神道簡要

神道簡要

『神道簡要』は、鎌倉時代の伊勢神道を代表する神道家・度会家行が、神明の御徳と神道の要を説いた書でございます。

本頁では、國學院大學図書館所蔵の河野文庫本を作業底本とし、原文翻刻・句読本文・訓読・現代語訳を、画像との照合を終えた区分から順次公開しております。

現在も編纂を続けている作業稿です。各区分には「画像照合済」「校了」などの状態を明記し、校合と再確認に応じて随時更新いたします。

本頁は土御門文書編纂所による自家翻刻・句読・訓読・現代語訳です。原文翻刻は河野文庫本の画像を別担当が一字照合し、各区分の状態を明示しています。
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本文状態

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画像照合済
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校了
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自家翻刻・訓読・現代語訳

大田命訓伝―天照・止由気

SK-0001・画像6左 校了

原文翻刻

上代本紀曰 天照坐皇大神則大日靈貴故彌日天子以虚 空為正躰焉故曰天照大神亦止由氣皇神則 月天子也故曰金剛神亦名天御中主神以水 徳利万品故亦名曰御饌都神惟諸神福田生 化壽命也汝等受天地之靈氣而種神明之先 胤誰撓其神心誰干慮耶

句読本文

上代本紀曰、天照坐皇大神、則大日靈貴。故彌日天子、以虚空為正躰焉。故曰天照大神。亦止由氣皇神、則月天子也。故曰金剛神、亦名天御中主神。以水徳利万品、故亦名曰御饌都神。惟諸神福田、生化壽命也。汝等受天地之靈氣、而種神明之先胤。誰撓其神心、誰干慮耶。

訓読

『上代本紀』に曰く、天照坐皇大神は、すなわち大日靈貴なり。故に彌[「號」の意か]、日天子と曰い、虚空をもって正体となす。故に天照大神と曰う。また止由氣皇神は、すなわち月天子なり。故に金剛神と曰い、また天御中主神と名づく。水徳をもって万品を利するが故に、また御饌都神と名づく。これ諸神の福田にして、生化・寿命なり。汝等は天地の霊気を受けて、神明の先胤を種す[訓未決]。誰かその神心を撓め、誰かその慮りを干さんや、と。

現代語訳

『上代本紀』は次のように説く。天照坐皇大神は大日靈貴である。続いて底本は「故彌日天子」と記す。「彌」は「號」に相当し、日天子と称する意とも考えられるが、確定しない。虚空を本体とするので天照大神という。また止由氣皇神は月天子であり、金剛神、天御中主神とも呼ばれる。水の徳によって万物を潤すため御饌都神とも称され、諸神にとって福を生む田であり、万物の生成と生命をもたらす存在である。人々は天地の霊気を受け、「神明の先胤を種す」とされる。この句は人々を神明の後裔とみる意とも考えられるが、「種」の構文は確定しない。誰がその神心を乱し、その思いを損なってよいだろうか、という。

神人の斎戒と正直

SK-0002・画像6左→画像7右 校了

原文翻刻

又曰 人乃天下之神物也莫傷心神人無以祈禱為 先冥加以正直為本其本心皆令得大道故神 人守混沌之始屏佛法之息崇神祇散齋致齋 内外潔齋之日弔喪問疾食宍不判刑殺不 決罰罪人不作音樂不預穢悪事不散失其正 致其精明之徳左物不移右兵器不用輛音不 聞口不言穢悪目不見不淨鎭專謹慎之誠宜 致如在之禮矣

句読本文

又曰、人乃天下之神物也。莫傷心。神人無以祈禱為先、冥加以正直為本。其本心皆令得大道。故神人守混沌之始、屏佛法之息、崇神祇。散齋、致齋。内外潔齋之日、弔喪、問疾、食宍、不判刑殺、不決罰罪人、不作音樂、不預穢悪事、不散失其正、致其精明之徳。左物不移右、兵器不用、輛音不聞、口不言穢悪、目不見不淨。鎭專謹慎之誠、宜致如在之禮矣。

訓読

又曰く、人はすなわち天下の神物なり。心を傷ること莫れ。神人は祈禱をもって先とすること無く、冥加は正直をもって本とす[句切り暫定]。その本心をして皆、大道を得しむ。故に神人は混沌の始めを守り、佛法の息を屏け、神祇を崇ぶ。散齋・致齋、内外潔齋の日には、喪を弔わず、疾を問わず、宍を食らわず、刑殺を判ぜず、罪人を罰するを決せず、音樂を作さず、穢悪の事に預からず、その正しきを散失せず、その精明の徳を致す。左の手の物を右に移さず、兵器を用いず、輛の音を聞かず、口に穢悪を言わず、目に不淨を見ず、心を鎭め、専ら謹慎の誠を尽くし、宜しく在すが如き礼を致すべし、と。

現代語訳

さらにこう説く。冒頭は「人は天下における神聖な存在である。心を傷つけてはならない」と読める。続く底本の字面を本案では「神人は祈禱を第一とせず、神の加護は正直を根本とする」と暫定的に読む。ただし、ここは句切りによって教説の向きが変わり、1911年本は「神垂は祈禱を先とする」とするため、確定訳ではない。その本心を大道へ至らせるのである。神人は、物事が分かれる以前の根源を守り、仏法の気息を退け、神々を崇める。散斎・致斎や内外の潔斎の日には、弔問や病人の見舞い、肉食、死刑に関する裁断、罪人の処罰、音楽、穢れた事への関与を避け、正しさを失わず、明浄な徳を尽くす。さらに、左の手の物を右へ移さず、武器を用いず、「輛」の音を聞かず、穢れたことを口にせず、不浄なものを目にせず、心を鎮めて謹慎の誠を専らにし、神が現にそこにおられるような礼を尽くすべきだ、という。

日神月神所化の真経津鏡

SK-0003・画像7左 校了

原文翻刻

又曰 日神月神所化乃真經津鏡是也天地開闢之 明鏡也三才所顯之寶鏡也當受之以清淨而 求之以神心視之以无相無住因以為神明之 正躰

句読本文

又曰、日神月神所化、乃真經津鏡是也。天地開闢之明鏡也。三才所顯之寶鏡也。當受之以清淨、而求之以神心、視之以无相無住、因以為神明之正躰。

訓読

又曰く、日神・月神の化する所は、すなわち真經津鏡これなり。天地開闢の明鏡なり。三才の顕す所の宝鏡なり。当にこれを受くるに清浄をもってし、これを求むるに神心をもってし、これを視るに無相無住をもってし、因って神明の正体となすべし、と。

現代語訳

さらにこう説く。日神と月神から化生したものこそ真經津鏡である。それは天地開闢を映す明らかな鏡であり、天・地・人の三才が顕した宝鏡である。この鏡は清浄な心で受け、神を思う心で求め、固定した形にも執着するところにもとらわれずに観るべきである。このため、これを神明の正体とする、という。

両宮の水火と祭祀・君道

SK-0004・画像7左→画像8右 校了

原文翻刻

又曰 天照大神則主火氣而和光同塵止由氣大神 則主水氣而万物長養也故兩宮者天神地 祇大宗君臣上下元祖也惟天下大廟也國家 社稷也尊祖敬宗禮教為先故天子親耕以供 神明王后親蠶以供祭服而化陰化陽有四時 祭徳合神明乃与天地通也徳與天地通則君 道明而万民豐

句読本文

又曰、天照大神則主火氣而和光同塵。止由氣大神則主水氣而万物長養也。故兩宮者、天神地祇大宗、君臣上下元祖也。惟天下大廟也、國家社稷也。尊祖敬宗、禮教為先。故天子親耕以供神明、王后親蠶以供祭服。而化陰化陽、有四時祭、徳合神明、乃与天地通也。徳與天地通、則君道明而万民豐。

訓読

又曰く、天照大神はすなわち火気を主り、光を和らげ塵に同ず。止由氣大神はすなわち水気を主り、万物を長養するなり。故に両宮は、天神地祇の大宗、君臣上下の元祖なり。これ天下の大廟なり、国家の社稷なり。祖を尊び宗を敬い、礼教を先となす。故に天子は親ら耕して神明に供え、王后は親ら蚕して祭服に供す。しかして陰を化し陽を化し、四時の祭有り、徳は神明に合して、すなわち天地に通ずるなり。徳、天地に通ずれば、君道明らかにして万民豊かなり、と。

現代語訳

さらにこう説く。天照大神は火の気をつかさどり、自らの光を和らげてこの世に交わる。止由氣大神は水の気をつかさどり、万物を育てる。したがって内宮と外宮の両宮は、天神・地祇の大いなる根源であり、君臣をはじめ上下の人々の祖である。それは天下の大廟であり、国家を支える祭祀の根幹である。祖先を尊び宗を敬い、礼による教えを第一とするので、天子は自ら田を耕して神に供え、王后は自ら蚕を育てて祭服を備える。この祭祀によって陰陽がはたらき、四季の祭りが行われ、人の徳が神明と調和して天地に通じる。徳が天地に通じれば、君主の道は明らかとなり、民は豊かになる、という。

