中臣祓訓解

中臣祓訓解

『中臣祓訓解(なかとみのはらえくんげ)』は、中臣祓を注釈しながら、神と仏、祓と清浄、そして人の心について説く中世神道書です。密教の言葉を多く用い、後世には弘法大師空海の著作として伝えられましたが、現在では鎌倉時代に成立した書と考えられています。

本頁は、土御門文書編纂所が公開原資料から新たに本文を読み取り、句読点・訓読・現代語訳・注釈を独自に作成する自家翻刻資料です。近現代の校訂本・書き下し文・現代語訳を転載せず、原画像と照合を終えた区分から順次掲載します。

土御門文書編纂所版について

本文は、祖風宣揚会編『弘法大師全集』巻十四所収本を作業底本とし、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部宗教学研究室所蔵本などを参校します。翻刻本文、句読本文、訓読、現代語訳を分け、補字や異本による修正は校異・編纂注に明記します。

現在は編纂中です。原画像との照合が完了した区分のみを公開し、校了に応じて本文を追加します。

影印の読み方

下の「底本影印」は、本文一六〇頁から一八一頁までを、左右二頁一画像の全十一画像で収めています。「前へ」「次へ」、または画像下のつまみで頁を送れます。画像を押すと、国立国会図書館の原画像を開きます。

本頁は土御門文書編纂所による全文公開・人校改訂版です。原文翻刻は作業底本の全頁を画像照合し、句読本文・訓読・現代語訳は土御門文書編纂所が独自に作成しました。参校本との異同や判断を要する箇所は、各区分の編纂注に示します。

自家翻刻・訓読・現代語訳(全文)

題・撰者表示

NK-0001・底本一六〇頁 校了

原文翻刻

中臣祓訓解
入唐沙門遍照金剛

句読本文

中臣祓訓解
入唐沙門遍照金剛

訓読

中臣祓訓解
入唐沙門遍照金剛

現代語訳

『中臣祓訓解』
入唐沙門遍照金剛(伝空海)

序一

NK-0002・底本一六〇頁 校了

原文翻刻

夫和光垂迹之起雖載國史家條猶有所遺靡識本意聊託覺王之密教略示心地之要路而已蓋聞

句読本文

夫、和光垂迹之起、雖載國史家條、猶有所遺、靡識本意。聊託覺王之密教、略示心地之要路而已。蓋聞、

訓読

夫れ、和光垂迹の起こり、國史家の條に載すと雖も、猶ほ遺す所あり、本意を識ること靡し。聊か覺王の密教に託し、略して心地の要路を示すのみ。蓋し聞く、

現代語訳

そもそも、仏・菩薩が光を和らげ、この世に神などの姿を現すことの起こりは、国史の記録に載せられてはいるものの、なお書き残されていないことがあり、その本来の趣旨は知られていない。そこで、ひとまず仏の秘密の教えに託し、心地(心の根本)についての肝要な道筋を概略示すだけである。聞くところによれば、

序二

NK-0003・底本一六〇頁 校了

原文翻刻

中臣祓天津祝太祝詞伊弉那諾尊宣命也天兒屋根命之譯解也是則己心清淨儀益大自在天梵言三世諸佛方便一切衆生福田心源廣大智慧本來清淨大教元怖畏陀羅尼罪障懺悔神咒也寔最勝最大之利益無量無邊濟度世間出世之

句読本文

中臣祓、天津祝太祝詞、伊弉那諾尊宣命也。天兒屋根命之譯解也。是則、己心清淨儀益、大自在天梵言、三世諸佛方便、一切衆生福田、心源廣大智慧、本來清淨大教、元怖畏陀羅尼、罪障懺悔神咒也。寔、最勝最大之利益、無量無邊、濟度世間出世之

訓読

中臣祓は、天津祝の太祝詞にして、伊弉那諾尊の宣命なり。天兒屋根命の譯解なり。是れ則ち、己心清淨の儀益、大自在天の梵言、三世諸佛の方便、一切衆生の福田、心源廣大の智慧、本來清淨の大教、元怖畏陀羅尼、罪障懺悔の神咒なり。寔に、最勝最大の利益は無量無邊にして、世間・出世を濟度するの

現代語訳

中臣祓は、天津祝の太祝詞であり、伊弉那諾尊が宣した御言葉である。天児屋根命がその意味を解き明かしたものである。これは、自らの心を清浄にする儀礼の利益、大自在天の梵語、三世の諸仏の方便、すべての衆生にとっての福田、心源の広大な智慧、本来清浄の大いなる教え、「元怖畏陀羅尼」、罪障を懺悔する神呪である。まことに、その最も勝れた大きな利益は無量無辺で、世間・出世間を救済するための

序三

NK-0004・底本一六〇頁 校了

原文翻刻

教道拔苦與樂之隱術也與天地以長存將日月而久樂矣所爲甞天地開闢之初神寶日出之時法界法身心王大日爲度無緣惡業衆生以普門方便智慧入蓮花三昧之道場發大清淨願垂哀愍慈悲現化應擁護之姿垂迹閻浮提請府靈於魔

句読本文

教道、拔苦與樂之隱術也。與天地以長存、將日月而久樂矣。所爲、甞天地開闢之初、神寶日出之時、法界法身心王大日、爲度無緣惡業衆生、以普門方便智慧、入蓮花三昧之道場、發大清淨願、垂哀愍慈悲、現化應擁護之姿、垂迹閻浮提、請府靈於魔

訓読

教道、苦を拔き樂を與ふるの隱術なり。天地とともに長く存し、日月とともに久しく樂しまん。所爲は、甞て天地開闢の初め、神寶日の出づる時、法界法身の心王大日、無緣惡業の衆生を度せんが爲に、普門方便の智慧を以て、蓮花三昧の道場に入り、大清淨の願を發し、哀愍慈悲を垂れ、擁護に應ずる姿に現化し、閻浮提に垂迹し、府靈を魔

現代語訳

教えの道であり、苦しみを除き楽しみを与える秘められた術である。天地とともに長く存続し、日月とともに久しく楽しむことになる。その働きは、かつて天地が開け始め、神宝である日が昇った時、法界の法身である心王・大日が、仏縁がなく悪業を負う衆生を救うため、普門方便の智慧によって蓮華三昧の道場に入り、大清浄の願いを起こし、哀れみと慈悲を垂れ、守護に応じる姿として現れ、閻浮提に垂迹し、府霊を魔

序四

NK-0005・底本一六〇頁 校了

原文翻刻

王施降化之神力神光神使驛於八荒慈悲檄頒於十方以降忝太神外顯異佛教之儀式爲護佛法之神兵雖內外詞異同化度方便神則諸佛魂佛則諸神性也肆經曰佛住不二門常神道垂迹云云惟知以諸佛通力令顛倒衆生以所求

句読本文

王、施降化之神力。神光、神使、驛於八荒。慈悲檄、頒於十方。以降、忝太神、外顯異佛教之儀式、爲護佛法之神兵。雖內外詞異、同化度方便。神則諸佛魂、佛則諸神性也。肆、經曰、「佛住不二門、常神道垂迹」云云。惟知、以諸佛通力、令顛倒衆生、以所求

訓読

王に請ひ、降化の神力を施す。神光・神使、八荒に驛す。慈悲の檄、十方に頒つ。以降、忝くも太神、外には佛教と異なる儀式を顯し、佛法を護るの神兵と爲る。內外の詞は異なると雖も、化度の方便を同じくす。神は則ち諸佛の魂、佛は則ち諸神の性なり。肆に、經に曰く、「佛は不二門に住し、常に神道に垂迹す」と、云云。惟だ知る、諸佛の通力を以て、顛倒の衆生をして、所求の

現代語訳

王に請い、世に降って教化する神力を施した。神光と神使は世界の隅々に行き渡り、慈悲の檄はあらゆる方角に頒たれた。それ以来、畏れ多くも大神は、外には仏教と異なる儀式を現し、仏法を守る神兵となった。内と外で言葉は異なっていても、衆生を教化し救う方便は同じである。神は諸仏の魂であり、仏は諸神の本性である。そこで経には、「仏は不二門に住し、常に神道へ垂迹する」とある。ここではただ、諸仏の神通力によって、迷い転倒した衆生を、その求める

序五

NK-0006・底本一六〇~一六一頁 校了

原文翻刻

願力令入於佛道此則善巧方便大慈大悲之實智色心不二平等利益之本願也因茲即現神祇之驗即施神民之威消一期苦愁而快百年榮樂當亦離五重煩惱即出三界樊籠悟眞如妙理即證密嚴華臺哉凡此祓詞最極大神咒也滿一切願

句読本文

願力、令入於佛道。此則善巧方便、大慈大悲之實智、色心不二、平等利益之本願也。因茲、即現神祇之驗、即施神民之威、消一期苦愁而快百年榮樂。當亦離五重煩惱、即出三界樊籠、悟眞如妙理、即證密嚴華臺哉。凡此祓詞、最極大神咒也。滿一切願

訓読

願力を以て、佛道に入らしむ。此れ則ち善巧方便、大慈大悲の實智、色心不二、平等利益の本願なり。茲に因り、即ち神祇の驗を現し、即ち神民の威を施し、一期の苦愁を消して百年の榮樂を快くす。當に亦、五重の煩惱を離れ、即ち三界の樊籠を出で、眞如の妙理を悟り、即ち密嚴の華臺を證せん。凡そ此の祓詞、最極の大神咒なり。一切の願を滿たすこと

現代語訳

願いの力によって、仏道へ入らせるということである。これは巧みな方便であり、大慈大悲の真実の智慧、心と物質が一つであること、すべてを平等に利益する本願である。したがって、神祇の霊験を現し、神民の威力を示し、一生の苦しみを消して百年の栄えと楽しみを得させる。また五重の煩悩を離れ、三界という檻を出て、真如の妙理を悟り、密厳の華台を証得するであろう。総じてこの祓詞は、究極の大神呪である。すべての願いを満たすことは

序六

NK-0007・底本一六一頁 校了

原文翻刻

如疾風所求圓滿如自在天然則平等之本道諸尊大悲之法門法爾成道之通相諸天三寶之秘術也上智前諸尊瑜伽教法下愚前便緣覺聲聞良因焉祓此神代上曰逐之此云波羅賦云云考校其實以智慧神力破怨敵四魔祭文本記曰

句読本文

如疾風、所求圓滿如自在天。然則、平等之本道、諸尊大悲之法門、法爾成道之通相、諸天三寶之秘術也。上智前、諸尊瑜伽教法、下愚前、便緣覺聲聞良因焉。祓。此、『神代上』曰、「逐之。此云波羅賦」云云。考校其實、以智慧神力、破怨敵四魔祭文。本記曰、

訓読

疾風の如く、所求圓滿すること自在天の如し。然れば則ち、平等の本道、諸尊大悲の法門、法爾成道の通相、諸天三寶の秘術なり。上智の前には、諸尊瑜伽の教法、下愚の前には、便ち緣覺・聲聞の良因なり。祓。此れ、『神代上』に曰く、「之を逐ふ。此れを波羅賦と云ふ」と、云云。其の實を考校するに、智慧神力を以て、怨敵・四魔を破る祭文なり。本記に曰く、

現代語訳

疾風のように速く、求めるところが満たされることは自在天のようである。したがって、それは平等という根本の道、諸尊の大悲の法門、法爾のまま成道する共通のあり方、諸天と三宝の秘術である。智慧ある者にとっては諸尊の瑜伽の教えであり、愚かな者にとっては、縁覚・声聞へ導く良い因縁となる。祓について、『神代上』には「これを逐(はら)う。これを波羅賦(はらふ)という」とある。その実を考えると、智慧と神力によって怨敵や四魔を打ち破る祭文である。本記には次のように記されており、

序七

NK-0008・底本一六一頁 校了

原文翻刻

三世怨敵者隔於境不近萬人惡念者越於境遠滅凡三災七難以溫如消雪百毒九横者以水如滅火萬惡千害者以火如燒毛也然則惡鬼別萬里七難近不起堅牢催五常萬福來近生以此一座祓除百日之難百座之祭文千日之捨咎云云大

句読本文

「三世怨敵者、隔於境不近。萬人惡念者、越於境遠滅。凡三災七難、以溫如消雪。百毒九横者、以水如滅火。萬惡千害者、以火如燒毛也。然則、惡鬼別萬里、七難近不起、堅牢、催五常、萬福來近生。以此一座祓、除百日之難、百座之祭文、千日之捨咎」云云。大

訓読

「三世の怨敵は、境を隔てて近づかず。萬人の惡念は、境を越えて遠く滅す。凡そ三災七難は、溫を以て雪を消すが如し。百毒九横は、水を以て火を滅すが如し。萬惡千害は、火を以て毛を燒くが如きなり。然れば則ち、惡鬼は萬里に別れ、七難は近く起こらず、堅牢にして、五常を催し、萬福は來りて近く生ず。此の一座の祓を以て、百日の難を除き、百座の祭文を以て、千日の咎を捨つ」と、云云。大

現代語訳

「三世にわたる怨敵は境を隔てて近づかず、万人の悪念は境を越えて遠く滅する。三災七難は、温もりが雪を消すように〔消え〕、百毒九横は水が火を消すように〔滅し〕、万悪千害は火が毛を焼くように〔滅する〕。その結果、悪鬼は万里のかなたに離れ、七難は身近に起こらず、堅固となり、五常が興り、あらゆる福が近くに生じる。この一座の祓によって百日の難を除き、百座の祭文によって千日の咎を捨てる」という。大〔次区分冒頭の「麻」と続き「大麻」〕

序八

NK-0009・底本一六一頁 校了

原文翻刻

麻體相者自性清淨之三摩耶普現三昧表形夫著忍辱袍把正直笏而拂三毒七難洗五濁八苦祭服則忍辱鎧也拒群賊把笏則智慧劔也威衆敵其形直其事掩矣祓具此云波羅閉都母能也贖物散米幣帛金銀鐵人像弓箭太刀小刀類等皆

句読本文

麻體相者、自性清淨之三摩耶、普現三昧表形。夫、著忍辱袍、把正直笏、而拂三毒七難、洗五濁八苦。祭服則忍辱鎧也、拒群賊。把笏則智慧劔也、威衆敵。其形直、其事掩矣。祓具、此云「波羅閉都母能」也。贖物、散米、幣帛、金銀、鐵人像、弓箭、太刀、小刀類等、皆

訓読

大麻の體相は、自性清淨の三摩耶、普現三昧の表形なり。夫れ、忍辱の袍を著し、正直の笏を把りて、三毒七難を拂ひ、五濁八苦を洗ふ。祭服は則ち忍辱の鎧なり、群賊を拒む。笏を把るは則ち智慧の劔なり、衆敵を威す。其の形は直く、其の事は掩ふ。祓具、此れを「波羅閉都母能」と云ふなり。贖物、散米、幣帛、金銀、鐵の人像、弓箭、太刀、小刀の類等、皆

現代語訳

大麻〔前区分末の「大」と本区分冒頭の「麻」〕の本質的な姿は、自性清浄の三摩耶であり、普現三昧を表す形である。そもそも、忍辱の袍を着て正直の笏を手にし、三毒七難を払い、五濁八苦を洗い清める。祭服は忍辱の鎧として群賊を防ぎ、笏は智慧の剣として多くの敵を威する。その形はまっすぐで、その働きは覆い隠すことにある。祓の具を「波羅閉都母能」という。贖物、散米、幣帛、金銀、鉄の人像、弓矢、太刀、小刀などは、すべて

序九

NK-0010・底本一六一頁 校了

原文翻刻

是惡魔降伏之神兵具也諸神垂納受施方便神力彎定慧弓箭摧智慧劍刀輪王釋梵使馳東西天魔外道等逃南北日月五星十二神將七千夜叉神廿八宿和光同塵利益衆生誓願合掌幣帛等人生生貴者不過天地恩又世世忝者不越神

句読本文

是惡魔降伏之神兵具也。諸神垂納受、施方便神力、彎定慧弓箭、摧智慧劍刀。輪王、釋梵使、馳東西。天魔外道等、逃南北。日月五星、十二神將、七千夜叉神、廿八宿、和光同塵、利益衆生。誓願合掌、幣帛等。人生生貴者、不過天地恩。又世世忝者、不越神

訓読

是れ惡魔降伏の神兵具なり。諸神納受を垂れ、方便神力を施し、定慧の弓箭を彎き、智慧の劍刀を摧く。輪王・釋梵の使、東西に馳す。天魔外道等、南北に逃ぐ。日月五星、十二神將、七千夜叉神、廿八宿、和光同塵して衆生を利益す。誓願、合掌、幣帛等。人、生生に貴き者は、天地の恩に過ぎず。又、世世に忝き者は、神

現代語訳

悪魔を降伏させる神の武具である。諸神は供物を受け取り、方便の神力を施し、禅定と智慧の弓矢を引き、智慧の剣を振るう。輪王と帝釈・梵天の使者は、東西に駆け巡る。天魔や外道の者たちは、南北へ逃げる。日月五星、十二神将、七千の夜叉神、二十八宿は、光を和らげて俗世に交わり、衆生に利益をもたらす。誓願、合掌、幣帛など。人が生まれるたびに尊いものは、天地の恩をおいてほかにない。また、世々にわたって畏れ多いものは、神

序十

NK-0011・底本一六一頁 校了

原文翻刻

佛德仍爲封此恩解除事以秘祭文諸智被清即歸阿字本不生之妙理顯自性精明之實智而於諸法者不出淨不淨二法有爲不淨之實執也無爲清淨之實體也

句読本文

佛德。仍、爲封此恩、解除事以秘祭文。諸智被清、即歸阿字本不生之妙理、顯自性精明之實智。而於諸法者、不出淨不淨二法。有爲、不淨之實執也。無爲、清淨之實體也。

訓読

神佛の德を越えず。仍りて、此の恩に〔報〕ゆる爲、解除の事には秘祭文を以てす。諸智、清きを被り、即ち阿字本不生の妙理に歸し、自性精明の實智を顯す。而して諸法に於ては、淨・不淨の二法を出でず。有爲は、不淨なる實執なり。無爲は、清淨の實體なり。

現代語訳

神仏の徳を越えるものはない。そこで、この恩に報いるため、解除の儀礼には秘祭文を用いる。もろもろの智慧は清められ、阿字本不生の妙理に帰し、自性の澄明な真実智を現す。そして、もろもろの法は清浄と不浄の二法を出ない。有為は不浄なる実執であり、無為は清浄なる実体である。

