五行大義

五行大義

隋の蕭吉が五行思想の諸説を集成した『五行大義』全五巻について、土御門文書編纂所による原文翻刻・句読・訓読・現代語訳を公開します。

土御門文書編纂所による公開校訂版です。元禄十二年刊本の画像を底本とし、原文翻刻、独自句読、独自訓読、独自現代語訳を分離して公開します。

自家翻刻・訓読・現代語訳

公開版 gogyo-taigi-20260818-g4-v2・全964単位・10 / 49頁

GT-100124・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

云日月星辰雲雨竝興也皇極數五在中央者皇王建萬國處中分別四方百官以治萬事畢理歲時成就職貢均等租稅五穀以供王事故在其中央中央之數本五也又云土居中央應五行之數若王者動不得中則不能建萬事故曰皇之不極是謂不建也

句読本文校了

云、日月星辰雲雨竝興也。皇極數五在中央者皇王建萬國處中分別四方百官以治萬事畢理歲時成就職貢均等租稅五穀以供王事故、在其中央中央之數本五也。又云、土居中央應五行之數若王者動不得中則不能建萬事故、曰、皇之不極是謂不建也。

訓読校了

日月星辰、雲雨竝び興ると云ふなり。皇極の數五、中央に在るは、皇王は萬國を建て、中に處りて四方を分別し、百官を以て治め、萬事畢く理まる。歲時成就し、職貢均等にして、五穀を租稅し以て王事に供す。故に其の中央に在り。中央の數は本と五なり。又た云ふ、土は中央に居り、五行の數に應ず。若し王者動きて中を得ざれば、則ち萬事を建つる能はず。故に曰はく、皇の極ならざる、是れ不建と謂ふなり。

現代語訳校了

五紀の働きにより、日・月・星辰と雲・雨がともに興る。皇極の数五を中央に置くのは、皇王が万国を建てて中央に位置し、四方を区分し、百官によって万事を治めるからである。歳時を整え、職貢を完成させて均等にし、五穀を租税として王事へ供給するため、皇極を中央に置く。中央の本来の数は五であり、土が中央に位置して五行の数に応じる。王の行動が中正を得なければ万事を確立できない。そのため「皇が極に達しなければ、これを不建という」と説く。

GT-100125・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

故曰百官立表政化公卿也三德數六在西北者三德正直剛克柔克乾爲天位人君之象過五故數六又云乾在西北陰陽氣分於西北故應六律之數也西北乾之所處故人君居之正直者人德也君子方正以義無所曲私故云平康正直不疑其德剛克者天德也

句読本文校了

故、曰、百官立表政化公卿也。三德數六在西北者三德正直剛克柔克乾爲天位人君之象過五故、數六又云、乾在西北陰陽氣分於西北故、應六律之數也。西北乾之所處故、人君居之正直者人德也。君子方正以義無所曲私故、云、平康正直不疑其德剛克者天德也。

訓読校了

故に百官、表を立て、公卿を政化すと曰ふなり。三德の數六、西北に在るは、三德とは正直・剛克・柔克なり。乾は天位にして人君の象、五を過ぐる故に數六なり。又た云ふ、乾は西北に在り、陰陽の氣、西北に分かる。故に六律の數に應ずるなり。西北は乾の處る所、故に人君これに居る。正直は人の德なり。君子は義を以て方正にして、曲私する所無し。故に云ふ、平康は正直、その德を疑はず、と。剛克は天の德なり。

現代語訳校了

このため「百官が基準を立て、公卿を通じて政治教化を行う」と説く。三徳の数六を西北に置き、三徳を正直・剛克・柔克とする。乾は天位で君主の象徴であり、五を越えた数なので六となる。また西北の乾は陰陽の気が分かれる位置なので六律の数に応じ、君主が居る。正直は人の徳である。君子は義によって方正で、私情によって曲げるところがないため、「平康の時は正直を用い、その徳を疑わない」と説く。剛克は天の徳である。

GT-100126・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

法度不失輕重罪服故曰沈潛剛克柔克者地德也有德秩祿安定衆職賞賜萬國故曰高明柔克故云抑服強暴斷制獄訟也稽疑數七在西方者稽疑者建立卜筮問疑擇善占天地之象以定吉凶蓍圓卦方龜筮共知可否三人占從二人之言昔者

句読本文校了

法度不失輕重罪服故、曰、沈潛剛克柔克者地德也。有德秩祿安定衆職賞賜萬國故、曰、高明柔克故、云、抑服強暴斷制獄訟也。稽疑數七在西方者稽疑者建立卜筮問疑擇善占天地之象以定吉凶蓍圓卦方龜筮共知可否三人占從二人之言昔者。