二所皇太神宮御鎮座本紀―大日孁貴

SK-0005・画像8右→画像8左 校了

原文翻刻

二所皇太神宮御鎭座本紀曰 伊弉諾尊曰吾欲生御寓之珍子乃以左手持 銅鏡則有化是謂大日靈貴亦彌 天照大日靈貴也此御子光華明彩照徹六合 之内

句読本文

二所皇太神宮御鎭座本紀曰、伊弉諾尊曰、吾欲生御寓之珍子。乃以左手持銅鏡、則有化。是謂大日靈貴、亦彌天照大日靈貴也。此御子、光華明彩、照徹六合之内。

訓読

『二所皇太神宮御鎭座本紀』に曰く、伊弉諾尊曰く、「吾、御寓の珍子を生まんと欲す」と。すなわち左手をもって銅鏡を持てば、化するもの有り。これを大日靈貴と謂い、また彌[「號」の意か]、天照大日靈貴と曰う。この御子、光華明彩にして、六合の内を照徹す、と。

現代語訳

『二所皇太神宮御鎭座本紀』は次のように伝える。伊弉諾尊は「私は天下を治める尊い子を生みたい」と言い、左手に銅鏡を持った。するとそこから神が化生した。これを大日靈貴といい、底本では続けて「亦彌天照大日靈貴」と記す。「彌」は「號」の誤写・異写で、天照大日靈貴とも称する意である可能性がある。この御子の光は鮮やかに輝き、天地四方のすべてを照らし通した、という。

水徳・天御中主・御饌都

SK-0006・画像8左→画像9右 校了

原文翻刻

又曰 以代水徳未露天地未成瑞八坂瓊之曲玉乎 捧九宮天即水徳為天地利天地越成天人民 化生須名曰天御中主神故千變万化受一水 之徳生續命之術故亦曰御饌都神也古語曰 大海之中有一物浮形如葦牙其中神人化生 号天御中主神故号豊葦原中 國亦因以曰天照止由氣皇大神也與大日靈 貴天照大神預結幽契永治天上天下給也

句読本文

又曰、以代、水徳未露、天地未成、瑞八坂瓊之曲玉乎捧九宮天、即水徳為天地利、天地越成天、人民化生。須名曰天御中主神。故千變万化受一水之徳、生續命之術。故亦曰御饌都神也。古語曰、大海之中有一物、浮形如葦牙、其中神人化生、号天御中主神。故号豊葦原中國。亦因以曰天照止由氣皇大神也。與大日靈貴天照大神預結幽契、永治天上天下給也。

訓読

又曰く、「以代[訓未決]、水徳いまだ露れず、天地いまだ成らず。瑞の八坂瓊の曲玉乎捧九宮天[「乎」「天」は借字か。句法未決]。すなわち水徳を天地の利となし、天地越成天[「越」の脇書に「超/起」。訓未決]、人民化生す。須く名づけて天御中主神と曰うべし[命名主体未決]。故に千変万化、一水の徳を受け、続命の術を生ず。故にまた御饌都神と曰うなり。古語に曰く、大海の中に一物有り、浮かぶ形は葦牙の如く、その中に神人化生し、天御中主神と号す。故に号して豊葦原中国という[命名主体・対象未決]。また因って天照止由氣皇大神と曰う[主語未決]。大日靈貴天照大神と予め幽契を結び、永く天上天下を治め給う[主語未決]」と。

現代語訳

さらにいう。底本は「以代、水徳未露、天地未成」と記す。続く八坂瓊の曲玉・九宮・水徳・天地と人民の化生を述べる一節は、ヲ・テに相当する借字らしき文字と脇書を含み、構文を確定できない。その後、天御中主神という名、一なる水徳から生じる続命の術、御饌都神の名を説く。古語として、大海の中に葦の芽のように浮かぶ一物があり、その中から神人が化生して天御中主神と号した、と記す。豊葦原中国の命名主体・対象は未決である。続いて天照止由氣皇大神という名を挙げ、大日靈貴天照大神との幽契、天上・天下の永い統治を述べるが、後二句の主語関係も確定しない。

豊受太神宮御鎮座本紀―祭神の清浄

SK-0007・画像9右→画像9左 校了

原文翻刻

豊受太神宮御鎮座本紀曰 齋情於天地乘御想於風雲者為從道之本為 守神之要將除万言之雜説而舉一心之定準 配天命而嘗神氣理實灼然祭神清淨為先我 鎮以得一為念也神主部物忌等諸祭齋日不 觸諸穢悪事不得佛法言不食宍亦迄至神嘗 會日不食新飯常謹心慎攝掌敬拜齋仕矣

句読本文

豊受太神宮御鎮座本紀曰、齋情於天地、乘御想於風雲者、為從道之本、為守神之要。將除万言之雜説、而舉一心之定準、配天命而嘗神氣。理實灼然。祭神、清淨為先。我鎮以得一為念也。神主部、物忌等、諸祭齋日、不觸諸穢悪事、不得佛法言、不食宍。亦迄至神嘗會日、不食新飯。常謹心、慎攝掌、敬拜齋仕矣。

訓読

『豊受太神宮御鎮座本紀』に曰く、情を天地に斎い、御想を風雲に乗ずる者は、道に従うの本、神を守るの要たり。まさに万言の雑説を除きて、一心の定準を挙げ、天命に配して神気を嘗めんとす。理は実に灼然たり。神を祭るには、清浄を先となす。我、鎮まりて一を得るをもって念となすなり。神主部・物忌等は、諸の祭斎の日に、諸の穢悪の事に触れず、佛法の言を得ず[「得」脇書「行」参照]、宍を食らわず、また神嘗会の日に至るまで新飯を食らわず、常に心を謹み、慎んで掌るところを摂し、敬拜して齋仕せよ、と。

現代語訳

『豊受太神宮御鎮座本紀』は次のように説く。心を天地に向けて清め、思いを風雲に乗せることは、道に従う根本であり、神を守る要である。数限りない雑説を除き、一心という確かな基準を掲げ、天命にかなって神気を受け取ろうとする。その道理は明白である。神を祭るには清浄を第一とする。ここでいう「我鎮」の句は、一を得ることを念願とする意とみられる。神主部や物忌などは、祭りの斎戒の日に穢れた事へ触れず、底本大字どおりなら「仏法の言を得ず」、脇書を訂正とみれば「仏法の言を行わず」となる。さらに肉を食べず、神嘗の祭日までは新米を食べない。常に心を慎み、務めをよく保ち、敬って礼拝し、潔斎して奉仕する、という。

神明の本性と金剛神

SK-0008・画像9左→画像10右 校了

原文翻刻

又曰 視聽之外氣氳氣象之中虛而有靈一而無躰 故發廣大慈悲於自在神力現種々形隨種々 心行為方便利益取[ママ]表名曰大日靈貴亦曰天 照大神為万物本躰度万世世間人兒如宿母 胎也亦止由氣皇大神月天尊天地之間氣形 質未相離且名渾淪所顯尊形是也金剛神生 化本性万物惣躰也金則水不朽火不焼本性 精明故亦名曰神明亦名太神也住大慈本 誓毎人隨思而寶兩王寶珠万品如水德故亦 名御氣都金王則衆物中功明甚勝不朽不焼 不黒故為名無内外表裏故為本性謂人乃受 金神之性須守混沌之始故則敬神熊[ママ]以清淨 為先謂從正式為清淨隨悪以為不淨悪者不 淨之物鬼神取[ママ]悪也

句読本文

又曰、視聽之外、氣氳氣象之中、虛而有靈、一而無躰。故、發廣大慈悲、於自在神力現種々形、隨種々心行、為方便利益取[ママ]表、名曰大日靈貴、亦曰天照大神、為万物本躰、度万世。世間人兒、如宿母胎也。亦止由氣皇大神、月天尊、天地之間、氣形質未相離、且名渾淪、所顯尊形是也。金剛神、生化本性、万物惣躰也。金則水不朽、火不焼、本性精明、故亦名曰神明、亦名太神也。住大慈本誓、毎人隨思而寶。兩王寶珠、万品如水德、故亦名御氣都。金王則衆物中、功明甚勝、不朽、不焼、不黒、故為名。無内外表裏、故為本性。謂人乃受金神之性、須守混沌之始。故則敬神熊[ママ]、以清淨為先。謂從正式為清淨、隨悪以為不淨。悪者不淨之物、鬼神取[ママ]悪也。

訓読

又曰く、視聽の外、氣氳氣象の中、虛にして靈有り、一にして躰無し。故に廣大の慈悲を發し、自在の神力に於いて種々の形を現じ、種々の心行に隨ひて、方便利益を為し、取りて[ママ]表し、名づけて大日靈貴と曰ひ、亦、天照大神と曰ひ、万物の本躰と為りて万世を度す。世間の人兒は、宿母の胎の如きなり。亦、止由氣皇大神は月天尊なり。天地の間、氣・形・質未だ相離れず、且く渾淪と名づく。顯す所の尊形、是れなり。金剛神は、生化の本性、万物の惣躰なり。金は則ち水に朽ちず、火に焼けず、本性精明なり。故に亦名づけて神明と曰ひ、亦、太神と名づくるなり。大慈の本誓に住し、人ごとの思ひに隨ひて寶す[「寶」の動詞義未決]。底本大字には、兩王の寶珠、万品、水德の如し、とあり[訓未決]、故に亦、御氣都と名づく。金王は則ち衆物の中に功明甚だ勝れ、朽ちず、焼けず、黒まず、故に名を為す。内外表裏無きが故に本性と為す。謂ふ、人は乃ち金神の性を受け、須らく混沌の始を守るべし。故に則ち神熊[ママ]を敬ふ、とあり[意味未決]、清淨を以て先と為す。謂ふ、正式に從ふを清淨と為し、悪に隨ふを以て不淨と為す。悪は不淨の物にして、鬼神、悪を取る[ママ]、とあり[意味未決]。

