内題
原文翻刻
神記第二阿波羅秘書十二卷内天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記
独自句読本文
神記第二、阿波羅秘書十二卷内。天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記。
独自訓読
神記第二、阿波羅秘書十二巻の内。天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記。
独自現代語訳
『神記』第二、『阿波羅秘書』十二巻のうち、『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』。
国文学研究資料館鵜飼文庫本『神道五部書』所収本を底本とする、土御門文書編纂所の四層本文です。
画像照合済
「原文翻刻」は、国文学研究資料館鵜飼文庫本を底本とする翻刻であり、著者自筆原本の復元ではありません。
句読本文・訓読・現代語訳は、土御門文書編纂所が原文翻刻から独自に作成する層です。
「画像照合済」は各区分の原文翻刻を底本画像と照合した状態です。独自句読・独自訓読・独自現代語訳は初校であり、「校了」ではありません。
四層本文は、scan 3からscan 9「顯如件」までの主本文に加え、その後の系譜状配置・書写記録・奥書をscan 10まで巻末付記として収録しています。図式は検索用の直列化と底本配置転写を併記し、関係の意味は未決です。注記・訓点欄は候補単位で画像照合と本文対応を確認できたものだけの部分収録であり、全訓点を網羅しません。未決候補は公開していません。底本影印では全12画像を確認できます。
神記第二阿波羅秘書十二卷内天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記
神記第二、阿波羅秘書十二卷内。天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記。
神記第二、阿波羅秘書十二巻の内。天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記。
『神記』第二、『阿波羅秘書』十二巻のうち、『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』。
天照坐皇太神一座在伊勢國度會郡宇治郷五十鈴河上
天照坐皇太神一座、在伊勢國度會郡宇治郷五十鈴河上。
天照坐皇太神一座、伊勢国度会郡宇治郷五十鈴河上に在り。
天照坐皇太神一座は、伊勢国度会郡宇治郷の五十鈴川上に鎮座する。
記曰伊弉諾尊曰吾欲生御寓之珍子乃以左手持銅鏡則有化出之神是謂大日靈貴亦號天照大日靈貴也
記曰、伊弉諾尊曰、吾欲生御寓之珍子。乃以左手持銅鏡、則有化出之神。是謂大日靈貴、亦號天照大日靈貴也。
記に曰はく、伊弉諾尊曰はく、「吾、御寓の珍子を生まむと欲す」と。乃ち左手を以て銅鏡を持ちたまへば、則ち化出する神有り。是を大日靈貴と謂ひ、亦天照大日靈貴と号すなり。
記録にはいう。伊弉諾尊が「私は御寓のすぐれた子を生もう」と仰せになり、左手に銅鏡を持たれると、化し現れた神があった。この神を大日靈貴といい、また天照大日靈貴とも称する。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ホシテ
ウムト
アメノシタノ
アソフコヲ
一点
二点
二点
レ点
アカヽネノカヽミ
モチ
ヒタリノ
テヲ
リ
ヲ
天鏡尊所作三面寶鏡也
レ点
一点
二点
一点
一点
二点
ト
二点
一点
此御子光華明彩照徹於六合之内故伊弉諾伊弉册二柱神喜曰吾息雖多未有若此靈異之兒不宜久留此國自當早送于天而授以天上之事
此御子、光華明彩、照徹於六合之内。故伊弉諾伊弉册二柱神喜曰、吾息雖多、未有若此靈異之兒。不宜久留此國、自當早送于天、而授以天上之事。
此の御子、光華明彩にして、六合の内を照徹す。故に伊弉諾・伊弉册二柱の神、喜びて曰はく、「吾が息多しと雖も、未だ此くの若き霊異の児有らず。宜しく此の国に久しく留むべからず。自ら当に早く天に送り、而して天上の事を授くべし」と。
