五行大義

五行大義

隋の蕭吉が五行思想の諸説を集成した『五行大義』全五巻について、土御門文書編纂所による原文翻刻・句読・訓読・現代語訳を公開します。

土御門文書編纂所による公開校訂版です。元禄十二年刊本の画像を底本とし、原文翻刻、独自句読、独自訓読、独自現代語訳を分離して公開します。

自家翻刻・訓読・現代語訳

公開版 gogyo-taigi-20260818-g4-v2・全964単位・31 / 49頁

GT-400067・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

殷以地統服色尚白者陰道尚右其行右轉殷以水德王金是其母金色白故右行用其白色

句読本文校了

殷以地統服色尚白者陰道尚右其行右轉殷以水德王金是其母金色白故右行用其白色。

訓読校了

殷、地統を以てし、服色に白を尚ぶは、陰道、右を尚び、其の行は右轉す。殷は水德を以て王たり、金は是れ其の母、金色は白。故に右行し、其の白色を用ゐる。

現代語訳校了

殷が地統を採って白を尊ぶのは、陰道が右を尊び右回りするためである。殷は水徳で王となり、その母である金の色が白なので、右行して白色を用いる。

GT-400068・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

夏以人統服色尚黑者人亦尚左夏以金德王水是其子水色黑故左行用其黑色

句読本文校了

夏以人統服色尚黑者人亦尚左夏以金德王水是其子水色黑故左行用其黑色。

訓読校了

夏、人統を以てし、服色に黑を尚ぶは、人も亦た左を尚ぶ。夏は金德を以て王たり、水は是れ其の子、水色は黑。故に左行し、其の黑色を用ゐる。

現代語訳校了

夏が人統を採って黒を尊ぶのは、人も左を尊ぶためである。夏は金徳で王となり、その子である水の色が黒なので、左行して黒色を用いる。

GT-400069・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

又云帝王之興多從符瑞周感赤雀故尚赤殷致白狼故尚白夏錫元珪故尚黑

句読本文校了

又云帝王之興多從符瑞周感赤雀故尚赤殷致白狼故尚白夏錫元珪故尚黑。

訓読校了

又た云ふ、帝王の興るや、多く符瑞に從ふ。周は赤雀に感じ、故に赤を尚ぶ。殷は白狼を致し、故に白を尚ぶ。夏は元珪を錫はり、故に黑を尚ぶ。

現代語訳校了

また帝王の興起は多く瑞兆に従い、周は赤雀の瑞によって赤、殷は白狼によって白、夏は黒い圭を授かったことで黒を尊んだという。

GT-400070・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

此皆先兆氣王之符子母相助之義如漢以火德鎮星之精降爲黃石授子房以兵信助沛公而滅楚非五運之色相扶爲用

句読本文校了

此皆先兆氣王之符子母相助之義如漢以火德鎮星之精降爲黃石授子房以兵信助沛公而滅楚非五運之色相扶爲用。

訓読校了

此れ皆先兆氣王の符、子母相助くるの義なり。漢が火德を以てし、鎮星の精降りて黃石と爲り、子房に兵信を授け、沛公を助けて楚を滅ぼせるが如し。五運の色、相扶けて用を爲すに非ずや。

現代語訳校了

これらはすべて気が盛んになる前兆であり、母子が助け合う意味である。漢の火徳に際して鎮星の精が降って黄石となり、子房に軍事上の信符を授け、沛公を助けて楚を滅ぼした例のように、五運の色が互いに助け合って働くことではないか。

GT-400071・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

孔子云夏正得天此謂得天道四時之氣應八節生殺之期也故云行夏之時乘殷之輅服周之冕兼三代而爲法蓋取其可久者也

句読本文校了

孔子云夏正得天此謂得天道四時之氣應八節生殺之期也。故云行夏之時乘殷之輅服周之冕兼三代而爲法蓋取其可久者也。

訓読校了

孔子云ふ、夏正は天を得たり。此れ天道四時の氣を得て、八節生殺の期に應ずるを謂ふなり。故に云ふ、夏の時を行ひ、殷の輅に乘り、周の冕を服す。三代を兼ねて法と爲すは、蓋し其の久しかる可き者を取るなり。

現代語訳校了

孔子が「夏暦の正月は天に適う」といったのは、天道と四季の気を得て、八節における生成と衰滅の時期に応じることをいう。そこで夏の暦を用い、殷の車に乗り、周の冠を着けよという。三代の制度を合わせて法とするのは、長く用いられるものを選ぶためである。