訓読校了

剛克は法度を失わず、罪に応じて刑罰の軽重を定めるため「沈潜には剛克」といい、柔克は地の徳で、有徳者へ秩禄を与え諸職を安定させ、萬國に賞賜するため「高明には柔克」といふ。こうして強暴を抑え獄訟を裁く。稽疑の数七は西方にあり、卜筮を立て疑いを問い善を選び、天地の象を占って吉凶を定める。蓍は円、卦は方で、龜卜と筮が可否を共に知り、三人が占えば二人の意見に従う。

現代語訳校了

剛克は法度を失わず、罪に応じて刑罰の軽重を定めるため「沈潜には剛克」といい、柔克は地の徳で、有徳者に秩禄を与え、諸職を安定させ、万国に賞賜を行うため「高明には柔克」という。こうして強暴を抑え、獄訟を裁く。稽疑の数七は西方にあり、卜筮を立てて疑いを問い、善を選び、天地の象を占って吉凶を定める。蓍は円、卦は方で、亀卜と筮が可否をともに知り、三人が占えば二人の意見に従う。

GT-100127・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

聖人慎謀重始動事作業樹本開基決嫌定疑必謀以賢知咨以耆艾參以蓍龜故舉無過事慮無失計蠻夷雖無君臣之序亦有決疑之卜或以金石或以木草故知稽疑之事聖人所尚以其次乾之後故數七也又云兌正西卯酉爲天地之門卯主始酉主終故

句読本文校了

聖人慎謀重始動事作業樹本開基決嫌定疑必謀以賢知咨以耆艾參以蓍龜故、舉無過事慮無失計蠻夷雖無君臣之序亦有決疑之卜或以金石或以木草故、知稽疑之事聖人所尚以其次乾之後故、數七也。又云、兌正西卯酉爲天地之門卯主始酉主終故。

訓読校了

聖人は謀を慎み、始めを重んじ、事を動かし業を作し、本を樹て基を開き、嫌を決し疑を定むるに、必ず賢知を以て謀り、耆艾に咨り、蓍龜を參ふ。故に舉に過事無く、慮に失計無し。蠻夷は君臣の序無しと雖も、亦た決疑の卜有り。或いは金石を以てし、或いは木草を以てす。故に稽疑の事は聖人の尚ぶ所と知る。其れ乾の後に次ぐを以て、故に數七なり。又た云ふ、兌は正西、卯酉は天地の門。卯は始めを主り、酉は終りを主る。故に、

現代語訳校了

聖人は計画を慎み、始めを重んじ、事業を起こして根本と基礎を築き、疑いを決するときには賢者と知者に相談し、老人に問い、蓍筮と亀卜を参照する。そのため行動に過ちがなく、計画にも失敗がない。君臣の秩序を持たない異民族にも、金石または木草を用いて疑いを決する占いがある。稽疑は聖人が尊ぶ事柄であり、乾六の次に位置するため数を七とする。兌は正西にあり、卯と酉は天地の門で、卯は始まり、酉は終わりを司るため、

GT-100128・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

斗指卯則萬物皆出指酉則萬物皆入兌應七星之數兌爲金主悅言故在西方故云決定吉凶分別所疑也庶徵數八在東北者庶徵者衆徵也王者以及衆庶莫不内省咎過外察徵祥順徵知機則無禍患不審其過不念庶徵則禍至不悟敗亡無日矣

句読本文校了

斗指卯則萬物皆出指酉則萬物皆入兌應七星之數兌爲金主悅言故、在西方故、云、決定吉凶分別所疑也。庶徵數八在東北者庶徵者衆徵也。王者以及衆庶莫不内省咎過外察徵祥順徵知機則無禍患不審其過不念庶徵則禍至不悟敗亡無日矣。

訓読校了

斗、卯を指せば則ち萬物皆出で、酉を指せば則ち萬物皆入る。兌は七星の數に應じ、兌は金と爲り、悅言を主る。故に西方に在り、吉凶を決定し、疑ふ所を分別すと云ふなり。庶徵の數八、東北に在るは、庶徵とは衆徵なり。王者より衆庶に及ぶまで、內に咎過を省み、外に徵祥を察せざるは莫し。徵に順ひ機を知れば、則ち禍患無し。其の過ちを審らかにせず、庶徵を念はざれば、則ち禍至るも悟らず、敗亡まで日無し。

現代語訳校了

北斗が卯を指せば万物が出て、酉を指せば万物が入る。兌は七星の数に応じ、金と悦びの言葉を司るので西方に置き、吉凶を決定して疑問を判別する。庶徴の数八を東北に置く。庶徴とは多くの徴候である。王から庶民まで、内には自らの過失を省み、外には徴候と祥瑞を観察する。徴候に従って機微を知れば禍患はない。自らの過ちをよく調べず、庶徴を考慮しなければ、禍が来ても悟らず、敗亡の日が間近となる。