刊本上欄注一

NK-0012・底本一六一頁 校了

原文翻刻

封應作報

句読本文

封、應作報。

訓読

「封」は、應に「報」に作るべし。

現代語訳

「封」は「報」とするべきである。

序十一

NK-0013・底本一六二頁 校了

原文翻刻

是則吾心生也修禪定其心漸成清淨因茲謹請再拜而七座宣之不穢無明住地之煩惱泥向流恭敬七度觸之能池水浪潔心源清淨也肆離十煩惱之網無纏三有之際名此云解除此則滅罪生善頓證菩提隱術也吾聞敬祭天神地祇以潔

句読本文

是則吾心生也。修禪定、其心漸成清淨。因茲、謹請再拜而七座宣之。不穢無明住地之煩惱泥向流、恭敬七度觸之、能池水浪、潔心源、清淨也。肆、離十煩惱之網、無纏三有之際、名此云「解除」。此則滅罪生善、頓證菩提隱術也。吾聞、敬祭天神地祇、以潔

訓読

是れ則ち吾が心より生ずるなり。禪定を修すれば、其の心漸く清淨と成る。茲に因り、謹みて再拜して七座に之を宣ぶ。不穢無明住地の煩惱泥、流れに向かひ、恭敬して七度之に觸るれば、能く池水の浪、心源を潔くし、清淨なり。肆に、十煩惱の網を離れ、三有の際に纏ひ無く、此れを名づけて「解除」と云ふ。此れ則ち滅罪生善、頓證菩提の隱術なり。吾聞く、天神地祇を敬ひ祭り、以て潔く

現代語訳

これは、私たち自身の心から生じるものである。禅定を修めれば、その心は次第に清浄になる。そのため、謹んで再拝し、七座にわたってこれを唱える。不穢無明住地の煩悩の泥が流れに向かい、敬いながら七度これに触れると、池の水の波が心の源を清め、清浄にする。こうして十の煩悩の網を離れ、三有の際にもまとわりつくものがなくなることを、「解除」と名づける。これは罪を滅ぼして善を生じさせ、たちどころに菩提を悟る秘術である。私は聞いている、天神地祇を敬い祭り、それによって清らかに

序十二

NK-0014・底本一六二頁 校了

原文翻刻

清淨儀益懷給故不淨物鬼神所惡也天津靈曰神地津靈名祇人魂號鬼所謂天神上人魂中地祇下是也聖朝勅語辭攘災招福必憑幽冥敬神尊佛清淨爲先云云經曰己心念清淨諸佛存此心文云云清淨則己清淨之智用寂靜安樂本性也不淨便生死輪迴之業因無間大城之業

句読本文

清淨儀益懷給。故、不淨物、鬼神所惡也。天津靈曰神、地津靈名祇、人魂號鬼。所謂、天神上、人魂中、地祇下、是也。聖朝勅語辭、「攘災招福、必憑幽冥。敬神尊佛、清淨爲先」云云。經曰、「己心念清淨、諸佛存此心」文云云。清淨則己清淨之智用、寂靜安樂本性也。不淨便生死輪迴之業因、無間大城之業

訓読

清淨の儀を、益々懷き給ふ。故に、不淨の物は、鬼神の惡む所なり。天津の靈を神と曰ひ、地津の靈を祇と名づけ、人魂を鬼と號す。所謂、天神を上、人魂を中、地祇を下とする、是れなり。聖朝の勅語の辭に、「災を攘ひ福を招くには、必ず幽冥に憑る。神を敬ひ佛を尊び、清淨を先と爲す」と、云云。經に曰く、「己心の念清淨なれば、諸佛此の心に存す」の文、云云。清淨は則ち己が清淨の智用、寂靜安樂の本性なり。不淨は便ち生死輪迴の業因、無間大城の業

現代語訳

〔前区分末の「以潔」から続く。〕清浄の儀を、ますます心にお持ちになる。ゆえに、不浄なものは鬼神の嫌うところである。天津の霊を神といい、地津の霊を祇と名づけ、人の魂を鬼と呼ぶ。すなわち、天神を上、人魂を中、地祇を下とする分類である。聖朝の勅語には、「災いを払い福を招くには、必ず幽冥を頼みとする。神を敬い仏を尊び、清浄を第一とする」とある。経には、「自らの心の念が清浄であれば、諸仏はこの心に存する」とある。清浄とは、自らの清浄な智慧の働きであり、寂静・安楽という本性である。不浄とは、生死輪廻の業因であり、無間大城の業〔次区分冒頭の「果也」と続く〕

序十三

NK-0015・底本一六二頁 校了

原文翻刻

果也故不淨中生死穢泥太深佛說言垂迹所誡通諸佛顯戒隨諸神之誡順諸佛之戒或勤齋月祭日精進或往詣運步貴賤等若擎一華一香奉供養三寶若以蘋蘩薀藻備祭神祇等如

句読本文

果也。故、不淨中、生死穢泥太深。佛說言、垂迹所誡、通諸佛顯戒。隨諸神之誡、順諸佛之戒。或勤齋月祭日精進、或往詣運步、貴賤等、若擎一華一香、奉供養三寶、若以蘋蘩薀藻、備祭神祇等。如

訓読

果なり。故に、不淨の中、生死の穢泥太だ深し。佛說に言はく、垂迹の誡むる所は、諸佛の顯戒に通ず。諸神の誡めに隨ひ、諸佛の戒に順ふ。或いは齋月・祭日に精進を勤め、或いは往詣して步を運ぶ、貴賤等、若しくは一華一香を擎げて、三寶を供養し奉り、若しくは蘋蘩薀藻を以て、神祇に備へ祭る等。かくの

現代語訳

結果である。ゆえに、不浄の中では、生死という汚泥が非常に深い。仏の教えには、垂迹による戒めは諸仏の明らかな戒に通じる、とある。諸神の戒めに従い、諸仏の戒に従う。あるいは斎月や祭日に精進に励み、あるいは身分の尊卑を問わず参詣の歩みを進め、一輪の花や一本の香を捧げて三宝を供養し、また蘋・蘩・薀・藻を用いて神祇に供え祭るなどである。この

序十四

NK-0016・底本一六二頁 校了

原文翻刻

斯等者漸以之爲緣導入內法結一佛淨土緣度生死之海令附涅槃之岸若又衆生無善我以善施衆生無悟我以悟向衆生照內證文云云

句読本文

斯等者、漸以之爲緣、導入內法、結一佛淨土緣、度生死之海、令附涅槃之岸。若又、衆生無善、我以善施。衆生無悟、我以悟向衆生。照內證文、云云。

訓読

如き者等は、漸く之を以て緣と爲し、內法に導き入れ、一佛淨土の緣を結び、生死の海を度し、涅槃の岸に附かしむ。若し又、衆生に善無くば、我れ善を以て施す。衆生に悟り無くば、我れ悟りを以て衆生に向ふ。內證の文に照らす、云云。

現代語訳

ような者たちは、次第にそれを縁として内法へ導き入れられ、一仏浄土との縁を結び、生死の海を渡って、涅槃の岸に着かされる。また、衆生に善がなければ、私は善を施す。衆生に悟りがなければ、私は悟りを衆生へ向ける。内証の文に照らしたものである、云々。

序十五

NK-0017・底本一六二~一六三頁 校了

原文翻刻

定知是人持三世諸佛智慧得二世所求圓滿不可說不可說見說從是東方過八十億恒河沙世界有一神國名云大日本國神聖其中座名曰大日靈貴當知受生此國衆生承佛威神力與諸佛共遊其國是則佛說也不是我言矣

句読本文

定知、是人持三世諸佛智慧、得二世所求圓滿、不可說不可說。見說、「從是東方、過八十億恒河沙世界、有一神國、名云大日本國。神聖、其中座、名曰大日靈貴。當知、受生此國衆生、承佛威神力、與諸佛共遊其國」。是則佛說也、不是我言矣。

訓読

定めて知るべし。是の人は三世諸佛の智慧を持し、二世所求の圓滿を得ること、說くべからず、說くべからず。說くを見るに、「是れより東方、八十億恒河沙世界を過ぎて、一神國有り、名づけて大日本國と云ふ。神聖、其の中に座し、名を大日靈貴と曰ふ。當に知るべし、此の國に生を受くる衆生は、佛の威神力を承け、諸佛と共に其の國に遊ぶ」と。是れ則ち佛說なり、我が言にあらず。

現代語訳

まさに知るべきである。この人が三世の諸仏の智慧を保ち、現世と来世に求めるものの円満を得ることは、言葉では説き尽くせない、説き尽くせない。説かれているところを見ると、「ここから東方へ八十億恒河沙世界を過ぎた所に、一つの神国があり、大日本国という。神聖なるものがその中に鎮座し、名を大日霊貴という。まさに知るべきことは、この国に生を受けた衆生が、仏の威神力を承け、諸仏とともにその国に遊ぶということである」とある。これは仏説であって、私の言葉ではない。

中臣祓序分

NK-0018・底本一六三頁 校了

原文翻刻

中臣祓序分

句読本文

中臣祓序分

訓読

中臣祓の序分

現代語訳

中臣祓の序分

中臣祓序分本文一

NK-0019・底本一六三頁 校了

原文翻刻

高天原仁

句読本文

高天原仁、

訓読

高天原に、

現代語訳

高天原に、

中臣祓序分注解一

NK-0020・底本一六三頁 校了

原文翻刻

色界初禪梵衆天也三光天南擔浮樹下高庫藏是也五臓中大藏也故納萬寶所也

句読本文

色界初禪梵衆天也。三光天、南擔浮樹下、高庫藏、是也。五臓中、大藏也。故、納萬寶所也。

訓読

色界初禪の梵衆天なり。三光天、南擔浮樹の下、高庫藏、是れなり。五臓の中の大藏なり。故に、萬寶を納むる所なり。

現代語訳

色界の初禅に属する梵衆天である。三光天、南擔浮樹の下、高庫蔵、これである。五臓の中の大蔵である。ゆえに、あらゆる宝を納める所である。

中臣祓序分本文二

NK-0021・底本一六三頁 校了

原文翻刻

神留坐須

句読本文

神留坐須、

訓読

神留まり坐す、

現代語訳

神々がお留まりになる、

中臣祓序分注解二

NK-0022・底本一六三頁 校了

原文翻刻

天照大神豐受大神高皇産靈神神皇産靈神津速産靈神正哉吾勝尊伊弉那諾尊

句読本文

天照大神、豐受大神、高皇産靈神、神皇産靈神、津速産靈神、正哉吾勝尊、伊弉那諾尊。

訓読

天照大神、豐受大神、高皇産靈神、神皇産靈神、津速産靈神、正哉吾勝尊、伊弉那諾尊。

現代語訳

天照大神、豊受大神、高皇産霊神、神皇産霊神、津速産霊神、正哉吾勝尊、伊弉那諾尊。

中臣祓序分本文三

NK-0023・底本一六三頁 校了

原文翻刻

皇親神

句読本文

皇親神、

訓読

皇親神、

現代語訳

皇祖の神、

中臣祓序分注解三

NK-0024・底本一六三頁 校了

原文翻刻

天照大神天之御中主神豐受神座也天孫尊祖神也高皇産靈神神皇産靈神

句読本文

天照大神、天之御中主神、豐受神座也。天孫尊祖神也。高皇産靈神、神皇産靈神。

訓読

天照大神、天之御中主神、豐受神、座しますなり。天孫尊の祖神なり、高皇産靈神、神皇産靈神。

現代語訳

天照大神、天之御中主神、豊受神がおられる。天孫尊の祖神である高皇産霊神、神皇産霊神である。

中臣祓序分本文四

NK-0025・底本一六三頁 校了

原文翻刻

神漏伎神漏美乃

句読本文

神漏伎、神漏美乃、

訓読

神漏伎、神漏美の、

現代語訳

神漏伎、神漏美の、

中臣祓序分注解四

NK-0026・底本一六三頁 校了

原文翻刻

謂神祖也神皇産靈神親言也津遮産靈神

句読本文

謂神祖也。神皇産靈神、親言也。津遮産靈神。

訓読

神祖を謂ふなり。神皇産靈神、親を言ふなり。津遮産靈神。

現代語訳

神々の祖をいう。神皇産霊神は、親を意味する。津遮産霊神。

中臣祓序分本文五

NK-0027・底本一六三頁 校了

原文翻刻

命於以天

句読本文

命於以天、

訓読

命を以て、

現代語訳

命令によって、

中臣祓序分注解五

NK-0028・底本一六三頁 校了

原文翻刻

謂以皇親之勅命召八百萬神達也

句読本文

謂、以皇親之勅命、召八百萬神達也。

訓読

謂はく、皇親の勅命を以て、八百萬の神達を召すなり。

現代語訳

すなわち、皇祖神の勅命によって、八百万の神々を召し集めるということである。

中臣祓序分本文六

NK-0029・底本一六四頁 校了

原文翻刻

八百萬神達於

句読本文

八百萬神達於、

訓読

八百萬の神達を、

現代語訳

八百万の神々を、

中臣祓序分注解六

NK-0030・底本一六四頁 校了

原文翻刻

梵王帝釋無量天子四大天王無量梵王八萬四千神也

句読本文

梵王、帝釋、無量天子、四大天王、無量梵王、八萬四千神也。

訓読

梵王、帝釋、無量の天子、四大天王、無量の梵王、八萬四千の神なり。

現代語訳

梵王、帝釈、無量の天子、四大天王、無量の梵王、八万四千の神々である。

中臣祓序分本文七

NK-0031・底本一六四頁 校了

原文翻刻

神集仁集賜比神議仁議賜天我皇孫尊乎波

句読本文

神集仁集賜比、神議仁議賜天、我皇孫尊乎波、

訓読

神集へに集へ賜ひ、神議りに議り賜ひて、我が皇孫尊をば、

現代語訳

神々を集めに集め、神々の会議で議論を重ねて、わが皇孫尊を、

中臣祓序分注解七

NK-0032・底本一六四頁 校了

原文翻刻

天津彦火瓊瓊杵尊也天照大神太子正哉吾勝尊太子御母高皇産靈神女萬幡豐秋津姫命也

句読本文

天津彦火瓊瓊杵尊也。天照大神太子正哉吾勝尊太子、御母高皇産靈神女萬幡豐秋津姫命也。

訓読

天津彦火瓊瓊杵尊なり。天照大神の太子たる正哉吾勝尊の太子、御母は高皇産靈神の女、萬幡豐秋津姫命なり。

現代語訳

天津彦火瓊瓊杵尊のことである。天照大神の御子である正哉吾勝尊の御子であり、母は高皇産霊神の娘、万幡豊秋津姫命である。

中臣祓序分本文八

NK-0033・底本一六四頁 校了

原文翻刻

豐葦原乃水穗乃國乎

句読本文

豐葦原乃水穗乃國乎、

訓読

豐葦原の水穗の國を、

現代語訳

豊葦原の水穂の国を、

中臣祓序分注解八

NK-0034・底本一六四頁 校了

原文翻刻

大八洲神倭國也陽谷輪王所化之下玉藻所歸之島預樟蔽日之浦銘之曰南閻浮提也水穗國謂肥饒豐富之國也

句読本文

大八洲、神倭國也。陽谷、輪王所化之下、玉藻所歸之島、預樟蔽日之浦。銘之曰「南閻浮提」也。水穗國、謂肥饒豐富之國也。

訓読

大八洲、神倭國なり。陽谷、輪王の化する所の下、玉藻の歸する所の島、預樟蔽日の浦。之に銘して「南閻浮提」と曰ふなり。水穗國は、肥饒豐富の國を謂ふなり。

現代語訳

大八洲、神倭国である。日の昇る地、輪王の教化する領域、玉藻の寄り着く島、預樟蔽日の浦である。これに「南閻浮提」と名を付ける。水穂国とは、肥沃で豊かな国をいう。

中臣祓序分本文九

NK-0035・底本一六四頁 校了

原文翻刻

安國登平介久所知食登事依之奉幾如此依之奉之

句読本文

安國登、平介久所知食登、事依之奉幾。如此、依之奉之。

訓読

安國と、平けく知らし食せと、事依さし奉りき。かく、依さし奉りし。

現代語訳

安らかな国として平穏にお治めになるようにと、お任せ申し上げた。このように、お任せ申し上げたのである。

中臣祓序分注解九

NK-0036・底本一六四頁 校了

原文翻刻

謂日本國浦安國也

句読本文

謂、日本國、浦安國也。

訓読

謂はく、日本國は、浦安國なり。

現代語訳

すなわち、日本国は浦安国である。

第一段神孫降臨祓

NK-0037・底本一六四頁 校了

原文翻刻

第一段神孫降臨祓

句読本文

第一段神孫降臨祓

訓読

第一段 神孫降臨の祓

現代語訳

第一段 神孫降臨の祓

第一段本文一

NK-0038・底本一六四頁 校了

原文翻刻

國中荒振神等於

句読本文

國中荒振神等於、

訓読

國中の荒振る神等を、

現代語訳

国中の荒ぶる神々を、

第一段注解一

NK-0039・底本一六四頁 校了

原文翻刻

素盞烏尊之子孫大己貴神其子事代主神是等類神也

句読本文

素盞烏尊之子孫大己貴神、其子事代主神。是等類神也。

訓読

素盞烏尊の子孫なる大己貴神、其の子事代主神。是等の類の神なり。

現代語訳

素盞烏尊の子孫である大己貴神、その子の事代主神などの神々である。

第一段本文二

NK-0040・底本一六四頁 校了

原文翻刻

神問之仁問賜比神掃仁

句読本文

神問之仁問賜比、神掃仁、

訓読

神問はしに問はし賜ひ、神掃ひに、

現代語訳

幾度も問いただし、払いに――

第一段注解二

NK-0041・底本一六四頁 校了

原文翻刻

香取明神經津主命鹿島明神武甕槌命

句読本文

香取明神、經津主命。鹿島明神、武甕槌命。

訓読

香取明神、經津主命。鹿島明神、武甕槌命。

現代語訳

香取明神である経津主命。鹿島明神である武甕槌命。

第一段本文三

NK-0042・底本一六五頁 校了

原文翻刻

掃賜比天語問之磐根樹乃立草乃垣葉乎毛語止天

句読本文

掃賜比天、語問之磐根、樹乃立草乃垣葉乎毛、語止天、

訓読

掃ひ賜ひて、語問ひし磐根、樹の立草の垣葉をも、語止めて、

現代語訳

払い清め、ものを言っていた岩根や、木の立ち草の垣葉までも、語ることをやめさせて、

第一段注解三

NK-0043・底本一六五頁 校了

原文翻刻

能言語咸皆强暴故先遣鹿島香取二神爰以遂誅却神及草祖鹿屋野比賣神木久久能智神草木石之類皆巳平治焉

句読本文

能言語、咸皆强暴。故、先遣鹿島香取二神。爰以、遂誅却神及草祖鹿屋野比賣神、木久久能智神。草木石之類、皆巳平治焉。

訓読

能く言語するもの、咸く皆强暴なり。故に、先づ鹿島・香取の二神を遣はす。爰を以て、遂に神及び草祖鹿屋野比賣神、木久久能智神を誅却す。草木石の類、皆已に平治せり。

現代語訳

言葉を発するものは、ことごとく皆、荒々しく乱暴であった。そのため、まず鹿島・香取の二神を遣わした。こうして、神々と、草の祖神である鹿屋野比売神、木の神である久久能智神をついに討ち払った。草木や石の類は、すべてすでに平定された。