現代語訳

さらにいう。見ること・聞くことを超え、気が満ちて形象となる領域のうちに、虚でありながら霊妙なはたらきがあり、一つでありながら形体を持たない。それゆえ広大な慈悲を起こし、自在の神力によってさまざまな姿を現し、衆生のさまざまな心の働きに応じる。続いて底本は「方便利益取[ママ]表」と記すが、この句の係り方と意味は確定しない。その後、これを大日靈貴、また天照大神と名づけ、万物の根本として万世を救うと説く。世の人々は、母の胎に宿る子のようなものである。また止由氣皇大神は月天尊である。天地の間で気・形・質がまだ分かれない状態を、ひとまず渾淪と呼び、そこに現れる尊い姿がこれである。金剛神は生成変化の本性であり、万物の総体である。金は水に朽ちず火に焼けず、その本性は澄み明らかであるため、神明また太神とも呼ばれる。大慈の本誓に住し、人ごとの思いに随って「宝す」とあるが、この「宝」の動詞としての用法は未決である。底本大字には「兩王の宝珠、万品、水徳の如し」とある。脇書を訂正指示とみる別案では「龍王の宝珠は万品を利し、水徳の如し」と読めるが、本文訳には混入しない。続いて御氣都の名を説き、金王は万物のうちでもその働きと明徳が特に優れ、朽ちず、焼けず、黒ずまないので、その名があるという。内外・表裏の隔てがないために本性という。人は金神の性を受けた者であるから、混沌の始原を守らなければならない。ゆえに「神熊[ママ]を敬う」と記すが、意味は未決であり、清浄を第一とする。正しい方式に従うことを清浄、悪に従うことを不浄とする。悪は不浄の物であり、末尾には「鬼神、悪を取る[ママ]」とあるが、この意味も未決である。

天口事書―二つの珍図

SK-0009・画像10左 校了

原文翻刻

天口事書曰 天照珍圖者心神花臺之中天地八尊圓鏡坐 豊受珍圖者天地父母二儀之中五大尊光照 金鏡坐俗常以金鏡喩明道也

句読本文

天口事書曰、天照珍圖者、心神花臺之中、天地八尊圓鏡坐。豊受珍圖者、天地父母二儀之中、五大尊光照金鏡坐。俗、常以金鏡、喩明道也。

訓読

『天口事書』に曰く、天照珍圖は、心神の花臺の中に、天地八尊、圓鏡に坐す。豊受珍圖は、天地父母二儀の中に、五大尊、光照の金鏡に坐す。俗に常に金鏡を以て明道に喩ふるなり。

現代語訳

『天口事書』には次のようにある。天照珍図では、心神を表す花台の中央に、天地の八尊が円鏡に鎮座する。豊受珍図では、天地の父母である二儀の中央に、五大尊が光り輝く金鏡に鎮座する。世俗では常に、金鏡を明らかな道のたとえとして用いる。

宝基本紀―内外不二

SK-0010・画像10左 校了

原文翻刻

寶基本紀曰 盖百千尊号天津御量之功名也故聖神曰内 外不二常一躰天神地祇皆一露矣

句読本文

寶基本紀曰、盖百千尊号、天津御量之功名也。故聖神曰、内外不二、常一躰、天神地祇、皆一露矣。

訓読

『寶基本紀』に曰く、盖し百千の尊号は、天津御量の功名なり。故に聖神曰く、内外不二、常一躰、天神地祇、皆一露なり、と。

現代語訳

『宝基本紀』には次のようにある。数多くの尊号は、天津御量の功徳を表す名である。ゆえに聖神は、内と外は二つではなく、常に一体であり、天神も地祇もみな一つの露として現れる、と説く。

神代本紀―心神・正直

SK-0011・画像11右 校了

原文翻刻

神代本紀曰号倭姫命世記 心神則天地之本其基身躰則五行之化生奈利 肆元元入元初本本任本心與神衆[ママ]以祈禱為 先冥加以正直為本夫尊天事地崇神敬祖 則不絶宗廟經論天業又屏佛法息奉再拜神 祇礼日月廻四列[ママ]雖照六合須照正直頂止詔 命明矣

句読本文

神代本紀曰、号倭姫命世記。心神則天地之本、其基。身躰則五行之化生奈利。肆元元入元初、本本任本心與。神衆[ママ]以祈禱為先、冥加以正直為本。夫、尊天事地、崇神敬祖、則不絶宗廟、經論天業。又屏佛法息、奉再拜神祇礼。日月廻四列[ママ]、雖照六合、須照正直頂止、詔命明矣。

訓読

『神代本紀』に曰く。續けて「号倭姫命世記」とあり[両書名の関係未決]。心神は則ち天地の本、其の基なり。身躰は則ち五行の化生なり。肆に、元元、元初に入り、本本、本心に任す、と。神衆[ママ]、祈禱を以て先と為す、と讀み得るが[主語・訓未決]、冥加は正直を以て本と為す。夫れ天を尊び地に事へ、神を崇め祖を敬へば、則ち宗廟を絶やさず、天業を經論す。又、佛法の息を屏け、再拜して神祇を礼し奉る。日月、四列[ママ]を廻り、六合を照らすと雖も、須らく正直の頂を照らすべしとの詔命、明らかなり。

現代語訳

『神代本紀』に曰く。続けて「号倭姫命世記」とあるが、両書名の関係は確定しない。心神は天地の根本であり、その基礎である。身体は五行から生じたものである。根源は元初へ入り、それぞれの本は本心に任せられる。底本は「神衆は祈禱を第一とし」と読める字面を持つが、「神衆」は異例であり、参校本は「神垂」とするため、この主語と教説の確定は保留する。冥々の加護には正直を根本とする。天を尊び、地に仕え、神を崇め祖先を敬えば、宗廟を絶やさず、天業を経綸する。また仏法の息を退け、再拝して神祇を礼拝する。日月が「四列」[ママ]を巡り、天地四方を照らすとしても、正直の頂を照らすべしとの詔命は明らかである。「四列」の意味は未決である。

神皇実録―八心・魂魄

SK-0012・画像11右→画像11左 校了

原文翻刻

神皇實録曰 神語大者人靈也 八洲八齋八心因以為大衆者也古語陽氣為 心為神故名魂也陰氣為意為性故名精魄也 因茲祭八齋神靈則世苦樂皆是自在天神之 作用廣大慈悲之八大即續生之相眞實而无 畏鎮座大元神地如湯津石村長生不死之神 慮請再拜

句読本文

神皇實録曰、神語、大者人靈也。八洲、八齋、八心、因以為大衆者也。古語、陽氣為心、為神、故名魂也。陰氣為意、為性、故名精魄也。因茲祭八齋神靈、則世苦樂、皆是自在天神之作用。廣大慈悲之八大、即續生之相、眞實而无畏。鎮座大元神地、如湯津石村。長生不死之神慮、請再拜。

訓読

『神皇實録』に曰く、神語に、「大は人靈なり」とあり[「大なる者は人靈なり」の意もあり、訓未決]。八洲・八齋・八心、因りて以て大衆たる者なり。古語に、陽氣を心と為し、神と為す。故に魂と名づくるなり。陰氣を意と為し、性と為す。故に精魄と名づくるなり。茲に因りて八齋神靈を祭れば、則ち世の苦樂、皆これ自在天神の作用なり。廣大慈悲の八大は、即ち生を續ぐの相、眞實にして畏れ無し。大元神の地に鎮座すること、湯津石村の如し。長生不死の神慮を請ひて、再拜す[句切り未決]。

現代語訳

『神皇実録』には次のようにある。冒頭は「大とは人の霊である」、または「大なる者は人の霊である」と読めるが、確定しない。八洲・八斎・八心によって、大いなる衆となる。古語では、陽の気を心また神とし、これを魂と名づける。陰の気を意また性とし、これを精魄と名づける。このため八斎の神霊を祭れば、世の苦楽はすべて自在天神の働きによると説く。広大な慈悲の「八大」は、生命を受け継ぐ相であり、真実で畏れがない。大元神の地への鎮座を「湯津石村のようである」と述べ、続いて長生不死の神慮を請うて再拝する、と読める。ただし「湯津石村」の指示対象および末句の切り方は確定しない。なお「八大」は脇書「心」によれば「八心」への訂正である可能性が高い。

高天海・天御中主

SK-0013・画像11左→画像12右 校了

原文翻刻

又曰 高天海[ママ]初出之故天御氣理擧之八重雲以天 坐成神天讓日國禪月乃皇神亦曰天御中主 尊故天地俱生神坐也自明了而照大千世界 用无滿乃要知度无量乃群生惟諸天之本致 皇帝之大宗也諸天子保任此事而尊宗熟考 故宗敬天孫於天照大神則尊貴天御中主 皇神焉

句読本文

又曰、高天海[ママ]初出之故、天御氣理擧之。八重雲以、天坐成神。天讓日、國禪月、乃皇神、亦曰天御中主尊。故天地俱生神坐也。自明了而照大千世界、用无滿、乃要知、度无量乃群生、惟諸天之本致、皇帝之大宗也。諸天子保任此事、而尊宗熟考。故宗敬天孫、於天照大神、則尊貴天御中主皇神焉。

訓読

又曰く、高天海[ママ]の初めて出づるが故、天御氣、理めて之を擧ぐ、と讀み得る[主語・係り受け未決]。八重雲を以て、天に坐して神と成る[係り受け未決]。天を日に讓り、國を月に禪る、と讀み得る。乃ち皇神、亦、天御中主尊と曰ふ。故に天地俱生の神、坐すなり。自ら明了にして大千世界を照らし、「用无滿乃要知」とあり[訓未決]、无量の群生を度す。惟れ諸天の本致、皇帝の大宗なり。諸天子、此の事を保任して、尊宗を熟考す。故に「宗敬天孫於天照大神」とあり[訓未決]、則ち天御中主皇神を尊貴す。