GT-100129・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

有機徵見者必恭事上帝用不爲過則降以福應詩云昭事上帝聿懷多福如不共御善不畏上帝群神乃怒必有譴罰數八者次七後也又云艮八在東北艮是止義艮爲徑路萬物大出於震小出於艮震爲衆男之長艮爲衆男之少故應八卦之數艮既爲止令止惡就善也

句読本文校了

有機徵見者必恭事上帝用不爲過則降以福應詩云、昭事上帝聿懷多福如不共御善不畏上帝群神乃怒必有譴罰數八者次七後也。又云、艮八在東北艮是止義艮爲徑路萬物大出於震小出於艮震爲衆男之長艮爲衆男之少故、應八卦之數艮既爲止令止惡就善也。

訓読校了

機微な徴候の見ゆること有らば、必ず上帝を敬って仕え、過ちを犯さざれば福が下る。『詩』の「明らかに上帝に仕え、ここに多くの福を受ける」がこれに応じる。善を敬い守らず上帝を畏れざれば群神が怒り、譴責と刑罰がある。八は七の次なり。艮八は東北にあり、艮は停止と径路を意味する。萬物は震から大きく出て艮から小さく出る。震は衆男の長、艮は衆男の少なれば八卦の数に応じ、悪を止め善へ向かわせる。

現代語訳校了

機微な徴候が見られたならば、必ず上帝を敬って仕え、過ちを犯さなければ福が下る。『詩』の「明らかに上帝に仕え、ここに多くの福を受ける」がこれに応じる。善を敬い守らず上帝を畏れなければ群神が怒り、譴責と刑罰がある。八は七の次である。艮八は東北にあり、艮は停止と径路を意味する。万物は震から大きく出て艮から小さく出る。震は衆男の長、艮は衆男の少なので八卦の数に応じ、悪を止め善へ向かわせる。

GT-100130・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

故在東北故云肅敬德方狂僭亂行五福六極數九在南方五福壽富康寧攸好德考終命壽者孝悌道德備然後脩神丹延壽命富者德化所及豐穰無闕康寜者國化安寜長樂無事攸好德者論理比類進善抑惡考終命者順時成務可以壽命統著善德六極者

句読本文校了

故、在東北故、云、肅敬德方狂僭亂行五福六極數九在南方五福壽富康寧攸好德考終命壽者孝悌道德備然後脩神丹延壽命富者德化所及豐穰無闕康寜者國化安寜長樂無事攸好德者論理比類進善抑惡考終命者順時成務可以壽命統著善德六極者。

訓読校了

故に東北に在り。故に德方を肅敬し、狂僭亂行を正すと云ふ。五福・六極の數九、南方に在り。五福は壽・富・康寧・攸好德・考終命なり。壽は孝悌道德備はり、然る後に神丹を脩め壽命を延ぶ。富は德化の及ぶ所、豐穰にして闕くる無し。康寧は國化安寧にして長樂無事なり。攸好德は理を論じ類を比べ、善を進め惡を抑ふ。考終命は時に順ひ務を成し、以て壽命すべく、善德を統べ著す。六極は、

現代語訳校了

このため艮を東北に置き、「徳の道を厳粛に敬い、狂僭と乱行を正す」と説く。五福・六極の数九は南方に置く。五福は寿・富・康寧・攸好徳・考終命である。寿は孝悌と道徳を備えた後に神丹を修めて寿命を延ばすこと、富は徳化が及んで豊作となり不足がないこと、康寧は国の教化が安定して長く楽しく無事であること、攸好徳は道理を論じ類例を比較して善を進め悪を抑えること、考終命は時に従って務めを成し、天寿を全うして善徳を明らかにすることである。六極は、

GT-100131・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

凶短折疾憂惡貧弱凶短折者斬梟誅裂大罪也疾者榜笞毆擊疾臥養視也憂論作望兢朝日也惡髡𨱫赭剝戮辱固棄也貧償贓賦沒財産也弱離邑里徙邊地以戒後也此罪罰之理居後故數九又云離既在午以爲子衝極則還反故離

句読本文校了

凶短折・疾・憂・惡・貧・弱。凶短折者、斬・梟・誅・裂、大罪也。疾者、榜笞毆擊、疾臥養視也。憂、論作望、兢朝日也。惡、髡𨱫赭剝戮辱固棄也。貧、償贓賦、沒財産也。弱、離邑里、徙邊地、以戒後也。此罪罰之理居後、故數九。又云、離既在午、以爲子衝。極則還反。故離、

