内題
原文翻刻
伊勢二所皇太神御鎮座傳記
独自句読本文
伊勢二所皇太神御鎮座傳記。
独自訓読
伊勢二所皇太神御鎮座伝記。
独自現代語訳
『伊勢二所皇太神御鎮座伝記』。
国文学研究資料館鵜飼文庫本『神道五部書』所収本を底本とする、土御門文書編纂所の四層本文です。
画像照合済
「原文翻刻」は、国文学研究資料館鵜飼文庫本を底本とする翻刻であり、著者自筆原本の復元ではありません。
句読本文・訓読・現代語訳は、土御門文書編纂所が原文翻刻から独自に作成する層です。
「画像照合済」は各区分の原文翻刻を底本画像と照合した状態です。独自句読・独自訓読・独自現代語訳は初校であり、「校了」ではありません。
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伊勢二所皇太神御鎮座傳記
伊勢二所皇太神御鎮座傳記。
伊勢二所皇太神御鎮座伝記。
『伊勢二所皇太神御鎮座伝記』。
纏向珠城宮皇女倭姫命伊勢國渡遇之宇遲乃五十鈴河上之邊立礒宮御坐之時尓狹長田之猿田彦大神齋内親王神主主部
纏向珠城宮皇女倭姫命、伊勢國渡遇之宇遲乃五十鈴河上之邊、立礒宮御坐之時尓、狹長田之猿田彦大神、齋内親王、神主、主部。
纏向珠城宮の皇女倭姫命、伊勢国度会の宇遅の五十鈴河上の辺に礒宮を立て御坐す時に、狹長田の猿田彦大神、斎内親王、神主、主部。
纏向珠城宮の皇女・倭姫命が、伊勢国度会の宇遅、五十鈴川上のほとりに礒宮を立てて鎮座していた時のこととして、狹長田の猿田彦大神、斎内親王、神主、主部が挙げられる。
神奈大同訓悟白久凡天地開闢之事聖人所述也爰伊勢天照皇太神五十鈴乃河上尓御鎮坐之制作未露紙墨故元始緬邈其理難言
神奈大同訓悟、白久、凡天地開闢之事、聖人所述也。爰伊勢天照皇太神、五十鈴乃河上尓御鎮坐之制作、未露紙墨。故元始緬邈、其理難言。
神奈大同訓悟、白さく、「凡そ天地開闢の事は、聖人の述ぶる所なり。爰に伊勢天照皇太神、五十鈴の河上に御鎮坐の制作、未だ紙墨に露はれず。故に元始緬邈として、その理言ひ難し」。
「神奈大同訓悟」(内部の区切りと性格は未詳)に続き、次のように告げる。天地開闢のことは聖人が述べるものである。しかし伊勢の天照皇太神が五十鈴川上に鎮座した次第は、まだ文字に記されていない。始原ははるか遠く、その理を語ることは難しい。
志願爾諸聞給倍吾是天下之土君也故號國底立神也吾應時従機化生出現之故號氣神吾亦根國底國守護之故名鬼神吾復為生物仁授與壽福之故名大田神吾能反魂魄之故號興玉神悉皆自然之名也物皆有效驗我將辭訖遂隱去矣
志願爾、諸聞給倍。吾是天下之土君也、故號國底立神也。吾應時従機化生出現之、故號氣神。吾亦根國底國守護之、故名鬼神。吾復為生物仁授與壽福之、故名大田神。吾能反魂魄之、故號興玉神。悉皆自然之名也。物皆有效驗。我將辭訖、遂隱去矣。
志願を、諸、聞き給へ。吾は是れ天下の土君なり。故に国底立神と号すなり。吾、時に応じ機に従ひて化生し出現す。故に気神と号す。吾亦、根国・底国を守護す。故に鬼神と名づく。吾復、生物の為に仁をもって寿福を授与す。故に大田神と名づく。吾、能く魂魄を反す。故に興玉神と号す。悉く皆、自然の名なり。物は皆、効験有り。吾、辞を訖へ、遂に隠れ去りぬ。
この志願を、皆、聞きなさい。私は天下の土の君であるため国底立神と呼ばれる。時に応じ、機に従って姿を生じ現れるため気神と呼ばれる。また根国・底国を守護するため鬼神といい、生き物に仁をもって寿福を授けるため大田神という。魂魄を帰らせることができるため興玉神ともいう。これらはすべて自然に生じた名であり、いずれにも効験がある。辞を言い終えると、ついに姿を隠した。
以昔天照太神天御中主神以天之御量言立賜天津彦火瓊々杵尊八咫鏡草薙劒三種寶物亦以大小神祇三十二神使配侍焉因勅皇孫曰葦原千五百秋之彌圖穗國是吾子孫可王之地也宜尓皇孫就而治焉行矣寶祚之隆當與天壤無窮者也于時皇孫離脱天磐座排分天八重雲稜威道別道別而天降給天八衢之衢奉迎相待皇孫之所幸道路啓行天奉到筑紫日向高千穗觸之峯以皇親神魯伎美命
以昔、天照太神、天御中主神、以天之御量言、立賜天津彦火瓊々杵尊。八咫鏡、草薙劒、三種寶物、亦以大小神祇三十二神、使配侍焉。因勅皇孫曰、葦原千五百秋之彌圖穗國、是吾子孫可王之地也。宜尓皇孫就而治焉。行矣。寶祚之隆、當與天壤無窮者也。于時、皇孫離脱天磐座、排分天八重雲、稜威道別道別而天降給。天八衢之衢、奉迎相待皇孫之所幸、道路啓行天、奉到筑紫日向高千穗觸之峯。以皇親神魯伎美命。
昔を以て、天照太神・天御中主神、天の御量言を以て、天津彦火瓊々杵尊を立て賜ふ。八咫鏡・草薙剣、三種の宝物、亦大小の神祇三十二神を以て、配し侍らしむ。因りて皇孫に勅して曰はく、「葦原の千五百秋の弥図穂の国、是れ吾が子孫の王たるべき地なり。宜しく皇孫、就きて治むべし。行け。宝祚の隆んなること、当に天壌と与に窮まり無かるべきものなり」と。時に、皇孫、天の磐座を離脱し、天の八重雲を排し分け、稜威の道を道別き道別きて天降り給ふ。天の八衢の衢に、皇孫の幸く所を迎へ奉り相待ち、道路を啓き行きて、筑紫の日向の高千穂の觸の峯に到し奉る。皇親神魯伎美命を以てす(後句への接続は未詳)。
昔、天照太神と天御中主神は、天の御量言によって天津彦火瓊々杵尊を立てた。そして八咫鏡・草薙剣を含む三種の宝物を授け、大小の神祇三十二神を配して仕えさせた。さらに皇孫へ命じた。「葦原の千五百秋の弥図穂の国は、私の子孫が王となるべき地である。皇孫よ、そこへ行って治めなさい。皇位の栄えは天地とともに限りがないであろう」。その時、皇孫は天の磐座を離れ、幾重もの雲を押し分け、威厳ある道をかき分けながら天降った。天の八衢では皇孫の行幸を迎えて待ち、道を開いて進み、筑紫の日向の高千穂の觸の峰へ導いた。末尾の「皇親神魯伎美命を以て」は、天降りの記事または次の御殿造営へどう係るか未詳である。
槵觸之峯尓天之御翳日之御翳止大宮柱太敷立天瑞之御殿
槵觸之峯尓、天之御翳、日之御翳止、大宮柱太敷立天、瑞之御殿。
槵觸の峯に、天の御翳、日の御翳と、大宮柱太敷き立てて、瑞の御殿。
槵觸の峰に、天の御翳・日の御翳として、大宮の柱を太く据え、瑞の御殿を設けた。
皇孫之命乎天津高御座尓坐天豊葦原瑞穂之國乎安國度平久所知食弖天津日嗣乎萬千秋乃長秋度所知食事以天津御量事弖天津璽乃劒鏡乎捧持賜比此言壽宣治天下卅一萬八千五百卅三歳
皇孫之命乎天津高御座尓坐天、豊葦原瑞穂之國乎安國度平久所知食弖、天津日嗣乎萬千秋乃長秋度所知食事、以天津御量事弖、天津璽乃劒鏡乎捧持賜比、此言壽宣。治天下卅一萬八千五百卅三歳。
皇孫の命を天津高御座に坐せて、豊葦原瑞穂の国を安国と平らけく知らしめして、天津日嗣を万千秋の長秋まで知らしめす事、天津御量事を以て、天津璽の剣・鏡を捧げ持ち賜ひ、この言寿を宣る。天下を治むること三十一万八千五百三十三歳。
皇孫の命を天津高御座に据え、豊葦原瑞穂国を安らかな国として平穏に治め、天津日嗣を長い未来まで受け継いで治めるよう、天の御量事によって天津璽の剣と鏡を捧げ持ち給い、この祝福の言葉を述べた。本書は、その統治を三十一万八千五百三十三年と記す。