GT-400072・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

秦以建亥之月而爲歲首漢初因秦正朔自魏已後自用夏正至今無改以其得天氣也

句読本文校了

秦以建亥之月而爲歲首漢初因秦正朔自魏已後自用夏正至今無改以其得天氣也。

訓読校了

秦は亥に建つ月を以て歲首と爲し、漢初は秦の正朔に因る。魏より已後、自ら夏正を用ゐ、今に至るまで改むる無し。其の天氣を得たるを以てなり。

現代語訳校了

秦は亥月を年初とし、前漢初期も秦暦を継いだが、魏以後は夏暦を用いて現在まで改めない。夏暦が天の気に適うためである。

GT-400073・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

又遁甲太一九宮元辰皆有三元竝起甲子初爲天元盡六甲次甲子爲地元又次甲子爲人元

句読本文校了

又遁甲太一九宮元辰皆有三元竝起甲子初爲天元盡六甲次甲子爲地元又次甲子爲人元。

訓読校了

又た遁甲・太一・九宮・元辰、皆三元有り、竝びに甲子に起こる。初めを天元と爲し、六甲を盡くし、次の甲子を地元と爲し、又た次の甲子を人元と爲す。

現代語訳校了

遁甲にも太一にも九宮にも元辰にも三元があり、四術とも甲子から始まる。最初の六甲を天元、次の甲子からを地元、さらに次の甲子からを人元とする。

GT-400074・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

遁甲以冬夏二至後甲己之日夜半時爲甲子元首三元各分爲三故一百八十日爲元卒陰陽兩道盡一歲之用

句読本文校了

遁甲以冬夏二至後甲己之日夜半時爲甲子元首三元各分爲三故一百八十日爲元卒陰陽兩道盡一歲之用。

訓読校了

遁甲は冬夏二至の後、甲己の日の夜半の時を甲子元首と爲す。三元各おの分かれて三と爲る。故に一百八十日をもって元の卒りと爲し、陰陽兩道、一歲の用を盡くす。

現代語訳校了

遁甲では冬至・夏至後の甲または己の日の夜半を甲子の元首とし、三元を各々さらに三分する。そのため百八十日で元の一巡を終え、陰遁・陽遁の二道によって一年の働きを尽くす。

GT-400075・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

太一以初元甲子六十年爲一紀次甲子爲第二紀滿六紀三百六十年爲一周

句読本文校了

太一以初元甲子六十年爲一紀次甲子爲第二紀滿六紀三百六十年爲一周。

訓読校了

太一は初元甲子の六十年を以て一紀と爲し、次の甲子を第二紀と爲す。六紀三百六十年を滿たして一周と爲す。

現代語訳校了

太一では初元甲子から六十年を一紀、次の甲子からを第二紀とし、六紀すなわち三百六十年で一巡する。

GT-400076・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

九宮別以己亥爲元首分爲五元初己亥六十年爲天元次己亥六十年爲地元次己亥六十年爲人元次己亥六十年爲河元次己亥六十年爲海元

句読本文校了

九宮別以己亥爲元首分爲五元初己亥六十年爲天元次己亥六十年爲地元次己亥六十年爲人元次己亥六十年爲河元次己亥六十年爲海元。

訓読校了

九宮は別に己亥を以て元首と爲し、分かちて五元と爲す。初の己亥六十年を天元、次の己亥六十年を地元、次を人元、次を河元、次を海元と爲す。

現代語訳校了

九宮では別に己亥を元首として五元に分ける。最初の己亥から六十年を天元、次の己亥から六十年を地元、その次の己亥から六十年を人元、さらに次の己亥から六十年を河元、さらに次の己亥から六十年を海元とする。

九宮の周回・律呂篇結語

第4冊 第10画像を開く(新しいタブ)
GT-400077・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

九年一周四九三十六亦周六甲之大數也三元正朔竝從律呂應歷定時皆配五行故同此釋

句読本文校了

九年一周四九三十六亦周六甲之大數也。三元正朔竝從律呂應歷定時皆配五行故同此釋。

訓読校了

九年一周、四九三十六、亦た六甲を周るの大數なり。三元・正朔、竝びに律呂に從ひ、歷に應じて時を定め、皆五行に配す。故に此に同じく釋す。

現代語訳校了

九年で一巡し、四掛ける九の三十六も六甲を巡る大数となる。三元と暦の正朔はいずれも律呂に従い、暦に応じて時を定め、すべて五行に配当されるため、ここで合わせて解説した。

GT-400078・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

第十六論七政

句読本文校了

第十六論七政。

訓読校了

第十六、七政を論ず。

現代語訳校了

第十六篇「七政を論ず」。

GT-400079・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

夫七政者乃是玄象之端正天之度王者仰之以爲治政故謂之政七者數有七也凡有三解一云日月五星合爲七政二云北斗七星爲七政

句読本文校了

夫七政者乃是玄象之端正天之度王者仰之以爲治政故謂之政七者數有七也凡有三解一云日月五星合爲七政二云北斗七星爲七政。

訓読校了

夫れ七政は、乃ち玄象の端、天の度を正す。王者之を仰ぎ、以て治政を爲す。故に之を政と謂ふ。七は、數に七有るなり。凡そ三解有り。一に云ふ、日月五星、合して七政と爲す。二に云ふ、北斗七星を七政と爲す。