訓読校了

六極は、凶短折・疾・憂・惡・貧・弱なり。凶短折とは、斬・梟・誅・裂、大罪なり。疾とは、榜笞毆擊し、疾み臥して養視せらるるなり。憂は、望を作すと論じ、朝日に兢むなり。惡は、髡・𨱫・赭・剝・戮辱・固棄なり。貧は、贓を償ひ賦し、財産を沒するなり。弱は、邑里を離れ、邊地に徙して、以て後を戒むるなり。此れ罪罰の理、後に居る、故に數九。又た云ふ、離は既に午に在りて、以て子の衝と爲る。極まれば則ち還反す。故に離は、

現代語訳校了

六極は、凶短折・疾・憂・悪・貧・弱である。凶短折は、斬刑・梟首・誅殺・裂刑に当たる大罪である。疾は、榜・笞・殴打を受けて病み臥し、養視されることをいう。憂は「望を作すと論じ、朝日に兢む」とされるが、この句が指す具体的な刑罰内容は判然としない。悪は、髡刑(剃髪)・𨱫(鉗、首枷)・赭衣・剥奪・戮辱・拘禁・棄置をいう。貧は、贓物の弁償・賦課・財産没収をいい、弱は、郷里から離して辺地へ移し、後人を戒めることをいう。この罪罰の理は最後に置かれるため、数を九とする。また、離は午に位置して子と対冲し、極まれば反転するため、離は、

GT-100132・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

最其末以爲九宮之數離爲明人君南面以聽政象離之明刑罰須明故在南方故云萬物率盈實也宮唯有九不十者八方與中央數終於九上配九天九星二十八宿下配五岳四瀆九州也九宮經言一主恒山二主三江三主太山四主淮五主嵩高六主河

句読本文校了

最其末以爲九宮之數離爲明人君南面以聽政象離之明刑罰須明故、在南方故、云、萬物率盈實也。宮唯有九不十者八方與中央數終於九上配九天九星二十八宿下配五岳四瀆九州也。九宮經言一主恒山二主三江三主太山四主淮五主嵩高六主河。

訓読校了

最も其の末にして、以て九宮の數と爲す。離は明と爲り、人君は南面して政を聽く。離の明を象る。刑罰は明なるを須つ。故に南方に在り、萬物率ね盈實すと云ふなり。宮に唯だ九有りて十ならざるは、八方と中央、數は九に終る。上は九天・九星・二十八宿に配し、下は五岳・四瀆・九州に配す。『九宮經』に言ふ、一は恒山を主り、二は三江を主り、三は太山を主り、四は淮を主り、五は嵩高を主り、六は河を主る。

現代語訳校了

離を九宮数の最後に置く。離は明を表し、君主が南面して政治を聴く姿は離の明るさを象徴する。刑罰は明らかでなければならないため離を南方に置き、「万物がすべて満ち実る」と説く。宮が十でなく九なのは、八方と中央を合わせて数が九で終わるからである。上では九天・九星・二十八宿に、下では五岳・四瀆・九州に配する。『九宮経』は、一を恒山、二を三江、三を太山、四を淮水、五を嵩高、六を黄河へ配する。

GT-100133・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

七主華山八主濟九主霍山又一爲冀州二爲荊州三爲青州四爲徐州五爲豫州六爲雍州七爲梁州八爲兗州九爲楊州九州之名互有改變禹貢九州卽此配唐時名同者以堯命禹治洪水分九州因而不易故

句読本文校了

七主華山、八主濟、九主霍山。又一爲冀州、二爲荊州、三爲青州、四爲徐州、五爲豫州、六爲雍州、七爲梁州、八爲兗州、九爲楊州。九州之名互有改變。禹貢九州卽此配。唐時名同者、以堯命禹治洪水、分九州、因而不易。故

訓読校了

『九宮経』は続けて七を華山、八を済水、九を霍山に配す。又一を冀州、二を荊州、三を青州、四を徐州、五を豫州、六を雍州、七を梁州、八を兗州、九を楊州に配す。九州名は時代により変わるが、『禹貢』の九州はこの配当であり、唐(堯)の時より名称が同じなのは、堯が禹に洪水を治めさせ九州を分けて以来変えなかったためなり。

現代語訳校了

『九宮経』は続けて七を華山、八を済水、九を霍山に配する。また一を冀州、二を荊州、三を青州、四を徐州、五を豫州、六を雍州、七を梁州、八を兗州、九を楊州に配する。九州名は時代により変わるが、『禹貢』の九州はこの配当であり、唐(堯)の時から名称が同じなのは、堯が禹に洪水を治めさせ九州を分けて以来変えなかったためである。

GT-100134・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

周虞有十二州加幽并營舜以青州越海分齊爲營州冀州南北太遠分衛爲并州燕以北分置幽州殷時九州有幽營無青梁周官九州有幽并無徐梁漢立十二州增交益焉冀州者釋名云冀州取地爲名有險易帝王所都太康地記曰冀近其氣相近也

