類聚神祇本源

類聚神祇本源

『類聚神祇本源』は、度会家行が伊勢神道の教説と諸典籍を十五巻に類聚した神道書です。

ここでは真福寺大須文庫本を底本とし、原文を検索・引用できるテキストとして公開します。著者自筆原本の復元ではなく、底本の本文字形を翻刻するものです。

本頁は土御門文書編纂所による編纂中の作業稿です。真福寺大須文庫本の画像と一字照合を終えた区分から、原文翻刻・句読・訓読・現代語訳を順次公開します。現在は序と巻一冒頭を掲載しています。

自家翻刻・訓読・現代語訳

類聚神祇本源并序 序・前半

RJH-0001 画像照合済 真福寺本 Page 5

原文翻刻

神祇之起邈哉遠矣杳冥恍惚混沌未形湛然凝寂陰陽莫測出於物外超於意表煒々燁々虚徹靈通彼天之狹霧國之狹霧即是本地風光也天御中主國常立尊寧非大元至妙哉至如以一心分三界以一質配七代化陰化陽風雲之威不窮爲魂爲魄變通之理無盡者歟爰澆薄之世魯鈍之士披文不通義著相不辨性僅逮降迹之一轍

句読本文

神祇之起、邈哉遠矣。杳冥恍惚、混沌未形、湛然凝寂、陰陽莫測。出於物外、超於意表。煒々燁々、虚徹靈通。彼天之狹霧、國之狹霧、即是本地風光也。天御中主・國常立尊、寧非大元至妙哉。至如以一心分三界、以一質配七代、化陰化陽、風雲之威不窮、爲魂爲魄、變通之理無盡者歟。爰澆薄之世、魯鈍之士、披文不通義、著相不辨性。僅逮降迹之一轍。

訓読

神祇の起こりは、邈として遠いかな。杳冥恍惚として、混沌いまだ形なく、湛然凝寂として、陰陽も測るべからず。物外に出で、意表を超ゆ。煒々燁々として、虚徹霊通なり。彼の天の狭霧、国の狭霧、即ちこれ本地の風光なり。天御中主・国常立尊は、寧ろ大元至妙にあらずや。一心を以て三界を分かち、一質を以て七代に配し、陰と化し陽と化して、風雲の威は窮まらず、魂と為り魄と為って、変通の理は尽きざるが如きに至る。ここに澆薄の世、魯鈍の士は、文を披いて義に通ぜず、相に著して性を弁ぜず、僅かに降迹の一轍に逮ぶのみ。

現代語訳

神々の起源は、なんと遥か遠いことであろう。ほの暗く定かでない混沌にはまだ形がなく、静かに澄みきって、陰陽によってさえ測り知ることができない。それは形ある世界の外にあり、人の思いを超えている。明るく輝き、虚空を貫いて霊妙に通じる。天の狭霧、国の狭霧こそが、本来の境地のありさまである。天御中主尊と国常立尊は、根源の最も奥深い働きではないだろうか。一つの心から三界を分け、一つの本質を神代七代に配し、陰とも陽ともなって風雲を動かす威力は尽きず、魂とも魄ともなって変化し通じる理は尽きない。しかし教えの浅くなった世の愚鈍な者は、文を開いても意味に通じず、現れた姿に執着して本性を見分けられず、ただ神々がこの世に姿を現した一つの道筋にわずかに達するだけである。

類聚神祇本源并序 序・後半

RJH-0002 画像照合済 真福寺本 Page 6

原文翻刻

偏暗威音之玄妙謬起邪見還成狐疑若明乎天眞靈知本乎海滴即定於神道盡透得仍爲備後昆之規矩略抽本書之樞要名曰類聚神祇本源矣抑歴代之官文傳來之社記意言同者採一而捨餘義趣異者相並以共勘此外古典不廣尋新編有遺漏後之見者冀加裨補于時元應二年初陽中旬陪于瑞籬之神館述管見之蓄懷而已