神日本磐余彦天皇元年大歳甲寅年冬十月發向日本國矣辛酉正月即建都橿原經營帝宅皇孫尊之美豆乃御舎乎造奉仕自神武天皇迄開化天皇九帝歴年六百卅余年天皇與同殿坐也此時帝與神其際不遠同殿共床以此為當常故神物官物亦未分別矣御間城入彦五十瓊殖天皇漸畏神威同殿不安改更令齋部氏率石凝姥神裔天目一箇裔二氏取天香山白銅黒金更錦黒金更鑄造劒鏡以為護身御璽是踐祚之日所献神璽鏡劒也
神日本磐余彦天皇元年、大歳甲寅年冬十月、發向日本國矣。辛酉正月、即建都橿原、經營帝宅。皇孫尊之美豆乃御舎乎造奉仕。自神武天皇迄開化天皇、九帝。歴年六百卅余年、天皇與同殿坐也。此時、帝與神其際不遠、同殿共床、以此為當常。故神物官物亦未分別矣。御間城入彦五十瓊殖天皇、漸畏、神威、同殿不安、改更令齋部氏率石凝姥神裔、天目一箇裔二氏、取天香山白銅黒金更錦黒金更、鑄造劒鏡、以為護身御璽。是踐祚之日所献神璽鏡劒也。
神日本磐余彦天皇元年、大歳甲寅年冬十月、日本国に発向す。辛酉正月、即ち橿原に都を建て、帝宅を経営す。皇孫尊の美豆の御舎を造り奉仕す。神武天皇より開化天皇まで、九帝。年を歴ること六百三十余年、天皇と同殿に坐すなり。この時、帝と神、その際遠からず、同殿共床、此を以て常に当つと為す。故に神物・官物、亦未だ分別せず。御間城入彦五十瓊殖天皇、漸く神威を畏れ、同殿に安んぜず、改め更めて斎部氏をして、石凝姥神の裔・天目一箇の裔の二氏を率ゐ、天香山の白銅黒金更・錦黒金更を取り、剣・鏡を鋳造せしめ、以て護身の御璽と為す。是れ践祚の日に献ずる所の神璽の鏡・剣なり。
神日本磐余彦天皇の元年、甲寅の冬十月に日本国へ向けて出発し、辛酉の正月、橿原に都を築いて宮殿を造営した。また皇孫尊の「美豆乃御舎」を造って奉仕した。神武天皇から開化天皇まで九代の天皇である。六百三十余年にわたり、神は天皇と同じ殿に鎮座した。この時代には帝と神の隔たりは近く、同じ殿・同じ床を常のこととし、神の物と官の物もまだ分けられていなかった。御間城入彦五十瓊殖天皇は、次第に神威を畏れ、同じ殿での奉斎を安んじられず、斎部氏に石凝姥神の子孫と天目一箇の子孫である二氏を率いさせ、天香山の「白銅黒金更」「錦黒金更」を取って剣と鏡を鋳造させ、護身の御璽とした。これは即位の日に奉る神璽の鏡と剣である。
所獻于大日靈貴瑞八坂瓊之曲玉神璽是也
所獻于大日靈貴、瑞八坂瓊之曲玉、神璽是也。
大日靈貴に献ずる所の、瑞の八坂瓊の曲玉、神璽是れなり。
大日靈貴に奉った瑞の八坂瓊の曲玉が、この神璽である。
天皇六年己丑天照太神倭大國魂二神並祭於天皇大殿内然畏其神勢共住不安故秋九月就於倭笠縫邑殊立磯城神籬奉遷天照太神及草薙劒令皇女豊鋤入姫命奉齋焉
天皇六年己丑、天照太神、倭大國魂二神、並祭於天皇大殿内。然畏其神勢、共住不安。故秋九月、就於倭笠縫邑、殊立磯城神籬、奉遷天照太神及草薙劒、令皇女豊鋤入姫命奉齋焉。
天皇六年己丑、天照太神・倭大国魂の二神、並びに天皇の大殿の内に祭る。然るにその神勢を畏れ、共に住むこと安からず。故に秋九月、倭の笠縫邑に就き、殊に磯城の神籬を立て、天照太神及び草薙剣を遷し奉り、皇女豊鋤入姫命をして斎ひ奉らしむ。
天皇六年己丑、天照太神と倭大国魂の二神を天皇の大殿内にともに祭った。しかしその神威を畏れ、共に住むことを安んじられなかったため、秋九月、倭の笠縫邑に特に磯城の神籬を立て、天照太神と草薙剣を遷し、皇女豊鋤入姫命に奉斎させた。
纏向珠城宮御宇天皇廿五年丙辰春三月従伊勢國飯野高宮遷幸于伊蘇宮于時倭姫命詔久南山末見給比吉宮地乎覓幸給支今歳猿田彦大神參乃言壽覺白久南大峯有美宮處佐古久志呂宇遲之五十鈴河上者大八洲之内彌國之靈地也随翁之出現二百八萬余歳之前尓毛未現知留有靈物利照耀如大日輪也惟小縁之物尓不在須定主出現御座耶
纏向珠城宮御宇天皇廿五年丙辰春三月、従伊勢國飯野高宮、遷幸于伊蘇宮。于時倭姫命詔久、南山末見給比、吉宮地乎覓幸給支。今歳、猿田彦大神參乃言壽覺白久、南大峯有美宮處。佐古久志呂宇遲之五十鈴河上者、大八洲之内、彌國之靈地也。随翁之出現、二百八萬余歳之前尓毛、未現知留有靈物利、照耀如大日輪也。惟小縁之物尓不在。須定主出現御座耶。
纏向珠城宮に御宇する天皇二十五年丙辰春三月、伊勢国飯野高宮より伊蘇宮に遷幸す。時に倭姫命詔りたまはく、「南山の末を見給ひ、吉き宮地を覓め幸で給ひき」。今歳、猿田彦大神参りて言寿を覚し白さく、「南の大峯に美しき宮処有り。佐古久志呂宇遅の五十鈴河上は、大八洲の内、弥国の霊地なり。翁の出現に随ひ、二百八万余歳の前にも、未だ現れ知られざる霊物有りて、照耀すること大日輪の如きなり。惟れ小縁の物に在らず。須らく定主、出現御坐すべきか」。
纏向珠城宮で天下を治めた天皇の二十五年丙辰春三月、伊勢国の飯野高宮から伊蘇宮へ遷った。その時、倭姫命は、南の山の端を見渡し、よい宮地を探し求めて進んだ、と語った。この年、猿田彦大神が参り、祝福の言葉として告げた。「南の大峰に美しい宮所がある。佐古久志呂宇遅の五十鈴川上は、大八洲のうちでも、まことに国の霊地である。ここに『翁の出現に随う』『二百八万余歳より前にも』と続くが、両句の時間関係と係り先は未詳である。まだ知られていなかった霊物があり、大きな太陽の輪のように輝いている。これはわずかな縁のものではない。定まった主が現れ鎮座されるべき所ではないか」。
念木倭姫命曰理實灼然惟久代天地之大祖並神魯伎神魯美命誓宣臣豊葦原瑞穂國之内尓伊勢加佐波夜之國波有美宮處利度見定給比天自天上志天投降居給布
念木、倭姫命曰、理實灼然。惟久代天地之大祖、並神魯伎神魯美命、誓宣臣、豊葦原瑞穂國之内尓、伊勢加佐波夜之國波有美宮處利度見定給比天、自天上志天投降居給布。
念き。倭姫命曰はく、「理、実に灼然たり。惟ふに久代、天地の大祖、並びに神魯伎神魯美命、『誓宣臣』、豊葦原瑞穂国の内に、伊勢加佐波夜の国は美しき宮処なりと見定め給ひて、天上よりして『投降居給ふ』」。
倭姫命は思い、「その理は実に明らかである。遠い昔、天地の大祖と神魯伎神魯美命について『誓宣臣』と記し、豊葦原瑞穂国のうち、伊勢加佐波夜の国を美しい宮所と見定め、『天上から投降居給う』とする」と述べた。「誓宣臣」の受け手と、「投降居給布」の主体・降ろされたものは未詳である。
天之逆太刀天之逆牟大小之金鈴五十口日之小宮之圖形文形等是也天之平手乎拍給比弖甚喜於懐給於此所仁遷造日之小宮給大宮柱太敷立於下津磐根峻岐搏風於高天之原弖朝廷御宇廿六年丁巳冬十月甲子奉遷于天照太神宇遲之五十鈴河上尓鎮座焉
天之逆太刀、天之逆牟、大小之金鈴五十口、日之小宮之圖形、文形等是也。天之平手乎拍給比弖、甚喜於懐給。於此所仁、遷造日之小宮給。大宮柱太敷立於下津磐根、峻岐搏風於高天之原弖、朝廷御宇廿六年丁巳冬十月甲子、奉遷于天照太神、宇遲之五十鈴河上尓鎮座焉。
天の逆太刀、天の逆牟、大小の金鈴五十口、日の小宮の図形・文形等、是れなり。天の平手を拍ち給ひて、甚だ懐に喜び給ふ。この所に、日の小宮を遷し造り給ふ。大宮柱太しく下津磐根に立て、峻岐搏風を高天の原に上げて、朝廷御宇二十六年丁巳冬十月甲子、天照太神を宇遅の五十鈴河上に遷し奉り、鎮座せしむ。