句読本文校了

周虞有十二州加幽并營舜以青州越海分齊爲營州冀州南北太遠分衛爲并州燕以北分置幽州殷時九州有幽營無青梁周官九州有幽并無徐梁漢立十二州增交益焉。冀州者釋名云、冀州取地爲名有險易帝王所都太康地記曰、冀近其氣相近也。

訓読校了

周・虞には十二州有り、幽・并・營を加ふ。舜は青州の海を越ゆるを以て齊を分かち營州と爲し、冀州は南北太だ遠きを以て衛を分かち并州と爲し、燕以北を分かちて幽州を置く。殷時の九州には幽・營有りて青・梁無く、『周官』の九州には幽・并有りて徐・梁無し。漢は十二州を立て、交・益を增す。冀州は、『釋名』に云ふ、冀州は地を取りて名と爲し、險易有り、帝王の都する所なり。『太康地記』に曰はく、冀は近なり、其の氣相近きなり、と。

現代語訳校了

周と虞では幽州・并州・営州を加えて十二州とした。舜は青州の海を越えた斉を営州として分け、南北に遠く広がる冀州から衛を并州として分け、燕より北を幽州とした。殷の九州には幽州・営州があり青州・梁州がなく、『周官』の九州には幽州・并州があり徐州・梁州がない。漢は交州・益州を加えて十二州とした。『釈名』は冀州を地形に由来する名とし、険しい地と平易な地があり、帝王が都を置く所だとする。『太康地記』は「冀は近いという意味で、その気が互いに近い」と説く。

GT-100135・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

其地自太行東至碣石王屋底柱禹貢云冀州既載呂氏春秋云兩河之間爲冀州正北方荊州者釋名云荊警也南蠻數爲寇逆州道先強當警備之也其地北據荊山南及衡山之陽禹貢云荊及衡陽惟荊州爾雅云漢南曰荊州呂氏曰荊楚也青州者釋名云青在東生也太康地記曰少陽色青歲始事

句読本文校了

其地自太行東至碣石王屋底柱。禹貢云、冀州既載。呂氏春秋云、兩河之間爲冀州、正北方。荊州者、釋名云、荊、警也。南蠻數爲寇逆、州道先強、當警備之也。其地北據荊山、南及衡山之陽。禹貢云、荊及衡陽、惟荊州。爾雅云、漢南曰荊州。呂氏曰、荊、楚也。青州者、釋名云、青、在東生也。太康地記曰、少陽色青、歲始事

訓読校了

冀州の地は太行山から東へ碣石・王屋・底柱に至り、『禹貢』は「冀州既に載る」、『呂氏春秋』は黄河の二流の間を冀州・正北方とす。『釈名』は荊州の荊を警戒の意とし、南蛮がたびたび侵入するゆゑ州道を先に強め警備すべきだとす。荊州は北の荊山から南の衡山南麓に及び、『禹貢』は「荊及び衡陽、惟れ荊州」、『爾雅』は漢水以南、『呂氏』は荊楚とす。『釈名』は青州の青を東方の生成、『太康地記』は少陽の青色と歳の事始めに由来するとす。

現代語訳校了

冀州の地は太行山から東へ碣石・王屋・底柱に至り、『禹貢』は「冀州既に載る」、『呂氏春秋』は黄河の二流の間を冀州・正北方とする。『釈名』は荊州の荊を警戒の意とし、南蛮がたびたび侵入するので州道を先に強め警備すべきだとする。荊州は北の荊山から南の衡山南麓に及び、『禹貢』は「荊及び衡陽、惟れ荊州」、『爾雅』は漢水以南、『呂氏』は荊楚とする。『釈名』は青州の青を東方の生成、『太康地記』は少陽の青色と歳の事始めに由来するとする。

GT-100136・巻1
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原文翻刻校了

首卽以爲名其地東北據海西距岱禹貢云海岱惟青州呂氏云東方海隅青州齊也徐州者釋名曰徐舒也土氣舒緩也其地東至海北至岱南及淮禹貢云海岱及淮惟徐州呂氏云泗上爲徐州魯也爾雅云濟東曰徐州豫州者釋名曰豫在九州之中安豫也

句読本文校了

首、卽以爲名。其地東北據海、西距岱。禹貢云、海岱惟青州。呂氏云、東方海隅青州、齊也。徐州者、釋名曰、徐、舒也。土氣舒緩也。其地東至海、北至岱、南及淮。禹貢云、海岱及淮、惟徐州。呂氏云、泗上爲徐州、魯也。爾雅云、濟東曰徐州。豫州者、釋名曰、豫在九州之中、安豫也。