句読本文

偏暗威音之玄妙、謬起邪見、還成狐疑。若明乎天眞靈知、本乎海滴、即定於神道、盡透得。仍爲備後昆之規矩、略抽本書之樞要、名曰類聚神祇本源矣。抑歴代之官文、傳來之社記、意言同者採一而捨餘、義趣異者相並以共勘。此外古典不廣尋、新編有遺漏。後之見者、冀加裨補。于時元應二年初陽中旬、陪于瑞籬之神館、述管見之蓄懷而已。

訓読

偏へに威音の玄妙に暗く、謬って邪見を起こし、還って狐疑を成す。若し天真の霊知に明らかにして、海滴に本づかば、即ち神道に定まり、尽く透得せん。仍って後昆の規矩に備へんがため、本書の枢要を略抽し、名づけて『類聚神祇本源』と曰ふ。抑も歴代の官文、伝来の社記は、意言の同じきものは一を採りて余を捨て、義趣の異なるものは相並べて共に勘ふ。このほか古典を広く尋ねず、新編に遺漏あり。後の見る者、冀はくは裨補を加へよ。時に元応二年初陽中旬、瑞籬の神館に陪し、管見の蓄懐を述ぶるのみ。

現代語訳

そのため、ひたすら根源の霊妙な働きに暗く、誤って邪見を起こし、かえって疑いに陥る。もし生まれながらの霊知を明らかにし、広大な海の一滴にもたとえられる手掛かりに基づくなら、神道に心が定まり、その理を余すところなく会得できよう。そこで後世の人々の規範に備えるため、本書の要点を抜き出し、『類聚神祇本源』と名づけた。歴代の公文書と伝来の社記について、意味と言葉が同じものは一つを採って残りを省き、趣旨の異なるものは並べてともに検討した。このほかの古典を広く探し尽くしたわけではなく、新たな編纂には漏れもある。後世に本書を見る人には、補い正していただきたい。元応二年正月中旬、神宮の神館に伺候し、私の狭い見聞と胸中に蓄えてきた思いを記したものである。

巻一 天地開闢篇 漢家・冒頭

RJH-0003 画像照合済 真福寺本 Page 6

原文翻刻

古今帝王年代暦曰昔者天地未形謂之太易元氣始萌謂之太初形氣始端謂之太始形變有質謂之太素質形已具謂之太極五氣運通而天地之靈清以陽發升而爲天濁以陰凝降而爲地形別謂之二儀人生其間謂之三才

句読本文

古今帝王年代暦曰、昔者天地未形、謂之太易。元氣始萌、謂之太初。形氣始端、謂之太始。形變有質、謂之太素。質形已具、謂之太極。五氣運通、而天地之靈、清以陽發升而爲天、濁以陰凝降而爲地。形別謂之二儀。人生其間、謂之三才。

訓読

『古今帝王年代暦』に曰く、昔、天地いまだ形あらざるを、これを太易と謂ふ。元気始めて萌すを、これを太初と謂ふ。形気始めて端をなすを、これを太始と謂ふ。形変じて質あるを、これを太素と謂ふ。質と形と已に具はるを、これを太極と謂ふ。五気運通して、天地の霊、清なるは陽を以て発し昇って天と為り、濁れるは陰を以て凝り降って地と為る。形別るるを、これを二儀と謂ふ。人その間に生ずるを、これを三才と謂ふ。

現代語訳

『古今帝王年代暦』には次のようにある。かつて天地にまだ形がなかった状態を太易という。根源の気が初めて兆した状態を太初という。形を生む気が初めて現れた状態を太始という。形が変化して質を備えた状態を太素という。質と形がすでに備わった状態を太極という。五気が巡り通うと、天地の霊のうち、清らかなものは陽の働きによって昇り、天となり、濁ったものは陰の働きによって凝り降り、地となった。天と地に形が分かれたものを二儀といい、人がその間に生まれたものを三才という。

巻一 天地開闢篇 『新編分門纂圖博聞録』所引「周子通書」本文

RJH-0004 画像照合済 真福寺本 Page 6 真福寺本 Page 7

原文翻刻

新編分門纂圖博聞録曰周子通書曰○極而太極々々動而生陽動極而靜々而生陰靜極復動一動一靜互爲其根分陰分陽兩儀立焉陽變陰合而生水火木金土五氣順布四時行焉五行一陰陽也陰陽一太極也太極本無極也五行之生各一其性無極之眞二五之精妙合而凝乾道成男坤道成女二氣交感化生萬物々々生々變化無窮焉