この御子は光り輝いて明るく彩られ、その光は天地四方のすべてに行き渡った。そこで伊弉諾・伊弉册の二柱は喜び、「私たちの子は多いが、このように霊妙な子はまだいない。この国に長く留めず、早く天へ送り、天上のことを委ねるべきである」と仰せになった。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
コウクワノヒカリ
アキラカニシテ
ムツノ
メイサイ
ニ
天地開闢之後
二点
一点
レ点
神足履地而行身光滅天地大冥也于時爲度衆生日月
レ点
星像現於虛空名日神月神也
二点
二点
一点
一点
ノ
テ
カヘシマツリテ
シクム
ク
ノ
キ
レ点
レ点
二点
一点
二点
二点
一点
シテ
ヲ
ニ
一点
二点
一点
日神即留宅於日之小宮焉
日神、即留宅於日之小宮焉。
日神、即ち日の小宮に留まり宅りぬ。
日神は、そこで日の小宮に留まり、お住まいになった。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
トヽマリマス
ノ
二点
一点
當神寶日出之時天照太日靈貴與止由氣皇太神豫結幽契永治天下以降高天之原亦神留坐天
當神寶日出之時、天照太日靈貴與止由氣皇太神、豫結幽契、永治天下。以降、高天之原亦神留坐天、
神宝、日の出づる時に当たり、天照太日靈貴と止由氣皇太神とは、予め幽契を結び、永く天下を治めたまふ。以降、高天の原にも神留まり坐して、
神宝が日のように現れる時、天照太日靈貴と止由氣皇太神は、あらかじめ幽かな契りを結び、永く天下を治めた。それ以降、高天原にも神として留まり、
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ト
ノ
テ
二点
一点
二点
ヲ
ヲ
一点
二点
二点
一点
一点
トヽマリマシテ
皇親神漏岐神漏美命以八百萬神等乎天之高市尓神集集給比大菅原千五百秋瑞穗國波吾子孫可主之地安國度平久我皇御孫之尊知食度事依奉比以八坂瓊之曲玉八咫鏡及草薙劔三種之神財天授賜皇孫永爲天璽
皇親、神漏岐神漏美命、以八百萬神等乎天之高市尓神集集給比、大菅原千五百秋瑞穗國波吾子孫可主之地、安國度平久、我皇御孫之尊知食度事依奉比、以八坂瓊之曲玉八咫鏡及草薙劔三種之神財、天授賜皇孫、永爲天璽。
皇親、神漏岐神漏美の命、八百万の神等を天の高市に神集へ集へ給ひ、大菅原の千五百秋の瑞穂の国は、吾が子孫の主たるべき地、安国と平らけく我が皇御孫の尊の知らしめすべき事と依さし奉り、八坂瓊の曲玉・八咫鏡及び草薙剣、三種の神財を以て、天より皇孫に授け賜ひ、永く天璽と為す。
皇親たる神漏岐・神漏美の命は、八百万の神々を天の高市に集め、本文に「大菅原千五百秋瑞穗國」と記される国を、わが子孫が治めるべき地、安らかで平穏な国として皇御孫の尊が治めるよう委ねた。そして八坂瓊の曲玉・八咫鏡・草薙剣の三種の神財を天から皇孫に授け、永く天璽とした。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
タカマチ
テ
ノ
ツトヘアツメ
レ点
トコロ
ヒ
ノ
二点
カミノタカラ
サツケタマフ
ミクサ
一点
二点
視此寶鏡當猶視吾宣岐亦云真經津鏡
視此寶鏡、當猶視吾、宣岐。亦云真經津鏡。
此の宝鏡を視ること、当に猶吾を視るがごとくすべし、と宣りき。亦、真經津鏡と云ふ。
「この宝鏡を見る時は、まさに私を見るのと同じようにせよ」と仰せになった。この鏡はまた真經津鏡ともいう。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ニ
一点
レ点
レ点
惟天照太神入天岩窟閉磐戸而幽居爾乃六合常闇廿九晝夜不分庶事燎燭辨群神愁迷矣
惟天照太神、入天岩窟、閉磐戸而幽居。爾乃六合常闇、廿九晝夜不分、庶事燎燭辨、群神愁迷矣。
惟ふに天照太神、天岩窟に入り、磐戸を閉ぢて幽居したまふ。爾乃ち六合常に闇く、廿九、昼夜分かれず、庶事は燭を燎して辨じ、群神愁ひ迷へり。
天照太神が天岩窟に入り、磐戸を閉ざしてお隠れになると、天地四方は常に暗くなり、二十九のあいだ昼夜の区別がつかず、あらゆる用事は灯火をたいて処理するほかなく、神々は嘆き途方に暮れた。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
シ
イリマシテ
コモリマス
トコヤミ
二点
二点
一点
ウレヘマトフ
ワカタス
レ点
八百萬神深思遠慮天御中主高貴高皇神勅曰令石凝姥神取天香山銅以鑄日像之鏡其狀美麗今崇祭伊勢太神宮御靈是也