訓読校了

首、卽ち以て名と爲す。其の地は東北、海に據り、西は岱に距る。『禹貢』に云ふ、海岱、惟れ青州、と。『呂氏』に云ふ、東方海隅の青州は齊なり、と。徐州は、『釋名』に曰はく、徐は舒なり。土氣舒緩なり。其の地は東は海に至り、北は岱に至り、南は淮に及ぶ。『禹貢』に云ふ、海岱及び淮、惟れ徐州、と。『呂氏』に云ふ、泗上を徐州と爲す、魯なり、と。『爾雅』に云ふ、濟東を徐州と曰ふ、と。豫州は、『釋名』に曰はく、豫は九州の中に在りて安豫なり、と。

現代語訳校了

青州の青は、前単位の「歳の始まり、事の首め」をそのまま名としたものである。青州は東北で海に接し、西は岱山に至る。『禹貢』は「海と岱山の間は青州」、『呂氏』は「東方の海辺の青州は斉」とする。『釈名』は徐州の徐を舒と解し、土の気がゆるやかなことに由来するとする。徐州は東が海、北が岱山、南が淮水で、『禹貢』は海・岱山・淮水の間、『呂氏』は泗水上流の魯、『爾雅』は済水東方とする。『釈名』は豫州を九州中央にあって安らかな土地であることに由来するとする。

GT-100137・巻1
本文 校了
原文翻刻校了

太康地記云稟中和之氣性理安舒其地南據荊北距河禹貢云荊河惟豫州呂氏云河漢之間爲豫州爾雅云河南曰豫州雍州者太康地記云雍居西北之位陽所不至陰氣壅閼取以爲名其地西據黑水東距西河禹貢云黑水西河惟雍州呂氏云雍州秦也

句読本文校了

太康地記云、稟中和之氣、性理安舒。其地南據荊、北距河。禹貢云、荊河、惟豫州。呂氏云、河漢之間爲豫州。爾雅云、河南曰豫州。雍州者、太康地記云、雍居西北之位、陽所不至、陰氣壅閼、取以爲名。其地西據黑水、東距西河。禹貢云、黑水西河、惟雍州。呂氏云、雍州、秦也。

訓読校了

『太康地記』に云ふ、中和の氣を稟け、性理安舒なり。其の地は南は荊に據り、北は河に距る。『禹貢』に云ふ、荊河、惟れ豫州、と。『呂氏』に云ふ、河漢の間を豫州と爲す、と。『爾雅』に云ふ、河南を豫州と曰ふ、と。雍州は、『太康地記』に云ふ、雍は西北の位に居り、陽の至らざる所、陰氣壅閼す。取りて以て名と爲す。其の地は西は黑水に據り、東は西河に距る。『禹貢』に云ふ、黑水西河、惟れ雍州、と。『呂氏』に云ふ、雍州は秦なり、と。

現代語訳校了

『太康地記』は豫州が中和の気を受け、性質と道理が安らかで伸びやかだとする。豫州は南が荊山、北が黄河に至り、『禹貢』は荊山と黄河の間、『呂氏』は黄河と漢水の間、『爾雅』は黄河南方を豫州とする。『太康地記』は、雍州が西北に位置して陽が届かず、陰気が塞がることから雍と名づけたとする。雍州は西が黒水、東が西河に至り、『禹貢』は黒水と西河の間、『呂氏』は秦を雍州とする。

GT-100138・巻1
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爾雅云河西曰雍州梁州者太康地記云梁者剛也取西方金剛之氣剛強以爲名也其地東據華山西距黑水禹貢曰華陽黑水惟梁州兗州者釋名云取兗水爲名太康地記曰辨其履信稟貞正之意也其地東南據濟西北距河禹貢曰濟河惟兗州楊州者釋名云楊州多水水波揚也

句読本文校了

爾雅云、河西曰雍州。梁州者、太康地記云、梁者、剛也。取西方金剛之氣、剛強以爲名也。其地東據華山、西距黑水。禹貢曰、華陽黑水、惟梁州。兗州者、釋名云、取兗水爲名。太康地記曰、辨其履信、稟貞正之意也。其地東南據濟、西北距河。禹貢曰、濟河、惟兗州。楊州者、釋名云、楊州多水、水波揚也。

訓読校了

『爾雅』は河西を雍州とす。『太康地記』は梁州の梁を剛と解し、西方金の剛気に由来するとす。梁州は東の華山から西の黒水に至り、『禹貢』は「華陽黒水、惟れ梁州」とす。『釈名』は兗州を兗水に由来する名とし、『太康地記』は信を履み貞正を受ける意とす。兗州は東南の済水と西北の黄河の間で、『禹貢』は「済河、惟れ兗州」とす。『釈名』は楊州を水が多く波が揚がる地に由来するとす。