現代語訳

さらにいう。冒頭は「高天海[ママ]の初出」「天御氣」「八重雲」「天に坐して神となる」ことを述べるが、各句の主語と係り受けは確定しない。続いて「天を日に譲り、国を月に禅る」と読める字面があり、その皇神を天御中主尊ともいう。天地とともに生じた神が鎮座し、自ら明らかで大千世界を照らし、無量の群生を救い、諸天の根本・皇帝の大宗であると説く。ただし「用无滿乃要知」と末尾の「宗敬天孫於天照大神」の訓読は未決である。

天口事書―不浄と神地

SK-0014・画像12右→画像12左 校了

原文翻刻

又曰天口事書文 神人心外好別請而從不淨實執則不得踐神 地上不許飲神地水而五千大鬼常罵大賊

句読本文

又曰、天口事書文。神人、心外好別請、而從不淨實執、則不得踐神地上、不許飲神地水、而五千大鬼、常罵大賊。

訓読

又曰く、『天口事書』の文。神人、心外に別請を好み、不淨の實執に從はば[「別請」「實執」とも訓未決]、則ち神地の上を踐むことを得ず、神地の水を飲むことを許さず。而して五千の大鬼、常に大賊と罵る。

現代語訳

さらに、『天口事書』の文には次のようにある。神に仕える人が、心の外に「別請」を好み、不浄な「実執」に従うならば、とある。「別請」は別の対象を請い求める意とも考えられるが、「別請」「実執」とも語義・訓は確定しない。その者には、神域の地を踏むことも、神域の水を飲むことも許されず、五千の大鬼から常に大賊と罵られる。

潔清三惑・定慧・道徳

SK-0015・画像12左→画像13右 校了

原文翻刻

或書曰 神人敕令潔清三武而畢身不朽語其定也恬 思寂正神明而終日不亂語其惠也崇徳辨惑 而必然以此備之惠群生以正法神而遍之天 地不能掀密而行之鬼神不能測其演法也惟 是以道徳謝天子諸侯啓神明所國家太平是 本來大人耳

句読本文

或書曰、 神人敕令、潔清三武、而畢身不朽。語其定也、恬 思寂正、神明、而終日不亂。語其惠也、崇徳辨惑、 而必然。以此備之、惠群生以正法。神而遍之、天 地不能掀。密而行之、鬼神不能測。其演法也、惟 是以道徳謝天子諸侯、啓神明所、國家太平。是 本來大人耳。

訓読

或る書に曰く、「神人敕令潔清三武」〔命令の主体・対象、および「三武」の義は未詳〕、而して畢身朽ちず。その定を語れば、恬として思い、寂として正しく、神明にして終日乱れない。その恵を語れば、徳を崇び、惑いを弁じて、必然である。これをもって備え、群生を恵むに正法をもってし、神としてこれを天地にあまねくすれば、天地もこれを動かすことができず、密かにこれを行えば、鬼神も測ることができない。その法を演ぶるや、惟れ是れ「以道徳謝天子諸侯啓神明所」〔「謝」および「神明所」の構文・義は未詳〕。国家太平、是れ本来の大人なるのみ。

現代語訳

冒頭の「神人敕令潔清三武」は、命令する者と命令を受ける者の関係、および「三武」の意味が確定しませんが、生涯にわたる清浄な実践を説く段とみられます。続いて、心を静かに保ち、明らかな心を一日中乱さないこと、徳を尊び迷いを見分け、正しい法によって人々を恵むことを述べます。その実践は天地にも動かされず、ひそかに行えば鬼神にも測りがたいとされます。終盤には、道徳をもって天子・諸侯に「謝」し、神明の「所」を啓くと記されますが、この二句の構文と語義は確定しません。その結果として国家の太平を説き、これを本来の「大人」としています。

神一道と守一

SK-0016・画像13右 校了

原文翻刻

又曰 神一道无多慮无多智多智多愛不如息意多 慮多失不如守一慮多志散智多心亂心亂生 惱志散妨道鳴呼不死妙藥一道虛寂万物齊 平也

句読本文

又曰、 神一道、无多慮、无多智。多智多愛、不如息意。多 慮多失、不如守一。慮多志散、智多心亂。心亂生 惱、志散妨道。鳴呼、不死妙藥、一道虛寂、万物齊 平也。

訓読

又曰く、神は一道にして、多慮無く、多智無し。智多く愛多きは、意を息むるに如かず。慮り多く失い多きは、一を守るに如かず。慮り多ければ志散じ、智多ければ心乱る。心乱るれば悩みを生じ、志散ずれば道を妨ぐ。ああ、不死の妙薬は、一道虚寂にして、万物斉平なることなり。

現代語訳

また、神の道はただ一つであり、思慮や知識をむやみに増やすものではない、と説きます。知恵や執着を増やすより、心の動きを鎮めるほうがよく、考えすぎて本旨を失うより、一つの道を守るほうがよい。思いが多ければ志は散り、知に偏れば心は乱れます。乱心は悩みを生み、散漫な志は道を妨げます。不死の妙薬とは、唯一の道が虚静であり、万物が等しく調う境地にある、というのです。

道徳・性命と三始図

SK-0017・画像13左→画像14右 校了

原文翻刻

道徳者虚無之神天地没而道常存矣原性命 受化於心心受之於意人受之於精 神形躰消而神不毀性命既而神不終形躰易 而神不反性命化而神常然因以名國常立尊 以初為常義者也 三始圖 天 人

句読本文

道徳者、虚無之神。天地没而道常存矣。原、性命 受化於心、心受之於意、人受之於精。 神、形躰消而神不毀。性命既而神不終。形躰易 而神不反。性命化而神常然。因以名國常立尊、 以初為常、義者也。 三始圖。 天。 人。

訓読

道徳は、虚無の神なり。天地没すれども、道は常に存す。原ぬるに、性命は化を心より受け、心はこれを意より受け、人はこれを精より受く。神は、形体消ゆれども毀れず。「性命既而」〔「既」の義・訓は未詳〕、神は終わらず。形体易われども、神は反らず〔「反」の義は未詳〕。性命化すれども神は常に然り。よりて国常立尊と名づけ、初めをもって常となす、という義なり。 三始図。「天」。「人」。

現代語訳

道徳とは、形を超えた虚無の神的原理であり、天地が滅びても道は常に存在すると説きます。その根本をたどれば、性命は化を心より受け、心はそれを意より受け、人はそれを精より受ける、という連鎖として読めます。身体が消えても神は損なわれないとした後、本文は「性命既而、神不終」と記しますが、「既」の義と句全体の意味は確定しません。また、身体が変化しても「神不反」と記しますが、ここでの「反」の意味は確定しません。続いて、性命が変化しても神は常にそのようにあり、これを国常立尊と名づけ、「初めを常とする」意味だと説きます。 続く「三始図」には、大字で「天」「人」が置かれています。図内細字では、霊的な無から動きによって有が始まり、気が形の始めとなり、気と形が分かれて天地人が生じるという生成の段階が記されます。ただし、各文字・円・墨塗りの厳密な対応関係は断定しません。

天神七代図と五大魂

SK-0018・画像14右→画像14左→画像15右 校了

原文翻刻

天神七代 大元 國常立尊 地大 天八下靈神 水大 天三降靈神 火大 天合靈神 風大 天八百日靈神 空大 天八十万魂神 二代 國狹槌尊 三 豐斟渟尊 四 泥土煮尊/沙土煮尊 五 大戸之道尊/大苫邊尊 面足尊/惶根尊 件五代八柱天神光胤也雖有名相未現形躰五 府中坐故名天地耦生神也應化神名曰 天御中主神未顯露名國常立尊亦稱國底 立神天地之間稟氣之靈蒙一大五種之神力 受天地父母之生身以言語授世人依之得一 切智心利万物生化也

句読本文

天神七代。 大元 國常立尊。 地大 天八下靈神。 水大 天三降靈神。 火大 天合靈神。 風大 天八百日靈神。 空大 天八十万魂神。 二代 國狹槌尊。 三 豐斟渟尊。 四 泥土煮尊/沙土煮尊。 五 大戸之道尊/大苫邊尊。 面足尊/惶根尊。 件五代八柱、天神光胤也。雖有名相、未現形躰、五 府中坐。故名天地耦生神也。應化神、名曰 天御中主神。未顯露、名國常立尊、亦稱國底 立神。天地之間、稟氣之靈、蒙一大五種之神力、 受天地父母之生身、以言語授世人。依之、得一 切智心、利万物生化也。

訓読

天神七代。 大元、国常立尊。地大、天八下霊神。水大、天三降霊神。火大、天合霊神。風大、天八百日霊神。空大、天八十万魂神。二代、国狭槌尊。三、豊斟渟尊。四、泥土煮尊・沙土煮尊。五、大戸之道尊・大苫辺尊。面足尊・惶根尊。 件の五代八柱は、天神の光胤なり。名相有りといえども、いまだ形体を現さず、五府の中に坐す。故に天地耦生神と名づくるなり。応化の神、名づけて天御中主神という。いまだ顕露せざるを国常立尊と名づけ、また国底立神と称す。天地の間、気を稟くる霊、一大五種の神力を蒙り、天地父母の生身を受け、言語をもって世人に授く〔授くる目的語は本文に明示なし〕。これに依りて一切智心を得、万物の生化を利するなり。