句読本文

新編分門纂圖博聞録曰、周子通書曰、○極而太極。々々動而生陽、動極而靜、々而生陰。靜極復動。一動一靜、互爲其根。分陰分陽、兩儀立焉。陽變陰合而生水火木金土。五氣順布、四時行焉。五行一陰陽也。陰陽一太極也。太極本無極也。五行之生、各一其性。無極之眞、二五之精、妙合而凝。乾道成男、坤道成女。二氣交感、化生萬物。々々生々、變化無窮焉。

訓読

『新編分門纂図博聞録』に曰く、『周子通書』に曰く、○極にして太極なり。太極動いて陽を生ず。動極まりて静、静にして陰を生ず。静極まりてまた動く。一動一静、互いにその根となる。陰を分かち陽を分かち、両儀立つ。陽変じ陰合して、水・火・木・金・土を生ず。五気順布して、四時行わる。五行は一陰陽なり。陰陽は一太極なり。太極は本、無極なり。五行の生ずるや、各々一にその性あり。無極の真、二五の精、妙合して凝る。乾道は男を成し、坤道は女を成す。二気交感して万物を化生す。万物生々して、変化窮まりなし。

現代語訳

『新編分門纂図博聞録』が引く『周子通書』には、次のようにある。無極でありながら太極である。太極が動くと陽が生じ、動きが極まると静まり、その静けさから陰が生じる。静けさが極まれば再び動き、一つの動と一つの静とは互いに根となる。陰と陽が分かれて天地の二儀が立ち、陽が変化して陰と合わさることで、水・火・木・金・土が生じる。五気が順に行き渡ると四季が巡る。五行は一つの陰陽であり、陰陽は一つの太極であり、太極は本来、無極である。五行はそれぞれ固有の性を持ち、無極の真と陰陽五行の精とが妙に合して凝結する。乾の道は男を成し、坤の道は女を成す。二気が交わり感応して万物を生み、万物は生々して変化に終わりがない。

巻一 天地開闢篇 「老子道經」本文

RJH-0005 画像照合済 真福寺本 Page 7 真福寺本 Page 8

原文翻刻

老子道經曰有物混成先天地生寂兮寥兮獨立而不改周行而不殆可以爲天下母吾不知其名字之曰道强爲之名曰大

句読本文

老子道經曰、有物混成、先天地生。寂兮寥兮、獨立而不改、周行而不殆、可以爲天下母。吾不知其名、字之曰道、强爲之名曰大。

訓読

『老子道経』に曰く、物あり混成し、天地に先だって生ず。寂たり寥たり。独立して改まらず、周行して殆うからず、以て天下の母となすべし。吾その名を知らず、これに字して道と曰ひ、強いてこれが名を大と曰ふ。

現代語訳

『老子道経』には次のようにある。混然と成ったあるものがあり、天地よりも先に生じた。静かでひっそりとしており、何ものにも依存せずに存在して変わることがない。あまねく巡っても衰えることがなく、天下の母と呼ぶことができる。私はその真の名を知らないので、これを道と呼び、あえて名づけて「大」とする。

巻一 天地開闢篇 「周易」繫辭本文

RJH-0006 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

周易曰闔戸謂之坤闢戸謂之乾一闔一闢謂之變往來不窮謂之通見乃謂之象形乃謂之器制而用之謂之法利用出入民咸用之謂之神是故易有太極是生兩儀兩儀生四象四象生八卦八卦定吉凶吉凶生大業

句読本文

周易曰、闔戸謂之坤、闢戸謂之乾。一闔一闢謂之變、往來不窮謂之通。見乃謂之象、形乃謂之器、制而用之謂之法、利用出入、民咸用之謂之神。是故易有太極、是生兩儀。兩儀生四象、四象生八卦、八卦定吉凶、吉凶生大業。