現代語訳校了

『爾雅』は河西を雍州とする。『太康地記』は梁州の梁を剛と解し、西方金の剛気に由来するとする。梁州は東の華山から西の黒水に至り、『禹貢』は「華陽黒水、惟れ梁州」とする。『釈名』は兗州を兗水に由来する名とし、『太康地記』は信を履み貞正を受ける意とする。兗州は東南の済水と西北の黄河の間で、『禹貢』は「済河、惟れ兗州」とする。『釈名』は楊州を水が多く波が揚がる地に由来するとする。

GT-100139・巻1
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其地北據淮東距海禹貢云淮海惟楊州呂氏曰楊州越也爾雅曰江南曰楊州今依九宮之位冀州正北在坎宮荊州西南在坤宮青州正東在震宮徐州東南在巽宮豫州中央在中宮雍州西北在乾宮梁州正西在兌宮兗州東北在艮宮楊州正南在離宮其位與此解相似

句読本文校了

其地北據淮、東距海。禹貢云、淮海、惟楊州。呂氏曰、楊州、越也。爾雅曰、江南曰楊州。今依九宮之位、冀州正北、在坎宮。荊州西南、在坤宮。青州正東、在震宮。徐州東南、在巽宮。豫州中央、在中宮。雍州西北、在乾宮。梁州正西、在兌宮。兗州東北、在艮宮。楊州正南、在離宮。其位與此解相似。

訓読校了

楊州は北が淮水、東が海で、『禹貢』は淮水と海の間、『呂氏』は越、『爾雅』は江南とす。九宮の位置では、冀州は正北の坎宮、荊州は西南の坤宮、青州は正東の震宮、徐州は東南の巽宮、豫州は中央の中宮、雍州は西北の乾宮、梁州は正西の兌宮、兗州は東北の艮宮、楊州は正南の離宮に在り。其の位置は此の解と相似たり。

現代語訳校了

楊州は北が淮水、東が海で、『禹貢』は淮水と海の間、『呂氏』は越、『爾雅』は江南とする。九宮の位置では、冀州は正北の坎宮、荊州は西南の坤宮、青州は正東の震宮、徐州は東南の巽宮、豫州は中央の中宮、雍州は西北の乾宮、梁州は正西の兌宮、兗州は東北の艮宮、楊州は正南の離宮に置く。この位置関係は本文の解釈とよく似ている。

GT-100140・巻1
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太一以兗州在正北坎位青州在東北艮位徐州在正東震位楊州在東南巽位荊州在正南離位梁州在西南坤位雍州在正西兌位冀州在西北乾位此竝從五行本始之氣西北亥地故坎水居之東北寅地故

句読本文校了

太一以兗州在正北坎位、青州在東北艮位、徐州在正東震位、楊州在東南巽位、荊州在正南離位、梁州在西南坤位、雍州在正西兌位、冀州在西北乾位。此竝從五行本始之氣。西北亥地、故坎水居之。東北寅地、故

訓読校了

太一は兗州を正北の坎位に在らしめ、青州を東北の艮位、徐州を正東の震位、楊州を東南の巽位、荊州を正南の離位、梁州を西南の坤位、雍州を正西の兌位、冀州を西北の乾位に在らしむ。此れ竝びに五行本始の氣に從ふ。西北は亥の地、故に坎水これに居る。東北は寅の地、故に、

現代語訳校了

太一の配当では、兗州を正北の坎、青州を東北の艮、徐州を正東の震、楊州を東南の巽、荊州を正南の離、梁州を西南の坤、雍州を正西の兌、冀州を西北の乾に置く。この八州配当は五行が始まる気に従う。西北は亥の位置なので坎水を置く。東北は寅の位置であるため、

GT-100141・巻1
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震木居之東南巳地故離火居之西南申地故兌金居之乾爲金故從本金位巽爲木故從本木位坤艮俱土故取地之經居正南正北此竝依周禮職方之始位雖宮位微移五行氣一此九州上對九天分二十八宿屬焉淮南子云中央鈞天數五其星角亢氐韓鄭分鈞極也

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震木居之。東南巳地、故離火居之。西南申地、故兌金居之。乾爲金、故從本金位。巽爲木、故從本木位。坤艮俱土、故取地之經、居正南正北。此竝依周禮職方之始位。雖宮位微移、五行氣一。此九州、上對九天、分二十八宿屬焉。淮南子云、中央鈞天、數五、其星角亢氐。韓鄭分。鈞、極也。

訓読校了

震木、これに居る。東南は巳の地、故に離火これに居る。西南は申の地、故に兌金これに居る。乾は金なれば、本の金位に從ひ、巽は木なれば、本の木位に從ふ。坤・艮は俱に土なれば、地の經を取り、正南・正北に居る。此れ竝びに『周禮』職方の始位に依る。宮位は微かに移ると雖も、五行の氣は一なり。此の九州は、上は九天に對し、二十八宿を分かちて屬せしむ。『淮南子』に云ふ、中央の鈞天は數五、其の星は角・亢・氐、韓・鄭の分なり。鈞は極なり。