第一段本文四

NK-0044・底本一六五頁 校了

原文翻刻

天磐座押放于天八重雲於伊豆乃千別仁千別天天降利依之奉幾如此依之奉之

句読本文

天磐座、押放于、天八重雲於、伊豆乃千別仁千別天、天降利、依之奉幾。如此、依之奉之。

訓読

天の磐座を、押し放ちて、天の八重雲を、伊豆の千別きに千別きて、天降り、依さし奉りき。かく、依さし奉りし。

現代語訳

天の磐座を押し開き、天の八重雲を勢いよく幾重にもかき分けて天降り、その国をお任せ申し上げた。このように、お任せ申し上げたのである。

第一段注解四

NK-0045・底本一六五頁 校了

原文翻刻

皇孫尊自天下座之間供御饌爾時盃中起霧而闇天水國如此自天水相霧塞因茲尊不得自天下座爾時天押雲命以中臣祓依之奉之解除淸淨而天八重雲出之道別得天下座日向高千穗槵觸之峯天下跡焉

句読本文

皇孫尊自天下座之間、供御饌。爾時、盃中起霧、而闇天水國。如此、自天、水相霧塞。因茲、尊不得自天下座。爾時、天押雲命、以中臣祓依之奉之、解除淸淨。而、天八重雲出之道別、得天下座。日向高千穗槵觸之峯天下跡焉。

訓読

皇孫尊、天より下り坐すの間、御饌を供す。爾の時、盃中に霧起こり、而して天水國を闇くす。かくの如く、天より、水相ひ霧塞ぐ。茲に因り、尊、天より下り坐すことを得ず。爾の時、天押雲命、中臣祓を以て依さし奉り、解除して淸淨ならしむ。而して、天の八重雲の出づる道を別け、天下り坐すことを得。日向高千穗槵觸の峯に天下りし跡なり。

現代語訳

皇孫尊が天から降られようとする間、御饌を供えた。その時、盃の中に霧が起こり、天水国を暗くした。このように、天から水と霧が重なって塞いだ。そのため、皇孫尊は天から降りることができなかった。その時、天押雲命は中臣祓をもって依さし奉り、解除して清浄にした。こうして、天の八重雲から出る道を分け開き、天から降りることができた。日向の高千穂の槵触の峰に降った跡である。

第二段國家經營祓

NK-0046・底本一六五頁 校了

原文翻刻

第二段國家經營祓

句読本文

第二段國家經營祓

訓読

第二段 國家經營の祓

現代語訳

第二段 国家経営の祓

第二段本文一

NK-0047・底本一六五頁 校了

原文翻刻

四方國乃中仁

句読本文

四方國乃中仁、

訓読

四方の國の中に、

現代語訳

四方の国々の中に、

第二段注解一

NK-0048・底本一六五頁 校了

原文翻刻

大日本洲也大日宮世界國土也

句読本文

大日本洲也。大日宮世界國土也。

訓読

大日本洲なり。大日宮世界の國土なり。

現代語訳

大日本洲である。大日宮世界の国土である。

第二段本文二

NK-0049・底本一六五頁 校了

原文翻刻

大倭日高見乃國乎安國登

句読本文

大倭日高見乃國乎、安國登、

訓読

大倭日高見の國を、安國と、

現代語訳

大倭日高見の国を、安らかな国として、

第二段注解二

NK-0050・底本一六五頁 校了

原文翻刻

在大八洲之中央地廣大也日本即倭國之別名也

句読本文

在大八洲之中央、地廣大也。日本、即倭國之別名也。

訓読

大八洲の中央に在り、地廣大なり。日本は、即ち倭國の別名なり。

現代語訳

大八洲の中央にあり、土地は広大である。日本は倭国の別名である。

第二段本文三

NK-0051・底本一六五頁 校了

原文翻刻

定奉氏下津磐根仁

句読本文

定奉氏、下津磐根仁、

訓読

定め奉りて、下つ磐根に、

現代語訳

定め申し上げ、地中深くの岩盤に、

第二段注解三

NK-0052・底本一六五頁 校了

原文翻刻

謂金剛寶座

句読本文

謂金剛寶座。

訓読

金剛寶座を謂ふ。

現代語訳

金剛宝座をいう。

第二段本文四

NK-0053・底本一六六頁 校了

原文翻刻

宮柱太敷立

句読本文

宮柱太敷立、

訓読

宮柱太敷き立て、

現代語訳

宮の柱を太く地に据え立て、

第二段注解四

NK-0054・底本一六六頁 校了

原文翻刻

皇孫降之時皇祖勅曰其造宮之制者柱則高太板則廣厚

句読本文

皇孫降之時、皇祖勅曰、「其造宮之制者、柱則高太、板則廣厚。」

訓読

皇孫の降りたまふ時、皇祖、勅して曰はく、「其の宮を造る制は、柱は則ち高く太く、板は則ち廣く厚し」と。

現代語訳

皇孫が降臨なさる時、皇祖は勅して言われた。「その宮を造る規定では、柱を高く太くし、板を広く厚くする」と。

第二段本文五

NK-0055・底本一六六頁 校了

原文翻刻

高天原仁千木高知天

句読本文

高天原仁、千木高知天、

訓読

高天原に、千木高知りて、

現代語訳

高天原に、千木を高く掲げて、

第二段注解五

NK-0056・底本一六六頁 校了

原文翻刻

言其轉風峽峙而穿雲摩天意也

句読本文

言、其轉風峽峙而穿雲摩天意也。

訓読

言ふは、其の「轉風峽峙」にして、雲を穿ち天を摩する意なり。

現代語訳

これは、その「転風峡峙」というありさまで、雲を貫き、天に迫るという意味である。

第二段本文六

NK-0057・底本一六六頁 校了

原文翻刻

吾皇孫御尊乃美頭乃御舍仁仕奉氏

句読本文

吾皇孫御尊乃美頭乃御舍仁、仕奉氏、

訓読

吾が皇孫の御尊の瑞の御舎に、仕へ奉りて、

現代語訳

我が皇孫の御尊の、めでたく豊かな御殿にお仕えして、

第二段注解六

NK-0058・底本一六六頁 校了

原文翻刻

美頭富饒之名也古語也凡日神開天石窟以降以瑞材太始造建瑞宮殿遷座也宮者使者眷屬衆生也殿者聲聞緣覺菩薩也鳥居者寶蓮形阿字門也

句読本文

美頭、富饒之名也。古語也。凡、日神開天石窟以降、以瑞材、太始造建瑞宮殿、遷座也。宮者、使者眷屬衆生也。殿者、聲聞緣覺菩薩也。鳥居者、寶蓮形阿字門也。

訓読

「美頭」は、富饒の名なり。古語なり。凡そ、日神、天の石窟を開きてより以降、瑞材を以て、太始に瑞の宮殿を造建し、遷座するなり。宮は、使者・眷属・衆生なり。殿は、声聞・縁覚・菩薩なり。鳥居は、宝蓮の形、阿字の門なり。

現代語訳

「美頭」は、富み豊かであることを表す名であり、古語である。およそ、日の神が天の石窟を開いて以来、瑞材を用い、太初に瑞の宮殿を造営して遷座するのである。宮とは使者・眷属・衆生であり、殿とは声聞・縁覚・菩薩である。鳥居とは宝蓮の形であり、阿字の門である。

第二段本文七

NK-0059・底本一六六頁 校了

原文翻刻

天乃御蔭日乃御蔭止陰坐天安國止平介久所知食牟

句読本文

天乃御蔭、日乃御蔭止陰坐天、安國止平介久所知食牟。

訓読

天の御蔭、日の御蔭と隠り坐して、安国と平けく知ろし食さむ。

現代語訳

天の御蔭、日の御蔭として鎮まり坐し、安らかな国として平穏にお治めになる。

第二段注解七

NK-0060・底本一六六頁 校了

原文翻刻

謂天御翳日御翳造奉仕已上大殿祭制造天種子命解除也云云祓表白是謂一日千人死一日千五百人生是伊弉那諾尊與

句読本文

謂、天御翳、日御翳、造奉仕。已上、大殿祭制造。天種子命解除也云云。祓表白、是謂、「一日千人死、一日千五百人生。」是伊弉那諾尊與

訓読

謂ふ、天の御翳・日の御翳を造り奉り仕ふ。已上、大殿祭の制造。天種子命の解除なり、云云。祓の表白、これを謂ふ、「一日に千人死し、一日に千五百人生ず。」これは伊弉那諾尊と

現代語訳

つまり、天の御翳と日の御翳を造って奉仕する。以上は、大殿祭の制造である。天種子命の解除である、云々。祓の表白には、次のようにいう。「一日に千人が死に、一日に千五百人が生まれる」と。これは伊弉那諾尊と

刊本上欄注二

NK-0061・底本一六六頁 校了

原文翻刻

尊與可連讀
後段註歟

句読本文

「尊與」可連讀。
後段註歟。

訓読

「尊與」は連読すべし。
後段の註か。

現代語訳

「尊與」は続けて読むべきである。
後段の注であろうか。

第三段群生犯罪祓

NK-0062・底本一六六頁 校了

原文翻刻

第三段群生犯罪祓

句読本文

第三段群生犯罪祓

訓読

第三段 群生の犯罪の祓

現代語訳

第三段 衆生が罪を犯すことについての祓

第三段本文一

NK-0063・底本一六六頁 校了

原文翻刻

國中仁成出牟天乃益人等加過乎

句読本文

國中仁成出牟、天乃益人等加過乎、

訓読

国中に成り出でむ、天の益人等が過を、

現代語訳

国中に生まれ出る、天の益人たちの過ちを、

第三段注解一

NK-0064・底本一六六~一六七頁 校了

原文翻刻

伊弉那美尊誓願也故名天益人也號天者大日宮世界國土一切我等衆生作故也皆是國土日月之中住者也故曰天益人也辨其事理明其本源一切衆生續生入胎始先住虛空其後漸轉形成五輪體變成人體尊形而常住不變也凡世界自本本覺也自本無明也本亦法界也本是衆生本佛也本神也

句読本文

伊弉那美尊誓願也。故、名天益人也。號天者、大日宮世界國土一切我等衆生作故也。皆是國土日月之中住者也。故曰、天益人也。辨其事理、明其本源。一切衆生續生、入胎始、先住虛空、其後漸轉形成、五輪體變成人體尊形而常住不變也。凡、世界自本本覺也。自本無明也。本亦法界也。本是衆生、本佛也、本神也。

訓読

伊弉那美尊の誓願なり。故に、天の益人と名づくるなり。天と号するは、大日宮・世界・国土・一切の我等衆生を作る故なり。皆これ国土の日月の中に住する者なり。故に曰はく、天の益人なり。その事理を弁へ、その本源を明らかにす。一切衆生、生を続け、胎に入る始め、先づ虚空に住し、その後漸く転じて形を成し、五輪の体、変じて人体の尊形と成りて、常住不変なり。凡そ、世界は本より本覚なり。本より無明なり。本はまた法界なり。本はこれ衆生、本は仏なり、本は神なり。

現代語訳

これは伊弉那美尊の誓願である。ゆえに「天の益人」と名づけるのである。「天」と称するのは、大日宮・世界・国土、および私たち一切の衆生を生み出すからである。皆、国土と日月の中に住む者である。ゆえに、天の益人という。その道理をわきまえ、その本源を明らかにする。一切の衆生は、生を受け続け、胎内に入る初めにはまず虚空に住み、その後しだいに転じて形を成し、五輪の体が変化して尊い人体となり、常住不変である。およそ世界は本来、本覚であり、本来、無明である。その本はまた法界である。本は衆生であり、本は仏であり、本は神である。

第三段本文二

NK-0065・底本一六七頁 校了

原文翻刻

犯氣牟雜雜乃罪事咎崇利

句読本文

犯氣牟雜雜乃罪事、咎崇利、

訓読

犯しけむ雑々の罪事、咎・祟りを、

現代語訳

犯したであろうさまざまな罪、過ちや祟りを、

第三段注解二

NK-0066・底本一六七頁 校了

原文翻刻

以中臣祓解除諸罪則是爲宣説真正淨戒波羅蜜多於此淨戒波羅蜜多意界不可得也

句読本文

以中臣祓、解除諸罪。則是爲宣説真正淨戒波羅蜜多。於此淨戒波羅蜜多、意界不可得也。

訓読

中臣祓を以て、諸罪を解除す。すなはちこれ、真正の浄戒波羅蜜多を宣説せんが為なり。この浄戒波羅蜜多において、意界は不可得なり。

現代語訳

中臣祓によって諸々の罪を解除する。それはまさしく、真正の浄戒波羅蜜多を説き示すためである。この浄戒波羅蜜多においては、意界は捉えることのできないものである。

第四段天上所犯罪祓

NK-0067・底本一六七頁 校了

原文翻刻

第四段天上所犯罪祓

句読本文

第四段天上所犯罪祓

訓読

第四段 天上において犯すところの罪の祓

現代語訳

第四段 天上で犯した罪についての祓

第四段本文一

NK-0068・底本一六七頁 校了

原文翻刻

天津罪止波

句読本文

天津罪止波、

訓読

天津罪とは、

現代語訳

天津罪とは、

第四段注解一

NK-0069・底本一六七頁 校了

原文翻刻

謂素盞烏尊爲天上所犯之罪也載本記具也

句読本文

謂、素盞烏尊爲天上所犯之罪也。載本記、具也。

訓読

謂ふ、素盞烏尊の天上において犯すところの罪なり。本記につぶさに載するなり。

現代語訳

素盞烏尊が天上で犯した罪のことである。本記に詳しく載せられている。

第四段本文二

NK-0070・底本一六七頁 校了

原文翻刻

畔乎放千溝乎埋女樋乎放地敷蒔串刺生剥逆剥許許太久乃罪乎

句読本文

畔乎放千、溝乎埋女、樋乎放、地敷蒔、串刺、生剥、逆剥、許許太久乃罪乎、

訓読

畔を放ち、溝を埋め、樋を放ち、地敷き蒔き、串刺し、生剥ぎ、逆剥ぎ、ここだくの罪を、

現代語訳

畔を放つこと、溝を埋めること、樋を放つこと、地敷き蒔き、串刺し、生きたまま皮を剥ぐこと、逆向きに皮を剥ぐことなど、数多くの罪を、

第四段注解二

NK-0071・底本一六七頁 校了

原文翻刻

言數多之謂也俗人曰己己波久是説也梵語也

句読本文

言、數多之謂也。俗人曰、己己波久、是説也。梵語也。

訓読

言は、数多の謂なり。俗人曰はく、「ここばく」、これ説なり。梵語なり。

現代語訳

「ここだく」という語は、数が多いことを意味する。俗人のいう「ここばく」が、この説である。梵語である。

第四段本文三

NK-0072・底本一六七頁 校了

原文翻刻

天津罪止波法別天

句読本文

天津罪止波、法別天、

訓読

天津罪とは、法別けて、

現代語訳

これらを天津罪として分類して、

第四段注解三

NK-0073・底本一六七頁 校了

原文翻刻

罪障懺悔文也無明淸淨之法益也辭辭也

句読本文

罪障懺悔文也。無明淸淨之法益也。辭辭也。

訓読

罪障懺悔の文なり。無明清浄の法益なり。辞々なり。

現代語訳

罪障を懺悔する文である。無明を清浄にする法の利益である。一語一語についての説明である。

第五段國土罪祓

NK-0074・底本一六七頁 校了

原文翻刻

第五段國土罪祓

句読本文

第五段國土罪祓

訓読

第五段 国土の罪の祓

現代語訳

第五段 国土での罪についての祓

第五段本文一

NK-0075・底本一六七頁 校了

原文翻刻

國津罪登波

句読本文

國津罪登波、

訓読

国津罪とは、

現代語訳

国津罪とは、

第五段注解一

NK-0076・底本一六七頁 校了

原文翻刻

君臣上下現在所犯之罪也

句読本文

君臣上下、現在所犯之罪也。

訓読

君臣上下、現在犯すところの罪なり。

現代語訳

君主と臣下、身分の上下を問わず、現在犯している罪である。

第五段本文二

NK-0077・底本一六七頁 校了

原文翻刻

生乃膚斷死乃膚斷

句読本文

生乃膚斷、死乃膚斷、

訓読

生の膚断、死の膚断、

現代語訳

生きた人の皮膚を断つこと、死者の皮膚を断つこと、

第五段注解二

NK-0078・底本一六八頁 校了

原文翻刻

生膚斷傷人也灸治也故有穢氣也又死膚斷殺人也死燒名也爲穢也

句読本文

生膚斷、傷人也。灸治也。故、有穢氣也。又、死膚斷、殺人也。死燒名也。爲穢也。

訓読

生膚断は、人を傷つくるなり。灸治なり。故に、穢気有るなり。また、死膚断は、人を殺すなり。死焼の名なり。穢と為すなり。

現代語訳

生膚断とは、人を傷つけることである。灸による治療のことでもあり、そのため穢れの気が生じる。また死膚断とは、人を殺すことである。「死焼」という名であり、穢れとされる。