訓読

『周易』に曰く、戸を闔づる、これを坤と謂ひ、戸を闢く、これを乾と謂ふ。一闔一闢、これを変と謂ひ、往来窮まらざる、これを通と謂ふ。見はれて乃ちこれを象と謂ひ、形はれて乃ちこれを器と謂ひ、制してこれを用ふる、これを法と謂ひ、利用出入して民みなこれを用ふる、これを神と謂ふ。この故に易に太極あり、これ両儀を生ず。両儀は四象を生じ、四象は八卦を生じ、八卦は吉凶を定め、吉凶は大業を生ず。

現代語訳

『周易』には次のようにある。戸を閉じる働きを坤といい、戸を開く働きを乾という。閉じることと開くことを変といい、その往来が尽きないことを通という。現れたものを象といい、形を成したものを器といい、それを制度として用いるものを法という。人々の出入りに役立ち、民がみなこれを用いる働きを神という。このため易には太極があり、太極から両儀が生じる。両儀から四象、四象から八卦が生じ、八卦が吉凶を定め、吉凶から大いなる営みが生じる。

巻一 天地開闢篇 「老子道經」細字注(一)

RJH-0007 画像照合済 真福寺本 Page 7

原文翻刻

謂道无形混沌而成萬物乃在天地之前

句読本文

謂道无形、混沌而成萬物、乃在天地之前。

訓読

道は形なく、混沌として万物を成し、乃ち天地の前に在りと謂ふ。

現代語訳

道には形がなく、混沌として万物を成し、天地よりも前から存在している、という意味である。

巻一 天地開闢篇 「老子道經」細字注(二)

RJH-0008 画像照合済 真福寺本 Page 7

原文翻刻

寂者無音聲寥者空無形獨立者無匹雙不改者化有常也

句読本文

寂者無音聲、寥者空無形、獨立者無匹雙、不改者化有常也。

訓読

寂とは音声なきなり。寥とは空しくして形なきなり。独立とは匹双なきなり。不改とは化に常あるなり。

現代語訳

「寂」とは音声がないこと、「寥」とは空虚で形がないこと、「独立」とは並ぶものがないこと、「不改」とは変化の働きに一定の理があることをいう。

巻一 天地開闢篇 「老子道經」細字注(三)

RJH-0009 画像照合済 真福寺本 Page 7

原文翻刻

道通行天地无所不入在陽不焦託陰不腐无不貫穿不危

句読本文

道通行天地、无所不入。在陽不焦、託陰不腐、无不貫穿、不危。

訓読

道は天地に通行し、入らざる所なし。陽に在りて焦げず、陰に託して腐らず、貫穿せざるなく、危ふからず。

現代語訳

道は天地をあまねく巡り、入り込まない所がない。陽にあっても焼け焦げず、陰に身を寄せても腐らず、すべてを貫き通して危うくならない。

巻一 天地開闢篇 「老子道經」細字注(四)

RJH-0010 画像照合済 真福寺本 Page 7

原文翻刻

道育養萬物精氣如母之養子也

句読本文

道育養萬物精氣、如母之養子也。

訓読

道、万物の精気を育養すること、母の子を養ふが如きなり。

現代語訳

道が万物の精気を育み養うさまは、母が子を養うのと同じである。

巻一 天地開闢篇 「老子道經」細字注(五)

RJH-0011 画像照合済 真福寺本 Page 7 真福寺本 Page 8

原文翻刻

我不見道之形容不知當何以名之見萬物皆從道之所生故字之曰道也

句読本文

我不見道之形容、不知當何以名之。見萬物皆從道之所生、故字之曰道也。

訓読

我、道の形容を見ず、まさに何を以てこれを名づくべきかを知らず。万物みな道の生ずる所に従ふを見る。故にこれに字して道と曰ふなり。

現代語訳

私は道の姿かたちを見ることができず、何と名づけるべきか分からない。万物がみな道から生じるのを見て、そこでこれを「道」と呼ぶのである。

巻一 天地開闢篇 「老子道經」細字注(六)

RJH-0012 画像照合済 真福寺本 Page 8

原文翻刻

不知其名強曰大大者高而无上羅而无外无不苞容故曰大

句読本文

不知其名、強曰大。大者、高而无上、羅而无外、无不苞容、故曰大。

訓読

その名を知らず、強ひて大と曰ふ。大なる者は、高くして上なく、羅して外なく、苞容せざるなし。故に大と曰ふ。

現代語訳

その真の名を知らないため、あえて「大」と呼ぶ。「大」とは、その上に何ものもなく、すべてを包み巡らして外側がなく、包み込まないものがないことをいう。だから「大」と呼ぶのである。