現代語訳校了

震木をそこに置く。東南は巳の位置なので離火を置き、西南は申の位置なので兌金を置く。乾は金なので本来の金位に従い、巽は木なので本来の木位に従う。坤と艮はともに土なので、地の南北線を取り、正南と正北に置く。これらはいずれも『周礼』職方の本来の位置に従う。宮の位置がわずかに移っても、五行の気は同一である。この九州は上方の九天に対応し、二十八宿が分属する。『淮南子』によれば、中央の鈞天は数が五で、角・亢・氐を配し、韓・鄭の分野とする。鈞とは極である。

鈞天・蒼天・變天・玄天

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GT-100142・巻1
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布極四方亦曰極天爲四行主對中宮豫州東方蒼天數三其星房心尾房心宋分尾燕分東方色青也對震宮青州東北變天數八其星箕斗牛箕燕分斗吳分牛岱分水之季陰氣盡陽始作萬物將變對艮宮兗州北方玄天數一其星女虚危室女越分虚危齊分室衛分水色黑故

句読本文校了

布極四方、亦曰極天、爲四行主、對中宮豫州。東方蒼天數三、其星房心尾。房心宋分、尾燕分。東方色青也、對震宮青州。東北變天數八、其星箕斗牛。箕燕分、斗吳分、牛岱分。水之季、陰氣盡、陽始作、萬物將變。對艮宮兗州。北方玄天數一、其星女虚危室。女越分、虚危齊分、室衛分。水色黑、故

訓読校了

鈞天は四方へ広く行き渡るゆゑ極天ともいい、四行の主として中宮・豫州に配す。東方の蒼天三には房・心・尾を置き、房心は宋、尾は燕の分野、東方の青色として震宮・青州に配す。東北の変天八には箕・斗・牛を置き、箕は燕、斗は呉、牛は岱の分野、水の季の末に陰気が尽き陽気が始まり萬物が変わる天として艮宮・兗州に配す。北方の玄天一には女・虚・危・室を置き、女は越、虚危は斉、室は衛の分野、水の色は黑、故に、

現代語訳校了

鈞天は四方へ広く行き渡るので極天ともいい、四行の主として中宮・豫州へ配する。東方の蒼天三には房・心・尾を置き、房心は宋、尾は燕の分野、東方の青色として震宮・青州へ配する。東北の変天八には箕・斗・牛を置き、箕は燕、斗は呉、牛は岱の分野、水の季節の末に陰気が尽き、陽気が動き始めて万物が変わろうとする天として艮宮・兗州へ配する。北方の玄天一には女・虚・危・室を置き、女は越、虚危は斉、室は衛の分野とする。水の色が黒いため、

GT-100143・巻1
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云玄天對坎宮冀州西北幽天數六其星壁奎婁壁衛分奎婁魯分金之季卽太陰幽闇也對乾宮雍州西方昊天數七其星胃昴畢胃魯分畢昴趙分金色白故曰昊天對兌宮梁州西南朱天數二其星觜參井觜參晉分井秦分居火之季陽色朱也對坤宮荊州

句読本文校了

云玄天。對坎宮冀州。西北幽天、數六、其星壁奎婁。壁、衛分。奎婁、魯分。金之季、卽太陰幽闇也。對乾宮雍州。西方昊天、數七、其星胃昴畢。胃、魯分。畢昴、趙分。金色白、故曰昊天。對兌宮梁州。西南朱天、數二、其星觜參井。觜參、晉分。井、秦分。居火之季、陽色朱也。對坤宮荊州。

訓読校了

玄天と云ひ、坎宮・冀州に配す。西北の幽天六には壁・奎・婁を置き、壁は衛、奎婁は魯の分野、金の季の末にして太陰幽闇の天として乾宮・雍州に配す。西方の昊天七には胃・昴・畢を置き、胃は魯、畢昴は趙の分野、金の色が白き故に昊天と曰ひ、兌宮・梁州に配す。西南の朱天二には觜・参・井を置き、觜参は晋、井は秦の分野、火の季に居り陽色が朱なれば、坤宮・荊州に配す。

現代語訳校了

玄天といい、坎宮・冀州へ配する。西北の幽天六には壁・奎・婁を置き、壁は衛、奎婁は魯の分野とする。金の季節の末に当たり、太陰の気が暗く奥深いため幽天といい、乾宮・雍州へ配する。西方の昊天七には胃・昴・畢を置き、胃は魯、畢昴は趙の分野とする。金の色が白いので昊天といい、兌宮・梁州へ配する。西南の朱天二には觜・参・井を置き、觜参は晋、井は秦の分野とする。火の季節にあって陽の色が朱なので、坤宮・荊州へ配する。

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