天の逆太刀、天の逆牟、大小五十口の金鈴、日の小宮の図形・文形などがそれである。倭姫命は手を打って心から喜び、この場所に日の小宮を遷し造った。大宮の柱を太く下つ磐根に立て、「峻岐搏風」と記される屋根造営の表現を高天原へ向けて上げ、朝廷の御代二十六年丁巳冬十月甲子、天照太神を宇遅の五十鈴川上へ遷し奉り、鎮座させた。
天照坐皇太神一座亦大日靈貴相殿神二座御戸開前神二座前社御門神二座御倉神三座酒殿神一座宮中四至神四十四前攝神荒祭宮一座瀧原宮一座伊雜宮一座已上天照太神宮部類従神之專一是也
天照坐皇太神一座、亦大日靈貴。相殿神二座。御戸開前神二座、前社。御門神二座。御倉神三座。酒殿神一座。宮中四至神四十四前。攝神、荒祭宮一座、瀧原宮一座、伊雜宮一座。已上、天照太神宮部類、従神之專一是也。
天照坐皇太神一座、亦は大日靈貴。相殿神二座。御戸開前神二座、前社。御門神二座。御倉神三座。酒殿神一座。宮中四至神四十四前。摂神、荒祭宮一座、瀧原宮一座、伊雜宮一座。已上、天照太神宮の部類、従神の専一、是れなり。
天照坐皇太神一座は、また大日靈貴ともいう。相殿神二座、御戸開前神二座、前社、御門神二座、御倉神三座、酒殿神一座、宮中四至神四十四前、摂神として荒祭宮一座、瀧原宮一座、伊雜宮一座を挙げる。以上が天照太神宮に属する従神の主なものだとする。
豊受皇太神一座
豊受皇太神一座。
豊受皇太神一座。
豊受皇太神一座。
天地開闢初於高天原成神也一説曰伊弉諾伊弉冉尊先生大八洲次生海神次生河神次生風神等以降雖經一廻一萬余歳水德未露天天下飢餓于時二柱神天之御量事乎以天瑞八坂瓊之曲玉乎捧九宮册化神名號止由氣皇太神千變萬化受水之德生續命之術故名曰御饌都神也古語曰大海之中有一物浮形如葦牙其中神人化生號天御中主神故號豊葦原中國亦因以曰止由氣皇神也故天地開闢之初神寶日出之時御饌都神天御中主尊與大日靈貴天照太神二柱御大神豫結幽契永治天下乎或為日為月永懸而不落或為神為皇常以無窮矣光華明彩照徹於六合之内矣
天地開闢初、於高天原成神也。一説曰、伊弉諾伊弉冉尊、先生大八洲、次生海神、次生河神、次生風神等。以降、雖經一廻一萬余歳、水德未露天、天下飢餓。于時二柱神、天之御量事乎以天、瑞八坂瓊之曲玉乎捧、九宮册化神、名號止由氣皇太神。千變萬化、受水之德、生續命之術。故名曰御饌都神也。古語曰、大海之中有一物浮、形如葦牙。其中神人化生、號天御中主神。故號豊葦原中國。亦因以曰止由氣皇神也。故天地、開闢之初、神寶日出之時、御饌都神天御中主尊與大日靈貴天照太神、二柱御大神、豫結幽契、永治天下乎。或為日為月、永懸而不落。或為神為皇、常以無窮矣。光華明彩、照徹於六合之内矣。
天地開闢の初め、高天原に於いて成れる神なり。一説に曰はく、伊弉諾・伊弉冉尊、先づ大八洲を生み、次に海神を生み、次に河神を生み、次に風神等を生む。以降、一廻一万余歳を経ると雖も、水徳未だ露れずして、天下飢餓す。時に二柱の神、天の御量事を以て、瑞の八坂瓊の曲玉を捧げ、九宮に化神を冊し、名を止由氣皇太神と号す。千変万化し、水の徳を受け、続命の術を生ず。故に名づけて御饌都神と曰ふなり。古語に曰はく、「大海の中に一物浮かび、形、葦牙の如し。その中に神人化生し、天御中主神と号す」。故に豊葦原中国と号す。亦因りて以て止由氣皇神と曰ふなり。故に天地開闢の初め、神宝、日の出づる時、御饌都神天御中主尊と大日靈貴天照太神との二柱の御大神、予め幽契を結び、永く天下を治めたまふ。日と為り月と為り、永く懸かりて落ちず。神と為り皇と為り、常に以て窮まり無し。光華明彩、六合の内を照徹す。
天地開闢の初め、高天原に成った神であるという。一説では、伊弉諾・伊弉冉尊がまず大八洲を生み、次に海神、河神、風神などを生んだ。その後、一巡して一万余年を経ても水の徳がまだ現れず、天下は飢餓した。その時、二柱の神は天の御量事によって、瑞の八坂瓊の曲玉を捧げ、「九宮」に化神を置き、その名を止由氣皇太神とした。千変万化し、水の徳を受け、命をつなぐ術を生じるため、御饌都神ともいう。古い言葉では、大海の中に葦の芽のような形の物が浮かび、その中に神人が生まれ、天御中主神と呼ばれたという。そこから豊葦原中国と名づけ、また止由氣皇神ともいうとする。このため天地開闢の初め、神宝が日のように現れた時、御饌都神天御中主尊と大日靈貴天照太神という二柱の大神は、あらかじめ幽かな契りを結び、永く天下を治めた。日と月として空に懸かり続け、神と皇として常に限りがないと記すが、それぞれを二柱のどちらへ配するかは未詳である。その光は明るく輝き、天地四方に行き渡った。
御間城入彦五十瓊殖天皇卅九歳壬戌天照太神手遷幸但波乃與佐宮積四年奉齋今歳止由氣之皇神天降坐天合明齋德給如天小宮之儀志天一處雙坐須于時和文産巣日神子豊宇氣姫命奉備朝大御食夕大御氣奉仕矣其功已辭竟天止由氣太神復上高天原支此處仁志天以白銅寶鏡弖道主貴八小男童天日別命崇祭奉焉
御間城入彦五十瓊殖天皇卅九歳壬戌、天照太神手遷幸但波乃與佐宮、積四年奉齋。今歳、止由氣之皇神、天降坐天、合明齋德給。如天小宮之儀志天、一處雙坐須。于時、和文産巣日神子豊宇氣姫命、奉備朝大御食夕大御氣、奉仕矣。其功已辭竟天、止由氣太神復上高天原支。此處仁志天、以白銅寶鏡弖、道主貴八小男童天日別命、崇祭奉焉。
御間城入彦五十瓊殖天皇三十九歳壬戌、天照太神、但波の與佐宮に遷幸して、四年を積み斎ひ奉る。今歳、止由氣の皇神、天降り坐して、明らかなる斎徳を合せ給ふ。天の小宮の儀の如くして、一処に双び坐す。時に和文産巣日神の子豊宇氣姫命、朝の大御食、夕の大御気を備へ奉り、仕へ奉る。その功、已に辞し竟りて、止由氣太神、復た高天原に上りき。此の処にして、白銅の宝鏡を以て、道主貴八小男童天日別命(区切り未詳)を崇め祭り奉る。
御間城入彦五十瓊殖天皇の三十九歳壬戌、天照太神は但波の與佐宮へ遷り、四年間奉斎された。この年、止由氣の皇神が天降って明らかな斎徳を合わせ、天の小宮の儀のように同じ場所に並んで鎮座した。この時、和文産巣日神の子・豊宇氣姫命が、朝の大御食と夕の大御食を備えて奉仕した。その務めを終えると、止由氣太神は再び高天原へ上った。この場所では白銅の宝鏡を用い、「道主貴八小男童天日別命」と連続して記される神名・称号(内部の区切り未詳)を崇め祭ったとする。
泊瀬朝倉宮御宇天皇廿一年丁巳冬十月一日倭姫命夢教覺給久皇太神吾如天之小宮坐尓天下仁志弖毛一所不坐波御饌毛安不聞食波丹波國與佐之小見比沼之真井原坐道主子八手止女乃齋奉御饌都神止由氣皇太神乎我坐國欲度誨覺給支爾時大若子命差使弖朝廷尓御夢之状乎令言給支即天皇勅汝大若子使罷往天布理奉宣支故率手置帆負彦狹知二神之裔以齋斧齋鉏等始採山材構立寶殿弖明年戊午秋七月七日以大佐佐命余佐郡眞井原之弖奉迎止由氣皇太神度遇之山田原乃下津磐根大宮柱廣敷立天高天原尓千木高知弖鎮理定理座止稱辭竟奉支亦檢納神寶兵器為幣矣更定神地神戸二所皇太神宮乃朝大御氣夕大御氣乎日別尓齋敬供進之亦随天神之訓以土師之物忌造天平瓮乎丹波道主命物忌職奉仕御飯炊滿供進之皇太神託宣吾祭奉仕之助先祭止由氣太神宮也然後我宮祭事可勤仕也故諸祭事以止由氣宮為先也