現代語訳

「天神七代」と題する図には、大元の国常立尊、地・水・火・風・空に関わる五柱の霊神、続いて国狭槌尊、豊斟渟尊、泥土煮尊・沙土煮尊、大戸之道尊・大苫辺尊、面足尊・惶根尊の神名が掲げられています。 図内細字では、国常立尊の所化神を天御中主神と名づけ、五柱の神が天地の精気を受けて気・形・質を備えながらまだ互いに混じり合わず、「五大魂」と称されること、神は生命の根本、形は生命を成立させる器であり、「独化神」と称することが記されます。また、泥土煮尊・沙土煮尊、大戸之道尊・大苫辺尊、面足尊・惶根尊の各組のそばには、属性として「荒魂」と記されています。 通常本文は、ここに掲げる五代八柱を天神の光の系譜とし、名と相はあってもまだ身体を現さず、五府の中に鎮まるため「天地耦生神」と呼ぶと説きます。応化して現れる名を天御中主神、まだ顕現しない名を国常立尊、別名を国底立神とします。続いて、天地の気を受ける霊が「一大五種の神力」を蒙り、天地を父母とする身体を受け、言語によって世人に何かを授けるとしますが、授ける目的語は本文に明示されません。これにより「一切智心」を得て、万物の生成変化を利すると説いています。

伊弉諾・伊弉冊二尊―陰陽男女

SK-0019・画像15右→画像15左 校了

原文翻刻

伊弉諾尊 伊弉冊尊 從國常立尊至惶根尊天神六代之間則有名相未現尊形五位神坐其後轉及 合陰陽有男女形

句読本文

伊弉諾尊。 伊弉冊尊。 從國常立尊至惶根尊、天神六代之間、則有名相、未現尊形、五位神坐。其後轉及 合陰陽、有男女形。

訓読

伊弉諾尊。伊弉冊尊。 国常立尊より惶根尊に至る天神六代の間は、すなわち名相有れども、いまだ尊形を現さず、「五位神坐」〔句の係りと意味は未詳〕。その後、転じて陰陽を合するに及び、男女の形有り。

現代語訳

系譜図では、伊弉諾尊に「天降陽神」「名日子」「亦稱大自在太子」の細字が付されます。二尊の間に置かれた朱書「妹」は、伊弉冊尊を伊弉諾尊の妹として示し、伊弉冊尊には「天降陰神」「名月子」「亦稱大自在天子」の細字が付されます。 通常本文は、国常立尊から惶根尊までの天神六代には名と相があっても、まだ尊形を現さないと述べ、続けて「五位神坐」と記します。この句の係り方と意味は確定しません。その後、陰陽が合わさる段階に至って男女の形が現れた、と説いています。

伊弉諾・伊弉冊二尊―国土生成

SK-0020・画像15左 校了

原文翻刻

伊弉諾伊弉冊二尊承天御中主神詔師以天 瓊戈指立於磤馭慮嶋之上以為國中天柱化 堅八尋殿共任生大八洲次大小嶋合拾四箇 嶋其後處々小嶋皆是水沫潮凝而成者也

句読本文

伊弉諾伊弉冊二尊、承天御中主神詔、師以天 瓊戈指立於磤馭慮嶋之上、以為國中天柱、化 堅八尋殿、共任生大八洲。次、大小嶋合拾四箇 嶋。其後處々小嶋、皆是水沫潮凝而成者也。

訓読

伊弉諾・伊弉冊の二尊は、天御中主神の詔を承け、天の瓊戈をもって磤馭慮嶋の上に指し立て、国中の天柱となし、八尋殿を化り堅め、共に任じて大八洲を生む。次に大小の島、合わせて十四箇の島を生む。その後の所々の小島は、皆これ水の沫と潮とが凝って成ったものなり。

現代語訳

伊弉諾尊と伊弉冊尊は、天御中主神の命を受け、天の瓊戈を磤馭慮嶋の上に立てて国の中心の天柱とし、広大な殿を形づくって固め、協力して大八洲を生みました。続いて大小合わせて十四の島を生み、それ以外の各地の小島は、水の泡と潮が凝り固まってできたものだと説いています。

日神の誕生と天上への奉挙

SK-0021・画像15左→画像16右 校了

原文翻刻

伊弉諾伊弉冊二尊俱議曰吾已生大八洲及 山川草木何不生天下之主者歟先生日神曰 大日靈貴亦云天照大神亦曰天日靈尊此子 光華明徹於六合之内故二神喜曰吾息雖多 未有若此異靈之兒不宜久留此國自當早送 于天而授以天上之事是持[ママ]天地相去未遠故 以天柱擧於天上矣

句読本文

伊弉諾伊弉冊二尊、俱議曰、吾已生大八洲及 山川草木、何不生天下之主者歟。先生日神、曰 大日靈貴、亦云天照大神、亦曰天日靈尊。此子 光華明徹於六合之内。故二神喜曰、吾息雖多、 未有若此異靈之兒。不宜久留此國、自當早送 于天、而授以天上之事。是持[ママ]、天地相去未遠故、 以天柱擧於天上矣。

訓読

伊弉諾・伊弉冊の二尊、俱に議りて曰く、吾すでに大八洲および山川草木を生めり。何ぞ天下の主たる者を生まざらんや、と。先ず日神を生みたまう。大日靈貴と曰い、また天照大神と云い、また天日靈尊と曰う。この子、光華明らかに六合の内を徹す。故に二神、喜びて曰く、吾が息多しといえども、いまだこの異霊の児のごとき者有らず。この国に久しく留むべからず、まさに早く天に送りて、天上の事を授くべし、と。是持[ママ]、天地相去ることいまだ遠からざるが故に、天柱をもって天上に挙げたり。

現代語訳

伊弉諾尊と伊弉冊尊は相談して、「私たちはすでに大八洲と山川草木を生んだ。どうして天下を治める主を生まないでよいだろうか」と語り、まず日神を生みました。その神は大日靈貴、天照大神、また天日靈尊とも呼ばれます。この御子の光は天地四方の内を明るく照らし通しました。二神は喜び、「私たちの子は多いが、これほど霊異な子はまだいない。この国に長く留めず、早く天へ送り、天上のことを委ねよう」と言いました。続く底本の「是持」は解釈しにくいものの、天地がまだ遠く隔たっていなかったため、天柱によって日神を天上へ上げた、と説く箇所と読めます。

産霊三神

SK-0022・画像16右→画像16左 校了

原文翻刻

高皇産靈神 栲幡豊秋津姫命 思金神 神皇産靈神 天手力雄神 津速産靈神

句読本文

高皇産靈神。 栲幡豊秋津姫命。 思金神。 神皇産靈神。 天手力雄神。 津速産靈神。

訓読

高皇産霊神。 栲幡豊秋津姫命。 思金神。 神皇産霊神。 天手力雄神。 津速産霊神。

現代語訳

本文正本は、高皇産霊神、栲幡豊秋津姫命、思金神、神皇産霊神、天手力雄神、津速産霊神の神名を列記する。各神の属性と朱線の関係は本文ではなく、下記の細字・図形注記に分離する。

天津水鏡神三坐

SK-0023・画像16左 校了

原文翻刻

天津水鏡神三坐是神鏡 天鏡尊 天萬尊 沫蕩尊 件三柱神者天御中主神出現之時三魂荒魂 坐續命神坐云云亦名稱三諦明神也

句読本文

天津水鏡神三坐、是神鏡。 天鏡尊。 天萬尊。 沫蕩尊。 件三柱神者、天御中主神出現之時、三魂荒魂坐、續命神坐云云。亦名稱三諦明神也。

訓読

天津水鏡神三坐、これ神鏡なり。 天鏡尊。 天萬尊。 沫蕩尊。 件の三柱の神は、天御中主神出現の時、三魂・荒魂坐し、続命神坐す云々。また名づけて三諦明神と称するなり。

現代語訳

天津水鏡神三座は神鏡であり、その三柱として天鏡尊・天萬尊・沫蕩尊を挙げる。末尾では、天御中主神が出現した時の三魂・荒魂・続命神に関わる三柱であり、三諦明神とも称すると説く。ただし「三魂荒魂坐續命神坐」の句切りは、訓点の全面確定まで保留を要する。

私勘―仁王経授持品

SK-0024・画像16左→画像17右 校了

原文翻刻

私勘云仁王經授持品曰是般若波羅蜜是諸 佛菩薩一切衆生心識之神本一切國王之父 母也亦名神府[ママ]辟鬼珠亦名如意珠亦名護國 珠亦名天地鏡亦名龍寶神王

句読本文

私勘云、仁王經授持品曰、是般若波羅蜜、是諸佛菩薩一切衆生心識之神本、一切國王之父母也。亦名神府[ママ]辟鬼珠、亦名如意珠、亦名護國珠、亦名天地鏡、亦名龍寶神王。

訓読

私に勘えて云く、『仁王経』授持品に曰く、「この般若波羅蜜は、これ諸仏・菩薩・一切衆生の心識の神本、一切国王の父母なり。また神府[ママ]辟鬼珠と名づけ、また如意珠と名づけ、また護国珠と名づけ、また天地鏡と名づけ、また龍宝神王と名づく」と。

現代語訳

私見では、『仁王経』授持品は、般若波羅蜜を諸仏・菩薩・すべての衆生の心識の神妙な根本、すべての国王の父母であると述べる。またこれを「神府辟鬼珠」[ママ]、「如意珠」「護国珠」「天地鏡」「龍宝神王」とも名づける、という。