巻一 天地開闢篇 太極圖・図中文字

RJH-0013 画像照合済 真福寺本 Page 7 真福寺本 Page 8

原文翻刻

陽動陰靜火水土木金乾道成男坤道成女萬物化生

句読本文

陽動。陰靜。火・水・土・木・金。乾道成男。坤道成女。萬物化生。

訓読

陽は動き、陰は静かなり。火・水・土・木・金。乾道は男を成し、坤道は女を成す。万物化生す。

現代語訳

陽は動き、陰は静まる。その働きから火・水・土・木・金の五行が展開し、乾の道は男を成し、坤の道は女を成して、万物が生み出される。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(一)―闔戸謂之坤

RJH-0014 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

韓曰坤道苞物也

句読本文

韓曰、坤道苞物也。

訓読

韓曰く、坤道は物を苞ぬるなり。

現代語訳

韓康伯は、坤の道は万物を包み込む働きである、と説明する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(二)―闢戸謂之乾

RJH-0015 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

韓曰乾道施生之也

句読本文

韓曰、乾道施生之也。

訓読

韓曰く、乾道はこれを施生するなり。

現代語訳

韓康伯は、乾の道は万物に生を施す働きである、と説明する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(三)―一闔一闢謂之變

RJH-0016 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

王曰乾坤交合或否或泰也

句読本文

王曰、乾坤交合、或否或泰也。

訓読

王曰く、乾坤交合して、或いは否、或いは泰なり。

現代語訳

王氏は、乾と坤が交わり合うことで、閉塞する「否」とも、通じ合う「泰」ともなる、と説明する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(四)―見乃謂之象

RJH-0017 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

王曰謂在天成象也萬物運動於下而懸象見兆於上故曰見之乃謂之象也韓曰兆見曰象也

句読本文

王曰、謂在天成象也。萬物運動於下、而懸象見兆於上。故曰、見之乃謂之象也。韓曰、兆見曰象也。

訓読

王曰く、天に在りて象を成すを謂ふなり。万物、下に運動して、象を懸け兆を上に見はす。故に曰く、これを見はして乃ちこれを象と謂ふなり。韓曰く、兆の見はるるを象と曰ふなり。

現代語訳

王氏は、天に現れて象を成すことだとし、万物が地上で動くと、そのしるしが天上に懸かって現れるので、現れたものを「象」という、と説明する。韓康伯も、兆しが現れたものを象という、と注する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(五)―形乃謂之器

RJH-0018 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

王曰在地成形成形者爲器用也故曰形乃謂之器韓曰成形曰器也

句読本文

王曰、在地成形。成形者爲器用也。故曰、形乃謂之器。韓曰、成形曰器也。

訓読

王曰く、地に在りて形を成す。形を成すものは器用たるなり。故に曰く、形はれて乃ちこれを器と謂ふ。韓曰く、形を成すを器と曰ふなり。

現代語訳

王氏は、地上で形を成し、具体的な働きを持つものが器であるため、形となって現れたものを器という、と説明する。韓康伯も、形を成したものを器という、と注する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(六)―制而用之謂之法

RJH-0019 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

王曰取天之象昏明之理取地之宜形器之利各制而用之故謂之法也

句読本文

王曰、取天之象昏明之理、取地之宜形器之利、各制而用之。故謂之法也。

訓読

王曰く、天の象、昏明の理を取り、地の宜、形器の利を取り、各々制してこれを用ふ。故にこれを法と謂ふなり。

現代語訳

王氏は、天象に見える明暗の理と、土地の条件や形ある器物の利便を取り、それぞれを制度として用いるので、これを法という、と説明する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(七)―利用出入民咸用之謂之神