第五段本文三

NK-0079・底本一六八頁 校了

原文翻刻

白人

句読本文

白人、

訓読

白人(しらひと)、

現代語訳

白人(しらひと)、

第五段注解三

NK-0080・底本一六八頁 校了

原文翻刻

白癩又赤癩也

句読本文

白癩、又赤癩也。

訓読

白癩、また赤癩なり。

現代語訳

白癩、また赤癩のことである。

第五段本文四

NK-0081・底本一六八頁 校了

原文翻刻

胡久美

句読本文

胡久美、

訓読

胡久美(こくみ)、

現代語訳

胡久美(こくみ)、

第五段注解四

NK-0082・底本一六八頁 校了

原文翻刻

瘜肉也又云瘻瘧之類也又云黑癩也

句読本文

瘜肉也。又云、瘻瘧之類也。又云、黑癩也。

訓読

瘜肉なり。また云ふ、瘻瘧の類なり。また云ふ、黒癩なり。

現代語訳

瘜肉のことである。また、瘻瘧の類ともいい、黒癩ともいう。

第五段本文五

NK-0083・底本一六八頁 校了

原文翻刻

己加母乎犯世留罪

句読本文

己加母乎犯世留罪、

訓読

己が母を犯せる罪、

現代語訳

自分の母を犯す罪、

第五段注解五

NK-0084・底本一六八頁 校了

原文翻刻

婚合罪也一云不孝罪也惣父母父母伯叔父姑兄姉外祖父母妻子等三密萬德阿字同體遍照五輪也

句読本文

婚合罪也。一云、不孝罪也。惣、父母父母伯叔父姑兄姉外祖父母妻子等、三密萬德、阿字同體、遍照五輪也。

訓読

婚合の罪なり。一に云ふ、不孝の罪なり。惣じて、父母・父母・伯叔父・姑・兄姉・外祖父母・妻子等は、三密万徳、阿字同体、遍照の五輪なり。

現代語訳

婚合の罪である。別説では、不孝の罪という。総じて、父母・父母・伯父や叔父・姑・兄姉・外祖父母・妻子などは、三密の万徳を具え、阿字と同体であり、遍照の五輪である。

第五段本文六

NK-0085・底本一六八頁 校了

原文翻刻

己加子乎犯世留罪

句読本文

己加子乎犯世留罪、

訓読

己が子を犯せる罪、

現代語訳

自分の子を犯す罪、

第五段注解六

NK-0086・底本一六八頁 校了

原文翻刻

婚合罪也一云母在胎内之時也謂陰陽遍滿體顯乾坤皆是無始無終一念無明貪欲體故貪欲懺悔而即向佛智矣

句読本文

婚合罪也。一云、母在胎内之時也。謂、陰陽遍滿體、顯乾坤。皆是無始無終、一念無明貪欲體故、貪欲懺悔而即向佛智矣。

訓読

婚合の罪なり。一に云ふ、母の胎内に在る時なり。謂ふ、陰陽遍満の体、乾坤に顕る。皆これ無始無終、一念無明・貪欲の体なるが故に、貪欲を懺悔して、即ち仏智に向かふ。

現代語訳

婚合の罪である。別説では、母の胎内にいる時のことだという。すなわち、陰陽があまねく満ちる体が天地に現れる。これらはすべて、始まりも終わりもない一念の無明と貪欲を本体とするため、貪欲を懺悔して、ただちに仏智へ向かうのである。

第五段本文七

NK-0087・底本一六八頁 校了

原文翻刻

母登子止犯世留罪子止母登犯世留罪

句読本文

母登子止犯世留罪、子止母登犯世留罪、

訓読

母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、

現代語訳

母と子が犯す罪、子と母が犯す罪、

第五段注解七

NK-0088・底本一六八頁 校了

原文翻刻

過去父母則現在夫妻現在妻子即過去父母等也已上所贖罪謂依煩惱受易生死因緣或爲父母妻子或爲兄弟姉妹若爲天魔外道若爲餓鬼禽獸自始至今更生代死排煩惱塵勞之門宿六道四生之圈轉

句読本文

過去父母、則現在夫妻。現在妻子、即過去父母等也。已上、所贖罪。謂、依煩惱受易生死因緣、或爲父母妻子、或爲兄弟姉妹、若爲天魔外道、若爲餓鬼禽獸。自始至今、更生代死、排煩惱塵勞之門、宿六道四生之圈、轉

訓読

過去の父母は、すなはち現在の夫妻なり。現在の妻子は、即ち過去の父母等なり。已上、贖ふところの罪なり。謂ふ、煩悩受易生死の因縁に依り、或いは父母・妻子と為り、或いは兄弟・姉妹と為り、若しくは天魔・外道と為り、若しくは餓鬼・禽獣と為る。始めより今に至るまで、生を更へ死を代へ、煩悩塵労の門を排し、六道四生の圏に宿り、転

現代語訳

過去世の父母は現在の夫婦であり、現在の妻子は過去世の父母などである。以上が、償うべき罪である。つまり「煩悩受易生死」の因縁によって、あるいは父母や妻子となり、あるいは兄弟姉妹となり、あるいは天魔や外道となり、あるいは餓鬼や禽獣となる。始めから今日まで、生まれ変わっては死を重ね、煩悩と塵労の門を押し開き、六道四生の輪の中に宿って、転

刊本上欄注三

NK-0089・底本一六八頁 校了

原文翻刻

受易難解

句読本文

「受易」難解。

訓読

「受易」、解し難し。

現代語訳

「受易」は意味を解し難い。

第五段注解八

NK-0090・底本一六九頁 校了

原文翻刻

變無定圓滿善行拔濟四恩修懺悔法歸一心理神與佛無異故則我心衆生心佛心三無差別我意即淸淨也我心即寶乘也

句読本文

變無定。圓滿善行、拔濟四恩、修懺悔法、歸一心。理、神與佛無異故、則我心、衆生心、佛心、三無差別。我意即淸淨也。我心即寶乘也。

訓読

変して定まり無し。善行を円満し、四恩を抜済し、懺悔の法を修し、一心に帰す。理は、神と仏と異なること無きが故に、則ち我が心・衆生の心・仏心の三は差別無し。我が意は即ち清浄なり。我が心は即ち宝乗なり。

現代語訳

変じて定まることがない。善行を円満にし、四恩を抜済し、懺悔の法を修め、一心に帰る。理において神と仏は異ならないので、我が心・衆生の心・仏の心の三つに差別はない。私の意はすなわち清浄であり、私の心はすなわち宝乗である。

第五段本文八

NK-0091・底本一六九頁 校了

原文翻刻

畜乎犯世留罪

句読本文

畜乎犯世留罪、

訓読

畜を犯せる罪、

現代語訳

獣を犯す罪、

第五段注解九

NK-0092・底本一六九頁 校了

原文翻刻

天皇之朝解除婚馬牛鷄之類是也又天狗也犬狐等怪也

句読本文

天皇之朝解除、婚馬牛鷄之類、是也。又、天狗也。犬狐等怪也。

訓読

天皇の朝の解除に、馬・牛・鶏の類と婚する、これなり。また、天狗なり。犬・狐等の怪なり。

現代語訳

朝廷の解除では、馬・牛・鶏の類と交わることをいう。また、天狗のことであり、犬や狐などによる怪異でもある。

第五段本文九

NK-0093・底本一六九頁 校了

原文翻刻

昆虫乃災

句読本文

昆虫乃災、

訓読

昆虫の災、

現代語訳

昆虫による災い、

第五段注解十

NK-0094・底本一六九頁 校了

原文翻刻

虫怪則大己貴神定禁厭之法也

句読本文

虫怪、則大己貴神定禁厭之法也。

訓読

虫の怪には、すなはち大己貴神の定めたまふ禁厭の法なり。

現代語訳

虫の怪異には、すなわち大己貴神がお定めになった禁厭の法を用いるのである。

第五段本文十

NK-0095・底本一六九頁 校了

原文翻刻

高津神乃災

句読本文

高津神乃災、

訓読

高津神の災、

現代語訳

高津神による災い、

第五段注解十一

NK-0096・底本一六九頁 校了

原文翻刻

霹靂神崇也乃雷電神怪也

句読本文

霹靂、神崇也。乃、雷電神怪也。

訓読

霹靂は、神の祟りなり。すなはち、雷電神の怪なり。

現代語訳

霹靂は神の祟りである。すなわち、雷電神の怪異である。

第五段本文十一

NK-0097・底本一六九頁 校了

原文翻刻

高津鳥乃災

句読本文

高津鳥乃災、

訓読

高津鳥の災、

現代語訳

高津鳥による災い、

第五段注解十二

NK-0098・底本一六九頁 校了

原文翻刻

鳥類怪也

句読本文

鳥類怪也。

訓読

鳥類の怪なり。

現代語訳

鳥の類による怪異である。

私注一

NK-0099・底本一六九頁 校了

原文翻刻

私注曰鷄異時鳴鳥喤喤鳴類是也

句読本文

私注曰、「鷄異時鳴、鳥喤喤鳴、類是也。」

訓読

私注に曰はく、「鶏、異時に鳴き、鳥、喤喤(きょうきょう)と鳴く類、これなり。」

現代語訳

私注には、「鶏が普段と異なる時に鳴き、鳥がキョウキョウと鳴く類がこれに当たる」とある。

第五段本文十二

NK-0100・底本一六九頁 校了

原文翻刻

畜仆死

句読本文

畜仆死、

訓読

畜の仆れ死するは、

現代語訳

家畜が倒れて死ぬことは、

第五段注解十三

NK-0101・底本一六九頁 校了

原文翻刻

牛馬等類也鷄犬猪羊或有言語怪也

句読本文

牛馬等類也。鷄犬猪羊、或有言語怪也。

訓読

牛馬等の類なり。鶏・犬・猪・羊、或いは言語有るは怪なり。

現代語訳

牛や馬などの類のことである。鶏・犬・猪・羊などが言葉を話す場合は、怪異である。

小字注一

NK-0102・底本一六九頁 校了

原文翻刻

共時歟

句読本文

共時歟。

訓読

「共時」か。

現代語訳

「共時」であろうか。

小字注二

NK-0103・底本一六九頁 校了

原文翻刻

牛馬羊猪犬

句読本文

牛、馬、羊、猪、犬。

訓読

牛・馬・羊・猪・犬。

現代語訳

牛・馬・羊・猪・犬。

第五段本文十三

NK-0104・底本一六九頁 校了

原文翻刻

蠱物世留罪

句読本文

蠱物世留罪、

訓読

蠱物(まじもの)せる罪、

現代語訳

蠱物(まじもの)をする罪、

第五段注解十四

NK-0105・底本一六九頁 校了

原文翻刻

厭魅咒咀也

句読本文

厭魅、咒咀也。

訓読

厭魅・呪詛なり。

現代語訳

厭魅や呪詛のことである。

第五段本文十四

NK-0106・底本一六九頁 校了

原文翻刻

許許太久乃罪乎出天牟如此出天波

句読本文

許許太久乃罪乎、出天牟。如此、出天波、

訓読

ここだくの罪を、出でてむ。かく、出でては、

現代語訳

これほど数多くの罪を、外へ出してしまう。このように、外へ出しては、

第六段祓具

NK-0107・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

第六段祓具

句読本文

第六段祓具

訓読

第六段 祓具

現代語訳

第六段 祓具

第六段本文一

NK-0108・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

天津宮事乎以天

句読本文

天津宮事乎以天、

訓読

天津宮事を以て、

現代語訳

天津宮事を用いて、

第六段注解一

NK-0109・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

諸法如影像清淨無瑕穢取說不可得皆從因業生神宮命也祝詞〔悉曇:𑖌𑖽𑖪𑖰𑖎𑖲𑖨𑖰𑖪𑖰𑖎𑖲𑖨𑖸レイ𑖭𑖿𑖪𑖯ソワ𑖮𑖯𑗃謂宣之則一心清淨常住圓明義益也是修淨戒波羅蜜多觀之不可得妙理也

編纂所転写(底本旁訓ではありません): oṃ・vi・ku・ri・vi・ku・re・svā・hā

句読本文

諸法如影像、清淨無瑕穢、取說不可得、皆從因業生。神宮命也。祝詞〔悉曇:𑖌𑖽。𑖪𑖰𑖎𑖲𑖨𑖰𑖪𑖰𑖎𑖲𑖨𑖸𑖭𑖿𑖪𑖯𑖮𑖯𑗃〕。謂、宣之則一心清淨、常住圓明、義益也。是、修淨戒波羅蜜多、觀之不可得妙理也。

訓読

諸法は影像の如く、清淨にして瑕穢無く、說を取りて得べからず。皆、因業より生ず。神宮の命なり。祝詞〔悉曇:𑖌𑖽。𑖪𑖰𑖎𑖲𑖨𑖰𑖪𑖰𑖎𑖲𑖨𑖸𑖭𑖿𑖪𑖯𑖮𑖯𑗃〕。謂はく、之を宣ぶれば、則ち一心清淨、常住圓明の義益なり。是れ、淨戒波羅蜜多を修し、之を觀ずるに不可得の妙理なり。

現代語訳

あらゆる存在は影像のようなもので、清浄で瑕や穢れがなく、言葉で捉えることはできない。すべて因と業から生じる。これが神宮の命である。その祝詞は〔悉曇:𑖌𑖽。𑖪𑖰𑖎𑖲𑖨𑖰𑖪𑖰𑖎𑖲𑖨𑖸𑖭𑖿𑖪𑖯𑖮𑖯𑗃〕である。すなわち、これを唱えることには、一心清浄・常住円明という意義と利益がある。これは浄戒波羅蜜多を修め、それを観ずるならば、何ものとしても捉えられない妙理なのである。

第六段本文二

NK-0110・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

天津金木乎

句読本文

天津金木乎、

訓読

天津金木を、

現代語訳

天津金木を、

第六段注解二

NK-0111・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

現在云人有犯科祓楡楮二枝是一名號白枝也是則如來大智之寶威惡魔降伏之金輪也

句読本文

現在云、「人有犯科、祓楡楮二枝。」是、一名號白枝也。是則、如來大智之寶、威惡魔降伏之金輪也。

訓読

現に云ふ、「人に犯科有らば、祓に楡・楮二枝あり」と。是れ、一名を白枝と號するなり。是れ則ち、如來大智の寶にして、惡魔を威し降伏するの金輪なり。

現代語訳

現在では、「人に罪科があれば、祓には楡と楮の二枝がある」という。これは別名を白枝という。すなわち、如来の大いなる智慧の宝であり、悪魔を威して降伏させる金輪である。

第六段本文三

NK-0112・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

本打切末打切斷天

句読本文

本打切、末打切斷天、

訓読

本を打ち切り、末を打ち切り斷ちて、

現代語訳

根元を打ち切り、先端を打ち切って断ち、

第六段注解三

NK-0113・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

以本爲之長者二尺四寸以八枝爲束八座置八束短者長一尺二寸也以四枝爲束

句読本文

以本爲之。長者、二尺四寸、以八枝爲束、八座置八束。短者、長一尺二寸也。以四枝爲束。

訓読

本を以て之を爲る。長きは二尺四寸、八枝を以て束と爲し、八座に八束を置く。短きは、長さ一尺二寸なり。四枝を以て束と爲す。

現代語訳

根元の部分を用いてこれを作る。長いものは二尺四寸で、八枝を一束とし、八つの座に八束を置く。短いものは長さ一尺二寸である。四枝を一束とする。

第六段本文四

NK-0114・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

千座乃置座仁置足天

句読本文

千座乃置座仁、置足天、

訓読

千座の置座に、置き足らはして、

現代語訳

千座の置座に、十分に置き、

第六段注解四

NK-0115・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

四座置八萬四千諸膳供八葉千葉華臺三世諸佛寶座天神地祇寶器天下泰平之吉瑞也

句読本文

四座置。八萬四千諸膳供、八葉千葉華臺、三世諸佛寶座、天神地祇寶器、天下泰平之吉瑞也。

訓読

四座に置く。八萬四千の諸膳を供し、八葉千葉の華臺、三世諸佛の寶座、天神地祇の寶器、天下泰平の吉瑞なり。

現代語訳

四座に置く。八万四千のさまざまな供膳を供え、八葉・千葉の華台、三世諸仏の宝座、天神地祇の宝器とする。これは天下泰平の吉祥である。

第六段本文五

NK-0116・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

天津菅麻乎以天

句読本文

天津菅麻乎以天、

訓読

天津菅麻を以て、

現代語訳

天津菅麻を用いて、

第六段小字注一

NK-0117・底本一七〇頁 校了

原文翻刻

波之

句読本文

波之

訓読

はし

現代語訳

はし

第六段注解五

NK-0118・底本一七一頁 校了

原文翻刻

遍照牟尼之一字金輪之表德也摧魔怨敵之三摩耶形之體相也神代昔陰神子素盞烏尊天上而有犯過之罪時群神科之

句読本文

遍照牟尼之一字、金輪之表德也。摧魔怨敵之三摩耶形之體相也。神代昔、陰神子素盞烏尊、天上而有犯過之罪時、群神科之。

訓読

遍照牟尼の一字は、金輪の表德なり。魔・怨敵を摧く三摩耶形の體相なり。神代の昔、陰神の子、素盞烏尊、天上にして犯過の罪有る時、群神、之を科す。

現代語訳

遍照牟尼の一字は、金輪の表徳である。魔と怨敵を打ち砕く三摩耶形の本質的な姿である。神代の昔、陰神の子である素盞烏尊が天上で罪を犯した時、神々はこれを処罰した。

第六段本文六

NK-0119・底本一七一頁 校了

原文翻刻

本苅斷末苅斷天

句読本文

本苅斷、末苅斷天、

訓読

本を苅り斷ち、末を苅り斷ちて、

現代語訳

根元を刈り断ち、先端を刈り断って、

第六段注解六

NK-0120・底本一七一頁 校了

原文翻刻

以千座置戸之解除令天兒屋根命河内國平岡本地地藏以掌其解除之太諄餝以東天下四國中敬祭崇矣

句読本文

以千座置戸之解除、令天兒屋根命。河内國平岡、本地地藏、以掌其解除之太諄餝。以東、天下四國中、敬祭崇矣。

訓読

千座を以て戸の解除を置き、天兒屋根命をして解除せしむ。河内國平岡、本地は地藏、其の解除の太諄餝を掌る。〔「以東」訓未詳〕天下四國中に、敬ひ祭り崇む。

現代語訳

千座をもって戸の解除を設け、天児屋根命に解除を行わせる。河内国平岡では、本地は地蔵であり、その解除の「太諄餝」を司る。〔原文「以東」は訓義未詳のため、ここでは訳を定めない〕天下の四国のうちで、敬い祭り崇められている。