八百萬神、深思遠慮。天御中主高貴高皇神、勅曰、令石凝姥神取天香山銅、以鑄日像之鏡。其狀美麗。今崇祭伊勢太神宮御靈、是也。
八百万神、深く思ひ遠く慮る。天御中主高貴高皇神、勅して曰はく、石凝姥神をして天香山の銅を取り、以て日像の鏡を鋳しむ。その状美麗なり。今、伊勢太神宮に御霊として崇め祭るは、是れなり。
八百万の神々は、深く、また先々まで考えた。本文に「天御中主高貴高皇神」と記される神は、石凝姥神に天香山の銅を取らせ、日の姿をかたどる鏡を鋳造させるよう命じた。その姿は美しく、今日、伊勢太神宮で御霊として崇め祭られているのはこの鏡である。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ヒ
ク
ク
ノ
ノ
ク
テ
ノ
アカヽネ
トリテ
アメノカクヤマ
ヲ
ヲ
一点
二点
二点
ノ
天津彦火瓊瓊杵尊天照太日靈貴太子正哉吾勝勝速日天之忍穗耳尊子也母止由氣皇太神太子高皇産神女萬幡豐秋津姫
天津彦火瓊瓊杵尊、天照太日靈貴太子正哉吾勝勝速日天之忍穗耳尊子也。母、止由氣皇太神太子高皇産神女萬幡豐秋津姫。
天津彦火瓊瓊杵尊は、天照太日靈貴の太子、正哉吾勝勝速日天之忍穗耳尊の子なり。母は、止由氣皇太神太子、高皇産神の女、萬幡豐秋津姫なり。
天津彦火瓊瓊杵尊は、天照太日靈貴の御子である正哉吾勝勝速日天之忍穗耳尊の子である。母は萬幡豐秋津姫である。底本はその系譜を「止由氣皇太神太子高皇産神女」と記すが、「太子」の係り先は確定しない。
今夫天照太日靈貴尊與止由氣皇太神亦名天御中主神是也天孫尊大祖也
今夫天照太日靈貴尊與止由氣皇太神、亦名天御中主神。是也天孫尊大祖也。
今、夫れ天照太日靈貴尊と止由氣皇太神とは、亦天御中主神と名づく。是れ天孫尊の大祖なり。
ここでは、天照太日靈貴尊と止由氣皇太神を、また天御中主神とも称し、天孫尊の大祖であると記す。
故以高皇産靈神爲皇親神謂皇親者祖也宗也故屬祖之名號皇御孫命也
故以高皇産靈神爲皇親神。謂皇親者、祖也、宗也。故屬祖之名、號皇御孫命也。
故に高皇産靈神を以て皇親神と為す。皇親と謂ふは、祖なり、宗なり。故に祖に属するの名、皇御孫命と号すなり。
そこで高皇産靈神を皇親神とする。「皇親」とは祖であり、宗であるという。このため、祖に属する名を皇御孫命と称すると記す。
凡德合天地爲皇智合神靈爲命大則變通之道神則闔天關披雲路駈仙澤
凡、德合天地爲皇、智合神靈爲命。大則變通之道、神則闔天關、披雲路、駈仙澤。
凡そ、徳、天地に合ふを皇と為し、智、神霊に合ふを命と為す。大なれば則ち変通の道、神なれば則ち天関を闔ぢ、雲路を披き、仙澤を駈く。
およそ、徳が天地にかなうものを「皇」とし、智が神霊にかなうものを「命」とする。大なるものは変通の道を具え、神なるものは天の関を閉じ、雲路を開き、仙澤を駆ける。
此天之八重雲伊頭之千別尓千別天筑紫日向千穗槵觸之峯爾天降到居給
此天之八重雲、伊頭之千別尓千別天、筑紫日向千穗槵觸之峯爾天降、到居給。
此の天の八重雲を、伊頭の千別に千別きて、筑紫日向の千穗槵觸の峯に天降り、到り居給ふ。
天の幾重もの雲を、勢いよく幾重にも分けて、筑紫の日向にある千穗槵觸の峰へ天降り、そこにお着きになった。
神日本磐余彦天皇元年大歳甲寅年冬十月發向日本國矣
神日本磐余彦天皇元年、大歳甲寅年、冬十月、發向日本國矣。
神日本磐余彦天皇元年、大歳甲寅の年、冬十月、日本国に向かひて発しぬ。
神日本磐余彦天皇の元年、歳の干支が甲寅であった年の冬十月、日本国へ向けて出発した。
纒向珠城宮御宇廿五年丙辰春三月従伊勢國飯野高宮遷幸于伊蘇宮倭姫命奉齋矣然後隨神教下津磐根大宮柱太敷立
纒向珠城宮御宇廿五年、丙辰、春三月、従伊勢國飯野高宮遷幸于伊蘇宮、倭姫命奉齋矣。然後隨神教、下津磐根、大宮柱太敷立、
纒向珠城宮御宇二十五年、丙辰、春三月、伊勢国飯野高宮より伊蘇宮に遷り幸し、倭姫命斎ひ奉りき。然る後、神の教へに随ひ、下つ磐根に大宮柱太敷き立て、
纒向珠城宮で天下を治められた天皇の二十五年、丙辰の年の春三月、伊勢国の飯野高宮から伊蘇宮へお移りになり、倭姫命がお祀りした。その後、神の教えに従い、地中の岩盤に届くよう大宮の柱を太く立て、
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ノ
ニ