泊瀬朝倉宮御宇天皇廿一年丁巳冬十月一日、倭姫命、夢教覺給久、皇太神、吾如天之小宮坐尓、天下仁志弖毛一所不坐波、御饌毛安不聞食波。丹波國與佐之小見比沼之真井原坐、道主子八手止女乃齋奉御饌都神止由氣皇太神乎、我坐國欲度、誨覺給支。爾時、大若子命、差使弖、朝廷尓御夢之状乎令言給支。即天皇勅、汝大若子、使罷往天、布理奉宣支。故率手置帆負彦、狹知二神之裔、以齋斧齋鉏等、始採山材、構立寶殿弖。明年戊午秋七月七日、以大佐佐命、余佐郡眞井原之弖奉迎止由氣皇太神、度遇之山田原乃下津磐根、大宮柱廣敷立天、高天原尓千木高知弖、鎮理定理座止稱辭竟奉支。亦檢納神寶兵器、為幣矣。更定神地、神戸。二所皇太神宮乃朝大御氣夕大御氣乎、日別尓齋敬供進之。亦随天神之訓、以土師之物忌、造天平瓮乎、丹波道主命物忌職奉仕。御飯炊滿供進之。皇太神託宣、吾祭奉仕之助、先祭止由氣太神宮也。然後、我宮祭事可勤仕也。故諸祭事、以止由氣宮為先也。
泊瀬朝倉宮に御宇する天皇二十一年丁巳冬十月一日、倭姫命、夢に教へ覚し給はく、「皇太神、吾、天の小宮の如く坐すに、天下にしても一所に坐さずは、御饌も安く聞こし食さず。丹波国與佐の小見比沼の真井原に坐し、道主の子八手止女(人数・名の区切り未詳)の斎ひ奉る御饌都神止由氣皇太神を、我が坐す国に欲す」と、誨へ覚し給ひき。爾の時、大若子命を差し使はして、朝廷に御夢の状を言はしめ給ひき。即ち天皇勅したまはく、「汝大若子、使として罷り往きて、布理奉れ」と宣りき。故に置帆負彦・狹知二神の裔を率ゐて、斎斧・斎鉏等を以て、始めて山材を採り、宝殿を構へ立てて、明年戊午秋七月七日、大佐佐命を以て、余佐郡真井原より止由氣皇太神を迎へ奉り、度遇の山田原の下津磐根に、大宮柱広く敷き立てて、高天原に千木高知りて、「鎮まり定まり坐せ」と称へ辞竟へ奉りき。亦、神宝・兵器を検め納め、幣と為す。更に神地・神戸を定む。二所皇太神宮の朝の大御気・夕の大御気を、日別に斎ひ敬ひ供進す。亦、天神の訓へに随ひ、土師の物忌を以て平瓮を造り、「丹波道主命物忌職奉仕」とあり、御飯を炊き満たして供進す。皇太神託宣したまはく、「吾が祭に奉仕するの助けは、先づ止由氣太神宮を祭るなり。然る後、我が宮の祭事を勤め仕るべきなり」。故に諸祭事、止由氣宮を以て先と為すなり。
泊瀬朝倉宮で天下を治めた天皇の二十一年丁巳冬十月一日、倭姫命は夢で告げられた。「皇太神である私は、天の小宮のように鎮座しているが、天下でも同じ一所に共に鎮座しなければ、御饌を安らかに召し上がることができない。丹波国與佐の小見比沼の真井原に鎮座し、『道主子八手止女』(人数・固有名詞の範囲は未詳)が奉斎する御饌都神・止由氣皇太神を、私のいる国へ迎えたい」と教えられた。その時、大若子命を使者として朝廷へ遣わし、夢の内容を奏上させた。天皇は「大若子よ、使者として赴き、『布理奉れ』」と命じた。そこで置帆負彦と狹知の二神の子孫を率い、斎斧・斎鉏などを用いて山材を採り始め、宝殿を建てた。翌年戊午の秋七月七日、大佐佐命をもって余佐郡の真井原から止由氣皇太神を迎え、度遇の山田原の下つ磐根に大宮の柱を広く据え、高天原に届くよう千木を高く上げ、「ここに鎮まり定まりください」と称え、言葉を述べ終えた。また神宝と兵器を点検して納め、幣とした。さらに神地と神戸を定め、二所皇太神宮の朝夕の御饌を毎日、斎み敬って供えた。また天神の教えに従い、土師の物忌を用いて平瓮を造った。続く「丹波道主命物忌職奉仕」は、丹波道主命と物忌職の主従・同格関係が未詳である。御飯を炊いて満たし、供えた。皇太神は託宣した。「私の祭に奉仕する助けとして、まず止由氣太神宮を祭り、その後に私の宮の祭事を勤めるべきである」。このため、諸祭では止由氣宮を先とする。
相殿神三坐
相殿神三坐。
相殿神三座。
相殿神三座。
多賀宮一座伊弉諾尊到筑紫日向小戸橘之檍原而被除之時洗左眼因以生日天子是大日靈貴也天下化名曰天照太神之荒魂荒祭神復洗右眼因以生月天子天御中主靈貴也天下化而同止由氣太神之荒魂多賀宮是也亦洗鼻因以生神號速佐須良比賣神土藏異貴也素盞烏尊與合力座給也多賀宮則伊吹戸主神祓戸神天照太神第一攝神也
多賀宮一座。伊弉諾尊到筑紫日向小戸橘之檍原而被除之時、洗左眼、因以生日天子。是大日靈貴也。天下化名曰天照太神之荒魂、荒祭神。復洗右眼、因以生月天子、天御中主靈貴也。天下化而同止由氣太神之荒魂、多賀宮、是也。亦洗鼻、因以生神、號速佐須良比賣神、土藏異貴也。素盞烏尊與合力座給也。多賀宮則伊吹戸主神、祓戸神、天照太神第一攝神也。
多賀宮一座。伊弉諾尊、筑紫日向小戸橘の檍原に到りて除かるる時、左眼を洗ひ、因りて以て日天子を生む。是れ大日靈貴なり。天下に化する名を天照太神の荒魂、荒祭神と曰ふ。復た右眼を洗ひ、因りて以て月天子、天御中主靈貴を生むなり。天下に化して止由氣太神の荒魂と同じく、多賀宮、是れなり。亦鼻を洗ひ、因りて以て神を生み、速佐須良比賣神と号し、土藏異貴なり。素盞烏尊と力を合せて坐し給ふなり。多賀宮は則ち伊吹戸主神・祓戸神、天照太神第一の摂神なり。
多賀宮一座。伊弉諾尊が筑紫の日向、小戸橘の檍原で禊をした時、左目を洗って日天子を生んだ。これが大日靈貴で、天下に現れた名を天照太神の荒魂・荒祭神という。右目を洗って月天子・天御中主靈貴を生み、天下では止由氣太神の荒魂と同じものとして多賀宮に祀るという。また鼻を洗って速佐須良比賣神・土藏異貴を生み、素盞烏尊と力を合わせて鎮座すると記す。多賀宮は伊吹戸主神・祓戸神であり、天照太神第一の摂神であるとする。
依神誨奉傍止由氣宮也
依神誨、奉傍止由氣宮也。
神の誨へに依り、止由氣宮の傍らに奉るなり。
神の教えに従い、止由氣宮の傍らに祀ったとする。
山田原地主大土御祖神二座之御魂神一座亦衢神大田命神寶石寶形一面座是神財也月日言申字賀能美多麻神座是伊弉諾詞御倉神冊二柱尊所生神也亦號大宣都比賣神亦名保食神神祇官社内坐御膳神是也亦神服機殿祝祭三狐神同坐神也故亦名專女神也齋王專女此縁也亦稻靈宇賀能美多麻神坐西北敬拝祭也尊形座各一坐也
山田原地主、大土御祖神二座。之御魂神一座、亦衢神大田命。神寶石寶形一面座、是神財也。月日言申字賀能美多麻神座。是伊弉諾詞。御倉神冊二柱尊所生神也。亦號大宣都比賣神、亦名保食神。神祇官社内坐御膳神、是也。亦神服機殿祝祭三狐神、同坐神也。故亦名專女神也。齋王專女、此縁也。亦稻靈宇賀能美多麻神坐西北、敬拝祭也。尊形座各一坐也。
山田原の地主、大土御祖神二座。その御魂神一座、亦衢神大田命。神宝、石宝形一面坐す。是れ神財なり。「月日言申字賀能美多麻神座」(構文未詳)。是れ伊弉諾の詞。御倉神は册二柱尊の生みたまふ所の神なり。亦大宣都比賣神と号す。亦保食神と名づく。神祇官の社内に坐す御膳神、是れなり。亦神服機殿に祝祭する三狐神、同坐の神なり。故に亦專女神と名づくなり。斎王の專女、此の縁なり。亦、稲霊宇賀能美多麻神、西北に坐し、敬拝し祭るなり。尊形、各一座に坐すなり。
山田原の地主として大土御祖神二座、その御魂神一座、また衢神・大田命を挙げる。神宝として石の宝形一面があり、これを神財とする。続く「月日言申字賀能美多麻神座」は、月日・発話・宇賀能美多麻神の関係が未詳の句である。これを伊弉諾の言葉とする。御倉神は「册二柱尊」が生んだ神で、また大宣都比賣神、保食神ともいう。神祇官の社内に鎮座する御膳神がこれであり、神服機殿で祝祭される三狐神も同じく鎮座する神だとする。そのため專女神とも呼び、斎王の專女はこれに由来するという。また稲霊・宇賀能美多麻神は西北に鎮座し、敬い拝して祭る。尊形は各一座にあると記す。
