五行大義

五行大義

隋の蕭吉が五行思想の諸説を集成した『五行大義』全五巻について、土御門文書編纂所による原文翻刻・句読・訓読・現代語訳を公開します。

土御門文書編纂所による公開校訂版です。元禄十二年刊本の画像を底本とし、原文翻刻、独自句読、独自訓読、独自現代語訳を分離して公開します。

自家翻刻・訓読・現代語訳

公開版 gogyo-taigi-20260818-g4-v2・全964単位・19 / 49頁

GT-200157・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

第九論扶抑扶者以輔助爲義抑者以止退立名五行既成盛衰有時尊卑代易故有相扶抑之義其相遇也母得子爲扶子遇母爲抑

句読本文校了

第九論扶抑。扶者、以輔助爲義。抑者、以止退立名。五行既成、盛衰有時、尊卑代易、故有相扶抑之義。其相遇也、母得子爲扶、子遇母爲抑。

訓読校了

第九、扶抑を論ず。扶とは、輔助をもって義とす。抑とは、止退をもって名を立つ。五行すでに成り、盛衰に時あり、尊卑代わり易る、故に相い扶抑する義あり。その相い遇うや、母、子を得るを扶とし、子、母に遇うを抑とす。

現代語訳校了

第九は扶抑を論じる。扶は助け、抑は止め退けることをいう。五行の盛衰と尊卑は交替するので、母が子を得る場合を扶、子が母に会う場合を抑とする。

GT-200158・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

子有孝養順助之理所以爲扶母有尊嚴訓制之道所以爲抑相扶者木扶水水扶金金扶土土扶火火扶木此皆母得子

句読本文校了

子有孝養順助之理、所以爲扶。母有尊嚴訓制之道、所以爲抑。相扶者、木扶水、水扶金、金扶土、土扶火、火扶木。此皆母得子。

訓読校了

子に孝養順助の理あり、扶とする所以なり。母に尊厳訓制の道あり、抑とする所以なり。相い扶くるは、木は水を扶け、水は金を扶け、金は土を扶け、土は火を扶け、火は木を扶く。これみな母、子を得るなり。

現代語訳校了

子には親を養い助ける理があるため扶となり、母には子を訓戒する道があるため抑となる。扶の関係は木→水、水→金、金→土、土→火、火→木で、母が子から助けを得る形である。

GT-200159・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

相抑者木抑火火抑土土抑金金抑水水抑木此皆子遇母也柳世隆龜經云扶者壽抑者否扶者起抑者止扶者仰抑者俛扶者進抑者退扶者行抑者停扶者吉抑者凶

句読本文校了

相抑者、木抑火、火抑土、土抑金、金抑水、水抑木。此皆子遇母也。柳世隆龜經云、扶者壽、抑者否。扶者起、抑者止。扶者仰、抑者俛。扶者進、抑者退。扶者行、抑者停。扶者吉、抑者凶。

訓読校了

相い抑うるは、木は火を抑え、火は土を抑え、土は金を抑え、金は水を抑え、水は木を抑う。これみな子、母に遇うなり。柳世隆の『亀経』に云う、扶は寿、抑は否、扶は起、抑は止、扶は仰、抑は俛、扶は進、抑は退、扶は行、抑は停、扶は吉、抑は凶なり。

現代語訳校了

抑の関係は、木が火を抑え、火が土を抑え、土が金を抑え、金が水を抑え、水が木を抑えるもので、いずれも子が母に会う場合である。柳世隆の『亀経』によれば、扶は寿命、抑は不調、扶は起動、抑は停止、扶は仰ぐこと、抑はうつむくこと、扶は前進、抑は後退、扶は行動、抑は停滞、扶は吉、抑は凶である。

GT-200160・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

就此又須消息凡父母有氣爲真父母無氣爲宗廟鬼神有氣爲兒子福助無氣爲財帛功德所以扶者爲善抑者爲惡生王之時則爲有氣死沒之時則是無氣有氣無氣復有二種若遇合德雖抑非害若逢刑剋爲凶更重之