神皇実録―高天原の一神

SK-0025・画像17右 校了

原文翻刻

神皇實録曰於高天原化生一神號曰天讓日 陽神國禪月陰神皇神亦名天御中主尊也天 地俱生神具[ママ]諸天降要[ママ]之本致一切國王之大 宗也德被百王惠齊四海

句読本文

神皇實録曰、於高天原、化生一神、號曰天讓日陽神、國禪月陰神皇神。亦名天御中主尊也。天地俱生神、具[ママ]諸天降要[ママ]之本致、一切國王之大宗也。德被百王、惠齊四海。

訓読

『神皇実録』に曰く、高天原において一神を化生す。号して天讓日陽神・国禅月陰神皇神と曰う。また名づけて天御中主尊と曰うなり。天地と俱に生ずる神。「具諸天降要之本致」[ママ]と記す〔構文未詳〕。一切国王の大宗なり。徳は百王を被い、恵みは四海に斉し。

現代語訳

『神皇実録』によれば、高天原に一柱の神が化生し、「天讓日陽神・国禅月陰神皇神」と号し、天御中主尊とも名づけられた。その神は天地とともに生じた神とされる。本文は「具諸天降要之本致」[ママ]と記すが、この句の構文・意味は確定しない。続いて、一切の国王の大いなる宗源であると説く。その徳は多くの王を覆い、恵みは四海に等しく及ぶ。

天御中主と国常立・天鏡尊

SK-0026・画像17右→画像17左 校了

原文翻刻

或天御中主所化載之國常立與天御中主同 躰異名上代本紀曰國常立尊取[ママ]化神以天津 御量事地輪之精金白銅撰集地大水大火大 風大神及通和合給三才相應之三面真經 津寶鏡鑄表給故此鑄顯神名天鏡尊介[ママ] 時神明之道明現天文地理以存矣

句読本文

或、天御中主所化、載之。國常立與天御中主、同躰異名。上代本紀曰、國常立尊取[ママ]化神、以天津御量事、地輪之精金白銅撰集、地大、水大、火大、風大神及通和合給、三才相應之三面真經津寶鏡鑄表給。故此鑄顯神、名天鏡尊。介[ママ]時、神明之道明現、天文地理以存矣。

訓読

或る書には、「天御中主の所化」とこれを載す。国常立と天御中主とは、同体異名なり。 『上代本紀』に曰く、国常立尊の取[ママ]化神、天津御量の事を以て、地輪の精金・白銅を撰集し、地大・水大・火大・風大神、及び通じ和合し給う。三才相応の三面真経津宝鏡を鋳表し給う。故にこの鋳顕の神を名づけて天鏡尊とす。介[ママ]の時、神明の道、明らかに現れ、天文地理、以て存す。

現代語訳

ある書はこれを天御中主神の所化として記し、国常立尊と天御中主尊は同体で名だけが異なるとする。『上代本紀』によれば、国常立尊に関わる「取化神」[ママ]は、天津御量のはたらきによって地輪の精金と白銅を選び集め、地・水・火・風の諸大を通じ合わせて和合し、三才に対応する三面の真経津宝鏡を鋳成した。この鋳造によって顕れた神を天鏡尊と名づけ、その時、神明の道が明らかに現れ、天文と地理が成立したという。ただし、主語と「取化神」の係り方、「及通和合」の構文、および「介時」の解釈は確定していない。

今案―国王大宗義と天鏡義

SK-0027・画像17左 校了

原文翻刻

今案一切國王大宗義與天鏡義相同之間 勘加之尤可有了見歟

句読本文

今案、一切國王大宗義、與天鏡義相同之間、勘加之、尤可有了見歟。

訓読

今案ずるに、一切国王の大宗の義と天鏡の義と相同ずるの間、これを勘加す。尤も了見あるべきか。

現代語訳

ここで考えてみると、一切の国王の大いなる宗源という教義と、天鏡についての教義とは互いに通じ合う。そのため、この一条を考証に加えた。よくよく考察すべきことであろう。

地神五代

SK-0028・画像17左→画像18右→画像18左 校了

原文翻刻

地神五代 天照大神故曰大日靈貴也 正哉吾勝々速日天忍穗耳尊 素盞鳴神欲奉辭日神昇殿之時櫛明玉命奉 迎獻以瑞八坂瓊之曲玉素戔鳴神受之轉奉 日神仍共紛誓師感[ママ]其玉生天祖吾勝尊榜[ママ]甚 鍾愛常懷掖下稱日[ママ]掖子 天津彦々瓊々杵尊 天照大神之太子正哉吾勝々速日天忍穗耳 尊娶皇天御中主尊長男高皇産靈尊之女栲 幡豊秋津姫命生天津彦々瓊々杵尊 故皇祖高皇産靈尊靈持鍾懷[ママ]受以崇養焉因 以受皇天尊號稱皇御孫尊也遂欲皇孫尊以 為大葦原中國之王矣 彦火々出見尊 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊

句読本文

地神五代。 天照大神、故曰大日靈貴也。 正哉吾勝々速日天忍穗耳尊。 素盞鳴神、欲奉辭日神、昇殿之時、櫛明玉命奉迎、獻以瑞八坂瓊之曲玉。素戔鳴神受之、轉奉日神。仍共紛誓師感[ママ]其玉、生天祖吾勝尊。榜[ママ]甚鍾愛、常懷掖下、稱日[ママ]掖子。 天津彦々瓊々杵尊。 天照大神之太子、正哉吾勝々速日天忍穗耳尊、娶皇天御中主尊長男高皇産靈尊之女栲幡豊秋津姫命、生天津彦々瓊々杵尊。故皇祖高皇産靈尊、靈持鍾懷[ママ]、受以崇養焉。因以受皇天尊號、稱皇御孫尊也。遂欲皇孫尊、以為大葦原中國之王矣。 彦火々出見尊。 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊。

訓読

地神五代。 天照大神。故に大日霊貴と曰うなり。 正哉吾勝々速日天忍穂耳尊。素盞鳴神、日神に辞し奉らんと欲し、殿に昇る時、櫛明玉命迎え奉り、瑞の八坂瓊の曲玉を献ず。素戔鳴神これを受け、転じて日神に奉る。仍りて共に「紛誓師感」[ママ]し、その玉より天祖吾勝尊を生ず。「榜」[ママ]、甚だ鍾愛し、常に掖下に懐き、称して日[ママ]く、「掖子」と。 天津彦々瓊々杵尊。天照大神の太子、正哉吾勝々速日天忍穂耳尊、皇天御中主尊の長男・高皇産霊尊の女、栲幡豊秋津姫命を娶り、天津彦々瓊々杵尊を生む。故に皇祖高皇産霊尊、「霊持鍾懐」[ママ]して、受けて以て崇養す。因りて以て皇天尊号を受け、皇御孫尊と称するなり。遂に皇孫尊をして大葦原中国の王と為さんと欲す。 彦火々出見尊。 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊。

現代語訳

地神五代を列挙する。天照大神は大日霊貴とも称される。 続いて正哉吾勝々速日天忍穂耳尊を挙げる。素盞鳴神が日神に別れを告げようとして御殿へ昇った時、櫛明玉命が迎え、瑞の八坂瓊の曲玉を献じた。素戔鳴神はそれを受けて日神へ奉った。その後の「紛誓師感」[ママ]は底本のままでは動作を確定できないが、その玉から天祖吾勝尊が生まれ、非常に愛され、常に脇の下に抱かれて「掖子」と呼ばれたとする。 次に天津彦々瓊々杵尊を挙げる。天照大神の太子・正哉吾勝々速日天忍穂耳尊が、天御中主尊の長男である高皇産霊尊の娘・栲幡豊秋津姫命を娶り、天津彦々瓊々杵尊を生んだ。高皇産霊尊はこの御子を大切に受け取り、敬い養ったと読めるが、「霊持鍾懐」[ママ]の正確な意味は不明である。御子は皇天の尊号を受けて皇御孫尊と称され、やがて大葦原中国の王とされようとした。 続いて彦火々出見尊、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊の神名を掲げる。両神に関する系譜細字は下記注記に分離する。

神代三面鏡事

SK-0029・画像19右→画像19左→画像20右 校了

原文翻刻

神代三面鏡事 上代本紀曰國常立尊取[ママ]化神天鏡尊月天[ママ]居 取[ママ]鑄造鏡也三才三面是也 一面者神代天御中主神取[ママ]受白銅鏡也止由 氣宮從天上御隨身之寶鏡是也奉崇彼宮御 靈形也 今二而[ママ]者天鏡尊子天萬尊傳持之次沫蕩尊 次伊弉諾伊弉冊尊傳持天神賀吉詞泊[ママ]賜臣[ママ] 日神月神取[ママ]化乃眞經津鏡是天地開闢之明 鏡也三才取[ママ]顯之寶鏡也當受之以清淨而求 之以神心以无相无住因以為神明之正躰也 今崇祭一面荒祭宮御靈一面多賀宮御靈坐 次天照大神御靈形御鏡事 八百萬神等以石凝姥神奉鑄寶鏡是也 一面者日前宮生[ママ]也石凝姥神鑄作鏡也初度 取[ママ]鑄不合諸神意紀伊同[ママ]日前神是也次倭姫 命隨神誨更鑄造万[ママ]月所化神鏡藏置朝熊山 神社也亦此處種々神財鑄造已竟