酒殿謂伊弉諾伊弉冉尊所生和兒豊宇賀能賣神從月天降坐善醸酒飲一坏吉萬病除也其一坏之通千金財寶積車送之今號神酒驛家使及齋宮之節會夜賜酒立女布此縁也亦日丹波國與射郡比沼山頂有井其名號麻那井此所居神則竹野郡奈具社祝也故豊宇賀能賣神靈石坐也亦酒造天之甕一口大神之靈器也以敬拝祭也古語曰吉祥慶腹滿甘露酒名號神酒獻三節祭也
酒殿、謂伊弉諾伊弉冉尊所生和兒、豊宇賀能賣神。從月天降坐、善醸酒。飲一坏、吉、萬病除也。其一坏之通、千金財寶積車送之。今號神酒。驛家使及齋宮之節會夜、賜酒立女布、此縁也。亦日、丹波國與射郡比沼山、頂有井、其名號麻那井。此所居神、則竹野郡奈具社祝也。故豊宇賀能賣神靈石坐也。亦「酒造天之甕一口」、大神之靈器也。以敬拝祭也。古語曰、吉祥慶腹滿甘露酒、名號神酒、獻三節祭也。
酒殿は、伊弉諾・伊弉冉尊の生みたまふ所の和児、豊宇賀能賣神を謂ふ。月より天降り坐し、善く酒を醸す。一坏を飲めば吉にして、万病除くなり。その一坏の通ひに、千金の財宝を車に積みて送りし。今、神酒と号す。駅家使及び斎宮の節会の夜、『賜酒立女布』(区切り未詳)、此の縁なり。亦曰はく、『丹波国與射郡比沼山の頂に井有り、その名を麻那井と号す。「此所居神則竹野郡奈具社祝也」』。故に豊宇賀能賣神の霊石、坐すなり。亦『酒造天之甕一口』(句読・訓み未詳)、大神の霊器なり。以て敬拝し祭るなり。古語に曰はく、『吉祥、腹に慶び満つ甘露の酒、名を神酒と号し、三節祭に献ずるなり』。
酒殿とは、伊弉諾・伊弉冉尊が生んだ和児・豊宇賀能賣神をいう。月から天降り、酒造りに優れ、その一杯を飲めば吉で万病が除かれるという。その一杯の返礼として、多くの財宝を車に積んで送った。これを今、神酒と呼ぶ。駅家の使いや斎宮の節会の夜に関する『賜酒立女布』は、『立女』が人・職名か、宣命的表記を含むか未詳である。また、丹波国與射郡の比沼山頂に井戸があり、麻那井と呼ぶという。『此所居神則竹野郡奈具社祝也』は、そこにいる神と竹野郡奈具社の祝との関係を記すが、両者の同一視か祝祭関係の省略かは未詳である。このため豊宇賀能賣神の霊石が鎮座するとする。また『酒造天之甕一口』と記される器を大神の霊器とし、敬い拝して祭る。古い言葉では、吉祥をもたらし腹を喜びで満たす甘露の酒を神酒と呼び、三節祭に献じるという。
已上止由氣太神靈貴神等崇祭諸神社四至之神等皇太神宮縁也故日天則東南座月天則西北方座給矣凡伊勢二所兩宮日月所凌
已上、止由氣太神靈貴神等、崇祭諸神社四至之神等、皇太神宮縁也。故日天則東南座、月天則西北方座給矣。凡伊勢二所兩宮、日月所凌。
已上、止由氣太神・靈貴神等、崇め祭る諸神社四至の神等、皇太神宮の縁なり。故に日天は則ち東南に坐し、月天は則ち西北方に坐し給ふ。凡そ伊勢二所両宮、日月の凌る所なり。
以上の止由氣太神・靈貴神など、崇め祭る諸神社と四至の神々は、皇太神宮に縁がある。そのため日天は東南、月天は西北に鎮座する。末尾の「伊勢二所兩宮日月所凌」は、「日月所凌」の語義と両宮への係り方が未詳である。
諸神星位倭姫命與大田命宇稱豆幣帛如横山積置弖朝廷寶位手長御世度堅磐常磐尓奉齋茂御世尓幸閑奉度以天津御量言之奇護言天諸穢悪事乎定忌言詞大神主大佐佐命物忌荒木田酒女押刀子等尓訓言竟詔支物忌○名此縁也
諸神星位、倭姫命與大田命、宇稱豆幣帛如横山積置弖、朝廷寶位手長御世度、堅磐常磐尓奉齋、茂御世尓幸閑奉度、以天津御量言之、奇護言天、諸穢悪事乎定忌言詞、大神主大佐佐命、物忌荒木田酒女押刀子等尓、訓言竟詔支。物忌○名、此縁也。
諸神の星位、倭姫命と大田命、宇稱豆幣帛を横山の如く積み置きて、朝廷の宝位、手長き御世まで、堅磐常磐に斎ひ奉り、茂き御世に幸く閑けく奉らむと、天津御量言の奇しき護り言を以て、諸の穢悪事を定め忌む言詞を、大神主大佐佐命・物忌荒木田・酒女・押刀子等(人名・職名の区切り未詳)に訓へ言ひ竟へて詔りき。物忌○名、此の縁なり。
諸神の星位について、倭姫命と大田命は「宇稱豆幣帛」を横たわる山のように積み置き、朝廷の尊い位が長い御代まで堅磐・常磐のように続き、栄える御代が幸いで穏やかであるようにと、天の御量言による霊妙な守護の言葉をもって、さまざまな穢れや悪事を定めて忌むための言葉を、大神主大佐佐命・物忌荒木田・酒女・押刀子等へ教え終えて告げた。ただし、受け手に列挙される人名・職名の内部区切りは未詳である。「物忌○名」と記すのはこの由来による。
凡神代靈物之儀猿田彦神謹啓白文夫天地開闢之後雖萬物已備而莫昭於混沌之前因茲萬物之化若存若亡下下来来志弖不自尊于時國常立尊所化神以天津御量事地之精金白銅撰集三才相應之三面真經津寶鏡乎鑄造表給倍利故鑄顯神名曰天鏡尊其時神明之道明知明現天文地理以存矣亦劒者土精金龍神所造也弓箭者輪王所造陰陽儀故名天之香子弓地之羽羽矢也玉者日天月天之光精也笏者天之四徳地之五行自然徳也物皆為神異敢誰會私耶焉高貴神託宣久大土祖衢神等告覺給天照太神則主火氣止由氣太神則主水氣而萬物長養也故兩宮者天神地祇大宗君臣上下元祖也惟天下大廟也國家社稷也故尊祖敬宗禮教為先故天子親耕以供神明王后親蠶以供祭服而化陰化陽有四時祭徳合神明乃與天地通也徳與天地通則君道明而萬民豊也故荷前荒幣和幣赤曳糸赤丹穂青海原乃鰭廣者鰭狹者奧藻菜邊藻菜山野物者甘菜辛菜御神酒者甕腹滿並弖皇御孫命御世乎手長御世登堅磐尓常磐尓齋比奉茂御世尓幸閑奉壽言登詔倍利
凡神代靈物之儀、猿田彦神謹啓白文。夫天地開闢之後、雖萬物已備、而莫昭於混沌之前。因茲萬物之化、若存若亡、下下来来志弖、不自尊。于時、國常立尊所化神、以天津御量事、地之精金白銅、撰集三才相應之三面真經津寶鏡乎鑄造表給倍利。故鑄顯神、名曰天鏡尊。其時、神明之道明知、明現天文地理以存矣。亦劒者、土精金、龍神所造也。弓箭者輪王所造、陰陽儀、故名天之香子弓、地之羽羽矢也。玉者日天月天之光精也。笏者天之四徳、地之五行、自然徳也。物皆為神異、敢誰會私耶焉。高貴神託宣久、大土祖衢神等告覺給、天照太神則主火氣、止由氣太神則主水氣、而萬物長養也。故兩宮者、天神地祇大宗、君臣上下元祖也。惟天下大廟也、國家社稷也。故尊祖敬宗、禮教為先。故天子、親耕、以供神明。王后親蠶、以供祭服。而化陰化陽、有四時。祭徳合神明、乃與天地通也。徳與天地通、則君道明而萬民豊也。故荷前、荒幣、和幣、赤曳糸、赤丹穂、青海原乃鰭廣者鰭狹者、奧藻菜邊藻菜、山野物者甘菜辛菜、御神酒者甕腹滿並弖、皇御孫命御世乎手長御世登、堅磐尓常磐尓齋比奉、茂御世尓幸閑奉、壽言登詔倍利。