廿六年丁巳冬十月甲子奉遷于度會宇治五十鈴河上之御殿鎮理定理座矣
廿六年丁巳、冬十月甲子、奉遷于度會宇治五十鈴河上之御殿、鎮理定理座矣。
二十六年丁巳、冬十月甲子、度会の宇治、五十鈴河上の御殿に遷し奉り、鎮まり定まり座しき。
二十六年丁巳の冬十月甲子の日、度会の宇治、五十鈴川上の御殿へお遷し申し上げ、そこに鎮まり定まられた。
相殿神二座左天手力男命右萬幡豐秋津姫命
相殿神二座。左、天手力男命。右、萬幡豐秋津姫命。
相殿の神二座。左は天手力男命。右は萬幡豐秋津姫命。
相殿に祀られる神は二座である。左は天手力男命、右は萬幡豐秋津姫命である。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
元是御戸開神坐像御形
弓矢等是神代輪王所造也
靈御形劔坐是神
代竜神所造也
件姫神則止由氣皇太神高皇産靈神一女也是天照皇太神太子正哉吾勝尊妃皇孫命母也
件姫神、則止由氣皇太神、高皇産靈神一女也。是、天照皇太神太子正哉吾勝尊妃、皇孫命母也。
件の姫神は、則ち止由氣皇太神、高皇産靈神の一女なり。是れ天照皇太神の太子、正哉吾勝尊の妃、皇孫命の母なり。
この姫神は、すなわち止由氣皇太神であり、高皇産靈神の一女である。また、天照皇太神の御子である正哉吾勝尊の妃で、皇孫命の母である。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ハ
ノ
故天照皇太神與止由氣皇太神二柱御太神則曰天津彦火瓊瓊杵尊之大祖也
故天照皇太神與止由氣皇太神二柱御太神、則曰、天津彦火瓊瓊杵尊之大祖也。
故に天照皇太神と止由氣皇太神との二柱の御太神を、則ち天津彦火瓊瓊杵尊の大祖なりと曰ふ。
このため、天照皇太神と止由氣皇太神の二柱の御太神は、天津彦火瓊瓊杵尊の大祖であると記す。
故尊祖敬宗禮教爲先矣
故尊祖敬宗、禮教爲先矣。
故に祖を尊び宗を敬ひ、礼教を先と為す。
それゆえ、祖を尊び宗を敬い、礼の教えを第一とする。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ヲ
ニ
レ点
荒祭宮一座
荒祭宮一座。
荒祭宮一座。
荒祭宮は一座である。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
天照大日靈貴荒
魂靈御形鏡坐
伊弉諾尊洗左眼因以生號曰天照荒魂亦名瀨織津比咩神也
伊弉諾尊洗左眼、因以生。號曰天照荒魂、亦名瀨織津比咩神也。
伊弉諾尊、左の眼を洗ひ、因りて以て生まる。号して天照荒魂と曰ひ、亦瀨織津比咩神と名づくるなり。
伊弉諾尊が左の眼を洗ったことによって生まれ、天照荒魂と称し、また瀨織津比咩神とも名づけると記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ヲ
テ
ヒ
二点
記曰天鏡尊月殿居焉所鑄造之寶鏡三面之内
記曰、天鏡尊、月殿居焉。所鑄造之寶鏡三面之内、
記に曰はく、天鏡尊、月殿に居ます。鋳造する所の宝鏡三面の内、
記録には、天鏡尊は月殿におられるという。鋳造された三面の宝鏡のうち、
二面者伊弉諾伊弉册尊傳持天神賀吉詞白賜弖日神所化乃真經津鏡一面坐也因茲爲御靈也
二面者、伊弉諾伊弉册尊傳持天、神賀吉詞白賜弖、日神所化乃真經津鏡一面坐也。因茲爲御靈也。
二面は、伊弉諾・伊弉册尊、伝へ持ちて、神賀き詞を白し賜ひて、日神の化す所の真經津鏡一面、坐すなり。茲に因りて御霊と為すなり。
二面は伊弉諾・伊弉册尊が伝え持った。続いて、神賀き詞を申し賜い、日神の化した真經津鏡一面があること、これによって御霊とすることを記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
テ
天照坐止由氣皇太神一座
天照坐止由氣皇太神一座。
天照坐止由氣皇太神一座。
天照坐止由氣皇太神は一座である。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
在度會郡
山田原
記曰以代水徳未露天地未成瑞八坂瓊之曲玉手捧九宮久即水變爲天地利天地起成天人民化生須名曰天御中主神
記曰、以代水徳未露、天地未成。瑞八坂瓊之曲玉、手捧九宮久、即水變爲天地利、天地起成天、人民化生須、名曰天御中主神。