第六段本文七

NK-0121・底本一七一頁 校了

原文翻刻

八針取辟天

句読本文

八針取辟天、

訓読

八針に取り辟きて、

現代語訳

八針に取り裂いて、

第六段注解七

NK-0122・底本一七一頁 校了

原文翻刻

重門惡鬼更不向誠保在舍者物怪不及有懺身體者非時魔不害於此聞天神愚身哀守護

句読本文

重門、惡鬼更不向。誠、保在舍者、物怪不及。有懺身體者、非時魔不害。於此聞、天神、愚身哀、守護。

訓読

重門には、惡鬼更に向かはず。誠に、舍に保在する者は、物怪及ばず。身體に懺有る者は、非時の魔、害せず。此に於て天神聞こしめし、愚身を哀れみ、守護したまふ。

現代語訳

幾重もの門には、悪鬼がそれ以上近づかない。まことに、家に留まる者には物の怪が及ばない。身に懺悔のある者には、時ならぬ魔が害を与えない。このことを天神はお聞きになり、愚かなこの身を哀れんで守護してくださる。

第七段太諄辭祓

NK-0123・底本一七一頁 校了

原文翻刻

第七段太諄辭祓

句読本文

第七段太諄辭祓

訓読

第七段 太諄辭の祓

現代語訳

第七段 太諄辞の祓

第七段本文一

NK-0124・底本一七一頁 校了

原文翻刻

天津祝詞乃太祝詞乃事乎宣禮如此宣羅波

句読本文

天津祝詞乃太祝詞乃事乎宣禮。如此宣羅波、

訓読

天津祝詞の太祝詞の事を宣れ。かく宣らば、

現代語訳

天津祝詞の太祝詞の言葉を宣りなさい。このように宣れば、

第七段注解一

NK-0125・底本一七一頁 校了

原文翻刻

天兒屋根尊命岩戸前祓此祓也神的微妙之秘傳在茲別義口授唯一相承之奥歌也宣者天神地祇神託也神乃代于吾唱此神咒攘災招福也一念未生處即天津祝詞太祝詞也我一心即可觀天地神入我心我亦入于神御内證明鏡也無心無念祓也如此無想無念向神則吾與神明共同一切所願成就圓即如實知自心神道入我我入之觀也無心地祇澄無想天神施於雨露之慈愛其坤

句読本文

天兒屋根尊命、岩戸前祓、此祓也。神的微妙之秘傳、在茲。別義口授、唯一相承之奥歌也。宣者、天神地祇神託也。神乃代于吾、唱此神咒、攘災招福也。一念未生處、即天津祝詞、太祝詞也。我一心、即可觀天地神入我心、我亦入于神御内。證明鏡也。無心無念祓也。如此、無想無念向神、則吾與神明共同、一切所願成就圓。即、如實知自心。神道入我、我入之觀也。無心、地祇澄。無想、天神施於雨露之慈愛。其坤

訓読

天兒屋根尊命の岩戸の前の祓、此の祓なり。神的微妙の秘傳、茲に在り。別義口授、唯一相承の奥歌なり。宣ぶるは、天神地祇の神託なり。神、乃ち吾に代はり、此の神咒を唱へ、災を攘ひ福を招くなり。一念未だ生ぜざる處、即ち天津祝詞、太祝詞なり。我が一心、即ち天地の神、我が心に入ると觀ずべし。我も亦、神の御内に入る。證明の鏡なり。無心無念の祓なり。かくの如く、無想無念にして神に向かへば、則ち吾と神明と共同し、一切の所願成就して圓かなり。即ち、如實に自心を知る。神道、我に入り、我、之に入るの觀なり。無心なれば、地祇澄む。無想なれば、天神、雨露の慈愛を施す。其の坤

現代語訳

これは、天児屋根尊命の岩戸の前の祓、すなわちこの祓である。神にかかわる奥深く微妙な秘伝が、ここにある。別の義は口授され、ただ一筋に継承されてきた奥歌である。これを宣ることは、天神地祇の神託である。神が私に代わってこの神呪を唱え、災いを払い福を招くのである。一つの念もまだ生じないところが、すなわち天津祝詞・太祝詞である。自らの一心において、天地の神が自らの心に入ると観じなければならない。自らもまた神の御内に入る。それが証明の鏡である。無心無念の祓である。このように想いも念もなく神に向かえば、自らと神明がともに働き、すべての願いが成就して円満となる。すなわち、ありのままに自らの心を知る。神道が自らに入り、自らが神道に入るという観法である。無心であれば地祇は澄み、無想であれば天神は雨露のような慈愛を施す。その坤

第七段注解一(続)

NK-0126・底本一七二頁 校了

原文翻刻

地生萬物君主天子萬歳台齡千秋祈祓是又向于神前其心起妄念即天下兵亂災來矣

句読本文

地生萬物。君主天子萬歳、台齡千秋、祈祓。是又、向于神前、其心起妄念、即天下兵亂、災來矣。

訓読

地は萬物を生ず。君主たる天子の萬歳、台齡の千秋を祈り祓ふ。是れ又、神前に向かひ、其の心に妄念起こらば、即ち天下に兵亂の災來たる。

現代語訳

地は万物を生み出す。君主たる天子の長久と、御齢の千秋を祈り祓う。この祈祓においても、神前に向かう心に妄念が起これば、たちまち天下に兵乱の災いが訪れる。

第八段天地神感應祓

NK-0127・底本一七二頁 校了

原文翻刻

第八段天地神感應祓

句読本文

第八段天地神感應祓

訓読

第八段 天地神感應の祓

現代語訳

第八段 天地神感応の祓

第八段本文一

NK-0128・底本一七二頁 校了

原文翻刻

天津神者天乃磐戸乎押開幾天乃八重雲乎伊豆乃千別仁千別天所聞食牟

句読本文

天津神者、天乃磐戸乎押開幾、天乃八重雲乎、伊豆乃千別仁千別天、所聞食牟。

訓読

天津神は、天の磐戸を押し開き、天の八重雲を、伊豆の千別きに千別きて、聞こし食さむ。

現代語訳

天津神は天の磐戸を押し開き、天の八重雲を、勢いよく幾重にもかき分けて、お聞き届けになるだろう。

第八段注解一

NK-0129・底本一七二頁 校了

原文翻刻

押開天津神者天照太神高皇産靈神高貴尊天八重雲千別天所聞食牟者御氣津神號豊受太神是也亦云天御中主神照皇御子

句読本文

押開天津神者、天照太神、高皇産靈神、高貴尊。天八重雲千別天所聞食牟者、御氣津神、號豊受太神、是也。亦云、天御中主神、照皇御子。

訓読

押し開く天津神は、天照太神・高皇産靈神・高貴尊なり。天の八重雲を千別きて聞こし食さむとは、御氣津神、號は豊受太神、是れなり。亦云ふ、天御中主神、照皇御子。

現代語訳

磐戸を押し開く天津神とは、天照大神・高皇産霊神・高貴尊である。天の八重雲を幾重にもかき分けてお聞き届けになる方とは、御気津神、すなわち豊受大神である。また別には、天御中主神、照皇御子ともいう。

第八段本文二

NK-0130・底本一七二頁 校了

原文翻刻

國津神波高山乃末

句読本文

國津神波、高山乃末、

訓読

國津神は、高山の末、

現代語訳

国津神は、高山の頂、

第八段注解二

NK-0131・底本一七二頁 校了

原文翻刻

須彌山

句読本文

須彌山。

訓読

須彌山なり。

現代語訳

須弥山のことである。

第八段本文三

NK-0132・底本一七二頁 校了

原文翻刻

短山乃末仁

句読本文

短山乃末仁、

訓読

短山の末に、

現代語訳

低い山の頂に、

第八段注解三

NK-0133・底本一七二頁 校了

原文翻刻

七金山

句読本文

七金山。

訓読

七金山なり。

現代語訳

七金山のことである。

第八段本文四

NK-0134・底本一七二頁 校了

原文翻刻

登利坐天

句読本文

登利坐天、

訓読

登り坐して、

現代語訳

お登りになって、

第八段注解四

NK-0135・底本一七二頁 校了

原文翻刻

須彌山七金山高短山末登坐一切衆生哀愍感應上下相合矣

句読本文

須彌山、七金山、高短山末登坐。一切衆生哀愍、感應、上下相合矣。

訓読

須彌山、七金山、高山・短山の末に登り坐す。一切衆生を哀愍し、感應して、上下相合するなり。

現代語訳

須弥山・七金山、すなわち高山と低い山の頂に登っておられる。すべての衆生を哀れみ、感応して、上と下とが相合するのである。

第八段本文五

NK-0136・底本一七二頁 校了

原文翻刻

高山乃伊惠理短山乃伊惠理乎撥別天所聞食牟

句読本文

高山乃伊惠理、短山乃伊惠理乎、撥別天、所聞食牟。

訓読

高山のいほり、短山のいほりを、撥き別けて、聞こし食さむ。

現代語訳

高山の庵、低い山の庵をかき分けて、お聞き届けになるだろう。

第八段注解五

NK-0137・底本一七二頁 校了

原文翻刻

宮殿謂國津神太神大倭葛木鴨出雲大巳貴事代主神類也伊惠理者謂廬戸宮也所聞食牟有請必到有祈必應故大日四種法身諸尊排開光明心殿妙觀

句読本文

宮殿。謂、國津神、太神、大倭、葛木鴨、出雲大巳貴、事代主神類也。伊惠理者、謂、廬戸宮也。所聞食牟、有請必到、有祈必應故。大日四種法身諸尊、排開光明心殿、妙觀

訓読

宮殿なり。謂ふ、國津神は、太神・大倭・葛木鴨・出雲大巳貴・事代主神の類なり。「いほり」は、廬戸の宮を謂ふなり。「聞こし食さむ」とは、請ひ有れば必ず到り、祈り有れば必ず應ずるが故なり。大日四種法身の諸尊、光明の心殿を排き開き、妙觀

現代語訳

宮殿である。ここでいう国津神とは、大神・大倭・葛木鴨・出雲大己貴・事代主神の類である。「いほり」とは、廬戸の宮をいう。「お聞き届けになる」とは、請い願えば必ず到り、祈れば必ず応じるからである。大日の四種法身である諸尊は、光明の心殿を押し開き、妙観

第八段小字注一

NK-0138・底本一七二頁 校了

原文翻刻

ナリ

句読本文

ナリ。

訓読

なり。

現代語訳

である。

第八段注解五(続)

NK-0139・底本一七三頁 校了

原文翻刻

察智之月照内外十方之性頂佛神命助靈鬼蒙加護證明一如實相常住圓照也然則天照太神者大日遍照尊諸神最貴者也諸尊無二皆仕眷屬者也直天津神迴四洲而照下界國津神住八洲而守國土此大慈大悲之誓願也皆衆生利益之方便也伊勢太神託曰之日輪掃無明煩惱之雲日輪即天照皇太神也月輪則豊受皇太神也兩部不二無差別矣胎藏界大日教令輪身不動明王金剛界大日教令輪身降三世夜叉明王也矣

句読本文

察智之月、照内外十方之性頂。佛神命助、靈鬼蒙加護。證明一如實相、常住圓照也。然則、天照太神者、大日遍照尊、諸神最貴者也。諸尊無二、皆仕眷屬者也。直天津神、迴四洲而照下界。國津神、住八洲而守國土。此、大慈大悲之誓願也。皆、衆生利益之方便也。伊勢太神託曰之、「日輪、掃無明煩惱之雲。日輪、即天照皇太神也。月輪、則豊受皇太神也。兩部不二、無差別矣。」胎藏界大日教令輪身、不動明王。金剛界大日教令輪身、降三世夜叉明王也矣。

訓読

察智の月、内外十方の性頂を照らす。佛神、命じて助け、靈鬼、加護を蒙る。一如實相を證明し、常住圓照なり。然れば則ち、天照太神は、大日遍照尊、諸神の最も貴き者なり。諸尊に二無く、皆、眷屬として仕ふる者なり。直に、天津神は、四洲を迴りて下界を照らす。國津神は、八洲に住して國土を守る。此れ、大慈大悲の誓願なり。皆、衆生利益の方便なり。伊勢太神、託して之を曰ふ。「日輪、無明煩惱の雲を掃ふ。日輪は、即ち天照皇太神なり。月輪は、則ち豊受皇太神なり。兩部不二、差別無し」と。胎藏界大日の教令輪身は、不動明王なり。金剛界大日の教令輪身は、降三世夜叉明王なり。

現代語訳

察智の月は、内外十方の本性の頂を照らす。仏神は命じて助け、霊鬼は加護を受ける。一如実相を証し示し、常住して円かに照らすのである。したがって、天照大神は大日遍照尊であり、諸神の中で最も尊い方である。諸尊は不二であり、みな眷属として仕える者である。ただちに、天津神は四洲を巡って下界を照らし、国津神は八洲に住んで国土を守る。これは大慈大悲の誓願であり、すべて衆生を利益するための方便である。伊勢大神は神託としてこのように告げる。「日輪は無明と煩悩の雲を掃う。日輪はすなわち天照大神である。月輪は豊受大神である。両部は不二であり、差別はない」と。胎蔵界大日の教令輪身は不動明王であり、金剛界大日の教令輪身は降三世夜叉明王である。

第九段譬喩祓

NK-0140・底本一七三頁 校了

原文翻刻

第九段譬喩祓

句読本文

第九段譬喩祓

訓読

第九段 譬喩の祓

現代語訳

第九段 たとえによって説く祓

第九段本文一

NK-0141・底本一七三頁 校了

原文翻刻

如此所聞食天波罪止云罪咎止云咎波不在登科戸乃風乃天乃八重雲於吹放津事乃如久朝乃御霧夕乃御霧於朝風夕風乃吹掃事乃如久

句読本文

如此所聞食天波、罪止云罪、咎止云咎波、不在登、科戸乃風乃、天乃八重雲於吹放津事乃如久、朝乃御霧、夕乃御霧於、朝風、夕風乃吹掃事乃如久、

訓読

かくの如く聞こし食しては、罪と云ふ罪、咎と云ふ咎は在らじ。科戸の風の、天の八重雲を吹き放つ事の如く、朝の御霧、夕の御霧を、朝風、夕風の吹き掃ふ事の如く、

現代語訳

このようにお聞き届けになるならば、罪という罪、咎という咎はなくなる。科戸の風が天の幾重もの雲を吹き放つように、朝の霧と夕方の霧を朝風と夕風が吹き払うように、

第九段注解一

NK-0142・底本一七三頁 校了

原文翻刻

謂驚八風神扇無明雲煩惱闇時常住月明故開三明七覺悟將遂二世之素懷則諸佛方便皆具神明之德也

句読本文

謂、驚八風神、扇無明雲。煩惱闇時、常住月明。故、開三明七覺悟、將遂二世之素懷。則、諸佛方便、皆具神明之德也。

訓読

謂ふ、八風神を驚かし、無明の雲を扇ぐ。煩悩闇き時、常住の月明らかなり。故に、三明七覚の悟りを開き、まさに二世の素懐を遂げんとす。則ち、諸仏の方便、皆神明の徳を具ふるなり。

現代語訳

ここでいうのは、八風の神を驚かせ、無明の雲を扇ぐことである。煩悩によって暗い時にも、常住の月は明るい。そのため、三明と七覚の悟りを開き、現世と来世にわたる本来の願いを遂げようとする。すなわち、諸仏の方便は、みな神明の徳を備えているのである。

第九段本文二

NK-0143・底本一七三頁 校了

原文翻刻

大津乃邊仁居留大船乃舳綱解放地艫綱解放天大海原仁押放津事乃如久

句読本文

大津乃邊仁居留大船乃舳綱解放地、艫綱解放天、大海原仁押放津事乃如久、

訓読

大津の邊に居る大船の舳綱解き放ち、艫綱解き放ちて、大海原に押し放つ事の如く、

現代語訳

大津のほとりにある大船の舳先の綱を解き放ち、艫の綱も解き放って、大海原へ押し放つように、

第九段注解二

NK-0144・底本一七三頁 校了

原文翻刻

生死大海也大乘懺悔船也諸解纜濱河東樹精進之橦舉靜慮之颿須臾經三祇到登菩提岸矣

句読本文

生死大海也。大乘懺悔船也。諸解纜濱河東、樹精進之橦、舉靜慮之颿、須臾經三祇、到登菩提岸矣。

訓読

生死は大海なり。大乗は懺悔の船なり。諸の纜を浜河の東に解き、精進の橦を樹て、静慮の帆を挙げ、須臾に三祇を経て、菩提の岸に到り登る。

現代語訳

生死の迷いは大海である。大乗は懺悔の船である。もろもろの纜を岸辺の河の東で解き、精進の帆柱を立て、静慮の帆を上げ、わずかな間に三祇を経て、菩提の岸へ到達する。

第八段小字注二

NK-0145・底本一七三頁 校了

原文翻刻

〔小字注天平年中實相眞如之月輪照生死長夜之闇本有常住

句読本文

〔小字注天平年中〕實相眞如之月輪、照生死長夜之闇。本有常住。

訓読

〔小字注天平年中〕実相真如の月輪、生死長夜の闇を照らす。本有常住なり。

現代語訳

〔行間小字に「天平年中」とある。成立層・係り先は未詳〕実相真如の月輪が、生死という長い夜の闇を照らす。それは本来存在し、常住する。

第九段本文三

NK-0146・底本一七四頁 校了

原文翻刻

繁木加本乎燒鎌乃敏鎌乎以天打掃事乃如久

句読本文

繁木加本乎、燒鎌乃敏鎌乎以天、打掃事乃如久、

訓読

繁木が本を、焼鎌の敏鎌を以て、打ち掃ふ事の如く、

現代語訳

生い茂る木の根元を、焼鎌の鋭い鎌で打ち払うように、

第九段注解三

NK-0147・底本一七四頁 校了

原文翻刻

謂礪智慧之刀剪掃百八煩惱之藪荊也

句読本文

謂、礪智慧之刀、剪掃百八煩惱之藪荊也。

訓読

謂ふ、智慧の刀を礪ぎ、百八煩悩の藪荊を剪り掃ふなり。

現代語訳

ここでいうのは、智慧の刀を研ぎ、百八の煩悩という藪や茨を切り払うことである。

第十段德化利生祓

NK-0148・底本一七四頁 校了

原文翻刻

第十段德化利生祓

句読本文

第十段德化利生祓

訓読

第十段 徳化利生の祓

現代語訳

第十段 徳による教化と衆生救済の祓

第十段本文一

NK-0149・底本一七四頁 校了

原文翻刻

遺禮留罪波不在止祓賜比清賜事乎高山乃末短山乃末與利佐久良谷仁落瀧

句読本文

遺禮留罪波不在止、祓賜比清賜事乎、高山乃末、短山乃末與利、佐久良谷仁落瀧

訓読

遺れる罪は在らじと、祓へ給ひ清め給ふ事を、高山の末、短山の末より、佐久良谷に落ちたぎ

現代語訳

残る罪はないようにと祓い清めてくださるその罪を、高い山の頂、低い山の頂から、勢いよく流れ落ち、たぎ

第十段注解一

NK-0150・底本一七四頁 校了

原文翻刻

津右所謂都四重五逆之業塵吹掃八風而無殘三業六情之罪垢沈于海水而不留八百鬼類等怖畏無障碍之難十魔四魔大軍速攘萬病之氣宜哉傳無上妙理得一切種智除内外障難成二世悉地矣

句読本文

津。右、所謂、都四重五逆之業塵、吹掃八風而無殘。三業六情之罪垢、沈于海水而不留。八百鬼類等、怖畏、無障碍之難。十魔四魔大軍、速攘萬病之氣。宜哉、傳無上妙理、得一切種智、除内外障難、成二世悉地矣。

