承主之過。取驗於天。太傅者。爪牙之臣。所使守衞。是人之傑。故曰左輔。輔人主缺事。立於左。拒君之難。太保者。羽翼之臣。所使察伺。是人之警。故曰右弼。常立於右。弼人主之邪。四輔既立。

訓読校了

心腹の臣であり、用いるのは人の英であるため前疑といい、常に前に立って疑事を決する。太史は耳目の臣で、視聽させる人は後に置くので後承といい、常に後ろに立って主の過ちを承け、天に驗を取る。太傅は爪牙の臣で守衞させる人の傑であるため左輔といい、主の欠けた事を輔け左に立って君の難を防ぐ。太保は羽翼の臣で察伺させる人の警であるため右弼といい、常に右に立って主の邪を正す。四輔が立てば、

現代語訳校了

君主の腹心となる臣であり、人々の中から英才を用いるため前疑と呼ぶ。常に君主の前に立ち、疑わしい事柄を裁決する」と述べる。太史は君主の耳目となる臣で、見聞を担当させ、人の後ろに置くため後承と呼ぶ。常に君主の後ろに立ってその過失を受け止め、天に徴を求める。太傅は爪牙となる臣で、守衛を担当させる傑出した人物なので左輔と呼ぶ。君主に欠けた働きを補い、左に立って君主の難を防ぐ。太保は羽翼となる臣で、監察を担当させる機敏な人物なので右弼と呼ぶ。常に右に立って君主の邪を正す。この四輔が置かれれば、

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