句読本文校了

就此、又須消息。凡父母有氣爲真、父母無氣爲宗廟鬼神。有氣爲兒子福助、無氣爲財帛功德。所以扶者爲善、抑者爲惡。生王之時、則爲有氣。死沒之時、則是無氣。有氣無氣、復有二種。若遇合德、雖抑非害。若逢刑剋、爲凶更重之。

訓読校了

これに就きて、また須らく消息すべし。凡そ父母、有気ならば真とし、父母、無気ならば宗廟鬼神とす。有気ならば児子の福助とし、無気ならば財帛功徳とす。扶は善、抑は悪とする所以なり。生王の時は有気とし、死没の時は無気とす。有気無気にまた二種あり。もし合徳に遇えば、抑といえども害にあらず。もし刑剋に逢えば、凶としてさらにこれを重くす。

現代語訳校了

ここではさらに気の盛衰を考慮しなければならない。父母の気があれば現実の父母とし、父母の気がなければ宗廟の鬼神とする。子の気があれば子による福助とし、その気がなければ財帛と功徳とする。これが、扶を善、抑を悪とする理由である。生・王の時は有気、死・没の時は無気とする。有気と無気にもさらに二種あり、合徳に遇えば抑であっても害ではないが、刑剋に逢えば凶となり、その作用はいっそう重くなる。

GT-200161・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

問曰母之於子訓制之道謂之爲凶此未可解尊嚴訓制教以義方欲其成人何爲反惡答曰前解巳有二種若遇一德合雖抑非害有氣爲真父母此是欲其成人

句読本文校了

問曰、母之於子、訓制之道、謂之爲凶、此未可解。尊嚴訓制、教以義方、欲其成人、何爲反惡。答曰、前解巳有二種。若遇一德合、雖抑非害。有氣爲真父母、此是欲其成人。

訓読校了

問いて曰く、母の子における訓制の道を凶とするは、未だ解すべからず。尊厳にして訓制し、教うるに義方をもってし、その成人を欲するに、何すれぞ反って悪とするや。答えて曰く、前解にすでに二種あり。もし一徳の合に遇えば、抑といえども害にあらず。有気を真の父母とするは、これその成人を欲するものなり。

現代語訳校了

問う。母が子を訓戒し制する道を凶というのは、まだ理解できない。尊厳に訓戒し、正しい方法で教え、その成人を願うのに、どうしてかえって悪とするのか。答える。前の説明ですでに二種類があるとした。もし一徳の合に会えば、抑であっても害ではない。気がある者を真の父母とするのは、その子の成人を願う場合である。

GT-200162・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

雖然當訓之時於子交不遂心亦是留礙況逢刑剋舜之至孝尚大杖則逃王祥扣冰孟宗泣筍此豈是義方之教無氣爲鬼神者鬼神之來多欲爲祟禱請祈求及可致福非否抑而何

句読本文校了

雖然、當訓之時、於子交不遂心、亦是留礙。況逢刑剋、舜之至孝、尚大杖則逃。王祥扣冰、孟宗泣筍、此豈是義方之教。無氣爲鬼神者、鬼神之來、多欲爲祟。禱請祈求、及可致福、非否抑而何。

訓読校了

然りといえども、訓の時に当たりては、子において心を遂げず、またこれ留礙なり。況んや刑剋に逢うをや。舜の至孝も、なお大杖なれば逃ぐ。王祥は氷を叩き、孟宗は筍に泣く。これ豈に義方の教えならんや。無気を鬼神とするは、鬼神の来るや、多くは祟りを為さんと欲す。禱請祈求して福を致すべきも、否抑にあらずして何ぞ。

現代語訳校了

そうではあっても、訓戒を受ける時には子は心のままにできず、それもまた妨げである。まして刑剋に会う場合はなおさらである。至孝の舜さえ、大きな杖で打たれそうになれば逃げた。王祥は氷を叩き、孟宗は筍を求めて泣いた。これらがどうして正しい方法による教えといえようか。また、気がない者を鬼神とする場合、鬼神は来れば多くは祟りをなそうとする。祷り請い願うことによって、はじめて福をもたらし得るのであり、これが不調と抑でないなら何であろうか。