訓読

つ。右、所謂、すべて四重五逆の業塵、八風に吹き掃はれて殘り無し。三業六情の罪垢、海水に沈みて留まらず。八百の鬼類等、怖畏し、障碍の難無し。十魔四魔の大軍、速やかに萬病の氣を攘ふ。宜なるかな、無上の妙理を傳へ、一切種智を得、内外の障難を除き、二世の悉地を成ず。

現代語訳

る。右に述べたことは、すべての四重・五逆の業の塵が、八風に吹き払われて残らないということである。身・口・意の三業と六情による罪の汚れは、海水に沈んで留まらない。数多くの鬼の類などは恐れおののき、妨げとなる難はない。十魔・四魔の大軍は、速やかに万病の気を払い除ける。まことに、無上の妙理を伝え、一切種智を得て、内外の障りを除き、現世と来世における悉地を成就する。

第十段本文二

NK-0151・底本一七四頁 校了

原文翻刻

速川乃瀨仁

句読本文

速川乃瀨仁、

訓読

速川の瀬に、

現代語訳

流れの速い川の瀬に、

第十段注解二

NK-0152・底本一七四頁 校了

原文翻刻

謂筑紫日向國小戸橘之檍原上瀨也按内意謂三途八難河也

句読本文

謂、筑紫日向國小戸橘之檍原上瀨也。按、内意、謂三途八難河也。

訓読

謂ふ、筑紫の日向国、小戸橘の檍原の上瀬なり。按ずるに、内意は、三途八難の河を謂ふなり。

現代語訳

これは、筑紫の日向国にある、小戸橘の檍原の上瀬をいう。内に込められた意味を考えると、三途・八難の河をいうのである。

第十段本文三

NK-0153・底本一七四頁 校了

原文翻刻

坐須瀨織津比咩止云神大海原仁持出奈波如此持出奈波荒鹽乃鹽乃

句読本文

坐須瀨織津比咩止云神、大海原仁持出奈波、如此持出奈波、荒鹽乃鹽乃

訓読

坐す瀬織津比咩と云ふ神、大海原に持ち出でなば、かく持ち出でなば、荒塩の塩の

現代語訳

そこに鎮まる瀬織津比咩という神が、それを大海原へ持ち出したならば。このように持ち出したならば、荒塩の潮の

第十段注解三

NK-0154・底本一七四頁 校了

原文翻刻

伊弉那諾尊所化神名八十柱日神是也天照太神荒魂號祭宮除惡事神也隨荒天子焔魔法王所化神也

句読本文

伊弉那諾尊所化神、名八十柱日神、是也。天照太神荒魂、號祭宮、除惡事神也。隨荒天子、焔魔法王所化神也。

訓読

伊弉那諾尊の所化の神、名は八十柱日神、是れなり。天照太神の荒魂、祭宮と号し、悪事を除く神なり。隨荒天子は、焔魔法王の所化の神なり。

現代語訳

伊弉那諾尊が姿を変えて現れた神であり、その名を八十柱日神という。この神である。天照太神の荒魂で、祭宮と号し、悪事を除く神である。隨荒天子は、焔魔法王が姿を変えて現れた神である。

第十段本文四

NK-0155・底本一七四頁 校了

原文翻刻

八百道乃八鹽道乃鹽乃八百會仁坐須

句読本文

八百道乃、八鹽道乃鹽乃八百會仁坐須、

訓読

八百道の、八塩道の塩の八百会に坐す、

現代語訳

数多くの潮の道、幾重もの潮の道を通る潮が、数限りなく集まる所に鎮まる、

第十段注解四

NK-0156・底本一七四頁 校了

原文翻刻

謂海原潮之八百重是也即龍宮城也

句読本文

謂、海原潮之八百重、是也。即、龍宮城也。

訓読

謂ふ、海原の潮の八百重、是れなり。即ち、竜宮城なり。

現代語訳

ここでいうのは、海原の潮が幾重にも重なる所である。すなわち、竜宮城である。

第十段本文五

NK-0157・底本一七五頁 校了

原文翻刻

速開津比咩登云神持可可牟呑天牟如此可可牟呑天波

句読本文

速開津比咩登云神、持可可牟呑天牟。如此可可牟呑天波、

訓読

速開津比咩と云ふ神、持ちかかむ呑みてむ。かくかかむ呑みては、

現代語訳

速開津比咩という神が、それを受け取って呑み込んでしまう。このように呑み込んだならば、

第十段注解五

NK-0158・底本一七五頁 校了

原文翻刻

伊弉那諾尊所生神也水門也二柱座一名速秋津日子神天照太神別宮也瀧原龍宮天子所化難陀龍王妹速秋津比賣神天照太神別宮號並宮五道太神所化也消滅一切惡事所也

句読本文

伊弉那諾尊所生神也。水門也。二柱座、一名速秋津日子神、天照太神別宮也。瀧原龍宮天子所化、難陀龍王妹、速秋津比賣神、天照太神別宮、號並宮、五道太神所化也。消滅一切惡事所也。

訓読

伊弉那諾尊の所生の神なり。水門なり。二柱坐す。一は速秋津日子神と名づけ、天照太神の別宮なり。滝原竜宮天子の所化、難陀竜王の妹、速秋津比売神、天照太神の別宮、並宮と号し、五道太神の所化なり。一切の悪事を消滅する所なり。

現代語訳

伊弉那諾尊から生まれた神である。そこは水門であり、二柱の神が鎮まる。一柱は速秋津日子神といい、天照太神の別宮である。もう一柱は、滝原竜宮天子の所化であり、難陀竜王の妹である速秋津比売神である。こちらも天照太神の別宮で、並宮と号し、五道太神の所化である。あらゆる悪事を消滅させる所である。

第十段本文六

NK-0159・底本一七五頁 校了

原文翻刻

氣吹戸仁坐須氣吹戸主登云神氣吹放氏牟

句読本文

氣吹戸仁坐須氣吹戸主登云神、氣吹放氏牟。

訓読

気吹戸に坐す気吹戸主と云ふ神、気吹き放ちてむ。

現代語訳

気吹戸に鎮まる気吹戸主という神が、それを息で吹き放ってしまう。

第十段注解六

NK-0160・底本一七五頁 校了

原文翻刻

氣吹戸橘小戸河也一書泰山云云氣吹戸主神伊弉那諾尊所化神名神直日神大直日也豊受宮荒魂號賀宮以善惡不二之智心諸事垂廣大慈悲聞直見直神也高山天子太山府君所化神也

句読本文

氣吹戸、橘小戸河也。一書、泰山云云。氣吹戸主神、伊弉那諾尊所化神、名神直日神、大直日也。豊受宮荒魂、號賀宮、以善惡不二之智心、諸事垂廣大慈悲、聞直見直神也。高山天子、太山府君所化神也。

訓読

気吹戸は、橘小戸の河なり。一書に、泰山と、云云。気吹戸主神は、伊弉那諾尊の所化の神、名は神直日神・大直日なり。豊受宮の荒魂、賀宮と号し、善悪不二の智心を以て、諸事に広大の慈悲を垂れ、聞き直し見直す神なり。高山天子は、太山府君の所化の神なり。

現代語訳

気吹戸は、橘小戸の河である。別の書には「泰山」云々とある。気吹戸主神は、伊弉那諾尊が姿を変えて現れた神で、神直日神・大直日という。豊受宮の荒魂で、賀宮と号し、善悪が二つに分かれない智慧の心によって、あらゆることに広大な慈悲を垂れ、聞き直し、見直す神である。高山天子は、太山府君が姿を変えて現れた神である。

第十一段鎭惡神祓

NK-0161・底本一七五頁 校了

原文翻刻

第十一段鎭惡神祓

句読本文

第十一段鎭惡神祓

訓読

第十一段 悪神を鎮むる祓

現代語訳

第十一段 悪神を鎮める祓

第十一段本文一

NK-0162・底本一七五頁 校了

原文翻刻

此如氣吹放氏波根國底國仁坐須

句読本文

此如氣吹放氏波、根國底國仁坐須、

訓読

かくの如く気吹き放ちては、根国・底国に坐す、

現代語訳

このように吹き放ったならば、根の国・底の国におられる、

第十一段注解一

NK-0163・底本一七五頁 校了

原文翻刻

無間大火底阿鼻大城也

句読本文

無間大火底、阿鼻大城也。

訓読

無間大火の底、阿鼻大城なり。

現代語訳

無間の大火の底にある、阿鼻の大城である。

第十一段本文二

NK-0164・底本一七五頁 校了

原文翻刻

速佐須良比咩登云神持佐須良比咩失天牟

句読本文

速佐須良比咩登云神、持佐須良比咩失天牟。

訓読

速佐須良比咩と云ふ神、持ちさすらひ失ひてむ。

現代語訳

速佐須良比咩という神が、それを携えてさすらい、消し失わせてしまう。

第十一段注解二

NK-0165・底本一七五頁 校了

原文翻刻

伊弉那美尊其子速須盞烏尊也焔羅王也司命司祿等神所化也

句読本文

伊弉那美尊其子、速須盞烏尊也。焔羅王也。司命、司祿等神所化也。

訓読

伊弉那美尊の其の子、速須盞烏尊なり。焔羅王なり。司命・司禄等の神の所化なり。

現代語訳

伊弉那美尊の御子、速須盞烏尊である。また焔羅王であり、司命・司禄などの神の所化でもある。

第十一段本文三

NK-0166・底本一七五頁 校了

原文翻刻

解除〔悉曇:𑖭𑖿𑖪𑖯ソワ𑖮𑖯

編纂所転写(底本旁訓ではありません): svā・hā

句読本文

解除、〔悉曇:𑖭𑖿𑖪𑖯𑖮𑖯〕。

訓読

解除、〔悉曇:𑖭𑖿𑖪𑖯𑖮𑖯(svāhā)〕。

現代語訳

解除。〔悉曇字による「svāhā」〕。

第十一段注解三

NK-0167・底本一七五頁 校了

原文翻刻

一切不祥事散失也

句読本文

一切不祥事、散失也。

訓読

一切の不祥事、散失するなり。

現代語訳

あらゆる不吉なことが、散り失せるのである。

第十一段注解三(続)

NK-0168・底本一七六頁 校了

原文翻刻

已上從天益人至速佐須良比咩神天津祝詞天上梵語也

句読本文

已上、從天益人至速佐須良比咩神、天津祝詞、天上梵語也。

訓読

已上、天益人より速佐須良比咩神に至るまで、天津祝詞、天上の梵語なり。

現代語訳

以上、「天益人」から「速佐須良比咩神」までが天津祝詞であり、天上の梵語である。

第十二段八百萬神納受祓

NK-0169・底本一七六頁 校了

原文翻刻

第十二段八百萬神納受祓

句読本文

第十二段八百萬神納受祓

訓読

第十二段 八百万神納受の祓

現代語訳

第十二段 八百万の神々が受け納める祓

第十二段本文一

NK-0170・底本一七六頁 校了

原文翻刻

如此失氏波遺禮留罪止云罪咎止云咎波不在物乎登

句読本文

如此失氏波、遺禮留罪止云罪、咎止云咎波、不在物乎登、

訓読

かくの如く失ひては、遺れる罪と云ふ罪、咎と云ふ咎は在らぬものをと、

現代語訳

このように消し失わせたならば、残る罪という罪、咎という咎は存在しないものだと、

第十二段注解一

NK-0171・底本一七六頁 校了

原文翻刻

一切惡神祓退善神好事也然則罪咎人曾以無之神祇有祓則無五衰三熱苦人鬼病則以祓療治焉内外清淨六根清淨而長壽延齡也七難即滅七福即生焉令千里内七難不起金文求富貴官位七寶如意行來求男女之祈願也

句読本文

一切惡神、祓退。善神、好事也。然則、罪咎、人曾以無之。神祇有祓、則無五衰三熱苦。人鬼病、則以祓療治焉。内外清淨、六根清淨而、長壽延齡也。七難即滅、七福即生焉。令千里内七難不起。金文、求富貴官位、七寶如意行來、求男女之祈願也。

訓読

一切の悪神を祓ひ退け、善神は事を好むなり。然れば則ち、罪咎は、人に曾て以て之れ無し。神祇、祓有れば、則ち五衰三熱の苦無し。人、鬼病すれば、則ち祓を以て療治す。内外清浄、六根清浄にして、長寿延齢なり。七難即ち滅し、七福即ち生ず。千里の内に七難起こらざらしむ。金文、富貴官位・七宝如意・行来・男女を求むるの祈願なり。

現代語訳

あらゆる悪神を祓い退け、善神はこれを好ましいこととする。そうであるなら、罪や咎は、人にはもはや存在しない。神祇に祓があれば、五衰・三熱の苦しみはない。人が鬼病を患えば、祓によって治療する。内も外も清浄となり、六根も清浄となって、寿命が延びる。七難はただちに滅び、七福はただちに生じる。千里の内に七難が起こらないようにする。金文とは、富貴と官位、七宝を意のままに得ること、行き来、男女を求める祈願である。

第十二段本文二

NK-0172・底本一七六頁 校了

原文翻刻

祓賜比清賜登申事乃由乎八百萬神等諸共仁左男鹿乃八乃耳乎振立天聞食登申須

句読本文

祓賜比清賜登申事乃由乎、八百萬神等、諸共仁、左男鹿乃八乃耳乎振立天、聞食登申須。

訓読

祓へ給ひ清め給ふと申す事の由を、八百万の神等、諸共に、左男鹿の八つの耳を振り立てて、聞こし食せと申す。

現代語訳

祓い清めてくださると申し上げる、その旨を、八百万の神々よ、皆ともに、雄鹿が八つの耳を振り立てるようにして、お聞き届けくださいと申し上げる。

第十二段注解二

NK-0173・底本一七六頁 校了

原文翻刻

左男鹿天上神八耳八方八識八功德八萬諸聖教八神殿也又云鹿正直之姿也又云鹿祿也神道佛道儒道皆悉非聰利不達其深意八相成道報身體八面八手八足國狹槌尊影像也是則八大荒神所化也上件明神等冥道諸神也爲一切衆生施一子慈悲以諸尊願海洗生死穢泥〔悉曇:𑖀字本不生故長壽延命也本記云騰源司命饗西源魂召賛此廣七座祓明曰轉三十年祓此不死藥故能治萬病然則雖決定業能轉之若亦雖墮惡道必代苦永離三惡道即成佛無疑云惟吾國者神國也神道初呈天津祝詞天孫者國

編纂所転写(底本旁訓ではありません): a

句読本文

左男鹿、天上神、八耳、八方、八識、八功德、八萬諸聖教、八神殿也。又云、鹿、正直之姿也。又云、鹿、祿也。神道、佛道、儒道、皆悉非聰利、不達其深意。八相成道、報身體、八面八手八足、國狹槌尊影像也。是則八大荒神所化也。上件明神等、冥道諸神也。爲一切衆生、施一子慈悲、以諸尊願海、洗生死穢泥。〔悉曇:𑖀〕字、本不生故、長壽延命也。本記云、「騰源司命、饗西源魂、召賛。此廣七座祓、明曰、轉三十年祓、此不死藥、故能治萬病。」然則、雖決定業、能轉之。若亦、雖墮惡道、必代苦、永離三惡道、即成佛、無疑云。惟吾國者、神國也。神道初呈天津祝詞。天孫者、國

訓読

左男鹿は、天上の神、八耳・八方・八識・八功德・八萬の諸聖教、八神殿なり。又云ふ、鹿は正直の姿なり。又云ふ、鹿は祿なり。神道・佛道・儒道は、皆悉く聰利にあらざれば、其の深意に達せず。八相成道の報身の體、八面・八手・八足、國狹槌尊の影像なり。是れ則ち八大荒神の所化なり。上件の明神等は、冥道の諸神なり。一切衆生の爲に、一子の慈悲を施し、諸尊の願海を以て、生死の穢泥を洗ふ。〔悉曇:𑖀(a)〕の字は、本不生なるが故に、長壽延命なり。本記に云ふ、「騰源は司命を饗し、西源は魂を召して賛す。此の廣七座の祓、明らかに曰く、三十年を轉ずる祓、此れ不死の藥にして、故に能く萬病を治す」と。然れば則ち、決定業と雖も、能く之を轉ず。若し亦、惡道に墮つと雖も、必ず苦を代はり、永く三惡道を離れ、即ち成佛すること疑ひ無しと云ふ。惟だ吾が國は神國なり。神道、初めて天津祝詞を呈す。天孫は、國