記に曰はく、以代、水徳未だ露れず、天地未だ成らず。瑞の八坂瓊の曲玉を手に捧げ、九宮久、即ち水変じて天地と為り、天地起こり成りて、人民化生す。名づけて天御中主神と曰ふ。
記録はまず「以代、水徳未露、天地未成」と述べる。続いて、瑞の八坂瓊の曲玉を手に捧げたことを記すが、「九宮久」の訓義は未決である。その後、水が変じて天地となり、天地が起こり成って人民が化生し、天御中主神と名づけた、と記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ク
ニ
ト
故千變萬化受一水之徳生續命之術故名亦曰御饌都神
故千變萬化、受一水之徳、生續命之術。故名、亦曰御饌都神。
故に千変万化、一水の徳を受け、命を生み続くるの術あり。故に名づけて、亦御饌都神と曰ふ。
それゆえ、千変万化するものは一水の徳を受け、本文に「生續命之術」と記す。この句の構造は未決である。このため、また御饌都神とも名づけるという。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ニ
ノ
ノ
二点
一点
古語曰大海之中有一物浮形如葦牙其中神人化生號天御中主神
古語曰、大海之中、有一物浮、形如葦牙。其中神人化生、號天御中主神。
古語に曰はく、大海の中に一物浮かぶこと有り、形、葦牙の如し。その中に神人化生し、天御中主神と号す。
古い言葉には、大海の中に葦の芽のような形をした一つの物が浮かび、その中に神人が化生して、天御中主神と称した、とある。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
亦名國常
立尊亦曰
大元
神
故號豐葦原中國亦因以曰天照止由氣皇太神也
故號豐葦原中國。亦因以曰天照止由氣皇太神也。
故に豐葦原中國と号す。亦、因りて以て天照止由氣皇太神と曰ふなり。
このため豐葦原中國と称し、またこれによって天照止由氣皇太神というと記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ト
二点
一点
與大日靈貴天照太神豫結幽契永治天下給也
與大日靈貴天照太神、豫結幽契、永治天下給也。
大日靈貴天照太神と、予め幽契を結び、永く天下を治め給ふなり。
大日靈貴天照太神とあらかじめ幽かな契りを結び、永く天下を治めると記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ヲ
御間城入彦五十瓊殖天皇卅九年壬戌天照太神遷幸于但波乃吉佐宮積年
御間城入彦五十瓊殖天皇卅九年壬戌、天照太神遷幸于但波乃吉佐宮、積年。
御間城入彦五十瓊殖天皇三十九年壬戌、天照太神、但波の吉佐宮に遷り幸し、年を積む。
御間城入彦五十瓊殖天皇の三十九年、壬戌の年に、天照太神は但波の吉佐宮へ移り、長い年月を経た。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
別段
今時止由氣之皇神天降坐天合明齊徳給如天小宮之義志天一處雙坐
今時、止由氣之皇神、天降坐天、合明齊徳給如、天小宮之義志天、一處雙坐。
今の時、止由氣の皇神、天降り坐して、明らかなるを合はせ徳を斉しくし給ふが如く、天の小宮の義にして、一処に双び坐す。
この時、止由氣の皇神が天降られ、本文は、明らかさを合わせて徳を等しくし、天の小宮のあり方のように、一つの場所に並んで鎮座すると記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ヒラカニ
セ
泊瀬朝倉宮御宇天皇廿一年丁巳冬十月一日倭姫命夢教覺給久
泊瀬朝倉宮御宇天皇廿一年丁巳、冬十月一日、倭姫命、夢教覺給久、
泊瀬朝倉宮御宇天皇二十一年丁巳、冬十月一日、倭姫命に夢に教へ覚し給はく、
泊瀬朝倉宮で天下を治められた天皇の二十一年、丁巳の年の冬十月一日、倭姫命に夢の中で次のようにお告げになった。
皇太神吾如天之小宮尓坐天天下仁志弖毛一所耳不坐波御饌毛安久不聞化
皇太神、吾如天之小宮尓坐天、天下仁志弖毛、一所耳不坐波、御饌毛安久不聞化、
皇太神、「吾、天の小宮の如くに坐して、天下にしても、一所にのみ坐さずは、御饌も安く聞こしめさず、
皇太神は、「私は天の小宮のように鎮座している。天下にあって、一所に鎮座しなければ、御饌を安らかに受けることもできない。
丹波國與佐之小見比沼魚井之原坐道主貴乃齋奉御饌都神止由氣皇太神度遇之山田原齋奉焉