GT-200163・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

問曰解云有氣爲父母無氣爲鬼神者此亦有疑夫鬼神雖居幽微猶是有物精靈感通禍福斯應若云無者宗廟享祀何所依憑答曰所言有無者正論生死

句読本文校了

問曰、解云、有氣爲父母、無氣爲鬼神者、此亦有疑。夫鬼神雖居幽微、猶是有物、精靈感通、禍福斯應。若云無者、宗廟享祀、何所依憑。答曰、所言有無者、正論生死。

訓読校了

問いて曰く、解に云う、有気を父母とし、無気を鬼神とするは、これまた疑いあり。夫れ鬼神は幽微に居るといえども、なおこれ物あり、精霊感通し、禍福ここに応ず。もし無といわば、宗廟の享祀は何に依憑するや。答えて曰く、いう所の有無とは、正しく生死を論ずるなり。

現代語訳校了

問う。気がある者を父母、気がない者を鬼神とする説明にも疑問がある。鬼神は幽かで微妙な世界にいるとはいえ、なお存在するものであり、その精霊は感じ通じて、禍福がこれに応ずる。もし「無」というのなら、宗廟の享祀は何によって成り立つのか。答える。ここでいう有無は、まさしく生死だけを論じているのである。

GT-200164・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

生則形存爲有死則氣散爲無不語幽微何足疑也問曰若如此解死則爲無無何所慮而能爲抑答曰鬼神雖無形質可見而有善惡可求故能爲抑問曰若能爲抑便是有義

句読本文校了

生則形存爲有、死則氣散爲無。不語幽微、何足疑也。問曰、若如此解、死則爲無、無何所慮、而能爲抑。答曰、鬼神雖無形質可見、而有善惡可求、故能爲抑。問曰、若能爲抑、便是有義。

訓読校了

生なれば形存するを有とし、死なれば気散ずるを無とす。幽微を語るにあらず、何ぞ疑うに足らん。問いて曰く、もし此くのごとく解せば、死は無となる。無ならば何を慮りて、よく抑を為すや。答えて曰く、鬼神は見るべき形質なしといえども、善悪を求むべきことあり、故によく抑を為す。問いて曰く、もしよく抑を為さば、すなわち有の義なり。

現代語訳校了

生きていれば形が存在するので「有」とし、死ねば気が散ずるので「無」とする。幽かで微妙な存在自体を論じているのではないのに、どうして疑う必要があろうか。するとまた問う。その説明ならば死は「無」である。無であるものを何として懸念し、どうして抑として働き得るのか。答える。鬼神には目に見える形質がないとはいえ、善悪の感応を求め得るので、抑として働くことができる。するとまた問う。もし抑として働くことができるなら、それはすなわち「有」という意味ではないか。

GT-200165・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

答曰就抑則有語形則無今解無也就氣而論非是全無但無王相之氣而有死沒之氣王相氣來則吉死沒氣來則凶所言無氣者無王相氣耳

句読本文校了

答曰、就抑則有、語形則無、今解無也。就氣而論、非是全無。但無王相之氣、而有死沒之氣。王相氣來則吉、死沒氣來則凶。所言無氣者、無王相氣耳。

訓読校了

答えて曰く、抑に就けば有、形を語れば無、今は無を解するなり。気に就きて論ずれば、これ全く無なるにあらず。ただ王相の気なくして、死没の気あるのみ。王相の気来れば吉、死没の気来れば凶なり。いう所の無気とは、王相の気なきのみ。

現代語訳校了

作用の面では有、形の面では無といえる。完全な無ではなく、旺盛な気を欠いて死没の気があるということだ。旺相の気は吉、死没の気は凶であり、無気とは旺相の気がないことを指す。

GT-200166・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

第十論相剋五行雖爲君臣父子生王不同逐忌相剋剋者制罰爲義以其力強能制弱故木剋土土剋水水剋火火剋金金剋木

句読本文校了

第十論相剋。五行雖爲君臣父子、生王不同、逐忌相剋。剋者、制罰爲義。以其力強、能制弱。故木剋土、土剋水、水剋火、火剋金、金剋木。

訓読校了

第十、相剋を論ず。五行は君臣父子と為るといえども、生王同じからず、忌を逐いて相い剋す。剋とは制罰を義とす。その力強く、よく弱きを制するをもってなり。故に木は土に剋ち、土は水に剋ち、水は火に剋ち、火は金に剋ち、金は木に剋つ。