句読本文

神代三面鏡事。上代本紀曰、國常立尊取[ママ]化神、天鏡尊、月天[ママ]居取[ママ]鑄造鏡也。三才三面是也。一面者、神代天御中主神取[ママ]受白銅鏡也。止由氣宮從天上御隨身之寶鏡是也。奉崇彼宮御靈形也。今二而[ママ]者、天鏡尊子天萬尊傳持之。次沫蕩尊、次伊弉諾伊弉冊尊傳持天。神賀吉詞泊[ママ]賜臣[ママ]。日神月神取[ママ]化、乃眞經津鏡是。天地開闢之明鏡也。三才取[ママ]顯之寶鏡也。當受之以清淨、而求之以神心、以无相无住、因以為神明之正躰也。今崇祭一面、荒祭宮御靈。一面、多賀宮御靈坐。次、天照大神御靈形御鏡事。八百萬神等、以石凝姥神奉鑄寶鏡是也。一面者、日前宮生[ママ]也。石凝姥神鑄作鏡也。初度取[ママ]鑄、不合諸神意。紀伊同[ママ]日前神是也。次、倭姫命隨神誨、更鑄造万[ママ]月所化神鏡、藏置朝熊山神社也。亦此處、種々神財鑄造已竟。

訓読

「神代三面鏡の事」。『上代本紀』に曰く、國常立尊の「取[ママ]化神」たる天鏡尊は、「月天[ママ]居取[ママ]鑄造鏡也」とあり[異例字のため訓未決]、三才三面これなり。一面は、神代の天御中主神「取[ママ]受」の白銅鏡なり[「取」は「所」の異写か]。止由氣宮が天上より御随身の宝鏡、これなり。彼の宮の御霊形として奉り崇むるなり。今の「二而[ママ]」は、天鏡尊の子、天萬尊これを伝持し、次に沫蕩尊、次に伊弉諾・伊弉冊二尊、伝持す[底本「傳持天」。「天」はテの借字か]。「神賀吉詞泊[ママ]賜臣[ママ]」[訓未決]。日神・月神の「取[ママ]化」は、すなわち真經津鏡これなり。天地開闢の明鏡なり。三才の「取[ママ]顕」の宝鏡なり。当にこれを受くるに清浄をもってし、これを求むるに神心をもってし、「无相无住」をもってし、因って神明の正体となすべし[中間の構文未決]。今、一面を荒祭宮の御霊として崇祭し、一面は多賀宮の御霊として坐す、と読める。次に天照大神の御霊形たる御鏡の事。八百萬神等、石凝姥神をもって宝鏡を鋳さしめ奉る。これなり。一面は「日前宮生[ママ]也」とある[訓未決]。石凝姥神の鋳作せし鏡なり。初度の「取[ママ]鑄」は諸神の意に合わず。「紀伊同[ママ]日前神」これなり[訓未決]。次に倭姫命、神の誨えに随い、さらに「万[ママ]月所化神鏡」を鋳造し、朝熊山神社に蔵め置くなり。またこの処に種々の神財を鋳造し已んぬ、と。

現代語訳

「神代の三面の鏡について」。冒頭は『上代本紀』を引き、国常立尊から化した神である天鏡尊が月殿で鋳造した鏡で、三才に対応する三面の鏡だと述べる文脈にみえる。ただし底本大字には「取化」「月天居取鑄造」とあり、「殿」は「天」の右傍細字なので、この読みは校訂案であって確定しない。その一面は天御中主神から授けられた白銅鏡、すなわち止由氣宮が天上から携えた宝鏡で、同宮の御霊形として崇められたものと読める。残る二面らしき鏡は、天鏡尊の子・天萬尊から沫蕩尊、伊弉諾尊・伊弉冊尊へ伝持されたと続くが、その後の「神賀吉詞泊賜臣」は訓読できない。続いて、日神と月神から化した真經津鏡を天地開闢の明鏡、三才が顕した宝鏡とし、清浄と神心をもって受け求め、神明の正体とする趣旨を述べる。ただし底本はこの箇所にも「取化」「取顯」などの異例字を持ち、「以无相无住」の係り方も未決である。現在は一面を荒祭宮の御霊、一面を多賀宮の御霊として崇祭する、と読める。さらに天照大神の御霊形である鏡について、八百萬神が石凝姥神に宝鏡を鋳造させたと説く。最初に鋳た鏡は諸神の意にかなわず、紀伊の日前神に関係するという文脈にみえるが、底本の「日前宮生」「初度取鑄」「紀伊同日前神」はいずれも異例である。次に倭姫命が神の教えに従い、「万月所化神鏡」を改めて鋳造し、朝熊山神社に納め、同所で種々の神宝の鋳造を終えたと記す。「万月」の「万」は底本画像との照合で確定している。未確定なのは「万月」の語義と、参校本「日月」との校異関係である。

私記―日神月神の鏡と宮号

SK-0030・画像20右→画像20左 校了

原文翻刻

私記曰日神取[ママ]化御鏡者荒祭宮奉崇之月 神取[ママ]化御鏡者高宮奉崇之彼謂月神者月 夜見尊御事也而豊受皇大神神 外宮御神号有異説事 以豊受宮或号月讀尊是則為豊受荒魂高 宮御坐之間稱之歟以當宮或号皇御孫尊 則為當宮相殿神御坐之間猶此義歟以當宮 或号奈具社神是又奈具社者為當宮酒 殿神御坐之間勘謬之歟彼以奈具社稱御 饌都神又以當宮申御饌津神其名相通委 不存知之仁誤之歟

句読本文

私記曰、日神取[ママ]化御鏡者、荒祭宮奉崇之。月神取[ママ]化御鏡者、高宮奉崇之。彼謂月神者、月夜見尊御事也。而豊受皇大神神。外宮御神号有異説事。以豊受宮或号月讀尊、是則為豊受荒魂高宮御坐之間、稱之歟。以當宮或号皇御孫尊、則為當宮相殿神御坐之間、猶此義歟。以當宮或号奈具社神、是又奈具社者為當宮酒殿神御坐之間、勘謬之歟。彼以奈具社稱御饌都神、又以當宮申御饌津神、其名相通。委不存知之仁、誤之歟。

訓読

『私記』に曰く、日神の「取[ママ]化」の御鏡は荒祭宮にこれを奉り崇め、月神の「取[ママ]化」の御鏡は高宮にこれを奉り崇む。彼のいわゆる月神は月夜見尊の御事なり。「而豊受皇大神神」と続く[句法未決]。「外宮御神号に異説有る事」。豊受宮をもって、或いは月讀尊と号す。これすなわち豊受荒魂、高宮に御坐すの間、これを称するか。当宮をもって、或いは皇御孫尊と号す。すなわち当宮相殿神御坐の間、なおこの義か。当宮をもって、或いは奈具社神と号す。これまた奈具社は当宮酒殿神御坐の間、勘謬なるか。彼、奈具社をもって御饌都神と称し、また当宮をもって御饌津神と申す。その名相通ず。委しく存知せざるの人、これを誤るか、と。

現代語訳

『私記』は、日神から化した御鏡を荒祭宮で、月神から化した御鏡を高宮で崇めると述べる文脈にみえる。ただし底本は二箇所とも「取化」と記す。ここでいう月神は月夜見尊であるとした後、底本大字は「而豊受皇大神神」と続き、その構文は確定しない。次の小見出しは「外宮の御神号に異説があること」。豊受宮を月讀尊と号するのは、豊受の荒魂が高宮に鎮座するためか、と問う。また当宮を皇御孫尊と号するのは相殿神が鎮座するためか、当宮を奈具社神と号するのは奈具社の神が当宮の酒殿に鎮座するためか、と異説を検討する。ただし後二説の「猶此義」「勘謬」の読みは確定しない。奈具社を御饌都神と称し、当宮を御饌津神と申すことから両名が通じるとし、詳しく知らない人が誤ったのではないか、と結ぶ。これらは『私記』が紹介する異説と疑問であり、本文が各神号を確定しているわけではない。

御饌津の名義

SK-0031・画像20左→画像21右 校了

原文翻刻

御饌津者古語御氣 津也神語曰御義理也又水道也以水氣易 形号御氣津凡如此同異委知與不知之間 也守一隅不能述是非耳

句読本文

御饌津者、古語御氣津也。神語曰、御義理也、又水道也。以水氣易形、号御氣津。凡如此同異、委知與不知之間也。守一隅、不能述是非耳。

訓読

御饌津は、古語に御氣津なり。神語に曰く、「御の義は理なり。また水道なり。水気をもって形を易え、御氣津と号す」と。凡そかくの如き同異は、委知と不知との間なり。一隅を守り、是非を述ぶること能わざるのみ、と。

現代語訳

御饌津は古語で御氣津という。続く「神語」の説明は、「御」の意味を「理」とし、また水の道にも関係づけ、水気によって形を変えるため御氣津と号する、と読める。ただし「御義理也」の切り方と「水道」「易形」の関係は確定しない。このような名称の同一と相違について、詳しく知ることと知らないことの間にある、と述べ、筆者は自分が一つの見方にとどまり、その是非を十分に論じることはできない、と結ぶ。

外宮の象

SK-0032・画像21右 校了

原文翻刻

外宮 太神始陽神男主水陰水珠取[ママ]生号月神 陽神故寶殿有前御形圖五社位 圓形坐五常國[ママ]滿知光表也一輪之中萬合[ママ] 衆[ママ]五常百行悉皆一員[ママ]常住應化元神坐也 金鏡千四面千木伏閉口堅魚木