丹波國與佐之小見比沼魚井之原坐、道主貴乃齋奉御饌都神止由氣皇太神、度遇之山田原齋奉焉。
丹波国與佐の小見比沼魚井の原に坐す、道主貴の斎ひ奉る御饌都神止由氣皇太神を、度遇の山田原に斎ひ奉れ」と。
丹波国與佐の小見比沼魚井の原に鎮座し、道主貴が斎い奉る御饌都神止由氣皇太神を、度遇の山田原に斎い奉れ」と、お告げになった。
御靈形鏡坐也
御靈形、鏡坐也。
御霊の形は、鏡にて坐すなり。
御霊の形は鏡であると記す。
天地開闢之後雖萬物已備而莫昭於混沌之前因茲萬物之化若存若亡而下々來々自不尊而時
天地開闢之後、雖萬物已備、而莫昭於混沌之前。因茲萬物之化、若存若亡、而下々來々、自不尊而時、
天地開闢の後、万物已に備はると雖も、混沌の前に於けることは昭らかならず。茲に因り、万物の化、存するが若く亡きが若くして、下々来々、自ら尊からざる時、
天地開闢の後、万物はすでに備わっていたが、混沌以前のありさまは明らかではなかった。そのため、万物の変化は、存在するようでも消えているようでもあり、本文はさらに「下々來々、自不尊而時」と続ける。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
アルカ
國常立尊所化神以天津御量事天三面乃真經津乃寶鏡鑄顯給倍利
國常立尊所化神、以天津御量事天、三面乃真經津乃寶鏡、鑄顯給倍利。
國常立尊の化する所の神、天津御量事を以て、三面の真經津の宝鏡を鋳顕し給へり。
國常立尊が化したとされる神は、本文に「天津御量事」と記されるはたらきによって、三面の真經津の宝鏡を鋳て現したという。
故名曰天鏡尊爾時神明之道明現而天文地理宜存矣
故名曰天鏡尊。爾時神明之道明現、而天文地理宜存矣。
故に名づけて天鏡尊と曰ふ。爾の時、神明の道、明らかに現れ、而して天文地理、宜しく存すべし。
このため天鏡尊と名づける。その時、神明の道が明らかに現れ、天文と地理は宜しく存すべきものとなった、と記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ゲンシテ
彼三面寶鏡内第一御鏡是也圓形坐奉藏黄金樋代焉
彼三面寶鏡内、第一御鏡是也。圓形坐、奉藏黄金樋代焉。
彼の三面の宝鏡の内、第一の御鏡は是れなり。円形にて坐し、黄金の樋代に蔵し奉る。
三面の宝鏡のうち、第一の御鏡がこれである。円形で、黄金の樋代に納め申し上げるという。
相殿三座
相殿三座。
相殿三座。
相殿には三座が祀られる。
左一座皇御孫尊御靈形金鏡坐二面大西小東以西爲上同御船代内坐是神代靈異物也
左一座、皇御孫尊御靈形、金鏡坐。二面、大西小東、以西爲上、同御船代内坐。是神代靈異物也。
左一座、皇御孫尊の御霊の形は、金鏡にて坐す。二面、大は西、小は東、西を以て上と為し、同じ御船代の内に坐す。是れ神代の霊異の物なり。
左の一座は皇御孫尊で、その御霊の形は金の鏡である。二面あり、大きい鏡を西、小さい鏡を東に置き、西を上位として同じ御船代の中に納める。これは神代の霊異な品であるという。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
アヤシキモノ
一面爲一座居
以上道主貴奉齋神是也大物忌内人奉仕其縁
以上、道主貴奉齋神是也。大物忌内人奉仕、其縁。
以上、道主貴の斎ひ奉る神は是れなり。大物忌内人の奉仕するは、その縁なり。
以上が、道主貴が斎い奉る神である。大物忌内人が奉仕するのは、この由縁によると記す。
右二座天兒屋根命靈形笏坐牙像也珠玉一隻賢木二枝坐
右二座、天兒屋根命靈形、笏坐、牙像也。珠玉一隻、賢木二枝坐。
右二座、天兒屋根命の霊形は、笏にて坐し、牙の像なり。珠玉一隻、賢木二枝にて坐す。
右の二座について、天兒屋根命の御霊の形は笏で、牙の像であるという。また珠玉一隻と賢木二枝があると記す。
天石戸開之時天兒屋根命捧持祝詞敬拜鎮祭笏賢木是也
天石戸開之時、天兒屋根命捧持、祝詞敬拜鎮祭、笏賢木是也。
天の石戸開きの時、天兒屋根命、捧げ持ち、祝詞して敬拝し鎮祭したまふ笏・賢木は是れなり。
天の石戸開きの時、天兒屋根命が捧げ持ち、祝詞を奏して敬拝し鎮祭した笏と賢木がこれであるという。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
モチテ