現代語訳校了

第十は相剋を論じる。五行は君臣・父子の関係をなすとはいえ、生じる時と旺じる時が同じではなく、互いに忌む関係に従って剋し合う。「剋」は制裁・処罰を意味し、力の強いものが弱いものを制することによる。そのため、木は土を剋し、土は水を剋し、水は火を剋し、火は金を剋し、金は木を剋す。

GT-200167・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

白虎通云木剋土者專勝散土剋水者實勝虚水剋火者衆勝寡火剋金者精勝堅金剋木者剛勝柔

句読本文校了

白虎通云、木剋土者、專勝散。土剋水者、實勝虚。水剋火者、衆勝寡。火剋金者、精勝堅。金剋木者、剛勝柔。

訓読校了

『白虎通』に云う、木の土に剋つは、専は散に勝てばなり。土の水に剋つは、実は虚に勝てばなり。水の火に剋つは、衆は寡に勝てばなり。火の金に剋つは、精は堅に勝てばなり。金の木に剋つは、剛は柔に勝てばなり。

現代語訳校了

『白虎通』によれば、木が土に勝つのは専一なものが分散したものに勝つからであり、土が水に勝つのは実のあるものが虚ろなものに勝つからである。水が火に勝つのは多数が少数に勝つからであり、火が金に勝つのは精妙なものが堅固なものに勝つからであり、金が木に勝つのは剛強なものが柔弱なものに勝つからである。

GT-200168・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

春秋繁露云木者農也農人不順如叛司徒誅其率正矣故金勝木火者本朝有讒邪熒惑其君法則誅之故水勝火

句読本文校了

春秋繁露云、木者農也。農人不順如叛、司徒誅其率正矣、故金勝木。火者、本朝有讒邪、熒惑其君、法則誅之、故水勝火。

訓読校了

『春秋繁露』に云う、木とは農なり。農人順わず叛くがごときは、司徒その率を誅して正す、故に金は木に勝つ。火とは、本朝に讒邪ありてその君を熒惑すれば、法によりこれを誅す、故に水は火に勝つ。

現代語訳校了

『春秋繁露』によれば、木は農民に当たる。農民が従わず反乱するならば、司徒がその首領を誅して正すので、金が木に勝つとされる。また火の場合は、朝廷に讒言をなす邪な者がいて君主を惑わせれば、法によってその者を誅すので、水が火に勝つとされる。

GT-200169・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

土者君大奢侈過度失禮民叛之窮故木勝土金者司徒弱不能使衆則司馬誅之故火勝金水者執法阿黨不平則司寇誅之故土勝水

句読本文校了

土者、君大奢侈、過度失禮、民叛之窮、故木勝土。金者、司徒弱、不能使衆、則司馬誅之、故火勝金。水者、執法阿黨不平、則司寇誅之、故土勝水。

訓読校了

土とは、君、大いに奢侈し、度を過ぎ礼を失えば、民これに叛くを窮む、故に木は土に勝つ。金とは、司徒弱く衆を使う能わざれば、司馬これを誅す、故に火は金に勝つ。水とは、法を執る者、阿党して平らかならざれば、司寇これを誅す、故に土は水に勝つ。

現代語訳校了

土については、君主が大いに奢侈にふけり、度を越して礼を失えば、民がこれに反抗するので、木が土に勝つ。金については、司徒が弱くて人々を使うことができなければ、司馬がこれを誅すので、火が金に勝つ。水については、法を執行する者が仲間びいきをして公平でなければ、司寇がこれを誅すので、土が水に勝つ。

GT-200170・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

勝者爲君爲夫爲官爲吏爲鬼負者爲臣爲妻爲財君以威嚴尊高夫以德義隆重官以能有賞伐吏以刑法裁斷鬼以剋殺病喪竝爲勝者也

句読本文校了

勝者爲君、爲夫、爲官、爲吏、爲鬼。負者爲臣、爲妻、爲財。君以威嚴尊高、夫以德義隆重、官以能有賞伐、吏以刑法裁斷、鬼以剋殺病喪、竝爲勝者也。

訓読校了

勝つ者は君と為り、夫と為り、官と為り、吏と為り、鬼と為る。負くる者は臣と為り、妻と為り、財と為る。君は威厳をもって尊高、夫は徳義をもって隆重、官はよく賞罰あり、吏は刑法をもって裁断し、鬼は剋殺して病喪を為す。並びに勝つ者なり。