句読本文

外宮。太神始、陽神男、主水。陰水珠取[ママ]生、号月神。陽神故、寶殿有前。御形圖、五社位、圓形坐。五常國[ママ]滿、知光表也。一輪之中、萬合[ママ]衆[ママ]、五常百行、悉皆一員[ママ]、常住應化元神坐也。金鏡千四面。千木伏閉口。堅魚木。

訓読

「外宮」。太神、始め陽神の男にして水を主る、と暫読す。陰水珠の「取[ママ]生」、月神と号す[訓未決]。「陽神故」[冒頭挿入細字「陰」あり。結合順未決]、宝殿、前に有り。御形図、五社位[「社」脇小字「神」あり]、円形に坐す。五常「國[ママ]滿」、知光の表なり。一輪の中、「萬合[ママ]衆[ママ]」、五常百行、悉皆一「員[ママ]」、常住應化元神、坐すなり[数句訓未決]。金鏡千四面。千木、伏して口を閉づ。堅魚木、と。

現代語訳

「外宮」。底本大字の冒頭は、大いなる神が初め陽の神・男で水をつかさどり、陰の水珠から生じて月神と号した、と読むことができる。ただし「太神始」と「取生」は異例で、この訓読は確定しない。続く大字は「陽神故」とするが、その冒頭に細字「陰」があり、陰陽の両神をいう訂正・補入の可能性がある。宝殿が前にあり、御形図の五つの「社」位が円形に坐す、と記すが、「社」の脇には小字「神」がある。その後の「五常國滿」「一輪之中萬合衆」「悉皆一員」は、五常・百行・常住應化元神を円や一輪の象徴へ結ぶ文脈にみえるものの、異例字が連続し、語義と構文を確定できない。末尾は「金鏡千四面」、千木は伏して口を閉じ、堅魚木、と記す。細字には陽数・月天・五百の天子が記されるが、堅魚木の数を含む大字との正確な結合関係は未決である。

内宮の象

SK-0033・画像21右→画像21左 校了

原文翻刻

内宮 地神始陰神女主火陽火珠取[ママ]生号日神 陰神故寶殿在後御形圖天瓊玉 杵象表也是天地發初万象根本火珠取[ママ]成 白銅鏡形八面是大洲神坐 千木開口堅魚木十

句読本文

内宮。地神始、陰神女、主火。陽火珠取[ママ]生、号日神。陰神故、寶殿在後。御形圖、天瓊玉杵象表也。是天地發初、万象根本。火珠取[ママ]成白銅鏡、形八面。是大洲神坐。千木開口。堅魚木十。

訓読

「内宮」。地神、始め陰神の女にして火を主る、と暫読す。陽火珠の「取[ママ]生」、日神と号す[訓未決]。「陰神故」[冒頭挿入細字「陽」あり。結合順未決]、宝殿、後ろに在り。御形図は天瓊玉杵の象を表すなり。これ天地の発初、万象の根本。火珠の「取[ママ]成」る白銅鏡、形は八面。これ大洲神坐[訓未決]。千木、口を開く。堅魚木十、と。

現代語訳

「内宮」。底本大字の冒頭は、地神が初め陰の神・女で火をつかさどり、陽の火珠から生じて日神と号した、と読むことができる。ただし二箇所の「取」は異例で、この訓読は確定しない。続く大字は「陰神故」とするが、その冒頭に細字「陽」があり、陰陽の両神をいう訂正・補入の可能性がある。宝殿は後ろにあり、御形図は天瓊玉杵の象徴を表す、と記す。これは天地が発した初めであり、万象の根本であるという。火珠から成った白銅鏡は八面の形で、「是大洲神坐」と続くが、「大洲神」の指示と構文は未決である。末尾は、千木は口を開き、堅魚木は十とする。細字には陰数・日天・七百の天子が記されるが、大字との正確な結合関係は未決である。

外宮の夢相と和歌

SK-0034・画像21左→画像22右 校了

原文翻刻

或人夢想云 始見月輪次尓御池際如月輪志天陰絹其中 書武字裏有一首歌 阿羅波佐波具毛羅牟毛乃加伊佐支世支吉 古路乃加斤[ママ]乃宇津留加々美曾 此事甚深殊勝御事也細々不可口外哉

句読本文

或人夢想云、始見月輪、次尓御池際如月輪、志天陰絹、其中書武字、裏有一首歌。阿羅波佐波、具毛羅牟毛乃加、伊佐支世支吉、古路乃加斤[ママ]乃、宇津留加々美曾。此事甚深殊勝御事也、細々不可口外哉。

訓読

或る人、夢想して云く、始め月輪を見、次に御池の際、月輪の如し。「志天陰絹」、其の中に「武」の字を書し、裏に一首の歌有り、と讀み得る[「志天陰絹其中書武字」の句切り・訓未決]。和歌は、阿羅波佐波/具毛羅牟毛乃加/伊佐支世支吉/古路乃加斤[ママ]乃/宇津留加々美曾[音仮名の訓未決]。此の事、甚深殊勝の御事なり。細々、口外すべからざるかな。

現代語訳

ある人が夢に見ていう。初めに月輪を見、次に御池のほとりに月輪のようなものがあり、「志天陰絹」、その中に「武」の字が書かれ、裏に一首の歌があった、と読める。ただし「志天陰絹其中書武字」の区切りと意味は確定しない。和歌は底本の音仮名を字面どおりに「阿羅波佐波/具毛羅牟毛乃加/伊佐支世支吉/古路乃加斤[ママ]乃/宇津留加々美曾」とする。試みに「あらはさは/くもらむものか/いさきせきき/ころのかきんの/うつるかかみそ」と音写できるが、濁音を含む読み、第三・第四句の語形および歌意は確定しない。第一・第二・第五句から「現れれば、曇るものか……映る鏡ぞ」に近い歌意も考えられるが、全体訳ではない。この夢告はきわめて深遠で特別なことであり、詳しく口外してはならないという。

神垂門―社殿の陰陽

SK-0035・画像22右 校了

原文翻刻

神垂門是玄哉堅心柱於金石顯文面於棟梁 千木仰伏鰹木增減内外表裏陰陽稱穗[ママ]俱 交牙備而貽六色之禁法專峻七言之制誠 見恰聞拾[ママ]盍識神垂之旨哉

句読本文

神垂門、是玄哉。堅心柱於金石、顯文面於棟梁。千木仰伏、鰹木增減、内外表裏、陰陽稱穗[ママ]、俱交牙備、而貽六色之禁法、專峻七言之制。誠見恰聞拾[ママ]、盍識神垂之旨哉。

訓読

神垂の門、是れ玄なるかな。心柱を金石に堅くし、文面を棟梁に顯す。千木の仰伏、鰹木の增減、内外表裏、陰陽稱穗[ママ]、俱に交牙して備へ、而して六色の禁法を貽し、專ら七言の制を峻しくす。誠に見恰聞拾[ママ]、盍ぞ神垂の旨を識らざらんや[「陰陽稱穗」「誠見恰聞拾」を含む構文未決]。

現代語訳

神垂の門は、まことに玄妙である。心柱を金石に堅くし、棟梁に文面を現す。続いて千木の上向き・伏せ、鰹木の増減、内外・表裏を挙げる。底本はさらに「陰陽稱穗[ママ]」と記すが、この句の意味は確定しない。それらが「交牙」して備わり、六色の禁法を伝え残し、七言の制を厳しくする、と読める。末尾は「誠見恰聞拾[ママ]」と記したうえで、どうして神垂の趣旨を知らずにいられようか、と結ぶように読めるが、異様字を含む前半句の構文は未決である。

正直・清浄・一心

SK-0036・画像22右 校了

原文翻刻

凡神者以正直 為先正直者以清淨為本清淨者心不失正 不穢物守大道專定準是以明光照頂靈德 入掌為願盍成乎萬事者一心作也時々奉行面々莫怠矣

句読本文

凡神者、以正直為先。正直者、以清淨為本。清淨者、心不失正、不穢物、守大道、專定準。是以、明光照頂、靈德入掌。為願、盍成乎。萬事者、一心作也。時々奉行、面々莫怠矣。

訓読

凡そ神は、正直を以て先と為す。正直は、清淨を以て本と為す。清淨は、心、正を失はず、物を穢さず、大道を守り、定準を專らにす。是を以て、明光は頂を照らし、靈德は掌に入る。願ひを為さば、盍ぞ成らざらんや。萬事は、一心の作なり。時々に奉行し、面々怠ること莫れ。

現代語訳

およそ神は正直を第一とし、正直は清浄を根本とする。清浄とは、心が正しさを失わず、物を汚さず、大道を守り、定まった基準に専心することである。そうすれば明るい光が頭上を照らし、霊徳が手のうちに入る。願いを立てれば、どうして成就しないことがあろうか。すべての事は一心が作るものである。折々に実行し、それぞれ怠ってはならない。

奥書

SK-0037・画像22左 校了

原文翻刻

文保元年八月中旬以當番之次勤簡要之 文畢 祢宜家行判

句読本文

文保元年八月中旬、以當番之次、勤簡要之。文畢。祢宜家行判。

訓読

文保元年八月中旬、當番の次を以て、「勤簡要之」とあり[「之」の係り方を含め訓未決]。文、畢んぬ。祢宜家行(判)。

現代語訳

文保元年(1317)八月中旬、当番の折に「勤簡要之」と記す。この句は『簡要』について作業を勤めた意とも考えられるが、「之」の係り方を含め訓は確定しない。本文は終わる。祢宜家行(判)。