凡そ神代霊物の儀、猿田彦神、謹みて啓白す。夫れ天地開闢の後、万物已に備はると雖も、混沌の前に昭らかなるもの莫し。茲に因り万物の化、存するが若く亡きが若く、下り下り来たり来たりして、自ら尊ばず。時に、国常立尊の化したまふ所の神、天津御量事を以て、地の精金白銅を撰び集め、三才相応の三面真經津宝鏡を鋳造し表し給へり。故に鋳顕神、名を天鏡尊と曰ふ。その時、神明の道、明らかに知られ、天文地理を明らかに現して存す。亦、剣は土の精金、龍神の造る所なり。弓箭は輪王の造る所、陰陽の儀、故に天の香子弓、地の羽羽矢と名づくなり。玉は日天・月天の光精なり。笏は天の四徳、地の五行、自然の徳なり。物は皆神異たり。敢へて誰か私を会せんや。高貴神、託宣したまはく、大土祖・衢神等、告げ覚し給はく、「天照太神は則ち火気を主り、止由氣太神は則ち水気を主り、而して万物を長養す。故に両宮は、天神地祇の大宗、君臣上下の元祖なり。惟れ天下の大廟なり、国家の社稷なり。故に祖を尊び宗を敬ひ、礼教を先と為す」。故に天子親ら耕し、以て神明に供す。王后親ら蚕し、以て祭服に供す。而して陰を化し陽を化し、四時有り。祭徳、神明に合し、乃ち天地と通ずるなり。徳、天地と通ずれば、則ち君道明らかにして万民豊かなり。故に荷前・荒幣・和幣・赤曳糸・赤丹穂、青海原の鰭広きもの鰭狭きもの、奥つ藻菜辺つ藻菜、山野の物は甘菜辛菜、御神酒は甕の腹満つるまで並べて、皇御孫命の御世を手長き御世と、堅磐に常磐に斎ひ奉り、茂き御世に幸く閑けく奉らむと、寿言と詔へり。
神代の霊物の次第について、猿田彦神が謹んで申し上げる。天地開闢の後、万物はすでに備わったとはいえ、混沌より前のことは明らかでない。そのため万物の変化は、存在するようでもあり存在しないようでもあり、次々に降り来ながら自らを尊いとはしない。その時、国常立尊が化した神は、天の御量事によって地の精金である白銅を選び集め、三才に対応する三面の真經津宝鏡を鋳造して現した。そのため、この鋳造によって現れた神を天鏡尊と呼ぶ。その時、神明の道が明らかに知られ、天文と地理が明らかに現れたという。また、剣は土の精金で、龍神が造ったものだという。弓矢は輪王が造り、陰陽の儀を表すため、天の香子弓・地の羽羽矢と呼ぶ。玉は日天と月天の光の精であり、笏は天の四徳・地の五行という自然の徳である。すべての物は神異であり、誰が私意を交えることができようか。高貴神は託宣して、大土祖・衢神らは告げた。「天照太神は火気をつかさどり、止由氣太神は水気をつかさどって、万物を養い育てる。このため両宮は天神地祇の大いなる宗であり、君臣上下の元祖である。天下の大廟、国家の社稷であり、祖を尊び宗を敬う礼の教えを第一とする」。そのため天子は自ら耕して神明へ供え、王后は自ら蚕を養って祭服を供える。陰陽が働いて四季が生じ、祭祀の徳が神明に合すれば天地と通じる。その徳が天地と通じると、君主の道が明らかになり、万民が豊かになる。そこで荷前、荒幣、和幣、赤曳糸、赤丹穂、青海原の鰭の広い魚・狭い魚、沖の藻・岸辺の藻、山野の甘菜・辛菜、そして甕を満たした御神酒を並べ、皇御孫命の御代が長く、堅磐・常磐のように栄え、幸いで穏やかであるようにと祝福の言葉を述べた。
又詔布神主部物忌職掌人等諸祭齋日尓不觸諸穢悪事不見不聞不弔不言佛法言忌亦不食宍迄神嘗會日尓不食新飯齋身謐心慎攝掌以敬拝祭矣又神衣神部是同也
又詔布、神主部、物忌、職掌人等、諸祭齋日尓、不觸諸穢悪事、不見、不聞、不弔、不言佛法言忌、亦不食宍。迄神嘗會日尓、不食新飯。齋身謐心、慎攝掌、以敬拝祭矣。又神衣神部、是同也。
又詔らく、神主部・物忌・職掌人等、諸祭の斎日に、諸の穢悪事に触れず、見ず、聞かず、弔せず、仏法の言を言はず忌み、亦宍を食はず。神嘗会の日に迄りて、新飯を食はず。身を斎ひ心を謐かにし、慎み摂掌して、以て敬拝し祭る。又、神衣神部、是れ同じなり。
また、神主部・物忌・職掌人らは、祭の斎日にはあらゆる穢れや悪事に触れず、見ず、聞かず、弔問せず、仏法の言葉を口にすることを忌み、肉を食べない。神嘗会の日までは新しい米の飯を食べず、身を斎い心を静め、慎んで職務を行い、敬い拝して祭る。神衣神部も同様である、と告げる。
神鏡座事一面者從月天顯現之明鏡崇祭止由氣宮是也大田命白久崇神天皇御宇止由氣皇太神天降坐弖天照皇太神與一處雙坐于時從天上御随身之寶鏡是也神代天御中主神所授白銅鏡也是國常立尊所化神天鏡尊月殿居所鑄造之鏡也三才三面之内一面是也今二面者天鏡尊子天萬尊傳持給之次沫蕩尊次伊弉諾伊弉冉尊傳持天神賀吉詞白賜弖日神月神所化乃真經津鏡是也天地開闢之明鏡也三才所顯之寶鏡也當受之以清淨而求之以神心現之以無相無位因以為神明之正躰也今崇祭一面荒祭宮御靈一面多賀宮御靈坐已上三面辭竟奉支
神鏡座事。一面者從月天顯現之明鏡。崇祭止由氣宮、是也。大田命白久、崇神天皇御宇、止由氣皇太神天降坐弖、天照皇太神與一處雙坐。于時、從天上御随身之寶鏡是也。神代、天御中主神所授白銅鏡也。是國常立尊所化神、天鏡尊、月殿居所鑄造之鏡也。三才三面之内一面是也。今二面者、天鏡尊子天萬尊傳持給之。次沫蕩尊、次伊弉諾伊弉冉尊、傳持天、神賀吉詞白賜弖、日神月神所化乃真經津鏡是也。天地開闢之明鏡也。三才所顯之寶鏡也。當受之以清淨、而求之以神心、現之以無相無位。因以為神明之正躰也。今崇祭、一面荒祭宮御靈、一面多賀宮御靈坐。已上三面、辭竟奉支。
神鏡坐す事。一面は月天より顕現する明鏡。止由氣宮に崇め祭るは是れなり。大田命白さく、「崇神天皇の御宇、止由氣皇太神、天降り坐して、天照皇太神と一処に双び坐す。時に天上より御随身の宝鏡、是れなり。神代、天御中主神の授くる所の白銅鏡なり。是れ国常立尊の化したまふ所の神、天鏡尊、月殿に居して鋳造する所の鏡なり。三才三面の内の一面、是れなり」。今二面は、天鏡尊の子、天萬尊、伝へ持ち給ふ。次に沫蕩尊、次に伊弉諾・伊弉冉尊、伝へ持ちて、神賀の吉き詞を白し賜ひて、日神・月神の化する所の真經津鏡、是れなり。天地開闢の明鏡なり。三才の顕す所の宝鏡なり。当に之を清浄を以て受け、神心を以て求め、無相無位を以て現すべし。因りて以て神明の正体と為すなり。今崇め祭る一面は荒祭宮の御霊、一面は多賀宮の御霊として坐す。已上三面、辞し竟へ奉りき。
神鏡が鎮座することについて、一面は月天から現れた明鏡であり、止由氣宮で崇め祭るのがこの鏡である。大田命はいう。「崇神天皇の御代、止由氣皇太神が天降り、天照皇太神と同じ場所に並んで鎮座した。その時、天上から身に伴ってきた宝鏡がこれである。神代に天御中主神が授けた白銅鏡で、国常立尊が化した神である天鏡尊が、月殿にいて鋳造した鏡である。三才に対応する三面のうちの一面がこれである」。残る二面は天鏡尊の子・天萬尊が伝え持ち、次に沫蕩尊、次に伊弉諾・伊弉冉尊へ伝えられた。神をことほぐ吉い言葉を申し、日神・月神が化した真經津鏡がこれであるという。天地開闢の明鏡であり、三才が現した宝鏡である。清浄をもってこれを受け、神心をもってこれを求め、無相無位をもってこれを現す。そこで神明の正体とする。現在、一面は荒祭宮の御霊、一面は多賀宮の御霊として崇め祭る。以上で三面についての言葉を終える。
一面者八百萬神等以石凝姥神奉鑄寶鏡是也是則崇伊勢太神宮也
一面者、八百萬神等以石凝姥神奉鑄寶鏡是也。是則崇伊勢太神宮也。
一面は、八百万神等、石凝姥神を以て鋳し奉る宝鏡、是れなり。是れ則ち伊勢太神宮に崇むるなり。
別の一面は、八百万の神々が石凝姥神に鋳造させた宝鏡であり、伊勢太神宮で崇め祭る鏡である。
一面者日前宮坐也石凝姥神鑄造鏡也初度所鑄不合諸神意紀伊國日前神是也已上神代寶鏡是也
一面者日前宮坐也。石凝姥神鑄造鏡也。初度所鑄、不合諸神意、紀伊國日前神是也。已上神代寶鏡是也。