現代語訳校了

七政は天象の基本で天の尺度を正し、王者が仰ぎ見て政治を行うため「政」という。七はその数で、三説がある。第一は日月と五星、第二は北斗七星を七政とする説である。

GT-400080・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

三云二十八宿布在四方方別七宿共爲七政此三種七政皆配五行竝三辰之首也

句読本文校了

三云二十八宿布在四方方別七宿共爲七政此三種七政皆配五行竝三辰之首也。

訓読校了

三に云ふ、二十八宿、四方に布き、方ごとに七宿を別ち、共に七政と爲す。此の三種の七政、皆五行に配し、竝びに三辰の首なり。

現代語訳校了

第三は二十八宿を四方に七宿ずつ配置して七政とする説である。この三種の七政はいずれも五行に配され、日・月・星の三辰の首位となる。

GT-400081・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

日月五星爲七政者尚書考靈曜七政曰日月者時之主也五星者時之紀也故曰在璇璣玉衡以齊七政七政謂日月五行之政七政卽日月五星也

句読本文校了

日月五星爲七政者尚書考靈曜七政曰日月者時之主也五星者時之紀也故曰在璇璣玉衡以齊七政七政謂日月五行之政七政卽日月五星也。

訓読校了

日月五星を七政と爲すは、尚書考靈曜の七政に曰く、日月は時の主、五星は時の紀なり。故に曰く、璇璣玉衡に在りて以て七政を齊ふ。七政は日月五行の政を謂ひ、卽ち日月五星なり。

現代語訳校了

日月五星説では、『尚書考霊曜』が日月を時の主、五星を時の紀とし、「璇璣玉衡によって七政を整える」と説く。ここで七政とは日月と五行星、つまり日月五星を指す。

日は陽精・日と三足烏

第4冊 第11画像を開く(新しいタブ)
GT-400082・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

日者河圖汗光篇云日爲陽精始日實也元命苞云陽以一起故日日行一度陽成於三故有三足烏

句読本文校了

日者、河圖汗光篇云、日爲陽精始、日實也。元命苞云、陽以一起、故日。日行一度。陽成於三、故有三足烏。

訓読校了

日について、河圖汗光篇に云はく、日は陽精の始めなり。日は實なり。元命苞に云はく、陽は一を以て起こる、故に日なり。日は一度を行く。陽は三に成る、故に三足の烏有り。

現代語訳校了

日について、『河図汗光篇』は、日は陽の精の始まりであり、「日」という名は「実(満ちていること)」を意味すると説く。『元命苞』は、陽が一から起こるため日といい、日は一日に一度進むとする。陽は三で完成するため、太陽には三本足の烏がいると説く。

GT-400083・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

烏者陽精其言僂呼俗人見僂呼似烏故以名之又云火精陽氣故外熱內陰象烏也

句読本文校了

烏者陽精其言僂呼俗人見僂呼似烏故以名之。又云火精陽氣故外熱內陰象烏也。

訓読校了

烏は陽精なり。其の言は僂呼なり。俗人、僂呼の烏に似たるを見て、故に以て之を名づく。又た云ふ、火精・陽氣なる故に外熱く內陰にして、烏に象るなり。

現代語訳校了

烏は陽の精である。その音を「僂呼」といい、俗人が「僂呼」の音は「烏」に似ていると捉えたため、烏と名づけたという。また、日は火の精・陽気なので、外側は熱く内側は陰であり、その内なる陰を烏にかたどるとする。

GT-400084・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

日尊故滿滿故施施故仁仁故精精在外在外故大日外暑外暑故陽精外吐

句読本文校了

日尊故滿滿故施施故仁仁故精精在外在外故大日外暑外暑故陽精外吐。

訓読校了

日は尊し、故に滿つ。滿つ、故に施す。施す、故に仁。仁、故に精。精、外に在り。外に在る、故に大なり。日の外は暑し。外暑き、故に陽精外に吐く。

現代語訳校了

日は尊いので満ち、満ちるので施し、施すので仁があり、仁によって精妙となる。その精は外にあり、大きく、日の外側は熱いため陽の精が外へ発せられる。

GT-400085・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

天有三百六十五度四分度之一布在四方日日一歷無差遲使四方合如一故其字四合一也

句読本文校了

天有三百六十五度四分度之一布在四方日日一歷無差遲使四方合如一故其字四合一也。

訓読校了

天に三百六十五度四分度の一有り、四方に布く。日、日に一たび歷り、差遲無く、四方をして合して一の如くならしむ。故に其の字、四、一に合するなり。

現代語訳校了

天には三百六十五度と四分の一度が四方に配され、太陽は日ごとに一度ずつ遅速なく巡り、四方を一つに合わせる。このため「日」の字は四方が一に合する形だという。

日の大きさ・日の南北運行

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GT-400086・巻4
本文 校了
原文翻刻校了

白虎通云日徑千里圍三千里下於天七千里太玄經云日一南萬物死日一北萬物生

句読本文校了

白虎通云日徑千里圍三千里下於天七千里。太玄經云日一南萬物死日一北萬物生。

訓読校了

白虎通に云はく、日の徑は千里、圍は三千里、天より下ること七千里。太玄經に云はく、日一たび南すれば萬物死し、日一たび北すれば萬物生ず。

現代語訳校了

『白虎通』は、太陽の直径を千里、周囲を三千里、天から下方へ七千里の位置にあるとする。『太玄経』は、太陽がひとたび南へ進めば万物は死に、ひとたび北へ進めば万物は生じるとする。

底本影印

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