太玉命靈形瑞八坂瓊之曲玉奉藏圓筥也是天祖吾勝尊所化寶玉是也
太玉命靈形、瑞八坂瓊之曲玉、奉藏圓筥也。是天祖吾勝尊所化寶玉是也。
太玉命の霊形は、瑞の八坂瓊の曲玉にして、円筥に蔵し奉るなり。是れ天祖吾勝尊の化する所の宝玉、是れなり。
太玉命の御霊の形は瑞の八坂瓊の曲玉で、円形の箱に納め申し上げるという。これは天祖吾勝尊が化した宝玉であると記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
アラハシニシテ
亦五百筒御統玉奉懸真賢木枝也寶玉内納珍寶也是天地人福田也
亦五百筒御統玉、奉懸真賢木枝也。寶玉内納珍寶也。是天地人福田也。
亦、五百筒の御統玉を、真賢木の枝に懸け奉るなり。宝玉の内に珍宝を納むるなり。是れ天地人の福田なり。
また、五百筒の御統玉を真賢木の枝に掛け申し上げる。宝玉の中には珍宝を納める。これは天地人の福田であると記す。
奉納曲玉圓形筥一合美異物觸事有效
奉納曲玉、圓形筥一合。美異物觸事有效。
納め奉る曲玉は、円形の筥一合なり。美異物、事に触れて効有り。
納め申し上げる曲玉と、円形の筥一合について記す。続く「美異物觸事有效」は句切りと「美異物」の語義が未決であるが、事に触れて効がある旨を記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
フレテ
キク
亦五百筒乃在金玉錺寶珠寺天戸開之時太玉命捧持天寶玉是也
亦五百筒乃在金玉錺寶珠寺、天戸開之時、太玉命捧持天寶玉是也。
亦、五百筒の在る金玉の錺、宝珠寺、天戸開きの時、太玉命の捧げ持ちし宝玉、是れなり。
また本文は「五百筒乃在金玉錺寶珠寺」と記し、それが天戸開きの時に太玉命が捧げ持った宝玉であると述べる。
圓筥則混沌形也故藏萬物一種子是也
圓筥、則混沌形也。故藏萬物一種子是也。
円筥は、則ち混沌の形なり。故に万物の一種子を蔵するは是れなり。
円形の箱は混沌の形であり、万物の一つの種子を納めるものがこれであるという。
亦號玉串内人奉仕真賢木五統玉之其縁也
亦號玉串。内人奉仕、真賢木五統玉之、其縁也。
亦、玉串と号す。内人奉仕し、真賢木に五統玉すは、その縁なり。
また玉串と称する。内人の奉仕とその由縁について、本文は「真賢木五統玉之」と記すが、「之」の訓義は未決である。
多賀宮一座
多賀宮一座。
多賀宮一座。
多賀宮は一座である。
止由氣皇太神荒魂也伊弉諾尊到筑紫日向小戸橘之檍原而祓除之時洗左眼因以生日天子是大日靈貴也
止由氣皇太神荒魂也。伊弉諾尊、到筑紫日向小戸橘之檍原、而祓除之時、洗左眼、因以生日天子。是大日靈貴也。
止由氣皇太神の荒魂なり。伊弉諾尊、筑紫日向の小戸橘の檍原に到り、祓ひ除く時、左の眼を洗ひ、因りて以て日天子を生む。是れ大日靈貴なり。
止由氣皇太神の荒魂であるという。伊弉諾尊が筑紫日向の小戸橘の檍原に至り、祓えをした時、左の眼を洗うことによって日天子が生まれた。これが大日靈貴であると記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
スルノ
ミコ
ヒ
二点
天下現名曰天照太神荒魂荒祭神是也
天下現名曰天照太神荒魂、荒祭神是也。
天下に現れて、名づけて天照太神荒魂と曰ふ。荒祭神は是れなり。
天下に現れて天照太神荒魂と名づけられ、これが荒祭神であると記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
アラハルヽニ
ミナヲ
二点
ト
一点
復洗右眼因以生月天子天御中主靈貴也天下降居而名止由氣太神元荒魂多賀宮是也
復洗右眼、因以生月天子。天御中主靈貴也。天下降居、而名止由氣太神元荒魂。多賀宮是也。
復、右の眼を洗ひ、因りて以て月天子を生む。天御中主靈貴なり。天下に降り居して、止由氣太神元荒魂と名づく。多賀宮は是れなり。
また右の眼を洗うことによって月天子が生まれた。本文はこれを天御中主靈貴と記す。天下に降って居し、止由氣太神元荒魂と名づけ、これが多賀宮であるという。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ニテ
ミス
テ
二点
ニシテ
クタリ
リ
ミコ
二点
ト
一点
亦曰伊吹戸主神是也
亦曰伊吹戸主神、是也。
亦、伊吹戸主神と曰ふは、是れなり。