一面は日前宮に坐すなり。石凝姥神の鋳造する鏡なり。初度に鋳る所、諸神の意に合はず、紀伊国日前神、是れなり。已上、神代の宝鏡、是れなり。
もう一面は日前宮に鎮座する。石凝姥神が鋳造した鏡で、最初に鋳た時には神々の意にかなわなかったものが、紀伊国の日前神であるという。以上が神代の宝鏡である。
次倭姫命随神誨更鑄造日月所化神鏡藏置朝熊山神社也亦此所尓志天種々神財鑄造已竟以靈石為神躰也凡大小神祇御靈等或天上地下乃靈物或御代制造之鏡八十三面劒大刀子小刀子五十二枚矛大小一百二十柄御弓御箭御楯各四十四種或以備二所皇太神之大幣焉天照太神各二十四種也止由氣太神各四十二種分置者也興玉神託宣久天照坐皇太神則大日靈貴故曰天照太神亦止由氣皇太神則亦天御中主神以水徳利萬品故亦名曰御饌都神惟諸神福田主化壽命也
次倭姫命、随神誨、更鑄造日月所化神鏡、藏置朝熊山神社也。亦此所尓志天、種々神財鑄造已竟、以靈石為神躰也。凡大小神祇御靈等、或天上地下乃靈物、或御代制造之鏡八十三面、劒大刀子小刀子五十二枚、矛大小一百二十柄、御弓御箭御楯各四十四種。或以備二所皇太神之大幣焉。天照太神各二十四種也。止由氣太神各四十二種、分置者也。興玉神託宣久、天照坐皇太神則大日靈貴、故曰天照太神。亦止由氣皇太神則亦天御中主神、以水徳利萬品、故亦名曰御饌都神。惟諸神福田、主化壽命也。
次に倭姫命、神の誨へに随ひ、更に日月の化する所の神鏡を鋳造し、朝熊山神社に蔵め置くなり。亦此の所にして、種々の神財、鋳造し已に竟へ、霊石を以て神体と為すなり。凡そ大小神祇の御霊等、或いは天上地下の霊物、或いは御代に制造する鏡八十三面、剣・大刀子・小刀子五十二枚、矛大小一百二十柄、御弓・御箭・御楯各四十四種。或いは以て二所皇太神の大幣に備ふ。天照太神、各二十四種なり。止由氣太神、各四十二種、分け置くものなり。興玉神、託宣したまはく、天照坐皇太神は則ち大日靈貴、故に天照太神と曰ふ。亦、止由氣皇太神は則ち亦天御中主神、水徳を以て万品を利す。故に亦名づけて御饌都神と曰ふ。惟れ諸神の福田、寿命を化するを主るなり。
次に倭姫命は神の教えに従い、日月が化した神鏡を新たに鋳造して朝熊山神社へ納め置いた。またこの場所でさまざまな神財を鋳造し終え、霊石を神体とした。およそ大小の神祇の御霊には、天上・地下の霊物、あるいは各御代に作られた鏡八十三面、剣・大刀子・小刀子五十二枚、大小の矛百二十柄、弓・矢・楯各四十四種があり、二所皇太神の大幣として備える。天照太神には各二十四種、止由氣太神には各四十二種を分け置くと記す。興玉神は託宣して、天照坐皇太神は大日靈貴であるため天照太神といい、止由氣皇太神はまた天御中主神で、水徳によって万物を利するため御饌都神ともいう、と説く。諸神にとっての福田であり、寿命の生成をつかさどるとする。
汝等受天地之靈氣而種神明之光胤誰撓其神心誰于其慮耶謹請再拜言壽竟于時倭姫命皇太神座正宮之西北角大地之中臺祝祭也雄略天皇即位廿二年倭姫命礒宮坐冬十一月新嘗祭之夜深天雜人等退出之後神主部物忌等宣久吾今夜承皇太神及止由氣皇太神勅所託宣汝正明聞給倍人乃天下之神物也莫傷心神神垂以祈禱為先冥加以正直為本任其本心皆令得大道故神人守混沌之始屏佛法之息崇神祇散齋致齋内外潔有之日不得弔喪問疾食宍不判刑殺不決罰罪人不作音樂不預穢悪事不散失其正致其精明之徳左物不移右兵器无用不聞鞆音口不言穢悪目不見不淨鎮守謹慎之誠宜致如在之禮矣
汝等受天地之靈氣而種神明之光胤。誰撓其神心、誰于其慮耶。謹請、再拜、言壽竟。于時倭姫命、皇太神座正宮之西北角、大地之中臺、祝祭也。雄略天皇即位廿二年、倭姫命礒宮坐。冬十一月新嘗祭之夜深天、雜人等退出之後、神主部物忌等、宣久、『吾今夜、承皇太神及止由氣皇太神勅、所託宣。汝正明聞給倍。人乃天下之神物也。莫傷心神。神垂、以祈禱為先。冥加、以正直為本。任其本心、皆令得大道。故神人守混沌之始、屏佛法之息、崇神祇、散齋致齋、内外潔、有之日、不得弔喪問疾、食宍、不判刑殺、不決罰罪人、不作音樂、不預穢悪事、不散失其正、致其精明之徳。左物不移、右兵器无用、不聞鞆音、口不言穢悪、目不見不淨。鎮守謹慎之誠、宜致如在之禮矣』。
汝等、天地の霊気を受けて、神明の光胤を種う。誰かその神心を撓め、誰かその慮に于せんや。謹みて請ひ、再拝し、言寿を竟ふ。時に倭姫命、皇太神の坐す正宮の西北角、大地の中臺に祝祭するなり。雄略天皇即位二十二年、倭姫命、礒宮に坐す。冬十一月、新嘗祭の夜深けて、雑人等退出の後、神主部・物忌等、宣はく、『吾、今夜、皇太神及び止由氣皇太神の勅を承け、託宣する所なり。汝、正しく明らかに聞き給へ。人は乃ち天下の神物なり。心神を傷ること莫かれ。神垂は祈禱を以て先と為し、冥加は正直を以て本と為す。その本心に任せ、皆をして大道を得しむ。故に神人は混沌の始めを守り、仏法の息を屏け、神祇を崇め、散斎・致斎し、内外潔く有るの日、喪を弔ひ疾を問ふことを得ず、宍を食はず、刑殺を判ぜず、罪人を罰することを決せず、音楽を作さず、穢悪事に預からず、その正を散失せず、その精明の徳を致す。左の物は移さず、右の兵器は用ゐること无く、鞆音を聞かず、口に穢悪を言はず、目に不浄を見ず。鎮守謹慎の誠、宜しく在すが如きの礼を致すべし』。
あなたたちは天地の霊気を受け、神明の光の子孫を生み育てる。誰がその神心を曲げ、誰がその思いに干渉できようか。謹んで願い、再拝して祝福の言葉を終えた。その時、倭姫命は皇太神が鎮座する正宮の西北角、『大地の中臺』で祝祭したという。雄略天皇の即位二十二年、倭姫命は礒宮にいた。冬十一月、新嘗祭の夜が更け、関係者以外の人々が退出した後、神主部・物忌らが告げた。『吾は今夜、皇太神と止由氣皇太神の命を受け、託宣する。正しく明らかに聞きなさい。人は天下の神物である。心神を傷つけてはならない。神垂は祈りを第一とし、冥加は正直を根本とする。その本心に従えば、皆が大道を得られる。そこで神に仕える者は混沌の始めを守り、佛法之息を退け、神祇を崇め、散斎・致斎を行い、内外とも清浄である日には、喪を弔い病人を見舞うこと、肉を食べること、刑罰や殺害を裁くこと、罪人への罰を決めること、音楽を奏すること、穢れや悪事に関与することをしてはならない。正しさを失わず、清明な徳を尽くす。左に置く物は動かさず、右の兵器は用いず、鞆の音を聞かず、口に穢れや悪を語らず、目に不浄を見ない。鎮守し謹慎する誠をもって、神がそこにいるかのような礼を尽くすべきである』。
于時太神主阿波良波命承宣記之
于時、太神主阿波良波命、承宣記之。
時に太神主阿波良波命、宣を承け、之を記す。
その時、太神主阿波良波命が託宣を受けて記録した。
朝熊神社六座櫛玉命一座保於止志神一座懸税靈神櫻大刀神二座苔虫神一座大山祇一座朝熊水神一座
朝熊神社六座。櫛玉命一座。保於止志神一座。懸税靈神。櫻大刀神二座。苔虫神一座。大山祇一座。朝熊水神一座。
朝熊神社六座。櫛玉命一座。保於止志神一座。懸税霊神。櫻大刀神二座。苔虫神一座。大山祇一座。朝熊水神一座。
朝熊神社六座として、櫛玉命一座、保於止志神一座、懸税靈神、櫻大刀神二座、苔虫神一座、大山祇一座、朝熊水神一座を列挙する。