現代語訳

左男鹿は、天上の神、八耳・八方・八識・八功徳・八万の諸聖教、八神殿である。また、鹿は正直な姿を表すともいう。また、鹿は禄であるともいう。神道・仏道・儒道は、いずれも聡明でなければ、その深い意味に達することはできない。八相成道における報身の体であり、八面・八手・八足を備え、国狭槌尊の影像である。これは八大荒神が姿を変えて現れたものである。以上の明神たちは、冥道の諸神である。すべての衆生をひとり子のように慈しみ、諸尊の願いの海によって、生死の汚泥を洗う。悉曇のa字は本不生であり、長寿延命のものとされる。本記には、「騰源は司命を饗し、西源は魂を召して賛する。この広七座の祓は、明らかに、三十年を転ずる祓であり、これは不死の薬であるため、よく万病を治す」とある。したがって、決定業であっても、これを転ずることができる。また、たとえ悪道に堕ちても、必ずその苦を代わって受け〔誰が代わるかは本文だけでは明らかでない〕、永く三悪道を離れ、ただちに成仏することに疑いはないという。ただ、わが国は神国である。神道は、初めて天津祝詞を示す。天孫は、国の

第十二段注解二(続)

NK-0174・底本一七七頁 校了

原文翻刻

主也諸神區施賞罸驗威肆君臣崇重奉幣帛黎下遵行致齊祭因茲龍圖運長鳳曆德遙海内泰平民間殷富所爲〔悉曇:𑖀〕伊弉那諾尊〔悉曇:𑖌𑖽〕伊弉那美尊眞言密藏本源天神地祇之父〔悉曇:𑖌𑖽〕母〔悉曇:𑖀〕也一切如來淨妙法身之體〔悉曇:𑖌𑖽〕三世諸佛大悲法門主也粵本來衆生等少所爲懺悔所犯者甚多迴方便巧智濟難度衆生利益感應道内外相應德不思議甚深也是則一乘無二法義益最幽深也自他兼利濟誰忘神佛教焉抑兩部大教者諸佛秘也諸佛智慧者諸神本源也妙覺心智豈難繁論法德神力不可記盡

編纂所転写(底本旁訓ではありません): a・oṃ・oṃ・a・oṃ

句読本文

主也。諸神、區施賞罸、驗威肆。君臣崇重、奉幣帛。黎下遵行、致齊祭。因茲、龍圖運長、鳳曆德遙、海内泰平、民間殷富。所爲、〔悉曇:𑖀〕、伊弉那諾尊、〔悉曇:𑖌𑖽〕、伊弉那美尊。眞言密藏本源、天神地祇之父、〔悉曇:𑖌𑖽〕、母、〔悉曇:𑖀〕也。一切如來淨妙法身之體、〔悉曇:𑖌𑖽〕、三世諸佛大悲法門主也。粵、本來衆生等、少所爲懺悔、所犯者甚多。迴方便巧智、濟難度衆生。利益感應、道内外相應、德不思議甚深也。是則一乘無二法義、益最幽深也。自他兼利濟、誰忘神佛教焉。抑、兩部大教者、諸佛秘也。諸佛智慧者、諸神本源也。妙覺心智、豈難繁論。法德神力、不可記盡。

訓読

主なり。諸神は、賞罸を區施し、威を驗し肆ぶ。君臣は崇重して、幣帛を奉る。黎下は遵行し、齊祭を致す。茲に因り、龍圖の運長く、鳳曆の德遙かに、海内泰平、民間殷富なり。所爲、〔悉曇:𑖀(a)〕、伊弉那諾尊、〔悉曇:𑖌𑖽(oṃ)〕、伊弉那美尊。眞言密藏の本源、天神地祇の父、〔悉曇:𑖌𑖽(oṃ)〕、母、〔悉曇:𑖀(a)〕なり。一切如來の淨妙法身の體、〔悉曇:𑖌𑖽(oṃ)〕、三世諸佛の大悲法門の主なり。粵に、本來の衆生等、懺悔する所爲少なく、犯す所は甚だ多し。方便巧智を迴らし、度し難き衆生を濟ふ。利益感應し、道は内外相應し、德は不思議甚深なり。是れ則ち一乘無二の法義、益々最も幽深なり。自他兼ねて利濟す、誰か神佛の教へを忘れん。抑も兩部の大教は、諸佛の秘なり。諸佛の智慧は、諸神の本源なり。妙覺の心智、豈に繁論し難からんや。法德神力、記し盡くすべからず。

現代語訳

主である。諸神は賞罰をそれぞれに施し、威力を現し広める。君臣は崇敬して幣帛を捧げ、民はこれに従って斎祭を行う。これによって、龍図の運は長く続き、鳳暦の徳は遠く及び、国内は平安に、民間は豊かになる。ここには、a、伊弉那諾尊、oṃ、伊弉那美尊と記される。続いて、真言密蔵の本源、天神地祇の父、oṃ、母、a、とある。また、一切如来の清らかで微妙な法身の体、oṃ、三世諸仏の大悲の法門の主、とある。〔悉曇字と尊名・父母との文法上の対応は明確でないため、列挙のまま訳す。〕さて、本来の衆生たちは、懺悔することは少なく、犯すことは非常に多い。方便の巧みな智慧を巡らし、救い難い衆生を救う。利益は感応し、道は内外で響き合い、その徳は不可思議で、きわめて深い。これは一乗無二の法義であり、ますます奥深い。自他をともに利益し救う神仏の教えを、誰が忘れるだろうか。そもそも両部の大教は、諸仏の秘密である。諸仏の智慧は、諸神の本源である。妙覚の心の智慧を詳しく論じることが、どうして難しいだろうか。その法徳と神力は、記し尽くすことができない。

原跋年記・署名

NK-0175・底本一七七頁 校了

原文翻刻

于時弘仁十三年仲夏廿五日沙門遍照金剛文傳

句読本文

于時、弘仁十三年仲夏廿五日。沙門遍照金剛、文傳。

訓読

時に弘仁十三年仲夏廿五日。沙門遍照金剛、文を傳ふ。

現代語訳

時は弘仁十三年、仲夏二十五日。沙門遍照金剛が、この文を伝えた。

後説一

NK-0176・底本一七七頁 校了

原文翻刻

某乙聞智慧源極强名佛駄軌持妙句假曰達磨智能圓故無所不爲法能明故自他兼濟五眼常鑒津渉溺子六通自由拔拯梵釋桓因所以憑念摩醯歸之接足不宰之功何敢比喩之矣弟子去延暦廿三年衡天命於大唐遠渉鯨海風波渡天人力何計自思不因冥護寧得遂皇華之節乎即祈願奉爲一百八十七所

句読本文

某乙聞、智慧源極、强名佛駄。軌持妙句、假曰達磨。智能圓故、無所不爲。法能明故、自他兼濟。五眼常鑒、津渉溺子。六通自由、拔拯梵、釋桓因。所以憑念摩醯、歸之接足。不宰之功、何敢比喩之矣。弟子、去延暦廿三年、衡天命、於大唐遠渉鯨海。風波渡天、人力何計。自思、不因冥護、寧得遂皇華之節乎。即祈願、奉爲一百八十七所

訓読

某乙聞く、智慧の源極まり、强ひて佛駄と名づく。軌は妙句を持し、假に達磨と曰ふ。智は能く圓かなるが故に、爲さざる所無し。法は能く明らかなるが故に、自他兼ねて濟ふ。五眼は常に鑒み、溺子を津渉す。六通自在にして、梵・釋桓因を拔拯す。是の所以に摩醯を憑念し、之に歸して足に接す。不宰の功、何ぞ敢へて之を比喩せん。弟子、去る延暦廿三年、天命を衡り、大唐に於て遠く鯨海を涉る。風波天を渡り、人力何ぞ計らん。自ら思ふに、冥護に因らずんば、寧ぞ皇華の節を遂ぐるを得んや。即ち祈願し、一百八十七所の

現代語訳

ある者が聞くところによれば、智慧の源を究め、あえて仏陀と名づける。軌は妙句を保ち、仮に達磨と呼ぶ。智慧は完全であるため、なさないことはない。法は明らかであるため、自他をともに救う。五眼は常に見通し、溺れる者を渡す。六通は自在であり、梵天と釈桓因(帝釈天)を救い上げる。そのため摩醯を念じて頼み、これに帰依して、その足に触れる。「不宰」の功を、どうしてあえて比喩することができようか。弟子は、去る延暦二十三年、天命を衡り、大唐へ向かって遠く鯨海を渡った。風波は天を渡り、人の力でどうして計ることができようか。自ら思うに、目に見えない加護によらなければ、どうして皇華の節を果たすことができただろうか。そこで祈願し、百八十七所の

後説二

NK-0177・底本一七七頁 校了

原文翻刻

之天神地祇等奉寫金剛般若經每神一卷遂各感應得果使乎之義寤寐服思食不甘味然公私擾擾遲延踰曆謹以弘仁四年十月廿五日奉寫供養並以轉

句読本文

之天神地祇等、奉寫金剛般若經、每神一卷。遂各感應得果。使乎之義、寤寐服思、食不甘味。然、公私擾擾、遲延踰曆。謹以弘仁四年十月廿五日、奉寫供養、並以轉

訓読

天神地祇等の爲に、金剛般若經を奉寫し、神每に一卷とす。遂に各々感應して果を得たり。使乎の義、寤寐に服して思ひ、食も味甘からず。然れども、公私擾擾として、遲延して曆を踰えたり。謹みて弘仁四年十月廿五日を以て、奉寫供養し、並びに以て轉

現代語訳

天神地祇などのために、『金剛般若経』を謹んで書写し、神ごとに一巻とした。ついにそれぞれ感応して果を得た。「使乎」の義を、寝ても覚めても心に抱いて思い、食事もおいしく感じなかった。しかし、公私ともに慌ただしく、遅延して年を越えた。謹んで弘仁四年十月二十五日に書写供養し、あわせて転

刊本上欄注四

NK-0178・底本一七七頁 校了

原文翻刻

難恐易歟

句読本文

難、恐易歟。

訓読

「難」は、恐らく「易」ならんか。

現代語訳

「難」は、恐らく「易」とするべきであろうか。

刊本上欄注五

NK-0179・底本一七七頁 校了

原文翻刻

此文在性靈集第六原多誤字今依集改

句読本文

此文、在性靈集第六。原多誤字、今依集改。

訓読

此の文は、『性靈集』第六に在り。原、多く誤字あり。今、『集』に依りて改む。

現代語訳

この文は、『性霊集』第六にある。原文には誤字が多いため、ここでは『性霊集』によって改めた。

後説二(続)

NK-0180・底本一七八頁 校了

原文翻刻

諷每卷一遍伏願以此妙業崇彼神威金剛慧日銷竭愛河實相智杵摧破邪山自他平等斷割妄執怨親齊沐轉禍爲福三有六道皆悉四恩跛行蠕動何無佛性遍灑平等之法雨早熟妙覺之根果

句読本文

諷、每卷一遍。伏願、以此妙業、崇彼神威。金剛慧日、銷竭愛河。實相智杵、摧破邪山。自他平等、斷割妄執。怨親齊沐、轉禍爲福。三有六道、皆悉四恩。跛行蠕動、何無佛性。遍灑平等之法雨、早熟妙覺之根果。

訓読

諷すること、每卷一遍。伏して願はくは、此の妙業を以て、彼の神威を崇めん。金剛の慧日、愛河を銷竭す。實相の智杵、邪山を摧破す。自他平等にして、妄執を斷割す。怨親齊しく沐し、禍を轉じて福と爲す。三有六道、皆悉く四恩なり。跛行蠕動、何ぞ佛性無からん。平等の法雨を遍く灑ぎ、早く妙覺の根果を熟せしめん。

現代語訳

誦し、各巻一遍とした。伏して願うには、この尊い行いによって、かの神威を崇めたい。金剛の智慧の太陽は、愛着の河を乾かし尽くす。真実の姿を知る智慧の杵は、よこしまな山を打ち砕く。自他を平等にし、妄執を断ち切る。敵も味方も等しく恵みを受け、禍を転じて福とする。三有六道は、ことごとく四恩である。足を引きずるものや這い動くものにも、どうして仏性がないことがあろうか。平等の教えの雨をあまねく注ぎ、早く妙覚の根と果実を実らせたい。

後説三(伝記標識)

NK-0181・底本一七八頁 校了

原文翻刻

承和二年乙卯二月八日大仁王會次東禪仙宮寺院主大僧都授吉津御厨執行神主河繼傳記曰

句読本文

承和二年乙卯二月八日、大仁王會次、東禪仙宮寺院主大僧都、授吉津御厨執行神主河繼。傳記曰、

訓読

承和二年乙卯二月八日、大仁王會の次、東禪仙宮寺の院主大僧都、吉津御厨執行神主河繼に授く。傳記に曰はく、

現代語訳

承和二年乙卯二月八日、大仁王会の次に、東禅仙宮寺の院主である大僧都が吉津御厨執行神主河継に授けた伝記には、次のようにある。

後説四

NK-0182・底本一七八頁 校了

原文翻刻

神是天然不動之理即法性身也故以虛空神爲實相名大元尊神所現曰照皇天爲日爲月永懸而不落爲神爲皇常以不變矣爲衆生業起樹寶基須彌磐境而照三界利萬品故曰遍照尊亦曰大日靈尊矣豐葦原中津國降居點其名談

句読本文

神、是天然不動之理、即法性身也。故、以虛空神爲實相、名大元尊神。所現、曰照皇天、爲日、爲月、永懸而不落。爲神、爲皇、常以不變矣。爲衆生業、起樹寶基須彌磐境、而照三界、利萬品。故曰遍照尊、亦曰大日靈尊矣。豐葦原中津國、降居。點其名、談

訓読

神は是れ天然不動の理、即ち法性身なり。故に、虛空神を以て實相と爲し、大元尊神と名づく。現す所を照皇天と曰ひ、日と爲り、月と爲り、永く懸りて落ちず。神と爲り、皇と爲り、常に以て變ぜず。衆生の業の爲に、寶基・須彌磐境を樹起し、三界を照らして萬品を利す。故に遍照尊と曰ひ、亦た大日靈尊と曰ふ。豐葦原中津國に降居す。其の名を點じて、談ずるに、

現代語訳

神は、自然のままに動かない理であり、すなわち法性身である。そのため、虚空神を真実の姿とし、大元尊神と名づける。その現れを照皇天といい、日となり、月となって、永く空に懸かり、落ちることがない。神となり、皇となり、常に変わることがない。衆生の業のために、宝基と須弥磐境を立て起こし、三界を照らして、あらゆるものに利益を与える。そのため遍照尊といい、また大日霊尊という。豊葦原中津国に降り居る。その名を示して語るには、

後説五

NK-0183・底本一七八頁 校了

原文翻刻

其形名天照坐所皇太神是中道法身常住不變金剛體遍照智性也火不燒水不溺無爲無漏無垢清淨白淨光明周遍法界而遊心於法界是諸佛光明神通力不可思議言語道斷德用也故神者一氣始生化元也佛者覺義僧者淨也

句読本文

其形、名天照坐所皇太神。是、中道法身、常住不變、金剛體、遍照智性也。火不燒、水不溺、無爲無漏、無垢清淨、白淨光明、周遍法界、而遊心於法界。是、諸佛光明神通力、不可思議、言語道斷、德用也。故、神者、一氣始生、化元也。佛者、覺義。僧者、淨也。

訓読

其の形を、天照坐所皇太神と名づく。是れ、中道法身、常住不變、金剛體、遍照智性なり。火に燒けず、水に溺れず、無爲無漏、無垢清淨、白淨光明、法界に周遍して、而して心を法界に遊ばす。是れ諸佛の光明神通力にして、不可思議、言語道斷の德用なり。故に、神は一氣始めて生じ、元を化するなり。佛は覺の義、僧は淨なり。

現代語訳

その姿を天照坐所皇太神と名づける。これは中道の法身、常住不変の金剛の体、あまねく照らす智慧の本性である。火にも焼かれず、水にも溺れず、作為を離れ、煩悩に汚されず、垢なく清浄で、白く清らかな光明として法界にあまねく行き渡り、その心を法界に遊ばせる。これは諸仏の光明と神通力であり、思いはかることも言葉で表すこともできない徳の働きである。そのため、神とは、一気が初めて生じ、根源を変化させるものである。仏とは覚りを意味し、僧とは清浄を意味する。

後説六

NK-0184・底本一七八頁 校了

原文翻刻

聖者無爲者也凡者有爲者也凡天神地祇一切諸佛惣三千即一而本覺如來皆悉一體無二也毘盧舍那者法身如來也盧舍那如來者報身體也諸佛者應身如來三諦三身即中爲法身即空爲報身即假爲應身三智一切智照空道種智照假一切種智照中三身三智亦在一心故一體無差別是神妙也是皇天

句読本文

聖者、無爲者也。凡者、有爲者也。凡、天神地祇、一切諸佛、惣三千即一、而本覺如來、皆悉一體無二也。毘盧舍那者、法身如來也。盧舍那如來者、報身體也。諸佛者、應身如來。三諦三身、即中爲法身、即空爲報身、即假爲應身。三智、一切智照空、道種智照假、一切種智照中。三身三智、亦在一心。故、一體無差別。是神妙也。是皇天

訓読

聖は無爲の者なり。凡は有爲の者なり。凡そ天神地祇、一切諸佛、惣じて三千即一にして、本覺如來は、皆悉く一體無二なり。毘盧舍那は法身如來なり。盧舍那如來は報身の體なり。諸佛は應身如來なり。三諦三身は、即中を法身と爲し、即空を報身と爲し、即假を應身と爲す。三智は、一切智、空を照らし、道種智、假を照らし、一切種智、中を照らす。三身三智は、亦た一心に在り。故に一體にして差別無し。是れ神妙なり。是れ皇天の

現代語訳

聖なる者は作為を離れた者であり、凡なる者は作為のある者である。およそ天神地祇と一切の諸仏は、総じて三千が一つであり、本覚如来はすべて一体で、二つではない。毘盧舎那は法身如来である。盧舎那如来は報身の体である。諸仏は応身如来である。三諦と三身では、即中を法身、即空を報身、即仮を応身とする。三智では、一切智が空を照らし、道種智が仮を照らし、一切種智が中を照らす。三身と三智は、また一心のうちにある。そのため、一体であって差別はない。これが神妙である。これは皇天の