RJH-0020 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

王曰物莫不由無以通神也者萬物之所由故曰利用出入民咸用也謝曰闔闢相推故乾坤之化行焉往來無窮故神道之功通焉能爲群生之戶牖則出入皆利民也

句読本文

王曰、物莫不由無以通。神也者、萬物之所由。故曰、利用出入、民咸用也。謝曰、闔闢相推、故乾坤之化行焉。往來無窮、故神道之功通焉。能爲群生之戶牖、則出入皆利民也。

訓読

王曰く、物は無に由りて以て通ぜざる莫し。神なる者は、万物の由る所なり。故に曰く、出入を利用して、民みな用ふるなり。謝曰く、闔闢相推す。故に乾坤の化ここに行はる。往来窮まりなし。故に神道の功ここに通ず。能く群生の戸牖となれば、則ち出入みな民を利するなり。

現代語訳

王氏は、万物は形のない根源によって通じ、神とは万物がそこから働きを得るものなので、人々の出入りに役立ち、民がみな用いるのだと説明する。謝氏は、閉じる働きと開く働きが互いに推し進めることで乾坤の変化が行われ、その往来が尽きないため神道の働きが通じる、そしてあらゆる生命の戸口となるので、その出入りはすべて民の利益になる、と注する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(八)―易有太極

RJH-0021 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

王曰太極即神也

句読本文

王曰、太極即神也。

訓読

王曰く、太極は即ち神なり。

現代語訳

王氏は、太極とはすなわち神の働きである、と説明する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(九)―是生兩儀

RJH-0022 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

王曰兩儀天地也韓曰夫有必始於无故太極生兩儀也太極者无稱之稱不可得名取有之所極況之太極

句読本文

王曰、兩儀天地也。韓曰、夫有必始於无、故太極生兩儀也。太極者、无稱之稱、不可得名。取有之所極、況之太極。

訓読

王曰く、両儀は天地なり。韓曰く、夫れ有は必ず無に始まる。故に太極、両儀を生ずるなり。太極なる者は、称なきの称にして、名づくるを得べからず。有の極まる所を取り、これを太極に況ふ。

現代語訳

王氏は、両儀とは天と地であるとする。韓康伯は、存在するものは必ず「無」から始まるので太極が両儀を生むのであり、太極は本来名づけようのないものに仮に与えた呼称で、存在が行き着く極限を取って太極になぞらえたのだ、と説明する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(十)―兩儀生四象

RJH-0023 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

王曰四象四時也

句読本文

王曰、四象四時也。

訓読

王曰く、四象は四時なり。

現代語訳

王氏は、四象とは春夏秋冬の四季である、と説明する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(十一)―八卦定吉凶

RJH-0024 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

韓曰八卦既立則吉凶可定也

句読本文

韓曰、八卦既立、則吉凶可定也。

訓読

韓曰く、八卦既に立てば、則ち吉凶定むべきなり。

現代語訳

韓康伯は、八卦が成立すれば、そこで吉凶を定めることができる、と説明する。

巻一 天地開闢篇 「周易」細字注(十二)―吉凶生大業

RJH-0025 画像照合済 真福寺本 Page 9

原文翻刻

是非乃定是然後聖人立道教以定大業也謝曰太極易之極也踰兩儀則入於窮矣是故謂之太極四象四時之象也徒也從二儀至乎大業則天下之能事畢矣萬物之情見矣

句読本文

是非乃定、是然後聖人立道教、以定大業也。謝曰、太極、易之極也。踰兩儀、則入於窮矣。是故謂之太極。四象、四時之象也。徒也。從二儀至乎大業、則天下之能事畢矣、萬物之情見矣。

訓読

是非乃ち定まり、是れ然る後に聖人、道教を立て、以て大業を定むるなり。謝曰く、太極は易の極なり。両儀を踰ゆれば、則ち窮に入る。是の故にこれを太極と謂ふ。四象は四時の象なり。徒なり。二儀より大業に至れば、則ち天下の能事畢り、万物の情見はる。

現代語訳

是非が定まって初めて、聖人は道と教えを立て、大いなる事業を確立する。謝氏は、太極は易の究極であり、両儀を越えてさらに進めば窮まりに入るため太極と呼ぶ、と説明する。四象は四季を象徴する。両儀から大業に至る展開によって、天下でなし得る事柄は尽くされ、万物のありさまが現れる。