現代語訳校了

相剋で勝つ側は君・夫・官・吏・鬼とし、負ける側は臣・妻・財とする。君は威厳によって尊く高く、夫は徳義によって隆盛で重く、官は能力によって賞罰を行い、吏は刑法によって裁断し、鬼は剋し殺して病気や死をもたらす。これらはいずれも勝つ側である。

GT-200171・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

臣以畏伏其上妻以敬從其夫財以休彼制用竝爲負者凡上剋下爲順下剋上爲剝喻如君有刑臣之法臣無犯君之義父有訓子之道子無教父之方也

句読本文校了

臣以畏伏其上、妻以敬從其夫、財以休彼制用、竝爲負者。凡上剋下爲順、下剋上爲剝。喻如君有刑臣之法、臣無犯君之義。父有訓子之道、子無教父之方也。

訓読校了

臣はその上を畏れ伏し、妻は敬いてその夫に従い、財は彼の制用に休す。並びに負くる者なり。凡そ上の下に剋つを順とし、下の上に剋つを剝とす。喩えば、君には臣を刑する法あり、臣には君を犯す義なし。父には子を訓ずる道あり、子には父を教うる方なきがごとし。

現代語訳校了

臣は上位者を畏れて服し、妻は敬って夫に従い、財は相手の制御と使用に供する。これらはいずれも負ける側である。およそ上位者が下位者を制することを「順」とし、下位者が上位者を制することを「剝」とする。たとえば、君には臣を刑する法があるが、臣には君を犯す道理がない。父には子を訓戒する道があるが、子には父を教える方法がないのと同じである。

GT-200172・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

所以上之剋下順理而行下之剋上乖理而剋故白虎通云陽爲君陰爲臣水以太陰之氣制太陽之火金以少陰之氣制少陽之木

句読本文校了

所以上之剋下、順理而行。下之剋上、乖理而剋。故白虎通云、陽爲君、陰爲臣。水以太陰之氣、制太陽之火。金以少陰之氣、制少陽之木。

訓読校了

所以に上の下に剋つは、理に順いて行う。下の上に剋つは、理に乖いて剋つ。故に『白虎通』に云う、陽を君とし、陰を臣とす。水は太陰の気をもって太陽の火を制し、金は少陰の気をもって少陽の木を制す。

現代語訳校了

このため、上位者が下位者を制するのは道理に従って行うことであり、下位者が上位者を制するのは道理に背いて剋することだとする。『白虎通』によれば、陽を君、陰を臣とする。水は太陰の気によって太陽の火を制し、金は少陰の気によって少陽の木を制する。

GT-200173・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

喻如失道之君若殷湯放桀周武伐紂此皆誅有罪也凡卜筮得其所剋者凶得所受制者吉五行之道子能拯父之難故金往剋木火復其讎火既消金水雪其恥

句読本文校了

喻如失道之君、若殷湯放桀、周武伐紂、此皆誅有罪也。凡卜筮、得其所剋者凶、得所受制者吉。五行之道、子能拯父之難。故金往剋木、火復其讎。火既消金、水雪其恥。

訓読校了

喩えば道を失える君、殷の湯の桀を放ち、周の武の紂を伐つがごとき、これみな有罪を誅するなり。凡そ卜筮に、その剋つ所を得れば凶、その制を受くる所を得れば吉なり。五行の道、子よく父の難を拯う。故に金往きて木に剋てば、火その讎を復す。火すでに金を消せば、水その恥を雪ぐ。

現代語訳校了

たとえば道を失った君主に対し、殷の湯王が桀王を追放し、周の武王が紂王を討ったようなもので、これらはいずれも罪ある者を誅したのである。およそ占筮では、自分が剋するものを得れば凶、自分を制するものを得れば吉とする。五行の道では、子は父の難を救うことができる。そのため金が木を剋すれば、火が木の仇を討ち、火が金を消したなら、水が金の恥をそそぐ。