また伊吹戸主神ともいい、それがこの神であると記す。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ス
二点
ト
一点
御靈形鏡坐也是天鏡尊所造三面寶鏡伊弉諾尊右手尓令捧持天月神所化乃真經津鏡是神
御靈形、鏡坐也。是天鏡尊所造三面寶鏡、伊弉諾尊右手尓令捧持天、月神所化乃真經津鏡是神。
御霊の形は、鏡にて坐すなり。是れ天鏡尊の造る所の三面の宝鏡、伊弉諾尊の右手に捧げ持たしめたる、月神の化する所の真經津鏡なる神なり。
御霊の形は鏡である。続いて本文は、天鏡尊が造った三面の宝鏡、伊弉諾尊の右手に持たせたもの、月神が化した真經津鏡について記すが、末尾「是神」の係り先は未決である。
本文とは分離して転写しています。分類と対象との対応状態を併記します。
ル
マス
ニテ
ス
以前天照坐二所皇太神宮御鎮坐本記所録顯如件
以前、天照坐二所皇太神宮御鎮坐本記所録、顯如件。
以前、天照坐二所皇太神宮御鎮坐本記に録す所、顕すこと件の如し。
以上、天照坐二所皇太神宮御鎮坐本記に記すところを、右のとおり明らかにした。
以下は主本文の後に記された系譜状配置・書写記録・奥書です。分類名と検索用の直列化は編集上のもので、原文の文字や系譜関係を補うものではありません。
底本上の相対位置を転写したものです。親子・祖孫・相承、冊数・巻次などの意味関係を確定するものではありません。
狭い画面では配置枠を横へスクロールできます。原画像は直前の高精細画像リンクで確認できます。
四層・検索・読み上げのための編集上の直列化であり、系譜関係を意味しない。
阿波羅波命カンミムスヒヨリ十七代荒木田押刀乃乃古命赤冠藥乙乃古命
阿波羅波命、カンミムスヒヨリ、十七代、荒木田押刀。乃乃古命、赤冠藥。乙乃古命。
阿波羅波命、カンミムスヒヨリ、十七代、荒木田押刀。乃乃古命、赤冠藥。乙乃古命。
底本は、右の配置単位に「阿波羅波命」「カンミムスヒヨリ」「十七代」「荒木田押刀」、その左の配置単位に「乃乃古命」「赤冠藥」、さらに左の配置単位に「乙乃古命」と記す。各名・語の系譜上の関係は確定しない。
當宮調御倉神代秘書十二卷内神記并飛鳥記以一祢宜光忠書寫本文治元年四月廿一日正殿假殿遷宮之次於宿舘書寫畢一祢宜度會神主高倫判
當宮調御倉神代秘書十二卷内、神記并飛鳥記、以一祢宜光忠書寫本、文治元年四月廿一日、正殿假殿遷宮之次、於宿舘書寫畢。一祢宜度會神主高倫、判。
当宮調御倉の神代秘書十二巻の内、『神記』并びに『飛鳥記』を、一祢宜光忠書写の本を以て、文治元年四月二十一日、正殿・仮殿遷宮の次、宿館に於いて書写し畢んぬ。一祢宜度会神主高倫、判。
当宮の調御倉にある神代の秘書十二巻のうち、『神記』と『飛鳥記』を、一祢宜光忠の書写本に基づき、文治元年四月二十一日、正殿・仮殿遷宮の折に宿館で書写し終えた。末尾に「一祢宜度会神主高倫」「判」と記す。
件書寫本者祖前三祢宜延行神主相承之于時以彼本書寫之一祢宜度會神主判
件書寫本者、祖前三祢宜延行神主、相承之。于時、以彼本書寫之。一祢宜度會神主、判。
件の書写本は、祖、前三祢宜延行神主、之を相承す。時に、彼の本を以て之を書写す。一祢宜度会神主、判。
その書写本は、ここでは「祖」を書写者側の祖、「前」を「三祢宜」に係る語と暫定的に読み、祖先にあたる前三祢宜・延行神主が相承したものと解する。この時、その本を用いてこれを書写した。末尾の署名列には「一祢宜度会神主」「判」とあるが、人名は記されない。
於正案三通者
於正案三通者。
正案三通に於いては。
正案三通については、次の配置で記されている。
底本上の相対位置を転写したものです。親子・祖孫・相承、冊数・巻次などの意味関係を確定するものではありません。
狭い画面では配置枠を横へスクロールできます。原画像は直前の高精細画像リンクで確認できます。
四層・検索・読み上げのための編集上の直列化であり、数字・書名・保管先の関係を意味しない。
神記一二飛鳥記別筥秘藏之判
神記一二、飛鳥記。別筥秘藏之。判。
神記一二、飛鳥記。別筥に之を秘蔵す。判。
右の小列に『神記』と数字の「一」「二」、左の小列に『飛鳥記』を記し、その下に「別の筥にこれを秘蔵する」と記す。末尾に「判」がある。『神記』と数字の関係、および正案三通の内訳は確定しない。
親資料『神道五部書』scan 1–12(全12画像)です。ビューア枠へフォーカスすると左右矢印キーでも送れます。