刊本上欄注六

NK-0185・底本一七八頁 校了

原文翻刻

空字原脫今補○種原作情今改

句読本文

空字、原脫、今補。○種、原作情、今改。

訓読

「空」の字、原に脱す、今補ふ。○「種」、原に「情」に作る、今改む。

現代語訳

「空」の字は原本では脱落しているため、ここで補った。○「種」は原本では「情」とするが、ここで改めた。

後説六(続)

NK-0186・底本一七九頁 校了

原文翻刻

德也故則伊勢兩宮者諸佛諸神之最貴異于天下諸社者也大方神在三等所謂一本覺伊勢太神宮是也本來清淨理性常住不變妙體也故名大元尊神境界風不動轉心海湛然無波浪寶體一心外無別法名本覺也二不覺出雲荒振

句読本文

德也。故、則伊勢兩宮者、諸佛諸神之最貴、異于天下諸社者也。大方、神在三等。所謂、一、本覺。伊勢太神宮、是也。本來清淨、理性常住、不變妙體也。故、名大元尊神。境界風不動轉、心海湛然無波浪。寶體一心、外無別法、名本覺也。二、不覺。出雲荒振

訓読

徳なり。故に、則ち伊勢両宮は、諸仏諸神の最も貴きものにして、天下の諸社に異なるものなり。大方、神に三等あり。所謂、一には本覚。伊勢太神宮、是れなり。本来清浄にして、理性常住、不変の妙体なり。故に大元尊神と名づく。境界に風動転せず、心海湛然として波浪無し。宝体一心、外に別法無きを、本覚と名づくるなり。二には不覚。出雲の荒振る

現代語訳

徳である。したがって、伊勢の両宮は諸仏・諸神のうちで最も貴く、天下の諸社とは異なるものである。おおむね、神には三つの等級がある。いわゆる第一は本覚であり、伊勢太神宮がこれに当たる。本来清浄で、真実の本性は常住し、変わることのない妙なる本体である。そのため、大元尊神と名づける。外界の風によって動くことなく、心の海は深く静まり、波もない。その尊い本体は一心で、ほかに別の法がないことを、本覚と名づけるのである。第二は不覚であり、出雲の荒ぶる

後説七

NK-0187・底本一七九頁 校了

原文翻刻

神類也遠離一乘理法不出四惡四洲見佛法僧聞諸佛梵音失心神無明惡鬼類神是也實迷神名爲不覺也三始覺石清水廣神社類也流轉之後依佛說經教無明眠覺歸本覺理是亦名實悟神也始覺成道者成佛外迹也非本覺本

句読本文

神類也。遠離一乘理法、不出四惡四洲、見佛法僧、聞諸佛梵音、失心神、無明惡鬼類神、是也。實迷神、名爲不覺也。三、始覺。石清水廣神社類也。流轉之後、依佛說經教、無明眠覺、歸本覺理、是亦名實悟神也。始覺成道者、成佛外迹也。非本覺本

訓読

神の類なり。一乘の理法を遠離し、四惡四洲を出でず、佛法僧を見、諸佛の梵音を聞き、心神を失ふ、無明・惡鬼の類の神、是れなり。實に迷へる神を、名づけて不覺と爲すなり。三には始覺。石清水廣神社の類なり。流轉の後、佛說の經教に依り、無明の眠りより覺め、本覺の理に歸す。是れ亦、實悟の神と名づくるなり。始覺成道は、成佛の外迹なり。本覺の本

現代語訳

神々の類である。一乗の理法から遠く離れ、四悪四洲を出ず、仏・法・僧を見、諸仏の梵音を聞くと心神を失う、無明と悪鬼の類の神がこれに当たる。まことに迷っている神を、不覚と名づけるのである。第三は始覚であり、原文にいう「石清水廣神社」の類である。流転した後、仏が説いた経教により、無明の眠りから覚め、本覚の理へ帰る。これもまた、真実に悟った神と名づける。始覚として道を成就することは、成仏が外に現れた跡であり、本覚の根本・

後説八

NK-0188・底本一七九頁 校了

原文翻刻

初元神也云云念心是神明之主也萬事者一心所作也神主人人須以清淨爲先不預穢惡事鎭專謹愼之誠宜致如在三禮矣是則神明内證之奥藏凡夫顯照之直道者乎

句読本文

初元神也、云云。念心、是神明之主也。萬事者、一心所作也。神主、人人須以清淨爲先、不預穢惡事、鎭專謹愼之誠、宜致如在三禮矣。是則、神明内證之奥藏、凡夫顯照之直道者乎。

訓読

初元の神なり、云云。念心は、是れ神明の主なり。万事は、一心の作す所なり。神主たる人々は、須らく清浄を以て先となし、穢悪の事に預らず、鎮に謹慎の誠を専らにし、宜しく如在の三礼を致すべし。是れ則ち、神明内証の奥蔵、凡夫顕照の直道なるものか。

現代語訳

初元の神ではない、という。念ずる心は、神明の主である。あらゆる事は、一心が作り出すものである。神主である人々は、清浄を第一とし、穢れた悪事に関わらず、常に謹慎の誠を専らにして、神がそこにおられるかのように三礼を尽くすべきである。これは、神明の内証にある奥深い蔵であり、凡夫を明らかに照らすまっすぐな道なのだろう。

血脈

NK-0189・底本一七九頁 校了

原文翻刻

血脉云波羅杵第牙笏神主河繼授賜者也云云

句読本文

血脉云、「波羅杵第牙笏神主河繼、授賜者也」、云云。

訓読

血脈に云はく、「波羅杵第牙笏神主河継、授け賜ふ者なり」と、云云。

現代語訳

血脈には、「波羅杵第牙笏神主河継、授け賜う者なり」などと記される。〔固有名の区切りと、誰が誰に何を授けたかは未詳〕

諸写本奥書一

NK-0190・底本一七九頁 校了

原文翻刻

本云建久二年三月六日書寫畢

句読本文

本云、「建久二年三月六日、書寫畢」。

訓読

本に云はく、「建久二年三月六日、書写し畢んぬ」と。

現代語訳

本には、「建久二年三月六日、書写を終えた」とある。

諸写本奥書二

NK-0191・底本一七九頁 校了

原文翻刻

本奧書云祭主永親玄孫園城寺住僧證禪百光坊律師戾暹之室傳之件證禪者富小路祭主永傳也云云

句読本文

本奧書云、祭主永親玄孫、園城寺住僧證禪、百光坊律師戾暹之室、傳之。件證禪者、富小路祭主永傳也、云云。

訓読

本の奥書に云はく、祭主永親の玄孫、園城寺の住僧証禅は、百光坊律師戾暹の室にて、之を伝ふ。件の証禅は、富小路祭主永伝なり、云云。

現代語訳

本の奥書には、祭主永親の玄孫で園城寺の住僧である証禅は、百光坊律師戾暹の室でこれを伝えた、とある。この証禅という者は、富小路祭主永伝である、という。

諸写本奥書三(標識)

NK-0192・底本一七九頁 校了

原文翻刻

寫本云

句読本文

寫本云、

訓読

写本に云はく、

現代語訳

写本には、

諸写本奥書三(続)

NK-0193・底本一八〇頁 校了

原文翻刻

此秘書者當家傳承文也依有兩本於一本者爲衆生利益奉授之狀如件

句読本文

此秘書者、當家傳承文也。依有兩本、於一本者、爲衆生利益、奉授之。狀如件。

訓読

此の秘書は、当家伝承の文なり。両本有るに依り、一本に於ては、衆生利益の為に、之を授け奉る。状、件の如し。

現代語訳

この秘書は、当家に伝承される文書である。二本あるため、そのうち一本は、衆生の利益のために授け奉る。この文書は以上のとおりである。

諸写本奥書四

NK-0194・底本一八〇頁 校了

原文翻刻

本云嘉元元年癸卯九月十二日丑時以三位僧都賴任號客在判房所持本書寫畢此本者伊勢神宮于時第二禰宜所持本也依師檀契約於伊勢太神宮所奉授彼上人也尤可爲證本而已

句読本文

本云、嘉元元年癸卯九月十二日丑時、以三位僧都賴任、號客在判房、所持本、書寫畢。此本者、伊勢神宮、于時第二禰宜所持本也。依師檀契約、於伊勢太神宮所、奉授彼上人也。尤可爲證本而已。

訓読

本に云はく、嘉元元年癸卯九月十二日丑時、号を客在判房とする三位僧都頼任の所持本を以て、書写し畢んぬ。此の本は、伊勢神宮、時に第二禰宜の所持する本なり。師檀の契約に依り、伊勢太神宮の所に於て、彼の上人に授け奉るなり。尤も証本たるべきのみ。

現代語訳

本には、次のようにある。嘉元元年癸卯九月十二日の丑時、号を客在判房とする三位僧都頼任の所持本によって、書写を終えた。この本は、伊勢神宮で当時の第二禰宜が所持していた本である。師檀の契約により、伊勢太神宮の所で、かの上人に授け奉った。まさしく証本とすべきものである。

諸写本奥書五

NK-0195・底本一八〇頁 校了

原文翻刻

于時元和元年九月吉日依于有宿植土州最御崎寺下向彼靈地遍照金剛開基山也近有回祿災破壞失脚處不思議僧眉垂八字霜額重眞如實相浪忽然山上山下四十餘宇舊社佛閣不點一塵一埃如弘法大師落慶造畢及于兩三年云云空海變身耶神慮不測耶更以非所推凡愚止止不須說而彼本願上人

句読本文

于時、元和元年九月吉日、依于有宿植、土州最御崎寺、下向彼靈地。遍照金剛開基山也。近有回祿災、破壞失脚處、不思議僧、眉垂八字霜、額重眞如實相浪。忽然、山上山下四十餘宇、舊社佛閣、不點一塵一埃、如弘法大師、落慶造畢。及于兩三年、云云。空海變身耶、神慮不測耶。更以非所推、凡愚、止止、不須說。而彼本願上人

訓読

時に、元和元年九月吉日、宿植有るに依りて、土州最御崎寺、彼の霊地に下向す。遍照金剛の開基せし山なり。近ごろ回禄の災有り、破壊失脚する処、不思議の僧、眉に八字の霜を垂れ、額に真如実相の浪を重ぬ。忽然として、山上山下四十余宇の旧社仏閣、一塵一埃を点ぜず、弘法大師の如く、落慶し造り畢んぬ。両三年に及べり、云云。空海の変身か、神慮測られざるか。更に以て凡愚の推す所に非ず。止みなん、止みなん、説くを須ひず。而して彼の本願上人

現代語訳

時に元和元年九月吉日、前世からの縁があったため、土州最御崎寺、その霊地へ下向した。遍照金剛が開基した山である。近ごろ火災があり、壊れ崩れたところへ、不思議な僧が現れた。眉には八字形の霜を垂らし、額には真如実相の波を重ねていた。忽然として、山上山下の四十余宇に及ぶ旧社・仏閣を、一塵一埃をも点ずることなく〔「不點」の具体義は未詳〕、弘法大師のように造り、落慶を終えた。その営みは二、三年に及んだという。空海の化身であろうか。測りがたい神意によるものであろうか。これ以上、凡夫が推し量れることではない。やめよう、やめよう、説く必要はない。そして、かの本願上人は

諸写本奥書六

NK-0196・底本一八〇頁 校了

原文翻刻

與予成三世之密諾上洛處於攝州西宮奧俄逆風吹來乘船成微塵浮沈覆於天地默默奉驚請六十餘州大小神祇冥道祈誓曰夫我朝神國也神不禀非禮所頼非于他今般不沈于海底者神道瑞籬可奉建寫之由答神力寄於損船御

句読本文

與予成三世之密諾。上洛處、於攝州西宮奧、俄逆風吹來、乘船成微塵、浮沈覆於天地。默默奉驚、請六十餘州大小神祇冥道、祈誓曰、「夫、我朝神國也。神不禀非禮、所頼非于他。今般、不沈于海底者、神道瑞籬可奉建寫之由」。答神力、寄於損船御

訓読

予と三世の密諾を成す。上洛する処、摂州西宮の奥に於て、俄かに逆風吹き来たり、乗船、微塵と成り、浮沈して天地に覆る。黙黙として驚き奉り、六十余州の大小神祇・冥道に請ひ、祈誓して曰はく、「夫れ、我が朝は神国なり。神は非礼を禀けず、頼む所は他に非ず。今般、海底に沈まざれば、神道の瑞籬を建写し奉るべき由〔「建寫」訓義未詳〕」と。〔原文「答神力寄於損船」は係り受け・主述関係未詳〕御

現代語訳

私と三世にわたる密約を結んだ。上洛する途中、摂州西宮の奥で、にわかに逆風が吹き寄せ、乗っていた船は微塵となり、浮き沈みして天地を覆った。黙したまま驚き、六十余州の大小の神祇と冥道に請い願い、誓って言った。「そもそも、わが国は神国である。神は非礼を受けず、頼るべきものはほかにない。今回、海底に沈まなければ、神道の瑞籬を『建写』し奉ろう〔原文「建寫」は訓義・行為の区切り未詳〕」と。〔以下、原文「答神力寄於損船」は句法・主体・主述関係未詳〕御

諸写本奥書七

NK-0197・底本一八〇頁 校了

原文翻刻

影浦故入于諸家神室求秘本手自令書寫砌此訓解雲上珍也以有志于神于靈誠由故申下如流水書旃虫喰破失所數多也後覽之哲聖以正本可預直文者也恐恐謹申壽

句読本文

影浦。故、入于諸家神室、求秘本、手自令書寫砌。此訓解、雲上珍也。以有志于神于靈、誠由。故、申下如流水、書旃。虫喰破失所、數多也。後覽之哲聖、以正本、可預直文者也。恐恐謹申。壽

訓読

御影浦〔「御」は前区分末。直前「寄於損船」との構文関係未詳〕。故に、諸家の神室に入り、秘本を求め、手自ら書写せしむる砌、此の訓解は雲上の珍なり。神に志有り、霊に誠有るに由るを以て、故に、申し下すこと流水の如く、これを書す。虫喰ひ破失する所、数多なり。後覧の哲聖、正本を以て、文を直すに預かるべき者なり。恐恐謹み申す。寿〔次区分頭の「日」と続き「寿日」〕

現代語訳

御影浦〔「御」は前区分末。直前「寄於損船」との構文関係未詳〕。そのため、諸家の神室に入り、秘本を求め、自ら書写させた。その折、この『訓解』は雲上の宝であった。神に志を寄せ、霊に誠を尽くすゆえ、流れる水のように申し述べ、これを書き記す。虫食いで破れ失われた所が数多くある。後に見る賢者は、正本によって本文を正すことにあずかっていただきたい。恐れながら謹んで申し上げる。寿〔次区分頭の「日」と続き「寿日」〕

諸写本奥書七(続・結語)

NK-0198・底本一八一頁 校了

原文翻刻

日東洛下香津正歸菴於今世者天照太神御照覽於來世者素盞烏尊燄魔太皇同一阿字門高天原天津祝詞太祝詞再拜再拜矣

句読本文

日、東洛下香津正歸菴。於今世者、天照太神御照覽。於來世者、素盞烏尊、燄魔太皇、同一阿字門、高天原、天津祝詞、太祝詞。再拜再拜矣。

訓読

日、東洛下香津正帰庵。今世に於ては、天照太神の御照覧。来世に於ては、素盞烏尊・燄魔太皇、同一阿字門・高天原・天津祝詞・太祝詞。再拝し、再拝す。

現代語訳

日、東洛下の香津正帰庵。現世においては天照大神の御照覧、来世においては素盞烏尊・燄魔太皇。同一の阿字門、高天原、天津祝詞、太祝詞。再拝、再拝する。

終尾題

NK-0199・底本一八一頁 校了

原文翻刻

中臣祓訓解終

句読本文

中臣祓訓解終

訓読

中臣祓訓解 終

現代語訳

『中臣祓訓解』終

近代刊本編者識語

NK-0200・底本一八一頁 校了

原文翻刻

編者曰右中臣祓訓解一卷依古版本出之凡古版有兩本一題中臣祓訓解一題中臣祓兩部鈔其元祿年間出版其本全同唯題號異而已誤脫甚多訓點亦非今略訂誤字改訓點然尙難讀之處不尠冀後賢更訂焉也傳云我大師撰者誤謬之甚

句読本文

編者曰、右、中臣祓訓解一卷、依古版本出之。凡、古版有兩本。一題「中臣祓訓解」、一題「中臣祓兩部鈔」。其元祿年間出版、其本全同、唯題號異而已。誤脫甚多、訓點亦非。今、略訂誤字、改訓點。然、尙難讀之處不尠。冀、後賢更訂焉也。傳云、「我大師撰」者、誤謬之甚。

訓読

編者曰はく、右「中臣祓訓解」一巻、古版本に依りて之を出だす。凡そ、古版に両本あり。一つは「中臣祓訓解」と題し、一つは「中臣祓両部鈔」と題す。其れ元禄年間の出版にして、其の本全く同じく、唯だ題号異なるのみ。誤脱甚だ多く、訓点も亦非なり。今、略して誤字を訂し、訓点を改む。然れども、尚ほ読み難き処少なからず。冀はくは、後賢、更に之を訂せん。伝に云はく、「我が大師の撰」とは、誤謬の甚だしきものなり。

現代語訳

編者がいう。右の『中臣祓訓解』一巻は、古版本によって出版した。およそ古版には二本があり、一つは『中臣祓訓解』と題し、もう一つは『中臣祓両部鈔』と題する。それらは元禄年間に出版されたもので、その本文はまったく同じであり、ただ題号だけが異なる。誤りや脱落が非常に多く、訓点もまた正しくない。ここで誤字をおおよそ訂正し、訓点を改めた。しかし、なお読みにくい所が少なくない。後の賢者がさらに訂正することを願う。「わが大師の撰である」と伝えるのは、甚だしい誤りである。

近代編者識語小字注一

NK-0201・底本一八一頁 校了

原文翻刻

此書後人之妄造

句読本文

此書、後人之妄造。

訓読

此の書は、後人の妄造なり。

現代語訳

この書は、後世の人がみだりに作ったものである。

底本影印

左右二頁で一画像です。画像を押すと、国立国会図書館の原画像を別画面で開きます。

中臣祓訓解 底本 一六〇頁から一六一頁 画像を読み込んでおります
160–161頁1 / 11)