GT-200174・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

然當衰氣者反爲王者所制如鼎鑊中水爲火所煎白虎通云火熱水冷有溫水無寒火何明臣可爲君君不可爲臣火煎水爲湯者不改其形但變其名也

句読本文校了

然當衰氣者、反爲王者所制。如鼎鑊中水、爲火所煎。白虎通云、火熱水冷、有溫水、無寒火何。明臣可爲君、君不可爲臣。火煎水爲湯者、不改其形、但變其名也。

訓読校了

然れども衰気に当たる者は、反って王者の制する所と為る。鼎鑊中の水、火に煎らるるがごとし。『白虎通』に云う、火は熱く水は冷たし。温水はあれども寒火はなきは何ぞ。臣は君と為るべく、君は臣と為るべからざるを明かす。火、水を煎りて湯と為すは、その形を改めず、ただその名を変ずるなり。

現代語訳校了

しかし、衰えた気は、かえって旺じた気に制される。たとえば鼎や大鍋の中の水が火に煮られるようなものである。『白虎通』は、火は熱く水は冷たいのに、温水はあっても冷たい火がないのはなぜかと問う。これは臣が君になることはできても、君が臣になることはできないことを明らかにする。火が水を煮て湯とする場合、その形は変わらず、ただ名称だけが変わるのである。

GT-200175・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

水滅火爲炭者形名俱盡也亦如君被廢而不存臣有罪而退職也五行相剋木穿土不毀火燒金不毀者皆陽氣仁好生故也金伐木犯水滅火犯者陰氣貪好殺故也

句読本文校了

水滅火爲炭者、形名俱盡也。亦如君被廢而不存、臣有罪而退職也。五行相剋、木穿土不毀、火燒金不毀者、皆陽氣仁、好生故也。金伐木犯、水滅火犯者、陰氣貪、好殺故也。

訓読校了

水、火を滅ぼして炭と為すは、形名ともに尽くるなり。また君、廃せられて存せず、臣、罪ありて職を退くがごとし。五行相剋して、木、土を穿てども毀さず、火、金を焼けども毀さざるは、みな陽気は仁にして生を好む故なり。金、木を伐りて犯し、水、火を滅ぼして犯すは、陰気は貪にして殺を好む故なり。

現代語訳校了

水が火を消して炭とする場合は、形も名もともに尽きる。これは君が廃されて存続せず、臣が罪によって職を退くのと同じである。五行が互いに剋する際、木が土を穿っても毀さず、火が金を焼いても毀さないのは、いずれも陽気は仁で、生を好むからである。金が木を伐って傷つけ、水が火を消して傷つけるのは、陰気は貪欲で、殺すことを好むからである。

GT-200176・巻2
本文 校了
原文翻刻校了

至如山崩川竭木石爲災天火下流人火上燎水旱鬲并風霜爲害此竝失政於人天地作譴爲五行相沴者乖沴不和之義以其氣衝相沴不名剋也沴亦廢也

句読本文校了

至如山崩川竭、木石爲災、天火下流、人火上燎、水旱鬲并、風霜爲害、此竝失政於人、天地作譴。爲五行相沴者、乖沴不和之義。以其氣衝相沴、不名剋也。沴亦廢也。

訓読校了

山崩れ川竭き、木石災を為し、天火下流し、人火上燎し、水旱鬲并し、風霜害を為すがごときに至りては、これ並びに政を人に失い、天地譴を作す。五行相沴と為すは、乖沴不和の義なり。その気衝きて相い沴するをもって、剋と名づけざるなり。沴はまた廃なり。

現代語訳校了

山が崩れ、川が涸れ、木石が災いをなし、天の火が下へ流れ、人の火が上へ燃え広がり、水害と旱害が重なり、風霜が害をなすような現象は、いずれも人の政治の過失に対して天地が譴責を示すものである。五行の相沴とは、互いに背いて調和しないという意味である。気が衝突して相手の働きを損なうのであり、剋とは呼ばない。「沴」には廃するという意味もある。

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