件神社之寶鏡二面是則日天月天之所化白銅神鏡依神託倭姫命之御制作也凡天照太神御入座之時大年神大山津見山祇朝熊水神等奉饗此之處故神社定給也
件神社之寶鏡二面、是則日天月天之所化白銅神鏡。依神託、倭姫命之御制作也。凡天照太神御入座之時、大年神、大山津見山祇、朝熊水神等、奉饗此之處。故神社定給也。
件の神社の宝鏡二面、是れ則ち日天・月天の化する所の白銅神鏡。神託に依る倭姫命の御制作なり。凡そ天照太神御入座の時、大年神・大山津見山祇(区切り未詳)・朝熊水神等、此の処に饗を奉る。故に神社を定め給ふなり。
この神社の宝鏡二面は、日天・月天が化した白銅の神鏡で、神託に従って倭姫命が制作したものである。天照太神が鎮座した時、大年神、「大山津見山祇」(一神名・同格表記・複数神のいずれか未詳)、朝熊水神らがこの場所で饗応を奉ったため、神社を定めたという。
豊受宮御井神社
豊受宮御井神社。
豊受宮御井神社。
豊受宮御井神社。
右御井者天二上之命理治于琥珀之鉢天降皇太神皇孫之命天降座
右御井者、天二上之命、理治于琥珀之鉢、天降。皇太神皇孫之命、天降座。
右の御井は、天二上の命、琥珀の鉢に理め治めて、天降る。皇太神皇孫之命(神名・尊称の区切り未詳)、天降り坐す。
右の御井について、天二上之命が「琥珀の鉢に理治して」天降ったと記すが、鉢へ何を納めたかは本文に明示されない。また「皇太神皇孫之命」と連続して記される神名・尊称(内部の区切り未詳)が天降って鎮座したとする。
時尓天牟羅雲命御前立天降仕奉時尓皇孫之命天牟羅雲命乎召詔久食國之水波未熟荒水尓在介利故御祖天御中主尊之御許尓參上此由言天來止詔即天牟羅雲命參登天天孫之御祖之御前尓皇御孫乃申上宣事乎子細申上時尓御祖天照太神天御中主神神魯伎神魯美尊詔久雜尓奉牟政波行奉下天在止母水取政於波遺天天下復飢餓久在介利何神乎加奉下牟止思間尓勇乎志天參登來止詔天天忍石乃長井乃水乎取八盛天誨給久此水持下天皇太神乃御饌尓八盛献天遺水波天忍水止云天食國乃水尓波灌和天献初又御伴尓天降奉仕五伴神三十二神八十友乃諸人尓毛斯水乎令飲詔天下奉支以前大田命皇太神宮御鎮座之時參相挾長田乃御刀代田奉天即地主度為天奉仕三節祭並春秋神御衣祭及時々幣帛驛使時太玉串並天八重榊儲供奉神代之古風地祇之忠神也于時御宇廿二歳戊午齋内親王及神主部物忌等承神訓以為訓傳各齋持不顯露深藏以神秘焉大神主大佐々前大神主彦和志理無位神主御倉大物忌酒目押刀女等謹請謹請
時尓、天牟羅雲命、御前立天、降仕奉。時尓皇孫之命、天牟羅雲命乎召、詔久、食國之水波未熟、荒水尓在介利。故御祖天御中主尊之御許尓參上、此由言天來止詔。即天牟羅雲命、參登天、天孫之御祖之御前尓、皇御孫乃申上宣事乎子細申上。時尓御祖天照太神、天御中主神、神魯伎神魯美尊、詔久、雜尓奉牟政波行奉下天在止母、水取政於波遺天、天下復飢餓久在介利。何神乎加奉下牟止思間尓、勇乎志天參登來止詔天、天忍石乃長井乃水乎取八盛天、誨給久、此水持下天、皇太神乃御饌尓八盛献天、遺水波天忍水止云天、食國乃水尓波灌和天献初。又御伴尓天、降奉仕、五伴神三十二神、八十友乃諸人尓毛斯水乎令飲、詔天下奉支。以前、大田命、皇太神宮御鎮座之時、參相挾長田乃御刀代田奉天、即地主度為天奉仕。三節祭並春秋神御衣祭及時々幣帛驛使時、太玉串並天八重榊、儲供奉。神代之古風、地祇之忠神也。于時御宇廿二歳戊午、齋内親王及神主部物忌等、承神訓以為訓傳。各齋持、不顯露、深藏以神秘焉。大神主大佐々、前大神主彦和志理、無位神主御倉、大物忌酒目、押刀女等、謹請謹請。
時に、天牟羅雲命、御前に立ちて、天降り仕へ奉る。時に皇孫の命、天牟羅雲命を召して詔りたまはく、「食国の水は未だ熟れず、荒水に在りけり。故に御祖天御中主尊の御許に参上し、此の由を言ひて来よ」と詔る。即ち天牟羅雲命、参り登りて、天孫の御祖の御前に、皇御孫の申し上げ宣る事を子細に申し上ぐ。時に御祖天照太神・天御中主神・神魯伎神魯美尊、詔りたまはく、「雑に奉らむ政は行ひ奉り下して在りとも、水取る政をば遺して、天下復た飢餓く在りけり。何れの神をか奉り下さむと思ふ間に、勇みをして参り登り来」と詔りて、天忍石の長井の水を取り八盛りて、誨へ給はく、「此の水を持ち下りて、皇太神の御饌に八盛り献りて、遺れる水は天忍水と云ひて、食国の水には灌ぎ和して献れ」と。又、御伴に天降り仕へ奉る五伴神・三十二神・八十友の諸人にも、斯の水を飲ましめ、詔りて下し奉りき。以前、大田命、皇太神宮御鎮座の時、「参相挾長田の御刀代田を奉りて」(語句境界未詳)、即ち地主となりて奉仕す。三節祭、並びに春秋の神御衣祭、及び時々の幣帛・駅使の時、太玉串、並びに天の八重榊を儲け供へ奉る。神代の古風、地祇の忠神なり。時に御宇二十二歳戊午、斎内親王及び神主部・物忌等、神訓を承け、以て訓伝と為す。各々斎ひ持ち、顕し露はさず、深く蔵して以て神秘とす。大神主大佐々、前大神主彦和志理、無位神主御倉、大物忌酒目、押刀女等、謹みて請ふ、謹みて請ふ。
その時、天牟羅雲命は御前に立ち、天降って仕えた。皇孫之命は天牟羅雲命を召し、「食国の水はまだ熟しておらず、荒い水のままである。そこで御祖・天御中主尊のもとへ参上し、この事情を申し上げて戻って来なさい」と命じた。天牟羅雲命はすぐ天へ参り登り、天孫の御祖の御前で、皇御孫が申し上げたことを詳しく奏上した。すると御祖として記される天照太神・天御中主神・神魯伎神魯美尊は、「さまざまな政を行わせて下しても、水を取る政を残したため、天下は再び飢えた。どの神を下そうかと考えていたところへ、よく勇んで参り登って来た」と告げ、天忍石の長井の水を汲んで「八盛」し、「この水を持ち下り、皇太神の御饌に八盛して献じ、残った水は天忍水と呼んで、食国の水へ注ぎ合わせて献じなさい」と教えた。また、御供として天降って仕える五伴神・三十二神・八十友の人々にもこの水を飲ませ、命を下して送り出した。これより前、皇太神宮が鎮座した時、大田命は「參相挾長田乃御刀代田奉天」と記される奉献を行い、その土地の主として奉仕したとする。「參相挾長田」の語句・地名の境界は未詳である。三節祭、春秋の神御衣祭、また折々の幣帛や駅使の際には、大きな玉串と天の八重榊を用意して供えた。神代の古い風儀を守る、地祇の忠実な神であると記す。その時、御代二十二年戊午、斎内親王と神主部・物忌らは神の教えを受け、訓伝とした。各自が斎み守って外に明かさず、深く秘蔵して神秘とした。続いて大神主大佐々、前大神主彦和志理、無位神主御倉、大物忌酒目、押刀女らが、謹んで重ねて請い願う。
詔書皇太神宮前大神主彦和志理命謹奉大田命訓傳磐余玉穂宮御宇丁亥乙乃古命二男神主飛鳥記之也
詔書。皇太神宮前大神主彦和志理命、謹奉。大田命訓傳。磐余玉穂宮御宇丁亥、乙乃古命二男、神主飛鳥、記之也。
詔書。皇太神宮前大神主彦和志理命、謹みて奉る。大田命の訓伝。磐余玉穂宮に御宇する丁亥、乙乃古命の二男、神主飛鳥、之を記すなり。
詔書。皇太神宮の前大神主・彦和志理命が謹んで奉る、大田命の訓伝である。磐余玉穂宮の御代の丁亥に、乙乃古命の二男である神主飛鳥がこれを記したとする。
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